COLUMN

outoftokyo
outoftokyo

Out of Tokyo

007:『ユリイカ』と『コリーダ』の快挙
小崎哲哉
Date: January 26, 2001

その昔、パリのシネマテークで、たしか足立正生が撮った日本赤軍の映画を観たことがある。『パリスコープ』には「原語版」と書いてあったけれどこれが大ウソで、ドイツ語吹き替えのアラビア語字幕。どっちも知らないからちんぷんかんぷんだった。これは不運な例外だが、ミュンヘンでは、旅の気分転換にメル・ブルックスの『ヤング・フランケンシュタイン』に入ったら、これもドイツ語吹き替え。周囲のドイツ人観客が大笑いするタイミングで、何がおかしいんだかわからなくてひとりボーッとしていた。情けないったらありゃしない。

 

僕はヒアリングはともかく、英語とフランス語だったらなんとか読める。だから字幕が付いていればなあ、と痛切に思った。絵だけでぐいぐい語るスタイルの作品はまだいいけれど、言葉に重きを置いた映画だと往生する。誤訳も多少はあるだろうし、スペースに限りがあるから細かいニュアンスが消えることもあるだろう。でも字幕があると格段に助かる。国内では頭に浮かんだことのない感想だった。

 

日本の映画事情に明るくない読者のために書いておけば、この国の外国人向け映画環境は欧米よりはややマシである。といっても、幸運なケースは自国語作品を観るときに限られ、それは外国映画の大多数が、吹き替えではなくオリジナルバージョンに日本語字幕付きで上映されるからだ。それに対して、(海外諸国同様)日本映画に外国語字幕が付くケースはほとんどない。だがこれだけ「国際化」とやらが進んだ時代に、日本語が得意でない日本在住の映画ファンが、日本映画を観られないというのはなんとももったいない気がする。

 

EUREKA(ユリイカ) | REALTOKYO
EUREKA(ユリイカ)

と思っていたところに、『EUREKA(ユリイカ)』(テアトル新宿)と『愛のコリーダ 2000』(シネ・アミューズ)が英語字幕付き上映を行っているという情報が飛び込んできた。『ユリイカ』はカンヌ等の映画祭に持っていったフィルムを流用しているそうだが、『コリーダ』は外国人観客のために一から字幕を起こしたという。さらにシネ・アミューズでは、外国人のための特別割引も行っているという。すばらしい! シネ・アミューズの佐藤順子さんに、さっそく話を聞いてみた。

 

シネ・アミューズの実験的試み

 

「東京国際映画祭の際、外国人記者向けに日本映画に字幕を付けたことがあったのですが、一般興行としては初めての試みです。外国人の方にもぜひとも観ていただきたくて、配給のギャガ・コミュニケーションズさんと話して英語字幕版をつくることにしたんです。シネ・アミューズにはEAST、WESTの2館があるので、片方は字幕なし、片方は字幕あり、と分けて上映しています」

 

愛のコリーダ 2000 | REALTOKYO
愛のコリーダ 2000

「『コリーダ』だから、ということはあったと思います。英語圏だけじゃなくて、フランスやブラジルや韓国でもロングランヒットとなり、世界的に認められている作品ですからね。熱狂的なファンもいるし、評価も高い。観たいと思っている方が多いからこそ、われわれも踏み切れたわけです。実際、観客は韓国やブラジルの方が多いですね」

 

「外国人割引は1年くらい前に始めました。IDカードかパスポートを提示していただければ、一般料金1800円が1500円に、学生料金1500円が1000円になります。ある大学の教授が『留学生がお金がなくて映画を観られない。何とかならないか』と言ってこられたのがきっかけでしたが、学生にこだわることもないし、外国人の方に気軽に足を運んでいただきたくて一般も割り引くことにしたんです。日本人に対する逆差別では、という声もありますが、それはまあ、ご勘弁いただいて(笑)」

 

「大した宣伝もしてないんですが口コミで利用者が増え、1日平均4~5人お見えになります。『コリーダ』は人気が高く、土日は10名以上。うちは日本映画を応援したいし、話題になれば宣伝的な効果も上がるので、今後も機会があればやりたいと思っています」

 

各国語字幕が付く日は来るか?

 

翻訳とスーパーインポーズの制作には、標準的な、つまり90~100分程度の映画で50~60万円ぐらいかかるそうだ。また、日本語がわかる観客(つまり大多数を占める日本人観客)のなかには「字幕が邪魔だ」と怒る人もいる。映画の作り手の側にも、「絵を汚す」と抵抗感を示す向きが少なからずあるという。

 

だが、これはやはり応援すべきだろう。英語が国際共通語として適当かどうかという大問題はさておき、日本映画がまずお膝元の日本にいる在日外国人にきちんと観られ、理解されるというのは、底辺拡大のためにも大切なことなんじゃないだろうか。50~60万円というのは無視できない金額だが、潜在的な観客数は実は結構あるんじゃないかと思う。

 

さらにこれが発展して、中国語字幕や韓国語字幕をはじめ、各国語の字幕が付くようになる日は来ないか? IT革命とやらは字幕制作費の大幅削減にも役立ってくれないか? 耳の不自由な人のために自国語字幕も付かないか? 北京語、広東語、韓国語、マレー語、日本語が飛び交う大久保のカラオケ居酒屋で、マッカリ片手にそんなことを夢想した。カラオケのモニターには、それぞれの言語の字幕が表示されている。各国語のカラオケを入れ替えてるんだから当たり前といえば当たり前だけれど、それは奇妙に美しい光景だった。

 

(追記:渋谷のシネマライズでは、ネパール語映画『キャラバン』の英語字幕スーパー付き上映が、2月10日から16日まで行われるという)

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。