

是枝裕和監督によってリメイクされたドキュメンタリー『いしぶみ』が劇場公開となる。オリジナルは1969年、広島テレビが制作した『碑』で、杉村春子さんが「語り部」となり、原爆の犠牲になった旧制・広島第二中学校(広島二中)の321人の生徒の記録が綴られている。原爆が落ちた朝、生徒たちは”建築疎開”の作業のために、爆心地のすぐ近く、本川の土手に集合し点呼をとっていた。その後、どのように亡くなったのか。番組制作時の丹念な取材によって家族が語った言葉そのまま、活字や数字ではなく、ひとりひとりの顔を思い出し、家族に愛された「人間」としての死を生々しく記した。即死の人も多かったといわれるが、猛火を逃れて川に入り、干潮がきてまた岸に上がり、家まで何キロも歩いたり、大人に声をかけて連れて帰ってもらったり、最後まで諦めずに奮闘した末に力尽きたことが見えてくる。逆さにみると父や母がわが子を探す悲鳴と慟哭でもある。最期のひとときを一緒に過ごすことができた子、会えずに独りで亡くなる子、12、3歳のまだ幼さが残る中学一年生たちの「あの日」の様子が、リメイクでは綾瀬はるかさんの語りによって目の前に浮かび上がる。今回、是枝さんは池上彰さんと生き残った“子どもたち”を取材した。そこから見えるものとは……? 奇しくもインタビューしたのは、オバマ米大統領が「ヒロシマ・スピーチ」を残す2日前。改めて核廃絶の願い、平和の重みを問う時間を共有したい。映画に合わせて『いしぶみ 広島二中一年生 全滅の記録』(ポプラ社)を読むこともお薦めします。
知った気になっていることを、きちんと学びなおすことが大事
カンヌから帰国されたばかりですね。お疲れの中をありがとうございます。
ちょっと時差ぼけしてます(笑)。
いまは(2016年5月25日)、オバマ大統領が広島を初めて訪問するということで、より広島へのフォーカスが強くなっています。このようなタイミングで『いしぶみ』が上映されることについて何か感じていることはありますか。
そうですね、ま、よかったと思います。オバマ大統領だけではなく、もっと早く多くのアメリカの政治家が来るべきだったと思います。でも日本人が「謝罪しろ」というのはどうかと思うし、それは違うなと思います。オバマ大統領も政治的な影響力がなくなる頃に来るのもどうかと思うんだけど、それでも来たほうがいいと思います。日本の首相も訪れて頭を垂れるべき場所があるんじゃないですか?
オバマ大統領やアメリカの政治家にはどうしてほしいでしょうか。
何が起きたのかを知るべきですね。それからしか何も始まらないです。
その場に行って、その空気を吸うことはとても大事なことだと思います。
そう思います。行かずに語ることが多すぎるからね。知った気になっていることをきちんと学びなおすことが大事だと思います。あの戦争自体は、言ってしまえば、アメリカにとっては正しかった戦争だったから。その後は失敗続きで正しさをいくら声高に主張しても相対化されてしまう中で、あの戦争だけは正しかったと信じたいのでしょう。その時に「謝罪をする」という選択肢は国家としてはないでしょうから。本来的にはあそこで民間人を巻き込んだ戦争犯罪はいくら戦勝国とはいえ、問われるべきだと僕は思いますが、そのことを日本人が口にするためには、日本も広島と長崎の被害だけを声高に主張するのではなくて、あの戦争の加害責任というものをきちんと自ら問い、検証し、認識を積み重ねていかないと、謝罪を要求する権利はないと思います。

生きた人たちを取材することで、死んだ人たちを相対化する
『いしぶみ』は去年8月にテレビで放送されましたが、そこから映画にするにあたって手を加えられたのですか。
全体の形は大きくは変えてないですが、スタジオでの朗読パートを増やしました。
リメイクでは、オリジナル番組と違って取材パートがありますね。2部構成というか、“2階建て構造”のように、朗読パートの内容に関連して、池上さんがインタビューのパートで個々に取材をして、朗読パートで頭の中で想像されたものが、さらにリアルに立ち上がるという形になっていますね。その部分について、ほかにも企画案があったとプレス資料で読みました。そうした中で生き残った方々の話を聞けるということになったのですが、そのほかの選択肢として、在日韓国人の方の話や、あるいはアメリカでの取材も考えていらしたと。
そうですね。アメリカに取材に行こうかなと思ってました。最初にリメイクするということになった時、どうせやるならば被害だけを語るのではなくて、原爆を落とした側が何を考えているのかということと、原爆を落とされたことによって解放された在日朝鮮人、韓国人に取材を広げるということをやっていいのだったらやりたいという話をしてました。被害だけを語るのはもういいんじゃないかと。それで話は進んでいましたが、そのうち広島二中一年生で生き残りの方がいらっしゃる、全滅ではないということが、取材で現地に行ったら見えてきたんです。最初は僕の頭の中だけで考えていたことなんですけど、それが見えてきたときに、生き残った人たちをきちんと取材することで、死んだ人たちを相対化するということ、そのことのほうがこの『いしぶみ』という作品に対しては正しいスタンスなのかなと思って、『いしぶみ』の外側に行くのをやめて、『いしぶみ』の中だけで番組を作るというふうに、取材を進めるプロセスで方針が固まったということなんです。
映画という形の中で、“池上彰さんスタイル”で取材を進めていくのも興味深く拝見しましたが、池上さんが是枝監督と仕事をしてその演出の仕方にとても感激したとプレス資料では語っていらっしゃいます。「もう1回やってみようか」と言われたということは「いまのはNGなんだな」と思って、それでダメを出すことなく、自分でそれを気付かせるようにしてくれた是枝さんの演出法に感激したとおっしゃってるんですね。
そんなに僕が何か言わなくても、すぐ「わかったから」という感じでした。僕は池上さんがNHK時代に体験した夏の終戦記念日の記憶とか、そういう個人史的な話を聞いてみたいなとそっちへそっちへ振ったことを、たぶんおっしゃっているのだと思います。
池上さんご本人が感じたことですね。
そう、それをより口語で話してもらうように、レポートではなくて体験を語るという方向に、ちょっとだけですよ、そんな池上さんにダメ出しするなんて、そんなそんな……(笑)。
池上さんはそういうふうに「導いてくれた」是枝監督の演出がすごいなと。
ありがとうございます。
池上さんの取材パートは映画にするにあたって手を加えてないんですか。
いや、だいぶ削りました。それで割合的にスタジオ部分が増えました。

オリジナルでは杉村春子さんが「語り部」をされていますが、今回は綾瀬はるかさんが朗読されました。かなりの分量の「語り」でしたが、どういうふうに撮影されたんですか。ずっと通してやられたのでしょうか。
いえ、ブロックに分けましたけど、あれは1日で撮りました。
地の文があって、セリフがあって、セリフもお父さん、お母さん、亡くなった本人の部分とかあって、ものすごく難しい台本だと思うんです。ひとりで読みこなす力は大変ですね。
そうなんですよね。そこで綾瀬さんはどれくらい演じたらいいかとすごく悩まれてました。
変な言い方ですが、綾瀬さんはやっぱり「女優」だなと思ったのは、朗読の中で、その人になりきったときの威力です。30分くらい過ぎたところで「おーい」と呼びかけるセリフでガラリと空気が変わって……。
「おーい、水浴びに行こうや~」ですね。あそこすごくいいですよね。
そうそう、あのくだりがすごく良くて、ググっと引き込まれました。
あの辺からあれくらいの演じ方が入ってきてもいいんじゃないかと、少しね。
では綾瀬さん自ら感情の高ぶりであのようになったというのではなく……?
ではなくて、そこまで一応感情を抑えていたので、あそこの部分と、母親が翌朝行ったら子供がまだ涙が流れたばかりで乾いてなくて、という部分はいちばん感情が入るところです。そこまではずっと「学校の先生」のスタンスで読んでいたのが、あそこで「母親」になり代わって読むという距離の近さを出しているんですが、部分部分で少し演じてみたり、情に寄ってみるというのは、撮りながらですけどね。そこでやっぱり役者の本領が出ましたね。

原爆が落ちる前の彼らの生をきちんと描きたかった
『いしぶみ』を観るに際して、同時に、とくに若い人たちに観ておいてもらいたい、戦争に関わる映画はありますか。
黒木和雄監督の『明日、Tomorrow』がいいですね、それが好きです。
『明日、 Tomorrow』は原爆直前までの日常の時間を描くことで、その前後の残酷すぎる落差を感じることができます。
今回の『いしぶみ』もスタンスとしてはそこです。原爆が落ちる前の彼らの生というものをきちんと描いていくというスタンスです。
亡くなった方々をもう一度生き返らせるというか、その前まではどんな生活でどんな1日のはずだったんだろうということを思い起こす機会になりますね。
そうです。最後の資料映像もそこを流してます。
あの映像の子供たちは広島二中の生徒たちなんですか。
正確にはそうではないのですが、広島のあの時代の子どもたちです。
「贖罪感」があると語られた英語の山本先生の娘さんもそうだし、運命を分けるタイミングで原爆を逃れた方々の実感というのは意味深く、想像を超えます。それを語ってくれる方々の言葉は、どんどんそういう方が亡くなられる現在、とても貴重です。是枝監督はあの取材の人選もなさったんですよね。
やりました。生き残った生徒の中で連絡がとれた方々には、具合が悪くて出られない方を除いては、全員出ていただきました。二中の山本先生の娘さんが見つかって、あの印象的なシーンになりました。
奇跡の出会いのような整合性で驚きました。山本先生の娘さんの話が聞けたり、事実の裏表を全部聞くことができたり、当時英語の先生だった山本先生が音楽を教えざるをえなかったとか、あの時代に英語を教えることについても実際に娘さんが話してくれたところ、すごいと思いました。
おもしろかったですよね、あそこ。すごかった。
そして今後、戦争ものを撮ることを考えていらっしゃると……?
もうね、10年前からやりたいと思っている企画があるんですけど、お金かかることもあって、なかなか実現しなくて。
それはフィクションですか。
そうですね。考えているのはブラジルの日系移民の話で、実は10年も前からの企画なんです。もうちょっと時間かかると思いますけど、やりたいです。がんばります。
(※このインタビューは、2016年5月25日に行われました。)

プロフィール
これえだ・ひろかず/1962年、東京都生まれ。87年に早稲田大学第一文学部文芸学科卒業後、テレビマンユニオンに参加。主にドキュメンタリー番組を演出、2014年に独立し、制作者集団「分福」を立ち上げる。主なテレビ作品に、水俣病担当者だった環境庁の高級官僚の自殺を追った「しかし…」(91/フジテレビ/ギャラクシー賞優秀作品賞)、一頭の仔牛とこども達の3年間の成長をみつめた「もう一つの教育~伊那小学校春組の記録~」(91/フジテレビ/ATP賞優秀賞)などがある。95年、初監督した映画『幻の光』が、第52回ヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞等を受賞。2作目の『ワンダフルライフ』(98)は、各国で高い評価を受け、世界30ヶ国、全米200館での公開と、日本のインディペンデント映画としては異例のヒットとなった。04年、監督4作目の『誰も知らない』が第57回カンヌ国際映画祭にて映画祭史上最年少の最優秀男優賞(柳楽優弥)を受賞し、話題を呼ぶ。08年には、自身の実体験を反映させたホームドラマ『歩いても 歩いても』を発表、ブルーリボン賞監督賞ほか国内外で高い評価を得る。12年、初の連続ドラマ「ゴーイング マイ ホーム」(関西テレビ・フジテレビ系)で全話脚本・演出・編集を手掛ける。13年、『そして父になる』で第66回カンヌ国際映画祭コンペティション部門審査員賞受賞。15年、『海街diary』が同部門に正式出品された。最新作『海よりもまだ深く』が2016年5月21日より全国公開中。
寄稿家プロフィール
ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラム執筆。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』など。