
前回、フランクフルト・バレエ団 の危機について記事を書いた直後に、各方面にメールで「当面の危機は回避された模様」と書き送った。だが、カンパニーのスターダンサー、ダナ・カスパーセンから、「バレエ団存続のために十分な予算が支出されるかどうかは依然として明らかではない。対話は建設的なものではあるが、現状ではバレエ団には何も保証されていない」という指摘があった。交渉は継続中であり、展望は明るくはないという認識だ。今後も、続報があればお知らせしたいし、バレエ団のファンの方には、 ウェブサイトでの署名など、引き続いてのご支援をぜひお願いしたい。

さて、前回書くつもりだったことのひとつは、5月25日、パキスタンがミサイル発射実験を開始した日に観たインド演劇 『キッチン・カタ』(@渋谷 スペース・エッジ)。インドの家庭の厨房を舞台に、因習に縛られた女たちの物語を詩人に書いてもらうために、ほかならぬ女たちが語り、歌うというある種のメタ演劇だ。字幕が完全ではないという恨みがやや残ったが、ステージ上で実際に料理をつくって観客に食べさせたり、調理器具を楽器がわりに使ったりと、随所に楽しい工夫が見られた(水を浴び、粉まみれになる女優のタフさにも驚かされた)。6月10日に京都造形芸術大学舞台芸術研究センターから創刊される『舞台芸術』という雑誌に、英日双方の台本が掲載されるという。ご興味のある向きはどうぞ。

芝居自体の面白さもさることながら、うれしかったのは観劇後に、劇場の外でインド料理が振る舞われたことだ。観客はカレーや揚げ物などを立ち食いし、そこにメークもまだ落としていない俳優や、演出家ニーラム・チャウドゥリーをはじめとする裏方が加わる。見知らぬ観客同士が見終わったばかりの芝居について感想を言い合い、英語ができる者は役者やスタッフに直接声をかける。僕自身も、チャウドゥリーや劇団員と言葉を交わすことができて、芝居を二倍楽しめたような気になった。

もうひとつは、その翌日に観に行った『箕口博彫刻展』だ。新宿御苑の近くにある知人の家で開かれたもので、個人宅で開催されるという特殊ケースゆえにREALTOKYOでは事前紹介をしなかった。庭には樹齢百年は確実に超えていると思われるケヤキの巨木がそびえ、かつての武蔵野の雰囲気が濃厚に漂っている。その庭と部屋の一部に、25年前に54歳で没した作家の、木と鉄を用いた抽象彫刻が実によい按配で並べられていた。都心とは思えない静けさの中で、自然を感じつつ作品を眺めるのは、美術館で「芸術鑑賞する」のとはまったく異なる体験だった。
家に上がると、箕口氏の未亡人をはじめとするボランティアスタッフの方々が、お茶とお菓子を振る舞って下さる。同じ部屋に通された観客はもちろん互いに初対面だが、お茶をいただきながら、当然のことながら作品や庭についての話に花が咲く。ひとりで印象や感慨を胸に抱いたまま立ち去るのも悪くないけれど、こうしてほかの人と話し合えるというのが非常に新鮮に感じられた。
海外の劇場などでは、観劇後にロビーが開放され、シャンパンやワインなどを飲みながら観客同士が語り合う光景が見られることがある。劇場の閉館時間その他むずかしい問題があるのだろうが、日本でも作品を鑑賞した後に、観客が(できればつくり手たちとも)ゆっくり感想を交わす場ができればよいと思った。
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。