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Interview

094:是枝裕和さん(『そして父になる』監督・脚本・編集)
取材:福嶋真砂代/取材・文:松丸亜希子
Date: September 20, 2013
是枝裕和さん(『そして父になる』監督・脚本・編集) | REALTOKYO

今年5月、カンヌ国際映画祭を大いに沸かせ、審査員賞を受賞した是枝裕和監督の『そして父になる』。都会の高級マンションに暮らす野々宮家と群馬で電気店を営む斎木家、ふたつの対照的な家族間で、6歳になるそれぞれの息子が出生時に取り違えられたことが発覚し、一大事に翻弄される親たち、子供たちの姿を繊細な筆致で描く。親子を結ぶものは血なのか、それとも一緒に過ごした時間なのか……。誰しも自分の生育歴を振り返り、家族のことを思わずにいられない。劇場公開を前に、是枝監督に話をうかがった。

「取り違え」が発覚した場合、ほぼ100%が子供を交換するというショッキングな前提で物語が動き出します。奥野修司さんの著作『ねじれた絆―赤ちゃん取り違え事件の十七年』も参考にされたそうですね。

 

僕はこの本が出た当初に読んでいたのですが、その後、取り違えをテーマにした作品を撮ろうと思って、この本も含めて改めていろいろ調べ直しました。取り違えが多くあったのは昭和40年代で、子供を血のつながった家族の元に戻して、その後はもう会わないという選択肢をほぼ100%が選んでいて、僕もびっくりしました。どのケースでも父親がその方向に向かって、母親がそれに抵抗するというパターンでしたが、最終的には交換しているんですよ。沖縄でのケースが唯一、交換してみたけれどうまくいかず、仕方なく育ての親のところに戻ったんです。『ねじれた絆』は沖縄の話なので、またちょっと違う風土が背景にあってのことかなという気もしました。

 

その結論を出すには、子供の年齢にもよるのかなと。監督のお子さんがちょうど近い年齢ということもあって、こういう設定にされたのでしょうか。

 

それもありますが、取り違えが発覚するのがだいたい5歳なんです。小学校入学前の血液検査があり、いちばん残酷なタイミングですね。まだこれが1歳だったら。いや、それだってもちろん辛いでしょうけど……。

 

是枝裕和『そして父になる』 | REALTOKYO
(C)2013『そして父になる』製作委員会

ほかのものでは埋められない「時間」

自分が産んだという実感もあり、女性はお母さんスイッチが入りやすいのかなと思いますが、男性はどうでしょう。監督ご自身はどういうときにお父さんスイッチが入って、父親であることを実感されますか。

 

なかなか実感できなかったことが、この映画を作るきっかけにもなっています。子供が生まれた瞬間から、嫁さんは急に強くなったんですよ(笑)。でも、明らかに自分自身は子供が生まれたからといって、あんまり変わってない。立場上いきなり父親になっているわけですけど、あれ? こんなもんかなという感じで、ガラッと自分が変わるという経験はなかったんです。その後の生活でもそうですし、日々一緒に過ごす時間も短いですしね。父親ってどういうときに実感するんだろうなと思いながら、時間だけが過ぎてしまいました。

 

お子さんに「また来てね」と言われてしまったとか……。

 

ショックでしたよ。やっぱり時間が大事なのかな、いや、でも、時間だけじゃないよね、というようなことも考えました。この映画の主人公じゃないですけど、「お前は電気屋で家にいるから子供と一緒にいられていいけど、僕には僕にしかできない仕事があるんだよ」って言いたくもなるよなと、そういう自問自答がそのまま映画になっています。

 

リリーさん演じる雄大の、「父親も自分にしかできない仕事なんだよ」というセリフも印象的でした。

 

そうですね。そう言われちゃうと、本当にその通りなんですけどね。

 

監督のように、一緒にいられる時間が少ないお父さんが、足りない時間を埋め合わせるとしたら、どんなことが考えられるでしょう。記憶に残る経験を共有するとか?

 

いやー、まったく一緒にいる時間がないのに、突然海外に連れていったりしても、穴埋めにはならないんじゃないかな。映画の中では、時間か血かということを名言はしていませんけれど、やっぱり時間はほかのものでは埋められないんじゃないですか。日常の積み重ねしかないですよ。

 

是枝裕和『そして父になる』 | REALTOKYO
(C)2013『そして父になる』製作委員会

映画の8割はキャスティングで決まるとのこと。最終的には声が重要で、声でバランスを取るとうかがいました。

 

声を聴いて、それぞれの声をイメージして脚本を書いていくんです。その人の声で書かないと、最終的には書けないところがあるんですよね。山田太一さんと話していたら、キャストの顔が浮かばないと最終的には書けないとおっしゃっていました。意外とそういう方が多いのかも。今回も大ざっぱなものは書いておいて、キャスティングが決まった段階で、どんどんリライトをしていきました。クランクインする前に出す「撮影稿」は、キャストに合わせて書いたものです。途中で何度か本読みもしてもらいながら、言い回しとか語尾とかを聴きながら変えていって、最終的にはぜんぶ当て書きになります。

 

だとすると、「取り違え」というテーマですけど、例えば福山さんとリリーさんの役が入れ替わるなんていうことはあり得ませんね。

 

それはないかなぁ(笑)。電気屋のおやじ役だったら、福山さんは悩んじゃったと思う。「子供と一緒にいるシーンを撮られても、たぶん父親に見えないと思いますけど、それでも大丈夫ですかね」と気にされてましたから。「むしろ最初は全然そう見えないほうがいいんです。そこからだんだん父性を獲得していくということなので」と伝えたんです。だから、「福山さん、電気屋のおやじ役ね。じゃあ風呂場のシーンからいきまーす」なんていうのはムリだよねぇ(笑)。女優さんたち、尾野さんと真木さんは、それぞれのキャラクターとはむしろ逆かなというキャスティングなんですけどね。

 

最初に福山さんから「ぜひ一緒に」というオファーがあったそうですが、その後はどういう順番でキャストが決まっていったのでしょう。

 

次はリリーさんがいいなと思い付いたんだけど、福山さんと仲良しだと聞いて、もしかしたら福山さんが嫌がるんじゃないかなと思ったんです。周りがけっこう「ふたりは仲が良過ぎるから」と気にしていたので、そこはペンディングにして、尾野さん、真木さんが先に決まりました。それで、雄大の役はどうしようかなと、やっぱりリリーさんは外せなかったので、直接ご本人に「リリーさんにお願いしたいと思うのですが」と言ったら、「僕は全然かまわないですよ」と快諾してくれました。リリーさん、いい声なんだよねぇ。『ぐるりのこと』の現場などでお会いしたりしてましたが、長澤まさみさんと共演されていた、本谷有希子さんのお芝居『クレイジーハニー』もすばらしくて。一度ご一緒したいなと思っていたんです。

 

出演者の会話をメモしておいて、それを脚本に取り入れたりしているそうですね。

 

今回は、「スパイダーマンって、蜘蛛だって知ってた?」っていう、リリーさんのセリフがそうです。顔合わせのときに慶多くんがすごく緊張していて、もぞもぞしてたら、リリーさんが「ねぇねぇ」って彼に話しかけて、スパイダーマンの話をしたんです。この子をほぐそうとして言った、その感じがすごくよくて書き留めました。リリーさんは子供がいないのに、“子供ころがし”がこんなに上手だと思いませんでしたよ。

 

是枝裕和『そして父になる』 | REALTOKYO
(C)2013『そして父になる』製作委員会

カンヌの観客たちのヴィヴィッドな反応

養子を育てている人も多い海外では、日本とはちょっと違う反応があるかなと思います。カンヌではいかがでしたか。

 

僕の取材に、血のつながっていないお父さんに育てられたという人がやってきて、自分が養子だったことやお父さんの話だけして帰られました(笑)。通訳の人と、大丈夫かな、記事になるのかなと話しましたが、ご本人はすごく映画を気に入ってたし、映画を自分のものにされていたから、それはいいことですね。ほかにも、養子を育てているとか、自分の話をされた人が何人かいました。『歩いても 歩いても』のときも、自分の母親の話だけしていた人がいたので、これまでにもなくもないのですが(笑)。審査員のニコール・キッドマンさんも、審査後にご挨拶したとき、「私も養子を育てているから、母親の気持ちがすごくよくわかり、身近に感じました」とのことでした。

 

映画を観ている最中のカンヌの観客の反応は、日本と違うのでしょうか。

 

けっこうヴィヴィッドに伝わっている感じがしました。家出した琉晴を迎えにいった良多が、玄関先でゆかりに「うちはふたりとも引き取ったって全然かまわないんですよ」と言われたとき、拍手が起こったんです。ざまあみろっていうね(笑)。福山さんもそれには驚いていて、1時間前に僕が言ったひとことを観客のみなさんが覚えていて、あの野郎と思っているからこういう反応なんだと。字幕の力もあるけど、1回観ただけであの反応が出るとは、観客の質が高いですね。

 

福山さんが演じた良多の「イヤな奴」感が伝わったんですね。

 

最初のひとことで彼がどういう人間かわかったようです。母校を受験する息子に付き添うシーンで、「(学校が)もうかってんじゃないか」っていうひとことで、キャラクターが全部わかったのだと思います。

 

福山さんの役名「良多」ですが、『歩いても 歩いても』と『ゴーイング マイ ホーム』で阿部寛さんが演じた役も同名でしたね。

 

高校のバレー部の後輩に、矢野良多くんという人がいて、彼の名前をもらいました。自分に近いところで主人公を設定するときには、いつも矢野くんの名前をもらうことにしていて。『歩いても 歩いても』のときには事後承諾で使っちゃったんだけど、今回は「また使いたいんだけど」って連絡しました。「今回は福山さんです」「じゃあOKです」って(笑)。これからも矢野くんがOKしてくれれば使わせてもらおうと思います。

 

是枝裕和『そして父になる』 | REALTOKYO
(C)2013『そして父になる』製作委員会

肉体を通して発せられる言葉を引き出す

子供の演出は、口頭で伝えていくとのこと。物語全体については伝えるのでしょうか。例えば「慶多は福山さん演じる良多の息子だけど、血がつながっているお父さんは……」という話などは?

 

一切伝えてないです。だって、物語の子供たちも事実を知らないで生きているんだもの。例えば慶多くんには「福山さんと尾野さんと親子なんだよ」ということだけ。訳わからずにリリーさんの家に連れていかれ、戸惑いもそのまま。「家出した琉晴を迎えにパパが来て、慶多は自分を迎えに来たと思って玄関まで行くんだけど、実は慶多じゃないんだよ。それがわかったら戻っちゃいな」とか、気持ちを説明しているシーンもありますが、すべてそのシーンごとです。

 

「自然な」ではなく、「自然に見える」ということを大切されているそうですね。

 

自分では「自然に」という言葉はなるべく使わないようにしています。「内発的な」というか、子供の中からちゃんと肉体を通して言葉が発せられて、そう見えるということを大事にしたいと思っていて。ちゃんと聞いて話すというのが基本なんですけど、子役の子供たちに台本を渡すと、どうしても家でお母さんと練習しちゃうから。セリフがセリフとして完結してしまうんです。聞いてから投げ返すのが基本。現場で、セリフってそういうもんだよと。それが定着すれば、そのほうがちゃんと家族のやりとりに見えます。大人でも、YOUさんはそのやり方。ご本人がそれを望むから(笑)。子供の反応によって大人の役者が間合いを変えたりすることもあるし、変わっちゃったところに大人がどう反応していくかということでOKだと思っています。

 

リリーさんと深津絵里さんが共演された大和ハウスのCMが、撮影の瀧本幹也さんを選ぶきっかけになったとのこと。写真家で、監督の『空気人形』のスチールも担当された方ですが、現場でどんな指示を出されたのでしょう。

 

大したことは言ってないんですよ。コンテを描いてもらったほうが撮りやすいと言われたので、一応カットごとに描いたのですが、サイズとかレンズとか基本的には任せました。滝本さんのセンスでということで。全体のトーンとしては、温かいか冷たいかといえば冷たい感じ、クールで都会的でとか、福山さんを色っぽく撮りたいという指示くらい。あのダイワハウスのCMを見たら、この人ならできるなという確信を持ちましたし。気になっていたのは時間だけです。この画を作るのにどれくらいの時間を要するカメラマンなんだろうという。あのCMでは、風景の切り取り方とか、そこへの人の立たせ方とか、演出家のものもあるかもしれないけど、あの感じはすばらしい、あのトーンはいいですねという話をして。ワンカットに3時間かかるって言われたら、映画ではムリですが、瀧本さんは「僕はすごく早いから時間は大丈夫です」って宣言していて、実際にすごく早かったんです。『空気人形』でリー・ビンビンさんと組んだときに、瀧本さんがスチールを担当したんだけど、映画ってどうやってできるんだろうって思いながら見ていたそうです。リーさんのペースで撮れるんだったら、自分にも映画が撮れると思ったみたい。今回はほとんど照明を使わず、自然光で撮っていますが、技術に裏打ちされて映像に深みやコクが出て、リアリティが増してますね。

 

監督ご自身が映画監督になろうと決心したのは、どういうきっかけですか。

 

漠然と映画に関わる仕事がしたいなと思い始めたのは大学に入ってからなので、19歳とか20歳くらいです。テレビの世界に進んで、いつか映画がやりたいと思いながら脚本を書いたりしてたんですけど、強烈にそれを思ったのは、1988年くらいだったか、台湾のホウ・シャオシェン監督の『童年往事 時の流れ』や『恋恋風塵』を観て、やっぱり映画が撮りたいな、すばらしいなと。映画っていいなと思いました。

 

ところで、現場で西川美和監督が「これはイケメンに対する復讐だ」と言っていたそうですが……。

 

それ、僕も後で知って「そんなこと言ったの?」って西川に訊いたら、「覚えていません。言ったかなぁ」だって。「イケメンへの復讐」というよりは、かっこいい男がだんだん追い詰められて孤立して苦悩していくというのは、ちょっと見てみたくないですか。自分のイヤなところを重ねてそういうふうに追い込んでみようかなと。やっぱり復讐か(笑)。

 

監督はSっ気があるんですか。

 

よく言われますが、自分ではMだと思っているんです(笑)。

 

是枝裕和さん(『そして父になる』監督・脚本・編集) | REALTOKYO

(※このインタビューは2013年9月3日に行われました。)

 

プロフィール

これえだ・ひろかず/1962年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、テレビマンユニオンに参加。主なTV作品に『しかし…』(91/CX/ギャラクシー賞優秀作品賞)、『もう一つの教育〜伊那小学校春組の記録〜』(91/CX/ATP賞優秀賞)、『記憶が失われた時…』(96/NHK/放送文化基金賞)などがある。95年、初監督した映画『幻の光』が第52回ヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞を受賞。続く『ワンダフルライフ』(98)は、世界30ヶ国、全米200館で公開される。04年、『誰も知らない』がカンヌ国際映画祭にて映画祭史上最年少の最優秀男優賞(柳楽優弥)を受賞。06年、『花よりもなほ』で初の時代劇に挑戦。08年、『歩いても 歩いても』でブルーリボン賞監督賞ほか多数受賞。同年、初のドキュメンタリー映画『大丈夫であるように―Cocco終わらない旅』を公開。09年、『空気人形』がカンヌ国際映画祭「ある視点」部門に正式出品、絶賛される。10年、「妖しき文豪怪談シリーズ」(NHK BS-hi)で室生犀星の短編小説を映像化した『後の日』を発表。11年、『奇跡』が第59回サンセバスチャン国際映画祭最優秀脚本賞を受賞。12年、初の連続ドラマ『ゴーイング マイ ホーム』(KTV・CX)で脚本・演出・編集を手掛ける。

インフォメーション

そして父になる

9月28日(土) 新宿ピカデリー他全国ロードショー

9月24日(火)~27(金) 全国先行ロードショー

配給:ギャガ

公式サイト:http://soshitechichininaru.gaga.ne.jp/

寄稿家プロフィール

ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラムを執筆(1998-2008)。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所のウェブサイトに、IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』を連載中。

寄稿家プロフィール

まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。