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Interview

111:ツァイ・ミンリャンさん(『郊遊<ピクニック>』監督・脚本)&リー・カンションさん(主演)
聞き手:福嶋真砂代
Date: September 05, 2014
ツァイ・ミンリャン監督(左)とリー・カンションさん | REALTOKYO
ツァイ・ミンリャン監督(左)とリー・カンションさん

長編10作目となる『郊遊<ピクニック>』が公開になるツァイ・ミンリャン監督と主演のリー・カンションさんが揃って来日し、インタビューに答えてくれた。これが引退作品になるとヴェネツィア国際映画祭で衝撃発表をしたツァイさんだが、その真相とは……? また20年近く共に映画を作り続けてきたリーさんにとって、ツァイ作品とはどのような存在なのか。さらに、共演したリーさんの甥と姪との微笑ましいエピソードも明かしてくれた。監督はリーさんを、おなじみの役名で愛称「小康(シャオカン)」と呼び、ユーモアで通じ合う、そのつながりの緊密さ、心地よさがそのまま映画のようだった。

ツァイ・ミンリャン『郊遊<ピクニック>』 | REALTOKYO
(C)2013 Homegreen Films & JBA Production

「立て看板」をしているリー・カンションさんに詩詞「満江紅(マンジャンホン)」を詠わせようと思ったツァイ監督の特別な意図は?

 

ツァイ・ミンリャン:あれはとても重要なシーンです。台湾金馬奨を受賞したときにアン・リー監督がこのシーンを評価して、とてもよかったと誉めてくれたのがすごく嬉しかった。シャオカンがこの詩詞を詠うシーンは、台湾人が胸の中に秘めている鬱屈した心境を表現したもの。特に台湾の中年以上の人たちの気持ちを代弁していると思います。作者は宋の時代のとても愛国心の強い将軍でしたが、愛国心が報われず、死に追いやられてしまった人物です。そういう人が詠んだ詩詞をあのシーンで出すということは、多くの観客に自分の身に重ね合わせて人生を考えることを促します。いつの時代も同じで、胸の内に希望を抱きながら、実現できなかったり失望に変わったりする。特に現代社会においては成功したいと思い、よい家庭を築きたいと思いながらも、それがことごとく報われないこと、経済状況が悪くなると希望が一挙に消え果ててしまうことは往々にしてあり、そのことをこの詩詞に託しています。ですから、これを聞くと多くの観客は人生を振り返ることができるのです。

 

このシーンのために、“人間立て看板業”の人たちを取材しました。ほとんどが中高年で、ウォークマンなどは使わず、何かひとり言をボソボソつぶやいていたり、または念仏を唱えている人もいました。そうすることで彼らは胸の内の苦悶を表現するのです。なので、どうしてもシャオカンにあの詩詞を詠じてもらおうと思い、シャオカンもこれを詠うことができました。

 

ツァイ・ミンリャン『郊遊<ピクニック>』 | REALTOKYO
(C)2013 Homegreen Films & JBA Production

監督が要求する“自然な演技”ほど難しい

約20年もの間、リーさんはツァイ作品の中で心身ともにさらけ出して演じてきました。ツァイ作品で演じることは、リーさんにとってどういう作業だったのでしょうか。正直言って、ほかの監督と仕事をしたいと思うことはなかったのでしょうか。

 

リー・カンション:ありました!(笑)(通訳:しばしばあるんだと思います。)監督がよく言います。「シャオカンがスターじゃないから、スターになれないから、僕の映画があまり売れないんだよ」って。その映画の形式自体が僕をスターにしてくれないんだけど……というのは冗談ですが。『河』に出演した後、僕はゲイの役はやりたくないと思いました。ゲイの役者というふうに固定して見られると彼女ができないじゃないですか。だからもうゲイ役は避けたいと思いました。でも、考えるとそれはあくまでも演技であって、俳優にとってひとつの役柄なので、そのことを意識し直して、監督の脚本に従って監督の指示通りに演じてきたと思ってます。

 

監督は、演技に対してなるべく自然であることを要求します。できるだけ自然な雰囲気に近づけて演技をするようにと言います。「演技をしてるんじゃなくて、ただ自分を演じてるだけじゃないか」とほかの人からよく言われますが、自然に見える、“僕自身”に見えるということは、演技することにおいて、いちばん難しいことなんです。自分らしい演技というのは、演技者にとっていちばん難しい演技だと僕は思います。だから、演技をしているという演出の跡を残さないようにと心がけていますし、それは難しいことです。例えば、この映画の中でキャベツを食べるシーンや、「満江紅」を詠うシーンはワンテイクでOKが出ました。というのは、あれは演技をしてるからやりやすいわけです。でも、ツァイ監督が僕に要求する日常の動作、つまり「食べる」「寝る」「排泄する」というような日常の行為を演じるのは、実に実にやりにくいのです。

 

ツァイ・ミンリャン『郊遊<ピクニック>』 | REALTOKYO
(C)2013 Homegreen Films & JBA Production

ツァイ:ほかに鶏ももを齧るシーンもありますね。それらは演技というより、極々自然に見えます。あのような演技は訓練してできるものじゃなくて、人生の中で経験を蓄積してやっと出てくる、演技らしくない演技なのです。彼が20年かけてキャベツをああいうふうに見事に食べてみせたということ。もっと若かったら、あのようなシーンを見られなかったかもしれません。あのシーンは自然な"演技"と言えない演技でした。

 

ツァイ監督の引退発言の真相は……?

リーさんは、今回が引退作であると監督から事前に聞いていましたか。それとも寝耳に水だったのですか。実際それを聞いたときはどのように思いましたか。

 

リー:(聞いてなかったよね? と監督を見ながら)ちょうどツァイ監督がヴェネツィアで引退すると発表したとき、宮崎駿監督も引退すると発表されましたね。ツァイ監督は疲れたんだろうなと思いました。『郊遊<ピクニック>』の撮影中、深夜に2回ほど監督の体調が悪くなって、僕が車で病院の救急へ連れて行ったことがあって。それくらい悪かったんです。だから体調のせいだろうと僕は思っています。

 

ツァイ:僕は誰にも言わなかったと思います。自分から発表したのではなくて、記者から訊かれて答えただけです。パンフレットの中にそういうことを書いてあったので、それを読んだ記者が確かめたという感じで、自分から引退記者会見を開いたわけではなかったんです。僕は『郊遊<ピクニック>』が、映画館で観客にチケットを買ってもらって観てもらう最後の作品になるだろうと言いました。それには目的がありました。現在の映画配給システム自体をみなさんに考え直してもらいたいと思ったのです。映画館で上映される商業的な映画というカテゴリーに、僕たちの映画がそぐわない場合があります。そんなとき、僕は作った映画のチケットを売るためにいろいろな苦労をして、疲れてしまった。身体の具合もちょうど悪くなったし、できれば自分でチケットを売らないで済むような上映方法で映画が上映されてもいいのではないかと考えています。

 

特に台湾に向けた言葉だったのですが、僕の映画は各国から資金を集めて製作しています。僕が持っている著作権は台湾国内での権利なんです。これまで台湾で上映していろいろ悲惨な目に合ってきたので、そうではない場所、例えば美術館での上映をしたいなどと思うようになりました。

 

ツァイ・ミンリャン『郊遊<ピクニック>』 | REALTOKYO
(C)2013 Homegreen Films & JBA Production

リー・イーチェン(兄)&リー・イージェ(妹)、そして犬たち

リーさんの甥っ子&姪っ子さんの出演について。キャベツと一緒に寝ると言う妹に、お兄ちゃんが「変だよ」とひと言刺すシーンは印象的でした。そういう監督のユーモア、悲惨な状況のなかでもクスリと笑わせる変化球がとても好きです。子供たちがいることで監督の演出が何か違ったのか、またリーさんの中でも、いつもと違う変化はありましたか。

 

ツァイ:あの兄妹はシャオカンのお兄さんのお子さんで、私にとっては義理の子供のような存在。『楽日』と『迷子』にも出演しています。『楽日』の中で観客席に座っていた子がイーチェンで、3歳から私の映画に出てくれています。出演しているというよりは、遊びに来ていた感じでした。彼はオムニバス『それそれのシネマ』の『是夢(It’s a Dream)』の中でも幼い頃の私を演じ、その父親役をシャオカンがやってくれました。ですがイーチェンは演技をするのが嫌いで、出るのがいやだと言っていたのをなんとか説得したんです。妹のイージェも「絶対出ない」と泣いていたのですが、お父さんとお母さんに説得されて、おじさんの作品だからというのでやっと承諾してくれました。妹はシャオカンにとても顔が似ています。最初は嫌がっていたのに、衣装合わせをしたら気分が乗ってきて、結局やると言いました。とても演技が上手で才能が本当にあったんだと思いました。

 

ツァイ・ミンリャン『郊遊<ピクニック>』 | REALTOKYO
(C)2013 Homegreen Films & JBA Production

子供と同じく、野良犬たちも、監督として演出のしようがなくて、自然にやってもらうしかありませんでした。犬の世話をする人がいて、あのように撮ったのですが、野良犬なので噛んでくるんです。また、キャベツのシーンは自由にやってもらいました。あまり演出せずにふたりで遊んでもらう感じで演じてもらいました。妹はシャオカンととても仲良しで、いつもシャオカンとテレビを観ていました。彼女にNGを出したのは、「パパ!」と呼ぶべきところを、いつもの癖でつい「おじちゃん!」と呼んでしまったところぐらいでした。シャオカンがタオルで顔を拭いてやるシーンは父性愛を感じさせますが、彼は実生活で犬を飼っているので、犬の世話をするのと同じように子供たちに接した、そこに父性愛が自然と出たのでしょう。大人たちも子供に合わせるように自然な演技になりました。

 

リー:『郊遊<ピクニック>』は脚本段階からぜんぶ整うまで3年かかりましたが、その間に子供が成長してしまいます。イーチェンは小学生から中学生になり、何年かしたらもう背が僕を越してしまう(監督「もう越してるよね」)。早く撮らないと子供が成長してしまうので、あの時点で撮ってよかったと思います。僕は小さい時からこの子たちと仲良くしています。母と一緒に住んでいるのですが、この子たちにとっては母はおばあちゃんです。学校が終わるとすぐにおばあちゃんの家に遊びに来るので、僕もいつも一緒にいるような感じなのです。

 

(※このインタビューは2014年6月17日に行われました。)

 

ツァイ・ミンリャン監督とリー・カンションさん | REALTOKYO

プロフィール

Tsai Ming-liang/1957年マレーシア生まれ。77年に台湾に移り、大学在学中からその才能で注目を集める。91年、テレビ映画『小孩』で、後に彼の映画の顔となるリー・カンションを見出し、92年に彼を主役にした『青春神話』で映画デビュー。続いて発表した『愛情萬歳』と『河』が世界中で絶賛され、世界の巨匠のひとりとなる。2013年のヴェネツィア国際映画祭で、本作『郊遊〈ピクニック〉』を最後に劇場映画からの引退を表明。現在は、アートフィールドで映像作品や舞台演出などを手掛けている。

 

Lee Kang-sheng/1968年台北生まれ。ツァイ・ミンリャンに見出され、本人の愛称でもある小康(シャオカン)という名前の役柄で、全作品の主演を務めているツァイ作品の顔。最後の劇場公開作となる本作の演技は、20年に及ぶキャリアの中でも最高の演技と絶賛され、金馬奨では初の最優秀主演男優賞を受賞した。2003年に制作した『迷子』以降監督も務め、これまでに長編2本と短編1本を発表。今後はほかの監督の作品にも積極的に参加していくと共に、ツァイ監督とは“Walker”シリーズなどでのコラボレーションを続けていく予定。

インフォメーション

郊遊<ピクニック>

9月6日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開

配給:ムヴィオラ

公式サイト:http://www.moviola.jp/jiaoyou/

寄稿家プロフィール

ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラム執筆。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』など。