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Interview

135:黒沢清さん(『ダゲレオタイプの女』監督・脚本)
聞き手:福嶋真砂代
Date: October 15, 2016
黒沢清さん(『ダゲレオタイプの女』監督・脚本) | REALTOKYO

オールフランスロケによる最新作『ダゲレオタイプの女』が公開となる黒沢清監督にインタビューした。俳優マチュー・アマルリック始め黒沢組への参加を熱望する人は後を絶たず、海外、特にフランスでの「黒沢熱」はもの凄い。そんな中淡々と、「まったく日本と変わりなく撮影を行った」とのことだが、実際に現場はどうだったのだろう? 新しく迎えたフランス人撮影監督のこだわり話も興味深く、「フランス」が否応なく流れ込む裏話も聞けた。上品な老婆に自身の実感をさらりとつぶやかせるあたりも憎い。“黒沢節”を楽しませてくれたトークをたっぷりどうぞ。

まずはこの物語ができた経緯を教えて下さい。幽霊と共生するなど『岸辺の旅』とどこか呼応しているようにも感じました。

 

不思議なめぐり合わせだなと思いましたが、様々な偶然でそういうことになりました。もともとこの物語を考えたのは随分前で、2000年前後でした。当時はジャパニーズホラーが流行っていた頃で、イギリスのプロデューサーから「イギリスで何かホラー映画を撮らないか」とオファーをもらい、考えたオリジナルストーリーが、この作品のもとでした。それはバリバリのホラーで、そのプロジェクトは一旦途切れたのですが、年月が経ち、フランスで作るという話になったところから、ホラーテイストよりももう少しラブストーリーにしたいなとどんどん書き換えていったのです。書き換えている最中に『岸辺の旅』の話があって、作りました。全然ホラーテイストじゃないものを『岸辺の旅』で撮ったので、 この作品の最終的な脚本の決定過程で、またホラーに寄っていきました。もう二転、三転しているんです(笑)。途中に『岸辺の旅』があったので、自分の中でもどうバランスをとっていいか困ったものでした。

 

そもそもダゲレオタイプの写真はどこでご覧になったのですか。

 

それまでも存在は知ってはいましたが、本当にちゃんと実物を見たのは20年近く前、恵比寿の東京都写真美術館のダゲレオタイプ写真展です。そういう写真に少しは興味があり、実物を見られる機会もそうないですから見に行くと、写真は写真でよかったのですが、その脇に人体を固定した装置が飾ってあったんです。「これはスゴイ。映画に使えそう」と思ったのがもともとのアイディアなんです。

 

専門的な描写が随所に出てきますが、かなりダゲレオタイプについて研究されましたか。

 

いやいや、そんなに。もちろん日本でもダゲレオタイプで撮影されている方はいらっしゃいますけど、フランスでいまも撮っていらっしゃる方がいて、その人に会って実際に撮っているところを見たり聞いたりということはやりました。けれど所詮はフィクションですので、この通りぜんぶ実物ということはなくて、これはものすごく大掛かりに映画用のものを作ったんです。こんな大きな固定装置はないですから。しかし後半で老婦人を固定していた小さい装置、あれは本物で、本当に昔使っていたものなんです。拘束器具にはもうちょっと複雑なバージョンがありましたが、ここまで大掛かりではないんです。

 

黒沢清『ダゲレオタイプの女』 | REALTOKYO
©FILM-IN-EVOLUTION - LES PRODUCTIONS BALTHAZAR - FRAKAS PRODUCTIONS – LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinéma

狙っていないが、放っておくと「フランス」になってしまう

映像がときにはフェルメールなどのヨーロッパ絵画のような暗闇の深さや陰影の強さを感じて、物語への没入感が高まりました。今回、フランスで初めてフランス人スタッフと一緒に仕事をしたことについて、黒沢さんは「全然変わりはなかった」とインタビューでおっしゃっているんですが、一体現場はどういう感じだったのでしょうか。やっぱり違う点はなかったと?(撮影監督に新しくアレクシ・カヴィルシーヌさんを起用)

 

いや、やっぱり違うでしょうね。撮影の作業の流れそのものは本当に日本と変わらないし、僕がお願いしたことを熱心に実現しようとしてくれるんです。ただ、どこがどうとこちらも撮影しているそのときにはわからないのですが、細かいことのひとつひとつはやっぱり「フランス」なんですね。当たり前なんですが、それはもう場所も人間も着てる衣装もフランスですから、放っておくと、どんどんフランスっぽくなっていきます。僕はフランスっぽさを狙っていたわけではないので、もうちょっと普通でいいと思っていて。例えば、外で撮影するときに、太陽がどこにあるのかをものすごく気にするんです。もちろん日本の撮影監督も気にするんですが、今回の撮影監督のアレクシは必ず逆光に入ろうとするんです。

 

はい(笑)。

 

日本人のカメラマンなら順光の中でいろいろ工夫したりするんですけど、アレクシは必ず逆に入ろうとするんです。「なんでそんなところにカメラを置くの?」と訊くと、「逆だから」って。そうするとぜんぶ後ろからフワ~ってなるんです。そのフワ~がいい場合と、全カットフワフワしてちゃまずいでしょ、というのもあるので「たまには順光もいいでしょ」と言うと、「順光もたまにはいい」と言いながら、感覚的には必ず逆光に入ろうとしました。おもしろかったです。

 

それと、日本と全然違って驚いたのは壁の色です。居住者がいる屋敷を借りて撮影に使えることになったのですが、美術部は「家の壁の色は何色がいいですか」と訊いてくるんです。人が住んでる家の壁の色ですよ。「いや、塗り替えますから」と言うんです。「でも人が住んでる部屋を塗り替えていいの?」と思うんですけど。余程その持ち主がいやだと言ったら別なんですけど、大概「いい」って言うんですね。

 

あのステファンとマリーのお屋敷のことですか?

 

そう、あの屋敷の壁の色はほとんど塗り替えているんです。どうしてそんなことが「いい」と言われるのかというと、そこは日本と全然違う環境で、あの屋敷そのものは300年近く前からあるので、歴代の住人が何十回と塗り替えているんです。だから壁を塗り替えることはなんでもない、当たり前のことなので「好きなように塗り替えていいよ。また嫌になったら元に戻すから」と。当然、壁はものすごく厚い層になって塗り替えられているので、壁の塗り替えは朝飯前ということなのです。だからやりすぎるとものすごくあざといことになるのですが、映画をある設計のもとで統一的には作っていけるんです。普通はセット撮影だとそれもできますが、他人の家の壁を塗り替えるのはなかなかできないことですから。別の言い方をすると、「映画を作るためにそのぐらいやってもいい、当たり前。映画に映るものだから基本的には好きな色にしましょうよ」というような大らかで贅沢な考えもベースにあるんですね。同じ屋敷の設定ですが、実は3ヶ所、全然別のところで撮っています。いま言った玄関に階段のある屋敷が1ヶ所、もう1ヶ所は温室のある庭ですが、別の場所です。あと1ヶ所、作業をしているスタジオはまた別の場所です。すべてパリから車で小1時間の、似た条件のところなのですが。実は3ヶ所使っています。

 

芦澤明子さん(数多くの黒沢作品の撮影監督)が『岸辺の旅』を撮ったときに、アレクシさんだったらどう撮るだろうかと気にしていらしたらしいですね。

 

そうですね。逆にアレクシは「芦澤さんは気に入ってくれるだろうか……」と気にしてました。それはそういうものなのですね。ただもちろん芦澤さんとアレクシが違うといえば違うんですけど、“美しさ”という単純な言葉で言っていいのかわかりませんが、あるフィクションとしての、見ているだけで気持ちのいい感覚と、とはいえそこに写っているものの生々しさ、リアリティの、両方をちゃんと丁寧に描こうとしてくれるのは、映画のカメラマンの基本だと思いますが、どちらもそれを出そうとする点では同じかなと思います。

 

黒沢清『ダゲレオタイプの女』 | REALTOKYO
©FILM-IN-EVOLUTION - LES PRODUCTIONS BALTHAZAR - FRAKAS PRODUCTIONS – LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinéma

2種類の幽霊を楽しんでいただければ

今回の幽霊は生々しく、まるで生きているかのような人も登場しますね。

 

ま、ズバリ幽霊なんですけど(笑)。今回、最初にこのシノプシスを書いたときからの狙いだったのですが、古典的な怪談、たとえば『四谷怪談』が典型ですが、幽霊って最初は幽霊じゃないんです。生きた人間として、普通に生きた人間と関係を持っていて、あるとき死んでしまうことでそこから生きた人間と幽霊の関係に変質していく。この関係は最近の日本のホラー映画にはほとんどなく、特に西洋にはほとんどない。最近のホラーは物語が始まったら幽霊は最初から幽霊。ある屋敷にやってきたら何か怪しげな人がいると思ったら幽霊だったとか。もちろん100年前に生きていたとかそういうのはあるのでしょうが、幽霊は最初から幽霊なんです。ずっと関係が変わらないというのが西洋の幽霊。『リング』の貞子もそうですね。このふたつを合体させたかったんです。最初から幽霊である幽霊と、途中から幽霊になってしまう日本の怪談映画に出てくる幽霊との2種類を楽しめるように作っているのが今回の特徴です。

 

ステファン役のオリヴィエ・グルメさんが素晴らしかったです。一緒に仕事されていかがでしたか。

 

フランス語で演じているのでよくはわからないのですが、相当緻密に考えて、いかにアドリブというか、なんの準備もないかのように登場人物そのものに見えるかに、とことん力を入れる。映画の俳優としては理想的だと思いました。何気なくこういうことをやるとか、何気なくこういうセリフをしゃべるというのが彼は大好きなんですけど、ものすごく考えるんですね。どうやったら何気なく見えるかと。さも何気ないようにやるんですけど。相当緻密な考えのもとにそれをやっています。日本の俳優でけっこういるのは、「何気なくはできないので何か理由下さい」と言うタイプですが、「理由は要らないので、理由なしのやつで」と言うと、「よくわかりました!」と理由もなくいきなり演じるんですね。「それをやってみましょう」とか言ってね。なんの理由もなくやっちゃうんですね。そういう点では僕のやり方は日本とは変わらなかったです。演出意図について、撮影現場で「こう動いてほしい」ということはありました。そうすると指示通り動いてくれる。いかに自然に演じるか、ということに彼らは力を注ぎます。監督がこうしてくれというから自分はこうするんだと。段取りとして動いていたとしても、まるで自然な動きにのように見せることに命を掛けている人たちでした。

 

特にマチュー・アマルリックさんもそうではないでしょうか。

 

おもしろいですね、マチューさん。ほとんど感覚的にやってらっしゃるんですけど上手いですね。

 

マチューさんは、彼の方からぜひ演じたいとおっしゃったと?

 

そうなんですよ。前から知ってはいたのですが、忙しいひとですし、当初さすがにそこまでの俳優のキャスティングは難しいと思っていたのですが、こんな映画を僕がやろうとしているというのをどこかから嗅ぎつけて「なんでもいいからどこか出してよ」と。「本当?」と言うと「本当になんでもいい」と(笑)。

 

それで書き足したんですか?

 

いや、そんなに書き足していないんですけど、空いていたのはあの役で、なんでもいい役ではないですけど、そう出番は多くなくて「あれでよければ」と言うと「ぜひ出たい」ということで。楽しかったですよ!

 

黒沢清『ダゲレオタイプの女』 | REALTOKYO
©FILM-IN-EVOLUTION - LES PRODUCTIONS BALTHAZAR - FRAKAS PRODUCTIONS – LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinéma

素直に僕の実感から生まれたセリフ

後半でひとりの老女が写真を撮ってもらいにやって来て、去り際に「死は幻ですよ」というようなセリフを言いますが、この映画の核なのではと感じました。死んでいる人は幻であるということと、生きている人ももしかしたら幻なんじゃないかと思わせるようなセリフであるし、そういう映画であるなと思いました。

 

日本語だとあのようなセリフは言い辛いかもしれませんが、字幕だとうまくいったかな(笑)。フランス語でもそのまま言ってますが、無理なく言えたようでほっとしてます。あのセリフは、けっこう素直に僕の実感から出てきたセリフです。深い文学的意図があるわけではなくて。僕もまだそこまで老人にはなっていないのですが、死んでしまったらどうなるかわからないですし、そのわからなさにジタバタしていたのは若い頃だったなと。年を経るにつれて、意外にそれはいま存在していることの延長ではないかと、ジタバタするようなものではないんじゃないのと。通常みんながジタバタしてしまう死とは、生きているひとが勝手に作り上げた幻みたいなもので、本当に死にゆくひとにとっては、死とは幻のようなものかなと。

 

一方、ステファンはジタバタしますね。

 

もちろん、現実に死をつきつけられて人間そうそう心安らかにいられるわけはないので、僕がこんなワケ知ったようなことが言えるのは、何本もホラー映画を作ってきたからです(笑)。

 

ちなみに、いまのお話の「死は幻」の老婦人はどんな役者さんですか。

 

実はものすごく有名な方ではないのですが、綺麗で上品なあの通りの方で、死ぬ前にこんな役をやれてうれしいわとおっしゃっていました。

 

植物園の館長役の方は?

 

彼は舞台の俳優さんで、どこで話を聞きつけてきたのか、館長の役は私がふさわしいと思うのだけど、演技を見てくれと、自分でカチャッとボタンを押して、芝居をやって、カチャッとまたボタンを止めてる自宅撮影のDVDが送られてきたんです。そういう姿勢は日本とは全然違いましたね。

 

黒沢清『ダゲレオタイプの女』 | REALTOKYO
©FILM-IN-EVOLUTION - LES PRODUCTIONS BALTHAZAR - FRAKAS PRODUCTIONS – LFDLPA Japan Film Partners - ARTE France Cinéma

(※このインタビューは、2016年2016年6月22日に行われました。)

 

プロフィール

くろさわ・きよし/1955年7月19日生まれ、兵庫県出身。大学時代から8ミリ映画を撮り始め、『スウィートホーム』(88)で初めて一般商業映画を手掛ける。その後『CURE キュア』(97)で世界的な注目を集め、海外映画祭からの招待が相次ぐ。『ニンゲン合格』(98)、『大いなる幻影 Barren Illusion』(99)、『カリスマ』(99)と話題作が続き、『回路』(00)では第54回カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞を受賞。以降も、第56回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品された『アカルイミライ』(02)、『ドッペルゲンガー』(02)、『LOFT ロフト』(05)、第64回ヴェネチア国際映画祭に正式招待された『叫』(06)と国内外から高い評価を受ける。また、日本・オランダ・香港の合作映画『トウキョウソナタ』(08)では、第61回カンヌ国際映画祭ある視点部門審査員賞と第3回アジア・フィルム・アワード作品賞を受賞。連続ドラマ「贖罪」(11/WOWOW)で、第69回ヴェネチア国際映画祭アウト・オブ・コンペティション部門にテレビドラマとして異例の出品を果たしたほか、第37回トロント国際映画祭や第17回釜山国際映画祭など多くの国際映画祭でも上映された。その他、第8回ローマ映画祭最優秀監督賞を受賞した『Seventh Code セブンス・コード』(13)、第68回カンヌ国際映画祭ある視点部門監督賞と第33回川喜多賞を受賞した『岸辺の旅』(14)、第66回ベルリン国際映画祭に正式出品された『クリーピー 偽りの隣人』(16)などがある。

インフォメーション

『ダゲレオタイプの女』

10月15日(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテほか全国ロードショー

配給:ビターズ・エンド

公式サイト:http://www.bitters.co.jp/dagereo/

寄稿家プロフィール

ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラム執筆。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』など。