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Interview

095:ロレーヌ・レヴィさん(『もうひとりの息子』監督・脚本)
聞き手:福嶋真砂代
Date: October 15, 2013
ロレーヌ・レヴィさん(『もうひとりの息子』監督・脚本) | REALTOKYO

奇しくも是枝裕和監督『そして父になる』と同テーマの“子供の取り違え”を題材にした『もうひとりの息子』が公開になる。しかし舞台は、パレスチナとイスラエル。爆撃を受けた病院で、敵対し合うふたつの国の家族の息子が取り違えられてしまったという驚きのフィクションは、昨年の東京国際映画祭でグランプリと最優秀監督賞をダブル受賞した。ユダヤ系フランス人監督のロレーヌ・レヴィさんが来日し、話を聞いた。難しい題材を取り上げた制作意図、さらに母親役が光ったパレスチナのラシード・マシャラーウィ監督夫人のアイリーン・ウマリさんのことも伺うことができた。

パレスチナ・イスラエル問題の難しさ

この映画には“原案”があり、そこから監督がイメージを広げて脚本を起こしたということですが、パレスチナ・イスラエル問題を背景に、子供の取り違え問題を取り上げようとした監督の勇気が素晴らしく、新しい“希望”が光る映画だと思います。しかし難題を扱う映画を作ることについて、周りからどんな反響があったのでしょうか。

 

フランスだけではなく、ブラジル、カナダ、イタリアなど、多くの国で上映されましたが、賛否両論いろいろな反応がありました。特に印象的だったのは、まさにあなたが指摘した“希望”についての共感だと思います。しかし反対に、その“希望”について少しナイーブ過ぎるのではないかと感じた人もいて、そういう人にとってはあまり好ましい映画ではなかったかもしれません。“希望”に対するそれぞれの感じ方の違いだと思いますが、私は両者の意見に耳を傾けます。なぜなら、私がこの映画を作ったのは、希望を見出せない人に希望を見出してほしいという意図があったからです。子供の取り違えの件ですが、実際に湾岸戦争時に、ハイファの産院にスカッドミサイルが落とされる危険性があったので、何度も避難したという話を聞きました。若い夫婦の証言で、本当の自分の子でない子を育てたという事実もありました。それはイスラエルとパレスチナ間の取り違えではなかったのですが、その危険性はなきにしもあらずという状況でした。

 

ロレーヌ・レヴィ『もうひとりの息子』 | REALTOKYO
(c) Rapsodie Production/ Cité Films/ France 3 Cinéma/ Madeleine Films/ SoLo Films

パレスチナ問題は解決策が見つからない難しい現状ですが、それを題材に、さらに子供の取り違えを描いた監督の想いは、双方の国が、まさに相手の懐に飛び込むくらいの究極の選択が必要なのだということでしょうか。

 

この地域では何十年も前からかなりの緊張状態が続いています。狭い地域の中でふたつの民族が共生していくためには、シェアするのか、あるいはどちらかが出て行くのか……。イスラエル側からすれば、自分たちが血と汗を流して勝ち得た土地なのでそう簡単には渡せない。またパレスチナ側から見れば、自分たちの先祖から受け継いだ土地です。両者とも相手側のせいだと責めるわけですね。イスラエル側からすると、テロを起こしたのはパレスチナだから分離壁を作って自分たちの国を防御するという論理も、それはそれで正しいわけです。パレスチナ側は、同等の権利を得ていない、壁の向こう側で苦労を強いられて暮らさなければならないと主張し、その言い分も正しい。そういう意味では、ふたつの民族の主張が平行線のままでいるのが現状です。そんな状況で、私が映画で示したかったのは、「もし相手の立場に立って考えられたら、凝り固まっていた精神が少し動いて変化が訪れるのではないか」ということなのです。

 

ロレーヌ・レヴィ『もうひとりの息子』 | REALTOKYO
(c) Rapsodie Production/ Cité Films/ France 3 Cinéma/ Madeleine Films/ SoLo Films

キャスティングについて

キャスティングについてですが、取り違えられた息子ふたりは、育った家族の中で至極しっくりきていたように思いましたが、ふたりのキャスティングが逆になるということは考えられなかったですか。

 

いいえ、思いませんでした。そこが違うとわけがわからなくなってしまいます。私が描いたヨセフ(イスラエル側の息子)という人物は、あどけなさを残した、少しぼーっとしたところがある男の子として描いたので、やはり彼はジュール・シトリュクでなければならなかった。一方ヤシン(パレスチナ側の息子)は少し大人っぽくて、親元を離れて異国で勉強をしている、成熟したところのある人物として描いていたので、彼はマハディ・サハビでなければなりませんでした。

 

映画の最後のほうでは、このふたりがまるで双子のように、自分の分身を見つけたような感覚で、感動しました。

 

まさに私はあのふたりの男の子が「ふたりでひとつ」のようなイメージで描いているんです。ですから鏡を使用して撮ったシーンとか、最後のシーンも、ひとつの円をふたりが半円ずつシェアしているようなイメージにしたかったのです。

 

ロレーヌ・レヴィ『もうひとりの息子』 | REALTOKYO
(c) Rapsodie Production/ Cité Films/ France 3 Cinéma/ Madeleine Films/ SoLo Films

人物設定では、特にふたつのことが起点になると思ったのですが、まずヤシンがフランス留学している学生(対してヤシンの兄はパレスチナ人として原理主義的な人物でしたが)で、外からパレスチナ・イスラエルを捉える客観的な視点を持った人であること。もうひとつは、ヨセフの父がイスラエル国防軍の大佐ということでした。これら設定の意図を少し教えていただけますか。

 

その答は難しくないですね。まず、父アロンが国防省に勤める軍人だということは、彼はイスラエルを護る、つまり防衛することに人生を懸けている人物です。なぜ防衛するかというと、アタックされることが怖いからです。防衛の相手であるパレスチナを最大限に敵対視する人物だということです。ヤシンに関しては、国外で勉強しているということで、自分の国に対して距離感があり、見た目には少し冷めた印象が感じられます。しかし、内面ではどう考えているかわからないミステリアスなところを残しているのは狙いです。

 

監督ご自身はフランス在住のユダヤ人というアイデンティティがあり、フランス留学中のヤシンにご自身を投影させているということはありますか。

 

監督というのは、すべての人物に自分を投影することがあります。ヤシンにももちろんありますが、愛情溢れた環境に育ったヨセフに対しても、私も似た環境に育っていることで投影していると思います。

 

深い意味を持つ、男ふたりのカフェシーン

ふたりのお父さんがカフェで沈黙して時間が過ぎていくというシーンが印象的でした。ユダヤ教に関しては母親の存在がとても大きいということですが、父親がなにか蚊帳の外という状況も、あのカフェシーンに現れているのかとも思いました。

 

そのシーンにユダヤ教という概念をそれほど反映したつもりはなくて、それよりも普遍的な男女の反応の違いを表しています。男性は伝統のようなものに自分を閉じ込めてしまう傾向がありますね。例えば、男の子は泣いちゃいけない、背筋を伸ばせ、感情をオモテに出さないとかです。一方で、女の子は感情をオモテに出してもいいと言われている。そのように受け継いできたイメージの中の囚人になっているというのは、私が観察して感じてきたことなのです。おっしゃるようにカフェのシーンはとても重要なシーンで、パレスチナとイスラエルという別世界にいるふたりの男がシェアする、それはカフェのメニューだったのですが、最初のとっかかりのようなシーンなのです。

 

ロレーヌ・レヴィ『もうひとりの息子』 | REALTOKYO
(c) Rapsodie Production/ Cité Films/ France 3 Cinéma/ Madeleine Films/ SoLo Films

エマニュエル・ドヴォスとアイリーン・ウマリ、ふたりの大女優の共演が素晴らしかったです。私は以前(2008年)、ウマリさんの夫であるマシャラーウィ監督に、東京国際映画祭のパレスチナ映画特集上映でウマリさんも一緒に来日した際にインタビュー(※)をして、パレスチナの貴重な話を聞かせていただきました。今回、奥様のウマリさんと一緒に仕事をしたご感想は?

 

本当に素晴らしい大女優です。寛容で、嘘がなく、自分全体で映画に臨むような女優です。スタッフ全員が彼女を愛し、賛美していました。撮影中は彼女とずっと話をしました。なぜなら彼女自身がパレスチナ問題の当事者ですから。ご自身もこの問題に人生を懸けていらっしゃいますし、私も監督として多くのことを教わり、シナリオもウマリさんに聞いたことを随所に反映しました。

 

この映画がパレスチナで上映されることはありますか。

 

それを私は願っています。

 

資金の話なのですが、イスラエルフィルムファンドの資金を受けなかったのはなぜですか。

 

これはプロデューサーに聞いたほうがいいかもしれませんが、いずれにしてもこのような映画に資金を出してくれる勇気ある組織は少ないとは思います。実際に資金難だったので、プロデューサーがイスラエルの文化的なファンドへのアプローチをしていましたが、下りませんでした。ほかにもいろいろ回ったのですが……。

 

最後に、あの分離壁や検問所の撮影は本物を使ったのですか。

 

はい、分離壁は本物です。安全面の関係で検問所はセットを作りましたが、検問所に出てくる兵士たちは、軍事訓練を実際に受けた予備兵のような人たちを使いました。

 

どうもありがとうございました。

 

ロレーヌ・レヴィ『もうひとりの息子』 | REALTOKYO
(c) Rapsodie Production/ Cité Films/ France 3 Cinéma/ Madeleine Films/ SoLo Films

(※このインタビューは2013年9月29日に行われました。)

 

プロフィール

Lorraine Lévy/1985年に劇団La Compagnie de l'Entracteを創立。91年には『ゼルダ、または仮面』でフランスのSACD(劇作家並びに劇作曲家協会)から最高の栄誉であるボーマルシェ賞を贈られる。数々の舞台脚本、演出を手掛けた後、テレビ映画と劇場用映画の脚本を書き始める。2004年、初の劇場用長編作品『La première fois que j'aieu 20 ans(私が20歳であった最初の頃)』を脚本、監督。08年、マルク・レヴィのベストセラー『Mes Amis, Mes Amours(『ぼくの友だち、あるいは、友だちのぼく』PHP研究所刊)』を脚色し、監督第2作を発表。ヴァンサン・ランドン、ヴィルジニー・ルドワイヨン、パスカル・エルベが出演している。第3作となる本作で東京国際映画祭グランプリと最優秀監督賞をダブル受賞。

インフォメーション

もうひとりの息子

10月19日(土)よりシネスイッチ銀座ほか全国順次公開

配給:ムヴィオラ

公式サイト:http://www.moviola.jp/son/

 

(※)ラシード・マシャラーウィ監督インタビュー
http://www.1101.com/OL/2008-12-03.html
http://www.1101.com/OL/2008-12-05.html

寄稿家プロフィール

ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラム執筆。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』など。