
今回はすばらしいインド演劇『キッチン・カタ』と、都内某所で行われたある展覧会について書こうと思っていたのだけれど、急遽テーマを変え、更新日も変えてお届けする。ウィリアム・フォーサイス率いるフランクフルト・バレエ団が存亡の危機に瀕している。フランクフルト市が、2004年以降の契約を打ち切ろうとしているというのだ。

僕が第一報を受け取ったのは、現在パリにいる音楽家で、フォーサイスとも親しい池田亮司からだった。フォーサイスその人と音楽監督のトム・ウィレムスのふたりの名が記されたメール。以下のような内容だ。
「フランクフルト市の政治家たちがフランクフルト・バレエ団の活動を停止させようとしています。彼らは古典的な物語性のあるバレエを望んでいるのです。あまりのことに唖然として、何かを考えたり感じたりすることができないほどです。このメッセージを広め、もしできれば、いろいろな人々に(当局宛に)手紙を送ってもらって下さい。これは非常に重大なことです。よろしくお願いします」


続いてパフォーミングアーツのプロデューサー、後藤美紀子から、フランクフルト・バレエ団の看板ダンサー、ダナ・カスパーセンからのメールが転送されてきた。「署名のためのフォームをウェブサイト内につくった、6月3日には政治家たちとの会合がある、バレエ団を助けてほしい」という内容だ。チェーンメール化を防ぐための、迅速かつ効果的な処置であると思う。僕もさっそく署名をし、さらに抗議・嘆願のメールをまとめてくれるというアドレスに、フランクフルト市長と文化担当官宛のメッセージを送った(文末に関連URL、アドレスをまとめて記します)。
今さらいうまでもないが、フランクフルト・バレエ団は世界的な至宝ともいうべき前衛的なカンパニーだ。「ダンス言語の革命」「偶然とバイナリのダンス」などと評され、日本を含む各国で公演を行っている。フォーサイスは振付だけでなく、美術や照明も手がけ、文学、美術、音楽、建築、自然科学など、信じられないほどの多種多様な領域に深く通じた天才であり、フォーキン、バランシン、カニングハムと続くバレエ史に連なるのみならず、20・21世紀における最重要人物のひとりとして芸術史に燦然と輝く存在となるだろう。ちなみにフォーサイス自身は1996年の4月に筆者が行ったインタビューで、「私は言語というよりも生命のようなもの、つまり自律的な形態をつくりたいのです。いわば人工生命ですが、もちろん文化的な生命です」と答えている(『WIRED』日本語版96年7月号)。

石原都政における都立美術館の予算削減と大衆迎合主義化を見るまでもなく、自治体と芸術家・芸術団体の摩擦は洋の東西を問わない。ことはフランクフルト・バレエ団に限らず、たとえばマーサ・グラハム舞踊団が著作権の絡みで運営停止になった例もあるが(Dance Mailing List/Japanを運営する吉田悠樹彦の指摘による)、今回のようなケースには、ともあれ急いで事を運びたい。
筆者からのメールによる連絡に対して、これまでに中沢新一(宗教学者)、石井辰彦(歌人)、池田裕行(TBS ニュースキャスター)、草原真知子(メディアアート研究者)、エマニュエル・ド・モンガゾン(フランス大使館文化アタシェ)、矢野優(編集者)、椿昇(アーティスト)ら、多分野の人々が協力を申し出て下さり、あるいはすでに知人・友人への働きかけをはじめて下さっている。「Out of Tokyo 012」に書いたように、「多数の署名を集めることによって成立する署名運動は、責任が多数に分散することにより実質的な匿名性に陥りかねないという逆説を抱えている」が、今回はフランクフルト・バレエ団そのもののサイトが中核に存在する。世界中のダンスファンやアートファンの(個人的な)尽力を期待したい。
(追記:欧米のメディアは敏感に反応している。ドイツ国内の新聞各紙に加え、『ニューヨーク・タイムズ』『デイリー・テレグラフ』『インディペンデント』『ル・モンド』などのクォリティペーパーが、フォーサイスの談話とともに状況をレポートしている。フランクフルト・バレエ団のサイト、トップページからリンクが張られている)
■フランクフルト・バレエ団のサイト:http://www.frankfurt-ballett.de/
(抗議・嘆願のメールを閲読でき、署名投稿フォームもそなえる)
■署名投稿フォーム:http://www.sign.de/forsythe/
■抗議・嘆願メールの宛先:Oberburgermeisterin Petra Roth and Kulturdezernent Bernd Nordhoff celestine.hennermann@stadt-frankfurt.de
(Celestine Hennermann さんはフォーサイス氏のアシスタントで、彼女が抗議メールを取りまとめ、バレエ団のサイトに掲載した上、Petra Roth 市長とBernd Nordhoff 文化担当官へ手渡してくれるとのこと)
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。