

『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督、第87回アカデミー賞作品賞、監督賞、撮影賞、脚本賞の4部門受賞)のドラムスコアを担当した、ジャズドラマーで作曲家のアントニオ・サンチェス。イニャリトゥ監督との運命的な出会いにより手掛けた初めての映画音楽は、映像とセッションするようなスリリングな即興演奏で映画の魅力を倍増させた。今回、自身のユニットの日本初公演のために来日し、コットンクラブで行われた『バードマン〜』PR記者会見の後、フジカワPAPA-Qが音楽活動について直撃インタビュー。『バードマン~』のサウンドトラックのこと、さらにアカデミー賞への心情なども吐露してくれた。終始ジェントルマンな印象を残したサンチェス、通算5枚目となるニューアルバム『The Meridian Suite』も楽しみだ。
まずは今回のツアーのカルテットのメンバー、ベン・ウェンデル(sax)、ジョン・エスクリート(p)、マット・ブリューワー(b)について教えて下さい。
今回のバンドは革新的なメンバーです。僕も若い頃に年上のミュージシャンとセッションをしましたが、僕の若いエネルギーを気に入ってくれているのかなと思っていました、同様にいまは僕も若いミュージシャンのエネルギーと共演するのが楽しい。バンドでは“ノールール”でやりたいと思っていて、ロック、ポップス、エレクトロニカ、ジャズなど、すべてのタイプの音楽に対してオープンなミュージシャンが揃っています。
6月発売のニューアルバム『The Meridian Suite』について詳しく聞かせて下さい。
これは僕の作品の中でいちばん野心的なプロジェクトです。トータル56分、5つのパートに分かれて、ひとつのトラックになっています。これまででいちばん自分を解放してくれたアルバムで、ジャズ、ラテン、ロック、ネオソウル、エレクトロニカなど、これまで僕が受けてきた影響、最近聴いている音楽、プレイしている音楽、すべてをひとつにしたような作品です。記者会見でも話しましたが、『バードマン~』の全編ワンショットに見えるかのような撮影に影響を受けて、切れ目なく全部が続いているような経験をリスナーにも味わってもらいたいと思いました。『New Life』というアルバムでもすでにボーカルを取り入れた実験的な試みをしていますが、あれはボーカリストである僕の婚約者のタナ・アレクサの声です。今回の『The Meridian Suite』では、さらに歌詞も含めたボーカル要素が色濃く出ていて、そちらもタナが担当しています。ボーカルというものはほかの要素では代えられない有機的なもので、気に入っています。僕はキーボードやギターも演奏していて、そういう意味ではいろんな要素が詰まった“フルな”1枚と言えます。タイトルの“Meridian”は地上や宇宙の想像上の線の意味です。例えばグリニッジ標準時のような目に見えないけれど存在する線のことで、さらにチャクラとかエネルギーとか肉体的な線も含めています。メロディやグルーヴが約1時間の長い時間に交錯していき、同じメロディやグルーヴが再登場したときには少し違う形で登場するというような、作曲するほうとしてはとてもチャレンジングでした。

物議を醸した分、話題にはなったのかな
『バードマン~』のサウンドトラックについて、アカデミーの会員でもある坂本龍一さんが絶賛しています(記者会見では菊地成孔氏も絶賛)。アカデミー賞であまり話題にならなかったことは残念ですが、何かお考えはありますか。
アカデミー賞で僕がいちばん気になったのは、賞から外されたこと。でも、アカデミー賞ノミネートができない、つまり参加できないと言われたまさにその日、ゴールデングローブ賞にノミネートされました。アカデミー賞から外された理由はとても主観的に感じました。オーケストラスコアじゃないとノミネートしない前提なのか、またはドラムをひとつの楽器として認めていないのか……。ノミネートは会員ではなく運営側が決めているので、その知らせが出た後、アカデミーメンバーの作曲家たちから「いままでと違うサントラに投票できないことがとても残念で恥ずかしい」というメッセージを多くもらいました。音楽は除外されたけれど作品賞を獲ったのですから、アカデミーの目的は達せられなかった。物議を醸し出した分、話題になったのかなと。たとえノミネートされたとしても勝たせてもらえなかったのではと思います。政治的すぎるのです。

でも、いつかは獲ってやろうと思っていますか?
僕にとってのリベンジ? そうですね……、賞というのはもう『バードマン~』の一部なのです。『バードマン~』という作品自体は名作としていつまでも残っていく。つまり僕の楽曲もいつまでも残っていく。実際オスカーの授賞式でもどこでも、『バードマン~』関連の何かがあるたびに、そこに流れるのは僕の曲なのですから、それで十分です。
映画のサウンドトラックを手掛ける醍醐味とは何でしょう。
プロセスが最高に面白かった。“イニャリトゥ”という、クレイジーでクリエイティブなマインドの中に僕が入ることができた。どんなコラボレーションでもそうだけど、本当にクリエイティブな人と密にコラボレーションできるのは大きな喜びです。映画の場合は、出来上がった作品自体が素晴らしいし、映像に自分の音楽が融合している。それを観られるのが本当に素晴らしいことだと思いました。

今後の活動について
すぐにニューアルバムも発売されますね。ご自身のバンドの活動予定、あるいはパット・メセニー・グループの活動予定があれば教えて下さい。
『Three Times Three』、『The Meridian Suite』と、タイプの違う2枚のアルバムが(アメリカでは)ほぼ同時期に発売となり、『ダウンビート』『モダンドラマー』など雑誌の表紙掲載も決まっています。『バードマン~』公開を機に、僕のいろんな音楽を聴いていただきたいと思って、この時期に発売することにしました。僕自身のバンドの活動は、日本ツアーの後はヨーロッパで2週間、それから夏ツアーもあります。秋冬はツアーをやりながら、『バードマン~』映像に合わせて演奏するということも何回かやりたいと思っています。ゴールとしては、自分のグループのANTONIO SANCHEZ & MIGRATIONの活動をメインにやっていきたい。自分で作曲をして、それをみなさんの前で演奏することにいちばんの喜びを感じています。
(このインタビューは2015年4月13日に行われました。)

プロフィール
Antonio Sanchez/グラミー賞を4度受賞し、優れたドラマー、バンドリーダー、作曲家の一人として、多くの批評家やミュージシャンに認められている。メキシコに生まれ、5歳からドラムを演奏、10代でプロとして活動を始める。100枚以上のアルバムで、チック・コリア、チャーリー・ヘイデンなどジャズ界のビッグネームと演奏。また著名なギタリストであるパット・メセニーと7枚のアルバムを制作、そのうち3枚がグラミー賞を受賞している。
アントニオ・サンチェスのソロアルバム一覧(全5枚)
解説:フジカワPAPA-Q
1『MIGRATION』(2007年)
ファーストソロ作。サックス2本&ベースとのカルテット編成で、ゲストにパット・メセニー、チック・コリアという大物が参加。全8曲中4曲がサンチェスのオリジナル曲。現在の彼自身のグループ名は、このアルバムタイトルから。
2『LIVE IN NEW YORK』(2010年)
ニューヨークのクラブ、ジャズ・スタンダードでの2枚組ライヴ。サックス2本&ベースとのカルテット。全8曲中5曲がオリジナル曲。
3『NEW LIFE』(2013年)
今回のカルテットのピアノとベースが参加した、自己のグループ、マイグレーションの原型的作品。サックス2本が加わったクインテット編成で、ボーカリストのタナ・アレクサもゲスト参加。全8曲とも彼のオリジナル曲という意欲作。
4『THREE TIMES THREE』(2014年)
ピアノのブラッド・メルドー、ギターのジョン・スコフィールド、テナーサックスのジョー・ロヴァーノという、彼が敬愛するトップアーティストをそれぞれにフィーチャー。ベースを入れたトリオ編成で3曲ずつ計9曲という、コンセプチュアルな2枚組。9曲中オリジナルが6曲。
5『THE MERIDIAN SUITE』(2015年)
ANTONIO SANCHEZ & MIGRATION名義の最新録音アルバム。来日したピアノ、ベースに、新メンバーのサックスとギターによるクインテット編成。タナ・アレクサもボーカルでゲスト参加。自己のグループを率いて、作曲家、ドラマーとして新たに出航する高らかな宣言と言える、雄大に構築された作品である。日本盤は6月初旬にリリース予定。
寄稿家プロフィール
PPQ(ことフジカワPAPA-Q)/1947年疎開先の愛知県の山奥生まれだが、故郷のない都市のチャンプルーなクレオールとでもいおうか。NHK-FM『GONTITIの世界の快適音楽セレクション』(毎週土曜日9:00〜10:57)の選曲構成、FM COCOLO『ちわきまゆみ MAJESTIC SUNDAY』(毎週日曜日14:00〜18:00)の毎月第1週にワールドミュージックのコメンテーター、FM ODAWARA『GLOBAL MUSIC VILLAGE』パーソナリティを務めている。フリーマガジン『SALSA120%』への執筆など、選曲家、DJ、イベントオーガナイザー、執筆者、編集者として活動中。"アーバン・トロピカル・グルーヴ"をキーワードに、ワールド系を中心にトラッドからコンテンポラリーまでを届ける音楽伝道師。
寄稿家プロフィール
ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラム執筆。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』など