
(前回に続けて書くつもりだった内容とは違ってしまったので、前回ともども題名を変更します。前回のコラム本文に加筆修正は施していません)

7月4日(日)、2日間にわたって行われたトヨタコレオグラフィーアワード最終審査会『ネクステージ』が幕を閉じた(シアタートラム)。オーディエンス賞は初日が高野美和子、2日目が「身体表現サークル」の常樂泰。そして「次代を担う振付家賞」は大方の予想を裏切って東野祥子。選考委員会は、まったく相異なるタイプの振付家を8人選び、その中から誰が「次代を担う」のか決めるのは審査委員会に下駄を預けた格好だから結果に文句はない。だが、予定の30分を大幅に超え、1時間半ほどもかかった審査後の発表では、「なぜ東野か」ということがまったく語られなかった。

自らの意見をはっきりと語ったのは國吉和子だけだった。「今年は『振付とは何か』ということを念頭に置いて審査に臨んだ。実際、『これはダンス? それともパフォーマンス?』と聞きたくなるような作品が多く、考えさせられたが、振付という概念を根底から覆すような作品はやはりなかった。それでも、矢内原美邦と大橋可也がいいと思って推した。矢内原は上演を重ねる毎にスケールが大きくなってゆくし、瞬間瞬間にダンスの醍醐味と呼べるものがある。大橋は新しい動きを見せてくれたと思う」(大意)

文学賞の審査発表であれば、建前かもしれないとはいえ、審査員は個々に自分の意見を述べる。なんだかすっきりしなかったから、発表後の立食パーティで各審査員に聞いてみた。英国ダンスアンブレラのアーティスティックディレクター、バル・ボーンは「私は常樂がよかった」と語るのみ。審査発表では儀礼的な挨拶に終始したニューヨークDTWのシニアアソシエイトプロデューサー、デビッド・シャインゴールドは「東野を推した。彼女にはとてつもない可能性がある。今後、舞踊のボキャブラリーを増やすことを期待している」とだけ述べた。

審査委員長の天児牛大(山海塾主宰/舞踊家/演出家)は「やはり結局はポテンシャルの問題だね。それから、これから世界に出てゆくとすれば、ちゃんと戦える可能性を持っているかどうか。といっても国際的に戦うとかいうことじゃなくて、あくまでもクリエイターとして本人が自分に立ち向かえるかどうか。それが8人の中でいちばんできるように思った」と言う。いずれにせよ審査は難航し、最後までもつれにもつれたようだ。選考委員会の過程とよく似ていたであろうことが想像できる。
難航の理由は、ひとつには國吉が言う「振付という概念」が揺らいでいるからだろう。ダンスと非ダンスの境界線が曖昧になっていることに加え、一方には、おそらくは土方巽以来の舞踏の伝統に基づく「作品と身体性は密接にして不可分」という日本ダンス界の不文律的な「常識」がある。特にソロ作品の場合に、自分自身にしか適用され得ない振付は、はたして「振付」の名に値するか。また他方には、今回で言えば康本雅子作品がそうだが、映像内で展開されるダンスへの振付を振付として認めるべきか否かというこの時代ならではの難問がある。僕は前者はノー、後者はイエスという考えだが、天児は逆の考えであるということだった。おそらくは、自ら振り付け、踊りもするクリエイターとしての体験的な実感と矜持からだろう。簡単に割り切れる問題でないことは確かだ。
話は変わるが、今回のトヨタアワードにはうれしいおまけが付いた。審査結果発表の最後に、今年新設された「TOYOTA海外サポート」制度を昨年に遡って適用することが告げられたのだ。昨年の「次代を担う振付家賞」受賞者で、プレゼンターとして登壇していた黒田育世は予想外の100万円をゲットして思わずガッツポーズ。コンテンポラリーダンスを支援するだけでも拍手ものなのに、トヨタも粋な計らいをするものである。
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。