COLUMN

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Out of Tokyo

077:メメントモリビル I
小崎哲哉
Date: December 25, 2003

森美術館が開館記念『ハピネス』展カタログのために、都築響一と辛酸なめ子に委嘱した作品『メメントモリビル』がボツになった。この話は、RTでは窪田研二さんが簡単に触れているが(「水戸芸術館現代美術センター学芸員のTOKYO仕掛人日記」005)、一般では意外に話題になっていない。ことは、いわゆるコミッション作品に関わる、そして森美術館と森ビル株式会社に関わる重要な問題だと思う。作家ふたりと森美術館のデヴィッド・エリオット館長、そしてハピネス展ゲストキュレーターのピエール・ルイジ・タッツィの4氏に話を聞いたので、記録しておきたい。(以下、敬称略。後者ふたりはeメールによる取材)

 

「メメントモリビル」が掲載された『SPA!』を持つ都築氏 | REALTOKYO
「メメントモリビル」が掲載された『SPA!』を持つ都築氏

まずは、ボツになった後、作者たちの意向で週刊誌『SPA!』(2003/10/21〜11/11)に4回連載されたものをもとに、どのような作品であるかを簡単に記しておこう。構成は4ページずつ4話。それぞれがハピネス展のテーマ、「アルカディア」「ニルヴァーナ」「デザイア」「ハーモニー」に対応している。実写の写真に手描きのマンガを加えたいわゆる「写真マンガ」で、大まかなストーリーとコマ割りは辛酸が担当した。庶民には高嶺の花の六本木ヒルズが、いかに虚飾に充ちたバブリーな場所であるかを揶揄したものだ。

 

六本木ヒルズは「人間によって作り上げられた人工の天国」だが、実は「再開発以前の地にとりついていた」さまよえる霊魂が、観光客を迷い疲れさせている。ブランドショップや高級レストランから流される情報は洪水と化し、溺れそうになった人々を救うためにノアの方舟が来臨する。だが日本が犬ブームだったために犬を積みきれず、出発できないまま最上階にある船の内装の高級会員制レストランとなる。そして、天に向かってそそり立ち「どんな男も(性的に)自信を失う」森タワーは、「知の宝庫、アカデミーヒルズ」の図書館に「一見スカスカに置かれて」いた本を一冊抜き取っただけで、「人々の欲望もろとも崩れ去って」しまう……。

 

都築とタッツィの話を総合すると、2002年の年末か2003年の初頭に、タッツィが都築の仕事場を訪れたのが始まりだった。ふたりは以前に(森美術館副館長の)南條史生の紹介で会っており、タッツィは都築の「ジャーナリズムやルポルタージュと、アートときわめて近しい創造性との間に位置するアプローチ」が気に入っていたという。間に入ったのは片岡真実。都築も参加した『JAM』展の日本側企画者で、現在は森美術館に勤務するキュレーターだ。「展覧会に作品を出すのではなく、カタログ制作のみに参加してほしい」という依頼を都築はいささか奇妙に感じたが、タッツィは(都築によれば)「カタログも展覧会の一部だから好きなようにやってくれ」と言った。都築は「断る理由もないから」承諾した。

 

幻の英語版「Memento Mori Building」より | REALTOKYO 幻の英語版「Memento Mori Building」より | REALTOKYO
幻の英語版「Memento Mori Building」より(クリックすると大きくなります)

都築の代表的な仕事といえば、「僕らが実際に住み、生活する本当の『トウキョウ・スタイル』とはこんなものだと見せたくて」つくったという写真集『TOKYO STYLE』だろう。タッツィも『TOKYO STYLE』は眼にしていて、「都市にあって普段は隠されている要素を、綿密な客観性と超然としたアイロニーをもって提示する都築の手法には驚かされた」という。だが都築は「ああいう『汚いけれどもカワイイ東京』みたいな予想が付くものはやりたくなかった」。その代わりに「古い形式だけど、たぶんやったら面白い」写真マンガという形式で、森ビルと六本木ヒルズをテーマにした作品をつくりたいと提案した(なぜ森ビルと六本木ヒルズかは後述)。相方は遊び友だちでもある辛酸なめ子。「メメントモリビル」という昔の4コマ作品がやけに印象に残っていて(『千年王国』所収)、タイトルの付け方がうまいと思っていたのだ。タッツィと片岡はこの提案を了承した。「ジャーナリスト/写真家/文化の目撃者と、日本文化の最も重要な表現のひとつであるマンガ作家とのコラボレーション。マンガはそれまで我々のプランには含まれていなかったし、これに勝るものは考えられなかった」とタッツィは振り返る。

 

都築と辛酸は、六本木ヒルズに10回以上通った。美術館スタッフにセッティングしてもらい、「普段は入れない(そして今後一生入ることもない)六本木ヒルズクラブや住宅棟、屋上水田」(『SPA!』2003/10/28号。辛酸のエッセイより)などを見学し、写真を撮った。だから「内容を隠していたわけじゃない」と都築は主張する。「なめ子先生はアイロニカルでコントロバーシャルな作品で有名だから、そのことはデヴィッド(エリオット館長)にも言っておいたのね。そしたら『そりゃもちろん、アートだから、ワッハッハ』っていう返事だったし」

 

だがエリオットとタッツィは、都築の主張を真っ向から否定している。

 

【 この項、続く >> 078:メメントモリビル II

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。