COLUMN

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Out of Tokyo

017:キヤノン・アートラボの「撤退」#1
小崎哲哉
Date: August 03, 2001

7月末にキヤノン株式会社社会・文化支援室から「オフィス移転のご案内」という葉書が届いた。都心の六本木オフィスを畳み、大田区下丸子の本社内に居を移すという。「これを機に一層業務に精励いたす所存」なんて書いてあったけれど、ことはそうは運ばない、というかまったく違う方向に動いているらしい。キヤノン「アートラボ」のふたりの契約キュレーター、四方幸子と阿部一直が「これを機に」職務を離れるのだ。

 

古橋悌二『LOVERS─永遠の恋人たち』 | REALTOKYO
古橋悌二『LOVERS─永遠の恋人たち』

この10年間というもの、キヤノンは「アートラボ」および「写真新世紀」というふたつの文化支援活動を行ってきた。四方と阿部は、その前者を支え、実質的にプログラムを組んできた現場の責任者である。今でこそ当然であるかのようにさまざまな場所で唱えられている「アートとテクノロジーの融合」という実験は、日本ではICC(NTTインターコミュニケーションセンター)とアートラボで始まった。ふたつの機関の活動は、ときとして相重なって見えることも多かったが、特定の展示場所を持たないアートラボのほうが、小回りがきいている印象が強かった。

 

三上晴子『Molecular Informatics』 | REALTOKYO
三上晴子『Molecular Informatics』

亡くなった古橋悌二(ダムタイプ)のプロジェクション作品で、ヌード映像が飛び交う『LOVERS─永遠の恋人たち』や、観客の視線の軌跡によってモレキュール(分子・微片)が自動生成されてゆく三上晴子の『Molecular Informatics』、なぜか心地よい温泉を連想させるクリスティアン・メラーのインタラクティブ建築(?)『Virtual Cage』などが強く記憶に残っている。都市の複雑さをさまざまな情報のフローとして数値化し、ユーザーがそのフローを(再)利用して新しい情報の流れをつくってゆくノウボティック・リサーチの『10─DENCIES』や、情報ネットワークにおけるサウンドの行き来を実体験しようとする江渡浩一郎の『SoundCreatures』なども、インターフェースがやや取っつきにくいという欠点はあったが、意欲的で実験的で、好感の持てる作品だった。

 

クリスティアン・メラー『Virtual Cage』 | REALTOKYO
クリスティアン・メラー『Virtual Cage』

メディアアートは今やむずかしい局面にさしかかっていると思う。目新しさだけでは客は呼べない。そもそも目新しいものはほぼ開発し尽くされてしまった。新たな開発費を提供してくれるスポンサーは激減した。そして一番重要なこと:「もの」と「メディア」と「観客」のあいだで、ほかならぬアーティスト自身が、何に重点を置いて作品づくりを進めてよいものやら自分の位置を測りかねている。

 

そんな中でのアートラボの実質的な撤退、それが言い過ぎなら「変貌・変質」は、時期的に象徴的といえなくもない。ICCが縮小リニューアルされてから3カ月強という短期間のうちに、今度はアートラボだ。東京のメディアアート・シーンは今後どのように変わってゆくのだろうか。

 

【 この項、続く >> 018:キヤノン・アートラボの「撤退」#2

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。