

在米中国人作家の鄭義(チョン・イー/てい・ぎ)が日本ペンクラブの招きに応じて来日し、大江健三郎と公開の対話を行った(10月7日 日本プレスセンターホール)。呉天明によって1987年に映画化された『古井戸』(84)で一躍有名になり、しかし89年の天安門事件、いわゆる「血の日曜日」以降、民主化運動の指導者として指名手配され地下に潜り、93年から米国での亡命生活を余儀なくされている下放世代の作家である。
僕は「中国のガルシア=マルケス」と呼ばれる魔術的リアリズム小説『神樹』(96)に感銘を受け、2002年に企画編集した写真集『百年の愚行』に寄稿をお願いした。「湖の夢」と題するエッセイは、かつて「華北の真珠」と称えられながら、ダム開発のために壊滅的被害を受けた湖、白洋淀(パイヤンティン/はくようでん)をめぐって綴られている。鄭義は亡命後も、中国の体制のみならず環境破壊についても論陣を張っているのだ。最新刊は『中国の壊滅』というルポルタージュ文学だという。

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『自由のために書く』と題された対話は、300名ほどの聴衆が見守る中、淡々と行われた。いきなり余談を書くと、大江の爆笑問題批判がとてつもなくピント外れで面白かった。「日本に言論の自由はあるが、若い世代が無頓着で言論の実態は貧しい」と述べた後で、「テレビで爆笑問題が30分に20個のギャグを言うとして、2番目のギャグと最後のギャグに整合性がない」というのをその例に挙げたのだ(爆)。それはともかく、鄭義の翻訳家でもある藤井省三の行き届いた司会によって、聴衆は鄭義が置かれている位置について、短時間のうちに過不足ない理解が得られたと思う。
冒頭で大江が、「僕は鄭義さんの作品は『グロテスクリアリズム』と呼びたい」と延べ、それを受けるかたちで亡命作家は「グロテスクリアリズムは中国の現実生活の中にある」と発言した。たとえば中国にもITが導入されているが、最も効果を上げているのは「金の盾」と呼ばれているプロジェクトだという。西側の生んだ電子技術により、公安が構築した、反体制政治犯らを追跡、盗聴する「立体的システム」。「中国は、ジョージ・オーウェルの『1984年』のような時代に本当に入っているのです」と鄭義は言う。

それもあってか、国際ペンが把握しているだけで、30名以上の作家、ジャーナリスト、学生が投獄されているという。「Out of Tokyo 013」でレポートした、国境なきジャーナリストが報告している事態は何も変わっていない。国際ペンや国境なきジャーナリストを含む諸団体が抗議運動を行っているが、今のところ無力である。
本日10月9日には日本ペンクラブで、鄭義を囲む「環境問題懇談会」が開かれる予定で、『百年の愚行』の縁あって筆者もこの会に招かれている。鄭義は環境問題に関して日本文学が果たしている役割について聞きたいということだが、長野県知事の「脱ダム宣言」以外に(県知事が「文学者」であるかどうかはさておき)何を話したらよいと言うのか。中国文学における鄭義、インド文学におけるアルンダティ・ロイがこの国にいないことを、日本文学の愛読者としてとても不本意に思う。
*鄭義の代表作『中国の地の底で』と『神樹』の日本語版は、いずれも朝日新聞社刊。
*アルンダティ・ロイがナルマダ川のダム建設を痛烈に批判した「公益の名のもとに」は、『私の愛したインド』(築地書館)所収。
付記:10/9に開かれた会合は非公開の小さなものだった。鄭義は「中国の信じがたい規模の環境破壊は、中国の政治体制と深く結びついている。体制が変わらない限り環 境破壊は止まらないが、いずれにせよ致命的な段階に入ってしまっている」と語った。
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。