



青山ブックセンターの破産申し立てに驚いている。出版業界でも寝耳に水の出来事だったようで、関係者は善後策に追われている。和洋のアートブックや、映画、音楽、舞台芸術、デザイン、広告関連書などの普及に関して、この書店の果たした役割は甚大なものだった。朝5時まで営業していた六本木店では、深夜によく本や雑誌を買ったものだ。客としての個人的な想い出があるばかりではなく、創刊以来、『ART iT』を毎号何百冊も売ってもらい、トークイベントなども開いていただいた。まったく、他人事ではない。
僕がニュースを聞いたのはフランスで、その直前にはドイツにいた。ヴァイマールのACCギャラリーで開かれた、『月にだって自治はない』という展覧会のオープニングに招かれ、Arts Initiative Tokyo(AIT)のロジャー・マクドナルドとともにレクチャーを行ったのだ。併せて、ドレスデンのクンストハウスでも講演会を開いた。ACCでのオープニングでは急遽、豚汁をつくらされることになったが、日本人留学生らの助けを借りて見事に完成。70杯すべてがきれいに売れた。(ダンケシェーン!>フミコ&モリッツ)


展覧会の参加作家は、ピーター・ベラーズ、command N、Clean Brothers、藤浩志、石渡誠、P3 art and environment、Reinigungsgesellschaft、Tany、椿昇、Video Act!、ビデオアートセンター東京、ヤノベケンジ。ドレスデンを活動の拠点とするアーティストユニットのReinigungsgesellschaftを除けば、在日本のアーティストばかりだ。加えて、AITと『ART iT』+『REALTOKYO』も、それぞれの活動に関する展示を行った(9/26まで)。
ヴァイマールはゲーテやシラーやクラナッハゆかりの都市であり、トーマス・マンの小説に名を残すホテル・エレファントも現存する。バウハウスが誕生した街であり、その名を冠する美大も残っている。一方、ナチスの時代には近郊のブーヘンヴァルトに強制収容所がつくられ、少なくとも5万6千人が死亡した。その後、東ドイツ時代に入り、収容所はソ連によって継続利用される。言うなれば、ヨーロッパにおける近現代史を凝縮して詰め込んだような小都市だ。街の中心には、ナチスが党大会のために使用しようとして、結局未完成に終わり、現在も廃墟のままにうち捨てられている超巨大な「ガウ・フォーラム」もある。Rプロジェクトの連中に見せたら、その規模に腰を抜かすだろう。




旧東ドイツに生まれ育ち、そんな街に暮しているせいか、キュレーターのフランク・モッツは(Reinigungsgesellschaftのマーティン・ケイルとヘンリク・メイヤー、そしてWork-in-Progressの長谷川仁美の助力を得て)、問題提起型のテーマで展覧会をつくりあげた。ひとことで言えば「現代社会におけるアートとアーティストの役割を問う」ということになるだろう。それが端的に表れていたのがVideo Act!の参加だと思う。映画祭ではなくアート展で『新しい神様』が見られる機会なんて滅多にない。「ミニスカ右翼」こと雨宮処凛が、大きな物語を失った現代日本で、意識的に天皇制支持へ向かってゆく様を捉えた土屋豊監督の意図は、明らかにモッツたちの動機と合致している。
ドイツやフランスにおける反ユダヤ主義の台頭、それを受けての「両国のユダヤ人はイスラエルへ来い」との無茶苦茶なイスラエル首脳の発言など、ヨーロッパの状況は相変わらずきな臭い。けれども、そういった状況が報道され、その報道がきちんと受け止められるからこそ、アートにもアクチュアリティが反映される。東京に戻った僕を真っ先に出迎えたのは、史上最高という猛暑と、「経団連が『武器輸出禁輸原則』の見直しを提言」という新聞の見出しだった。同じ一面に(一面ですよ!)「プロ野球1リーグ化」の是非をめぐる世論調査結果が掲載されているが、そんな能天気な話に、右傾化の道をひた走るニッポン国政財界の身も蓋もない醜行は隠蔽されてしまうのだろうか。日本のアーティストやキュレーターは、時代の変化に自らの表現で対抗しようとはしないのだろうか。
青山ブックセンターは、やや大げさにいえば「世界へ開いた窓」のひとつだった。こんな状況で、その窓が閉ざされてしまうのはとても悲しい。
付記:経団連提言が明らかになった翌21日、アーミテージ米国務副長官が「集団的自衛権の行使を許していない憲法9条は、日米同盟関係の妨げのひとつ」と発言した。これって出来レースでは?
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。