

激動のカンボジアで生まれ、まもなくベトナムに移住、その後イギリスで教育を受けたホン・カウ監督。初長編監督作品『追憶と、躍りながら』が日本公開となり来日した。アジア人として異国で年老いていく自身の母親の人生に重ね合わせ、母と息子、そして母と息子の恋人との関係性を、まるで壊れやすい陶器のように優しく繊細に描き、現在と過去をシームレスに行き来するカメラワークも印象的。主演の実力派俳優ベン・ウィショー、母親役の中国武狭映画の大スター、チェン・ペイペイを射止めたという脚本の秘密とは? さらにベン・ウィショーの魅力、気になるマルチリンガルの新鋭アンドリュー・レオンのことなど、親しみやすい笑顔と作品と同じく繊細な優しさで語ってくれた。
余談なのですが、少し前にリティ・パニュ監督の『消えた画 クメール・ルージュの真実』(2013)を観ましたが、改めてカンボジアの歴史を知り、深い悲しみを感じました。カンボジア出身のホン監督自身の記憶とも何か重なるものはあるのでしょうか。
僕もあの映画がとても好きです。赤ちゃんのときにカンボジアを離れてベトナムへ移住したので、幼い頃の記憶はベトナムのことばかりですが、2年前にカンボジアに帰るまで行ったことがなかったのです。ただ両親からカンボジアの話を聞いていたからか、パニュ監督の映画のストーリーについても、よく知ってるような不思議な感じがしました。

とにかく脚本をしっかり書くことが大事だと……
主演のベン・ウィショーさんもチェン・ペイペイさんも、ホン監督の脚本に魅了され、出演を決めたと話していらっしゃいます。脚本を書くにあたり、いちばん工夫したところは何だったのでしょうか。
とにかく物語がドラマとしてちゃんと成り立つように気をつけました。低予算なので、トリックやエフェクトのような裏技を使って面白くしたりはできないし、繊細と大胆さを合わせ持つような関係性を描くもので、すべては役者たちに頼ってドラマとして成立しなければならない。そのためには脚本がしっかりしていなければならない。それに尽きるという思いで書きました。
初監督作品にして高いクオリティに到達していることに驚きました。それだけにキャストやスタッフ選びは重要な要素だったと思いますが、思い通りにいきましたか。
スタッフ選びにはとても神経を遣いました。予算が少ないことと、演技リハーサル2週間と17日間の撮影という短期間の撮影日程に耐えられること。もちろん脚本を気に入ってくれていて、グッドハートと確かな技術のあるクルーを選びました。さらにキャストはとても重要で、自分にとってのファーストチョイスのベン・ウィショーもチェン・ペイペイも、有名な俳優であるにも関わらず、脚本を気に入り、ぜひ参加したいと言ってくれたのは本当にラッキーだったと思います。いずれにせよ、脚本が軸になったと思います。

ベン・ウィショーとアンドリュー・レオンの魅力
キャストの力がとても大きいと話されましたが、ベン・ウィショーさんは、これまでの作品に比べてより等身大の魅力が溢れ出て新鮮に感じ、それを引き出した監督の演出力を感じました。一緒に仕事してみてどうでしたか。ホン監督にとっての彼の魅力を教えて下さい。
『パフューム ある人殺しの物語』(トム・ティクヴァ監督、2006年)のベンの演技に魅了されて以来、彼の作品はたくさん観てきましたが、100パーセント役にコミットするレアな役者だと思います。役ごとに声を変えたり、役と作品に信じられないほどの真実を吹き込みます。さらにとてもスマートな役者だと思いました。今回の役のように、強さも弱さも必要なキャラクターを演じて、ある種の生々しさ、ぜんぶむき出しの感じ、それでいて強くなければならない。美しさに加えて生々しさが心を打ち、見ているだけで涙を誘うような存在であること、それがベンの魅力であり、素晴らしさだと思います。作品のためならと時間を惜しみなく割いてくれて、キャラクターの感情やバックグラウンド、ストーリーの隅々まで、「どうしてこうなるのか」を存分に話し合いました。

カイを演じたアンドリュー・レオンさんはまだ日本ではあまり知られていません。新しい才能がホン監督によって開花したと思いますが、どのように見つけて、どこに魅力を感じられましたか。
アンドリューにとって初の長編ですね。オーディションで素晴らしかったので、2回来てもらってテストをしました。ベン・ウィショーと同様に、とても繊細で鋭い感性を持った俳優だと思います。このアンドリューの感性は彼のこれからの活躍を大いに期待できるものだと思います。外観の美しさに加えて、知的探求心の高さを買いました。リハーサルなどでもやはりベンと似ていて、キャラクターやストーリーに関して納得いくまで質問をしてきました。僕がオーディションで感じたのは繊細さ、温かさ、優しさです。でも実のところベンと並んだときに、観客から見て納得のいくカップル、嫉妬してしまうような雰囲気のあるカップルでなければならない、それが決め手でした。
ため息が出るほどお似合いでしたよね。カイとリチャードのダンスのシーンで、初めてアンドリューがとても背が高いことに気付きました。
そうなんですよ。BAFTA(※)のセレモニーに出席したとき、大勢の俳優さんの中でもアンドリューがとび抜けて背が高いことに僕も気付いたんですよ(笑)。
※英国アカデミー賞2015“OUTSTANDING DEBUT BY A BRITISH WRITER, DIRECTOR OR PRODUCER”ノミネート
イギリスの名優ピーター・ボウルズさんとの仕事はどうでしたか。緊張しましたか。
少し緊張しましたが、難しいことはまったくありませんでした。それどころか僕の演出にすべて従って下さいました。現場スタッフの中に親子三代に渡ってピーターのファンだという人がいて、改めて凄い俳優なんだなと思いましたが、だからといって偉ぶったりすることはまったくなく寛大で、本当に楽しい現場でした。

過去と現在をシームレス移動する映像へのこだわり
独特なきめ細かさを感じる、まるで陶器のような映像の質感が印象的でした。映像へのホン監督の意図はどんなものでしたか。
とても繊細な映画なので、撮影監督と話したのは、美しい映像にしたいということです。まず、イギリスのソーシャルリアリズム映画のようなルックスにはしたくない。そして時期は冬にしようと決めて、室外では寒さを、部屋の中では暖かさを感じるような映像にしたい。特に外の実景撮影は、壊れそうな(フラジャイル)―この言葉がぴったりだけど、繊細な雰囲気を出したい。どちらかというとヨーロッパアートハウス系のような“シネマティック”な映像にしたいねと話をしました。ちょっと技術的な話ですが、現在のシーンではカメラを「右方向へ」、過去のシーンでは「左方向へ」パーンするというルールを決めて撮りました。
日本でも高齢化問題への関心は高いですが、多民族なイギリス社会ではさらに問題は複雑で、孤独な老人が増えているのでは……。そういう事実も踏まえて作られた作品でしょうか。
特別にその問題にフォーカスして映画を作ろうと思ったわけではないのです。高齢化の複雑な問題に取り組み、その解決法を見つけるにはハードルが高すぎますが、どうしたらいいかを僕も考えています。例えば英国では老人はホームに入るというのが習わしのようになっているのですが、僕たちのような英国に住むアジア人にとってそれは普通の感覚ではなく、そこに罪悪感を感じます。僕も兄弟と母の話をしたり、ホームに入ることについて話し合ったりします。その疑問を投げかけるということが、カイの状況に反映されている部分はあります。でも、それをテーマとした映画ではないです。

ホン監督にとって映画を撮る意味は何でしょう? 今後どんなものを撮っていきたいですか。
僕の場合、“映画に堕ちた”気がしています。元々映画監督になろうとしていたわけではなくて、実はカメラマンになろうと映画制作を学んでいました。でもそのうちに、演出や脚本に興味が出てきたのです。英国における東アジア文化的なストーリーというのはこれまで無かったように思うので、そのような僕自身の経験に基づいた、自分ならではのストーリーをつくりたいと思っています。それが僕にとって作品をつくる意味のような気がします。ひとつのテーマとして「アイデンティティの追求」というものはあると思います。移民として異国で生活するニュージェネレーションとして、本当の自分の国の文化や伝統をまったく知らずに生活しているにも関わらず、その血を受け継いでいるような、複雑なバックグラウンドの人物に惹かれています。また興味は移るのかもしれませんが……。
(このインタビューは2015年4月20日に行われました。)
プロフィール
Hong Khaou/1975年10月22日、カンボジアのプノンペンに生まれる。ベトナムで育ち、後にロンドンへ移住。97年にUCA芸術大学を卒業。当初はファインアーツを目指すが、映画に惹かれるようになり、映画製作を学ぶ。その後、BBCとロイヤル・コート劇場の【50人の新進作家】プログラムに選ばれ、多くの企画に加わって脚本の経験を積む。独立系映画会社で働きながら、映画の製作を始め、06年のベルリン国際映画祭で上映された『Summer』、11年のサンダンス映画祭で上映された『Spring』、2本の短編で大きく注目される。13年にはスクリーン・デイリー紙が選ぶ【明日のスター】に選ばれるなど、次世代を担う才能と期待されている。本作が初の長編。好きな映画監督は、フェリーニ、ファスビンダー、イギリス映画ならヒッチコック、デヴィッド・リーン、マイケル・パウエルなど。より新しい時代の監督では、本作を作る際に影響を受けたジョン・セイルズ、そしてクシシュトフ・キェシロフスキとダルデンヌ兄弟を愛する。
寄稿家プロフィール
ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラム執筆。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』など。