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Interview

117:ヨアンナ・コス=クラウゼさん(『パプーシャの黒い瞳』監督・脚本)
聞き手:福嶋真砂代
Date: April 02, 2015
ヨアンナ・コス=クラウゼさん(『パプーシャの黒い瞳』監督・脚本) | REALTOKYO

実在したジプシー初の女流詩人パプーシャ(「人形」という意味)の生涯と、ベールに包まれたジプシーの生活を叙情豊かに描き出した『パプーシャの黒い瞳』。ジプシー言葉のロマニ語で撮り、また本物のジプシーも多く登場する。“ブリューゲル・フレーム”と名付けられたロングショットのモノクローム映像はため息が出るほど美しく、ジプシー音楽が心に沁み、琴線を震わす。本作が遺作となった夫のクシシュトフ・クラウゼ監督と共同監督をした妻のヨアンナ・コス=クラウゼさんが来日し、ジプシー独特の文化や秘密保持の理由など興味深い話を語り、「日本人にとっても知らないテーマではないはず」と日本の事情も示唆し、鋭い感性を閃かせた。

ジプシー文化と秘密保持

ジプシー文化は日本人にとってあまり馴染みがないものですが、監督がジプシーに興味を持ち、映画にしようと思ったのはなぜでしょうか。

 

まず質問の前半部分にこだわりますが、日本人にとって知らないテーマではないと私は思います。どの社会にも異なった人たちはいて、その人たちは私たちの傍らに住んでいるのですが、よくその人たちのことを知らない。それが故に非常に魅力的であると同時に恐れや恐怖の対象になる。そういう異なるものとの出会い、それが私の映画のテーマだと思います。

 

ヨアンナ・コス=クラウゼ『パプーシャの黒い瞳』 | REALTOKYO
© ARGOMEDIA Sp. z o.o. TVP S.A. CANAL+ Studio Filmowe KADR 2013

ジプシー言葉のロマニ語であえて撮られていますね。

 

シナリオを書いている途中で、やっぱりロマニ語でないとダメだと気が付きました。ロマニ語をポーランド語に翻訳したシナリオで演出したのですが、現場で彼らは即興でセリフを変えていくわけです。そういうことを通して、現場の空気は重要ですから、言葉を正確に理解するということが必ずしも重要ではない、知らないということが理解の障害にならないと気が付きました。もうひとつは、距離を置くことでよく見えてくる場合があります。私たちはロマの視点から映画を作ろうとは思いませんでした。そういう映画はロマの人たち自身が作るべきで、例えばフランスのトニー・ガトリフ監督はロマについての映画を多く作っていますが、彼はまさに内側からロマを描いています。彼と私たちとは違うわけです。

 

本物のジプシーを起用していましたが、彼らと仕事をするにあたっての苦労などありましたか。

 

この映画に出てきたロマ人たちはポーランド語も話しますから、映画の演出に関する技術的なことについては、普通にわかり合えたので問題ありませんでした。主役の3人はポーランド人なのでロマ語を習いましたが、とても正確に習得したので、自ら即興でセリフが言えるようになったほどでした。ひとつ問題があったのは、言語ではなく、文化的な問題でした。それは何かというと、彼らは、誇り、矜持、自負というものがとても強い民族です。そのため映画スタッフを集めて講義を行いました。女性、あるいは年長の人たちに対してどのように振る舞うべきかということを、スタッフたちに教えたのです。ヒエラルキーが激しい社会ですから、それをしっかり教えました。つまり家父長制の社会だということです。そこで生きる年長の男性は、最初は演出家である私たちの指示を聞いてくれませんでした。特に女性である私から指示されるということが、どうしても我慢できなかったのですね。

 

私だけでなく、衣装や美術の担当も女性でしたから、最初は言うことを聞いてくれなくて困ったのですが、やがて私たちを信用してくれるようになりました。とても重要だったのは、彼らがある種の使命感を持ってこの映画に出てくれたことです。彼らの中には、年長の方で実際にジプシーのカンパニアの馬車の中で生まれたような人たちがいるわけです。現在は存在しないジプシーの世界ですが、その世界を映画の中で再現していく、それが観客の記憶に残るとすれば、正しいものを伝えなければいけないという使命感を持つようになった。そういう中で私たちに大変協力的になってくれました。

 

ヨアンナ・コス=クラウゼ『パプーシャの黒い瞳』 | REALTOKYO
© ARGOMEDIA Sp. z o.o. TVP S.A. CANAL+ Studio Filmowe KADR 2013

ひとつ不思議に感じたのは、ジプシーの秘密保持に対する厳しい姿勢です。自国の文化を外の人たちに知って欲しいという気持ちは多かれ少なかれあるように思いますが、ジプシーが自分たちの秘密を頑なに守ろうとするのはどういう理由からですか。

 

これは、祖国というものを持たないすべての民族に共通すると思います。彼らは旅行する、動き続けるノマドという民族ですよね。もし彼らが自分たちの伝統を守ることをしなかったら、民族として存在しなかったかもしれない。つまり、秘密を守るということ、その中でもいちばん大きな秘密は「言語」です。ほかの民族の人にそれを知られないようにするということですね。もうひとつ言っておかなければいけないことは、彼らが移動民族であったということ。つまり、絶えず動いていたので教育を受けることができなかった、それはいわゆる西側の理解における“教育”ですね。それから、土地を持つことができなかった。教育=文化の継承ということ、土地を持つことが一般の人にとって民族のアイデンティティを成しているのだけど、そのどちらも持たなかった。そこから秘密保持の姿勢というものが生まれてきたのではないでしょうか。

 

今回のように映画にジプシーたちが協力的だというのは、イェジ・フィツォフスキ氏が本を書いた時代にあったジプシーの危機意識というものが変化したということでしょうか。

 

これは大変複雑で、今のロマの中にも「パプーシャは裏切り者、フィツォフスキは悪者だ」というふうに考えている人はいます。しかし、かなり多くのジプシーの人々は、パプーシャのような人が生まれたということを誇りに思っています。彼女の詩が発表されたことによって、とてもドラマチックな出来事が起きたわけですから、ある意味、それがあったおかげで自分たちの文化の痕跡が残ることを誇り高く感じていると思います。フィツォフスキに関して言いますと、彼がジプシーと共同生活を始めるようになったのは、もう少しあれが後であれば、ひょっとするとジプシーという存在がなくなっていたかもしれないので、絶好のタイミングでジプシー文化と出会ったのだと思います。それからパプーシャは最初から詩人だったのではなく、自分の歌を即興で歌っていた人だった。それを聞いたフィツォフスキがこの女性の中には「詩人」が眠っているというふうに考えて、詩を書くように説得したことで、彼女が詩を書くようになったということです。そういう出会いがあった、起こり得たということ、これも素晴らしい偶然だと思います。時代的なことをもうひとつ加えると、戦後すぐ、つまりジプシーの定住生活が始まる直前の2年間、フィツォフスキがジプシーと一緒に生活を続けたわけです。そういう理由でも移動する民族としてのジプシーを記録する、まさにいちばん最後の瞬間に出会ったということなのです。

 

ヨアンナ・コス=クラウゼ『パプーシャの黒い瞳』 | REALTOKYO
© ARGOMEDIA Sp. z o.o. TVP S.A. CANAL+ Studio Filmowe KADR 2013

「パプーシャ」という名前と予言

「パプーシャ」という名前について、とてもシンボリックに感じました。ポーランドでジプシーという虐げられた人たちであると同時に、いまおっしゃったようにヒエラルキーのある社会の中で女性として下層にいる、そのことで二重にパプーシャが不幸を背負っているように感じて、その彼女が「パプーシャ」という名前、つまり思考ができない「人形」というあだ名で呼ばれることに象徴的なものを感じました。監督自身は、現場での苦労なども通じて、「パプーシャ」という名前について何か感じていたでしょうか。

 

実際私たちは、それがとても重要で、象徴的だと思いました。どうしてこういう名前が付けられたのか、実はよくわかっていません。ポーランドに住んでいるジプシーは、ふたつの名前を持っている人が多いのです。戸籍上は、彼女は「ブロニスワヴァ・ヴァイス」という名前でした。ところがロマたちの間では“パプーシャ”と呼ばれていた、その二重性ですね。そこは興味深かったと思います。ジプシーの話は、どこまでが歴史的事実でどこまでが伝説やお伽話なのか、わからないんですね。いろんな記録があるのですが、その中にも矛盾がありますから。

 

パプーシャが生まれたときの「予言」は事実でしょうか。それとも、こうした人生を送ったことからの想像でしょうか?

 

「彼女はジプシーにとっての誇りになるか、恥になるか、どちらかだ」というセリフですね。どこで読んだのか忘れてしまいましたが、何かの文書で読んだことがあったのです。ちょうどシェイクスピアの『マクベス』の魔女の予言のように、名前を付けるときに「きっとこんな女の子になるだろう」と言ったらしいと、そういうことが書かれていました。映画の最初に出てくるセリフとしては、観客にあることを予言するような強いセリフです。それが印象に残って展開していくのですが、実際パプーシャ自身のことを考えたとき、はたして彼女は本当にジプシーにとって誇りであったのか、恥であったのか、幸福だったのか、不幸だったのか、どこまで歴史によって彼女の人生が歪められたのか、彼女の力がどこまであったのかというようなことは、なかなか決められない。AかBかの選択の間に、さまざまな多義性があるということだと思います。

 

ヨアンナ・コス=クラウゼ『パプーシャの黒い瞳』 | REALTOKYO
© ARGOMEDIA Sp. z o.o. TVP S.A. CANAL+ Studio Filmowe KADR 2013

監督は、個人的にはどうだったと思いますか。

 

パプーシャやフィツォフスキがいなければ、多くのものが失われていたとは思います。人生の中の価値というものは、いずれも痛みをもって生まれて来るものだと私は思うからです。

 

アカデミー外国語映画賞を獲得した『イーダ』(2013年、パヴェウ・パヴリコフスキ監督)は、少し後の時代を描いていますが、ポーランドの共産主義時代が始まった数十年は、価値観が激動した時代なのではないかと思います。

 

そうですね。さらに大きな価値観の変動があったのは、第二次世界大戦だと思います。それによってジプシーの世界は終わってしまったのですから。ひとつ覚えていただきたいのは、第二次世界大戦中の少数民族の中でパーセンテージ的に最も多くの人が虐殺されたのはジプシーです。彼らの中には西欧的な教育を受けた、いわゆるインテリ層がおらず、それがユダヤ人と異なるところでした。ユダヤ人は歴史的な自分たちのトラウマというものを、社会的な議論を起こし、自分たちの回想録を書くことによって知らせることができました。言葉で表現する、詩に書く、絵画にする、論文に書くことができたわけですが、ロマ人にとっては教育が必ずしも重要ではなかったために、自分たちの記憶の痕跡を残すことができなかったんです。そういう中でフィツォフスキがジプシーの証言を集める役割を買って出た、これは大変重要なことだと私は思います。例えばパプーシャは、ホロコースト=民族虐殺について、フィツォフスキに促されて長編詩を書いたわけです。証言を集めて、パプーシャに表現を仕向けたところにフィツォフスキの素晴らしさがあると思います。

 

ヨアンナ・コス=クラウゼ『パプーシャの黒い瞳』 | REALTOKYO
© ARGOMEDIA Sp. z o.o. TVP S.A. CANAL+ Studio Filmowe KADR 2013

“ブリューゲル・フレーム”と名付けられた映像

“ブリューゲル・フレーム”と監督たちが名付けたそうですが、ロングショットで撮られた風景がブリューゲルの絵画のように美しく、長い時間たっぷりと見せてくれます。このような表現を選んだのは、どういう狙いがあったのでしょうか。それはクシシュトフ監督と一緒に考えたのですか?

 

ふたりで考えました。私たちは観客にある感情を引き起こしたいと思い、あのような長い撮り方をしました。いまの映画は何もかもが早く、モンタージュも数秒の間に次の映像に変わってしまうものばかりです。でも人間が生きるリズム、考えるリズムは別のリズムではないかと思いました。例えばラース・フォン・トリアー監督は独自のリズム感というものを提示していますが、私たちは「継続する」ということの価値、辛抱強さ、あるいは思索というものを、このリズムで表現しようとしました。この作品はある意味で「喪失」についての映画だと思います。それを感じて頂きたかったのです。

 

(このインタビューは2015年3月9日に行われました。)

 

プロフィール

Joanna Kos-Krauze/1972年12月8日オルシュティン生まれ。ポーランド・テレビでキャリアをスタートさせ、ポーランド・テレビ主催の脚本家のスカラシップを獲得し、脚本家としてデビュー。クシシュトフ・クラウゼとは、『借金』の脚本に協力したことから知り合い、2000年のテレビ映画『Wielkie rzeczy(素晴らしきもの)』でも脚本を担当。ヨアンナのアイディアで始めた企画『ニキフォル 知られざる天才画家の肖像』では共同で製作し、2006年の『救世主広場』から共同監督となる。本作『パプーシャの黒い瞳』も彼女の企画である。昨年、クシシュトフを病で失ったが、ふたりで企画していた次回作、ポーランドとルワンダで、ジェノサイドの後にいかに生きるかを見つめた心理的な映画を撮影する予定。

インフォメーション

パプーシャの黒い瞳

4月4日(土)より、岩波ホールほか全国順次公開

公式サイト:http://www.moviola.jp/papusza/

配給:ムヴィオラ

寄稿家プロフィール

ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラム執筆。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』など。