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Interview

126:ベント・ハーメルさん(『1001グラム ハカリしれない愛のこと』監督・脚本・製作)
聞き手:福嶋真砂代
Date: November 10, 2015
ベント・ハーメルさん(『1001グラム ハカリしれない愛のこと』監督・脚本・製作) | REALTOKYO

『ホルテンさんのはじめての冒険』など、独特のテクスチャを持つ世界観で孤独や人生について描いてきたノルウェーのベント・ハーメル監督の新作、去年の第27回東京国際映画祭コンペティション部門に出品された『1001グラム ハカリしれない愛のこと』が劇場公開中だ。科学者マリエが父の死を乗り越え、自身の"ハカリ"を見つけるストーリー。ラジオでノルウェー国立計量研究所について知ったことがきっかけとなり企画した本作は、初の女性主人公。妻が亡くなる前に主演アーネ・ダール・トルプと「次は女性を起用したらいいのに」と話していたことが実現した。これが4回目の日本とのこと。新作について、また映画祭審査委員の感想なども伺った。

BulBul Film, Pandora Film Produktion, Slot Machine (c) 2014 | REALTOKYO
BulBul Film, Pandora Film Produktion, Slot Machine (c) 2014

「重さ」を仕事とする女性が主人公でしたね。映画の狙うところをお聞かせ下さい。

 

この映画は人と人との心の距離や孤独感を描いています。主人公のマリエは社交性に欠ける部分があったり、離婚していたり、父を失ったり、そんな悲しみや心の痛みを抱えています。この映画のために科学の世界について探求しましたが、僕にとっても楽しい作業でした。モノの「定義」をしている人も僕たちと変わらない人間で、感情を持ち、日々の生活をしています。彼らと我々を隔てるものはないのですね。製作費的に、セットを組んだり、ロケ場所を探したりするのは難しいと思っていたので、ノルウェー国立計量研究所やパリ国際度量衡局で実際に撮影を行えたのはラッキーでした。僕自身もよく知らなかった世界で、度量衡局に何度も足を運びましたが、いろいろなことを学ぶことができておもしろかったです。例えば、このような場所で働いている人たちは普段から何でもハカリまくっているのではないかと思っていたのですが、やはり特殊なタイプの方が多くて、物事の意味付けなども少し違っていたりしました。映画に出てくるように、実際に「キログラム原器」を失くした国もあるそうで、これは本当にあったことで、そんな失敗もあるのかという驚く話も聞きました。このストーリーも、実際に科学者たちと早くから交流して感じたことや、人の感情、生きるということがテーマになっています。俳優も役者である前に人間であり、だからこそ訓練してプロとなるのですが、同様に科学者も人間であり、永遠とか、死に対しても抗えない恐怖を感じる。何か答を探すときには、どこかで自分たちをハカルものさしや基準を求めてしまうのです。これが僕の興味のベースになったところです。

 

BulBul Film, Pandora Film Produktion, Slot Machine (c) 2014 | REALTOKYO
BulBul Film, Pandora Film Produktion, Slot Machine (c) 2014

「混沌の中にも秩序がある」とか「人生でいちばんの重荷は、背負うものが何もないということだ」などの重みのあるセリフの数々が散りばめられていますが、監督の実体験から滲み出てきたものでしょうか。

 

僕は恵まれた人生を歩んできたと思いますが、やはりみなさんと同じようにいろいろ経験もしました。そんな人生体験は映画の中に滲み出ているとは思います。ただご指摘のセリフについては、たまたまノルウェーの詩人の言葉を新聞で目にして、いいなと思いました。きちんとクレジット関係はクリアしたから盗用してないですよ(笑)。とりわけ兄弟関係について(父とその弟のくだりで出てくるセリフなので)ピッタリくると思ったのですが、それより大きなテーマについても作品にピッタリくる言葉だと思い採用しました。

 

BulBul Film, Pandora Film Produktion, Slot Machine (c) 2014 | REALTOKYO
BulBul Film, Pandora Film Produktion, Slot Machine (c) 2014

大切にしたのは主人公の心の変化、内なる旅の表現

ノルウェーでのシーンは青を、フランスでは暖色を基調として、透明感ある映像美や色彩の移り変わりも印象的でした。ノルウェーは冷たい感じに描かれていたのですが、実際はどうなのでしょうか。

 

最初に言っておきますが、実際のノルウェーはそんなに冷たい街ではありません(笑)。映画の色彩については綿密に設計しましたし、25年来一緒に仕事をしている撮影監督(ヨン・クリスティアン・ローセンルンド)と"ムード"について話し合いました。どんなに美しいフレーミングで撮れたとしても、ストーリーを支えるものでなければ意味がない。僕たちが大切にしたのは主人公の心の変化、内なる旅を表現しているかどうかということでした。単に北のノルウェーは寒色、南にあるパリは暖色というような決め方ではなく、マリエの心の変化をいかに表現できているか。彼女はずっと人生に対して「Yes」と言うことに抵抗してきましたが、彼女自身も生きる上での指標に基づいて生きてきたわけです。でも、だんだん心をオープンに、最後には人生に「Yes」ということができ、恋愛の面でもパリの科学者パイに対しても「Yes」と言うことができるといいのだけど……、という願望も込められています。これらの画づくりにはかなり努力をしました。ノルウェーの研究所は、実際には北側が赤、南側が青のようにデザインされていたのですが、僕たちが北側で撮影をするために、わざわざ赤い柱を青く塗らせてもらったこともありました。

 

BulBul Film, Pandora Film Produktion, Slot Machine (c) 2014 | REALTOKYO
BulBul Film, Pandora Film Produktion, Slot Machine (c) 2014

男女関係なく、人間の孤独を描いた

主役のアーネ・ダール・トルプさんも素晴らしかったです。演出はどのように行ったのでしょうか。

 

アーネは、素晴らしい役者であると同時に超プロフェッショナルで、オープンな人でした。先ほど触れたように、彼女が人生に「Yes」と言うまで、とにかく抑えていこうと思いました。しかも観客には劇的にその変化が見えるようにしたい。エンターテインメント的にはスマイルを小出しにしていくやり方もあったのでしょうが、僕らの選択は極限まで抑制して、最後にほぐれていく彼女を見せるというもので、彼女も同じように考えていました。一方パイ(ロラン・ストッケル)は「普通の男性」という設定にしました。もう少しイケメンで背も高い男がいいんじゃないかという配給会社の意見もあったのですが、マリエにとっては、普通だからこそリアルで、話に耳を傾け、信頼を寄せることができた。娯楽性に欠けるというリスクも孕んだ上で、孤独感を長く見せていくのは僕の意思で、アーネも同感してくれました。それからマリエはフランス語も話せるキャラクターでしたが、実はこの映画を作るまでアーネがマルチリンガルだと知らなくて、最初はわざわざフランス語のセリフ部分を英語で脚本を書いていました。でもアーネがフランス語も話せるということでより良いものになったのではないかと思います。

 

今回は自分にとって初めての女性主人公の映画なのですが、彼女の孤独というのはとても人間的なものであり、そういうふうに見せたつもりです。それは逆に言えば女性独特の孤独ではなく、性別は関係がないのです。主人公が男性だったなら、孤独の設定はすんなり入ってくるかと思いますが、女性だとそうはいかないのかもしれない。なぜなら女性は男性よりも友人が多く、思いをすぐに伝えられる相手がいるという違いもあるのかもしれません。そこらへんもアーネは理解していて、非言語的な表現をしていくことにも同意してくれました。

 

BulBul Film, Pandora Film Produktion, Slot Machine (c) 2014 | REALTOKYO
BulBul Film, Pandora Film Produktion, Slot Machine (c) 2014

実は去年のちょうど今日、東京国際映画祭で作品を観ましたが、監督は今年は審査委員を務めて楽しんでいらっしゃいますか。

 

世界中の、バックグラウンドも趣味も違うほかの審査委員と共にとても楽しんでいます。僕はあまり審査委員業というのをやらないのですが、短期間で数多くの映画を観ることも興味深いです。もちろん東京に滞在できることも素敵で、いままでに4回来日をして、京都は一度訪れただけで、いつも東京で仕事ばかりです。いつかゆっくり日本を見たいと思っています。

 

(※このインタビューは2015年10月27日に行われました。)

 

プロフィール

Bent Hamer/1956年、サンネフィヨルド生まれ。北欧を代表する映画監督のひとりであり、脚本家・プロデューサーでもある。作品は、50以上の国で劇場公開され、世界各地の主要な映画祭で受賞し、権威あるアマンダ賞(ノルウェー・アカデミー賞)でも6冠を獲得。2013年には彼自身に同賞の名誉賞が贈られた。ノルウェー映画批評家賞を3度受賞した最初の監督でもある。 長編監督デビュー作『卵の番人』はカンヌ国際映画祭の監督週間で国外初上映され、トロント国際映画祭FIPRESCI(国際映画批評家連盟)賞、アマンダ賞作品賞などを受賞。スウェーデン人とノルウェー人の男性ふたりの風変わりな交流を描いた第3作『キッチン・ストーリー』で2度目のアマンダ賞作品賞をはじめ多くの賞を獲得。定年を迎えた生真面目な鉄道運転士の人生初の脱線を描いた第5作『ホルテンさんのはじめての冒険』も好評を博した。本作は、『キッチン・ストーリー』『ホルテンさんのはじめての冒険』に続いてアカデミー賞外国語映画部門ノルウェー代表作品に選ばれた。また、アマンダ賞の主要6部門にノミネートを果たし、見事に脚本賞を受賞。

インフォメーション

『1001グラム ハカリしれない愛のこと』

Bunkamura ル・シネマほか全国公開中

配給:ロングライド

公式サイト:http://1001grams-movie.com

寄稿家プロフィール

ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラム執筆。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』など。