
『ブルータス』のメルマガに「ヨーロッパ系航空会社勤務」のカオリさんという人がカサブランカに行った話を書いている。曰く「ムハンマド5世空港に着いた途端に、すごい匂い。すごい雰囲気。少し後悔」。でも「勇気をだして街へ」行ってみると「女の子はほんとにスカーフで顔を隠してる!」。そして「旧メディナのスークへ」行くと「あやしいお店が大集合」で「盗られたりしないようにバッグも気にしなくっちゃダメだし、もうヘトヘト」となり、「コロニアルな感じの明るい」フレンチレストランに入ったら「外国人が皆さんスーツで」いたので、ようやく「安心出来た」というオチである。
とってもナイーブな原稿を書いたカオリさんも、それをそのまま掲載した編集部もなかなか大胆だ。ブルータス編集部がアラブ原理主義者に爆破されないことを祈るばかりだが、モロッコを愛する者として書いておくと、空港で「すごい匂い」は別にしないし、スカーフで顔を隠してる女の子は他のアラブ諸国に比べると少ないし、白昼普通に歩いている分には盗難に遭う心配もあまりない。スーツを着ている外国人が沢山いる場所がお好みだったら、カサじゃなくてヨーロッパの見本市にでも行ってらっしゃいね。

この記事を読んだ直後に、友人のメキシコ系カナダ人、ラファエル・ロサノ=ヘンメルが来日した。昨年のアルスエレクトロニカでゴールデンニカ、つまりグランプリを受賞したメディアアーティストで、2003年の「山口情報芸術センター」の開館を機に作品をつくるので、その下見と取材に来たという。
ラファの「リレーショナル・アーキテクチュア」シリーズは、その名の通り、別々の場所にある建築物に新たに関係を賦与しようとするもの。97年のアルスで発表した「ディスプレイスト・エンペラーズ」は、自身の生地であるメキシコとフェスティバル開催地オーストリアの近代史に材をとり、リンツ城の壁面と前庭を効果的に用いた、迫力あるインタラクティブ・プロジェクション作品だった。

Photo by Dietmar Tollerind
モントリオールから初来日したラファは、3日間という強行日程の中で精力的に取材を行った。地元の大学教授から郷土史についての講義を受け、萩焼の窯を訪れ、古老の話を聞き、自らのレクチャーの後で若者とも話をした。取材の成果は2年後に、山口で結実することだろう。作家の体験がどのように育ち、伸び、熟れてゆくのか、とても楽しみだ。
ラファは「成田空港は魚臭い」とも「日本人はほんとに西欧人と同じ格好をしている!」とも言わなかった。秋葉原を平気で歩き回り、ドンキホーテにもずんずん入っていった。瀬戸内で食べた和食は最高だったと語り、テキーラを土産に持ってきてメキシコ風の飲み方を教えてくれた。日本に来たカナダ人とモロッコを訪れた日本人とでは事情は異なるかもしれない。とはいえ、異文化への接し方はカオリさんとはだいぶ違う。
カオリさんも、次回のモロッコ旅行は楽しんでね。それから、感じたことを言葉にする際にはお気をつけ遊ばせ。日本語だったら外の人にはばれないなんて思うのは、航空会社という国際ビジネス関係の方にしては時代を読み違えている。思いはすぐに伝わるのです。
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。