
ジョアン・ジルベルト初来日公演については、いろいろなニュースを耳にしていることと思う。「初日は1時間オシた(1時間オシで済んだ)」「公演ごとに曲目が違った」「演奏の途中で15分間眠ってた」などなど。いずれも「ボサノバの神様」ならではの貫禄を示すエピソードだが、誰もが待っていた公演だけに、会場には多くの有名人の姿が見られた。僕が行った初日(9/11@東京国際フォーラム ホールA)でいちばん目立っていたのは、今や時の人となった感のあるsaigenji。関係者から招待されたのだろうか、前から数列目、ど真ん中という特等席で、気持ちよさそうにジョアンの「声とギター」を聴いていた。

"la puerta"
そのsaigenjiが、ショーロクラブなどで知られる超絶技巧のギタリスト、笹子重治や、フルートの城戸夕果と共演するというので海浜幕張に出かけてみた(9/18@パルプラザ幕張野外特設ステージ)。ジョアンの公演時にたまたまロビーで会った笹子は、その前日に初めてsaigenjiとリハーサルしたという。「ふたりとも同じ『伴奏系』だから、どうからんだらいいかむずかしいと思ってたけど、やってみたら面白かった」というのが笹子のコメント。「同じ『伴奏系』……」ってざっくりくくるけど、ホント? 荒っぽすぎない? というのが僕の率直な感想だった。
案の定、潮風吹く幕張の野外ステージでは、「柔の笹子、剛のsaigenji」と言ったらよいか、ふたりはいい感じでからんでいた。笹子が流麗なアルペジオや端正なカッティングでバックにまわり、saigenjiが激しいアドリブで場を荒らし回る、そんな印象。もちろん「荒らす」といっても、そこはテクニシャン同士、すべてが計算ずくだろう。だが計算ずくが計算ずくに聞こえず、そもそも本人もそんなことを忘れて音の波に身を委ねてしまうあたりがsaigenjiのすごさだし、それをしっかりと受け止める笹子も懐が広い。後で聞いたら「同じ『伴奏系』というのは、この国の音楽シーン全体の中ではということ」だと言っていたけれど、やっぱりそれは荒っぽすぎます(笑)。>笹子さん
帰りの電車の中で、友人が持っていた『フェリシダージ - トリビュート・トゥ・ジョアン・ジルベルト』を聞かせてもらった。saigenjiやショーロクラブのほか、アン・サリー、小野リサ、宮沢和史、Nathalie Wise & 坂本美雨、KAMA AINA(青柳拓次)らが参加している話題のアルバムだ。友人によれば「saigenjiとショーロクラブ以外はみんなカス」とのことだったが、僕にはわからない。だがsaigenjiの「イパネマの娘」はたしかに素晴らしかった。極端にスローなテンポ、展開部で耳を驚かせる激しいリズム、原曲とは異なる複雑なコード進行、力のこもったボーカル……。友人曰く「これこそがトリビュート、これこそがオマージュだよ」。僕もそう思う。
「神様」にはもちろん敵わないだろう。でも、いちばんリスペクトしている「神様」へのオマージュなんだから、ただのカバーには終わらせたくない。そんな気持ちがこもったチャレンジングな一曲だった。いいぞ、saigenji。次は「サンバがサンバであったときから」を歌ってくれ。
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。