COLUMN

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Out of Tokyo

078:メメントモリビル II
小崎哲哉
Date: January 08, 2004

承前

エリオット館長は「私は事前に都築と話したことはなく、ピエール・ルイジ・タッツィが交渉に当たった。いずれにせよ、『コントロバーシャル』という言葉がこの文脈で使われたことはない」と言う。そして作品ができあがったときには「がっかりした」。というのも、「タッツィと私が望んでいたのは『ハピネス』についてのアイロニカルな作品だった。そのことは都築に、最初に制作を依頼したときに伝えてある。それなのに、最終的に都築が提示したものはアイロニカルでもなければハピネスに関するものでもなかった」からだ。

 

タッツィは、都築と辛酸による六本木ヒルズの取材にできうる限り同行した。当初は彼らの計画が六本木ヒルズに限ったものではないと思っていたが、そうではないとわかってからも文句は言わなかった。そもそもの提案とは異なるとはいえ、それは「アーティストの自由だ」と考えたからだ。だが、結果にはやはりがっかりした。「デイヴィッドと私のプロジェクトは、現状の暗部を隠蔽するつもりはないが、とにかくポジティブなイメージをつくりだすことを目指していた。けれども都築と辛酸から受け取ったものはまさしく正反対で、東京における陰鬱で悲観的でネガティブな部分を提示しており、それが六本木ヒルズだというわけだった。我々はプロジェクトにおいて『憎悪の思い』だけは避けようと努めてきた。だが彼らの作品には膨大な量の憎悪があふれていて、他人には耳を貸さない敵意がアイロニーを覆い尽くしていた」

 

幻の英語版「Memento Mori Building」より | REALTOKYO 幻の英語版「Memento Mori Building」より | REALTOKYO
幻の英語版「Memento Mori Building」より(クリックすると大きくなります)

なぜ森ビルと六本木ヒルズをテーマにしたかについて、都築はこう述べている。「ずっとおかしいと思ってたわけ。デベロッパー系はみんなそうだけど、有名ブランドと有名レストランを入れれば文化ができるなんて大間違いでしょ。『職住接近』というコンセプトも、そんなことができるのは森社長ひとりだし(笑)。だいたい六本木っていうのは、ちょっとダーティで、だからこそとても面白い地域でさ。そういう要素を融和しないで、全部壊してまったく新しいものをつくろうというのがおかしい。お台場みたいに何にもないところにつくるんなら腹も立たないけど、すべてウソンコだよね」。これに対し、タッツィはこう反論する。「誰にでも森稔(森ビル社長)の企てを批判する自由はある。けれどもそれは我々が依頼したことではなかった」

 

都築のコメントを聞くまでもなく、作品を見れば森ビル関係者が顔色を変えるのは想像が付く。都築に「拒否されるとは思わなかった?」と聞くと、「いや、まったく。だってコミッションワークだもん」という答が戻ってきた。これに対して、エリオット館長は以下のように言う。「都築は、どんなものでも受け入れられると思っていたようだが、そんなことはとても飲めない。ピエール・ルイジは展覧会の趣旨について、他の参加予定アーティストについて、そして我々がどんな作品を望んでいるかについて、事前に説明していた。誤解があった可能性もなくはないが、それも疑わしく思っている。できあがった作品が——アイロニカルな意味においてさえも——ハピネスという考えとは相当にかけ離れていたからだ。作品が表現している姿勢は正反対のものであり、侮蔑を示すものでさえあった。別の展覧会にはふさわしかったかもしれないが、この展覧会にとってはそうではないと、キュレーターとして我々ふたりは判断した」

 

両者のコメントを聞くと、コミッション作品についての考え方がまったく異なっていることがよくわかる。だが、それがこの問題の最重要な論点でないことは誰の目にも明らかだろう。ここから先は僕自身の個人的推測だが、両者ともに建前のコメントしか返していない。都築はボツなど覚悟の上で批判的な作品をつくったのではないか。一方森美術館側は、あまりにも刺激的な(と彼らが感じた)作品を見て驚き、財布の紐を握っている森ビル株式会社=森稔社長の機嫌を損ねてはならじ、と自主規制したのではないか。エリオット館長もタッツィも「キュレーターとしての判断」を強調しており、それ自体はもちろんウソではないだろう。だがキュレーターとしての彼らのボスは森社長にほかならず、だとすればボスの意向をおもんぱかった「自主規制」と受け取られても仕方がない。ちなみに『メメントモリビル』は、僕の印象では「陰鬱」「憎悪」「敵意」という言葉が似つかわしいほど強烈ではなく、ほどよく辛辣な皮肉とユーモアに苦笑が漏れる、といった程度の作品だ。

 

僕は、都築たちが先方の無知あるいは調査不足に乗じて、言葉は悪いがうまく森美術館をハメたのだと思っている。僕が受け取ったeメールの最後に、タッツィは以下のように記している。「実際に行ったことがあり、素晴らしいとわかっているレストランにまた行ったとする。ところがベジタリアンフードを頼んだところ、豚肉の料理が出てきた。だとしたらどんなに卓抜な一品だったとしても、断る権利があるだろう」。だがその店の厨房には、ハナから野菜など置いてはいなかった。そして調理人は、豚肉の料理を出すべく機会を窺っていたのだ。それは、ちょっと調べればすぐにわかることだった。

 

最後に辛酸なめ子のコメントを記しておく。「全部都築さんにお任せしていて、いちばん最初にタッツィさんにお会いして以来、私には最後まで連絡はありませんでした。美術館からは、オープニングのお知らせを含め、その後ご案内は何も頂戴していません。『アッパーな世界には最初から縁がない』ということがよくわかり、たいへん勉強になりました」

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。