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Interview

092:青山真治さん(『共喰い』監督・音楽)×田中慎弥さん(『共喰い』原作)×光石研さん(『共喰い』篠垣円役)【後編】
取材・文:福嶋真砂代/取材・構成:松丸亜希子
Date: September 07, 2013

前編からの続き>

 

映画は、その後をすくい取ってくれた

光石研 | REALTOKYO
光石研

映画は光石さんのナレーションで始まりますが、大人になった遠馬が回想している感じなのでしょうか。

 

青山:回想というより、望遠鏡で見ている感じです。僕の方法論的に言えば、25年前を望遠鏡で見ながら語っている、そういう距離感がこの語りには必要だったという、直感的なものだったんです。普段はナレーションを使わないし、あまり好きじゃないのですが、何かやり方としてあるとしたら、その距離感が必要だったということです。

 

語りを光石さんにしたのは?

 

青山:最初は遠馬役の菅田将暉くんがやることになっていて、僕もやってみたし、いろいろ候補を考えました。とにかく距離感を作りたいと思って。菅田くんだと近過ぎる感じがして、最終的に光石さんにお願いしたわけです。親子って声が似ますから、それもありかなと。

 

遠馬の「あの釣り場に行くのは3人一緒にいられるからだ」といったセリフが印象的でした。

 

田中:あれは私は心理描写としてやっていて、なかなか直接的にそこまで書いていいかどうかというのがあって……。

 

青山:荒井さんはセリフとして起こしてましたね。

 

田中:いやいや、それは構わないんです。映画というのは具体的にしなければならないものでしょうから、そこはそれでいいんじゃないでしょうか。

 

映画をご覧になって、違和感を覚えたシーンはあったのでしょうか。

 

田中:違和感はないです。さっき言った「違い」はありましたけど、違いは違和感ではないですからね。

 

円(まどか)と女たち

田中さんは、キャストについてはいかがでしたか。

 

田中:現場で菅田くんに会ったとき、やたら整った顔立ちだなと。映画を観ると、目つきが鋭いのと、尖ってる部分と内向的な部分と、あの年代特有のものがあったし、小説の父親は、もうちょっとブヨブヨしてると思っていて、例えば『雪国』(川端康成)の島村みたいな。映画(1957年/豊田四郎監督)では池辺良さんが演じたからいいイメージがありますけど、原作で読むと「ヒヒジジイ」みたいで、なんとなくそのイメージで書いたんです。光石さんはスリムでいらっしゃるけど、あの空間にいる円はこれでいいんだと思いました。それは違いではあるけど、違和感という感じでは全然なくて。とにかく光石さんはすごかったので、違うと言ったら何されるかわからない。いや、それはイヤミじゃなく(笑)。本当に強烈で、俺が書いた円はこんな強烈だったか、そういえばそうだよな、ここまでやるよな、と気付かされたというか。言葉の上では、暴力と性をそのまま出している人物をイメージ化しながら書いてるんですが、いざ実際の演者、演出というものがそこに加わって立ち上がってきたときに、俺はこんな暴力的な人間を書いたのかと気付いたんです。

 

青山真治『共喰い』 | REALTOKYO
(c)田中慎弥/集英社・2013『共喰い』製作委員会

円は完全な悪人でないようにも思えますが、光石さんはどういうふうにとらえて演じられたんですか。

 

光石:青山組の女性スタッフから、円に対する反応がいろいろあって。衣装部、制作部、メイクさん、プロデューサーとか、円というのはこういう人ですよねと、現場でヒントをたくさんくれるんです。円という男は許し難いけど、どこか落としどころを見つけなければならないという感じで、そういうのがすごくヒントになって演じたわけですが、田中さんの原作とちょっと違うキャラクターになっていたらすいませんという感じです。

 

円の名シーンはいっぱいありますが、琴子のお腹をさすっていて、彼女がいなくなってもまだ空中をさすってるというシーンが印象的です。それから、うなぎをひとりで美味しそうに食べるシーン。ショウガをいっぱいのせてましたが、田中さんもうなぎはショウガ派ですか。

 

田中:白焼きだとショウガですね。でも、あんなにたくさんはのせません(笑)。

 

光石:青山さんの映画で食事のシーンは珍しいですよね。

 

青山:そう、なんか初めてみたいな気がしました。

 

円の子供っぽさが特にチャーミングに映るのは、やはり光石さんが演じたから?

 

青山:それは大きいですね。光石さんのチャーミングさが残ってるんです。

 

青山真治『共喰い』 | REALTOKYO
(c)田中慎弥/集英社・2013『共喰い』製作委員会

お父さんの存在感が強い作品ですが、最後に残るのは女性。エンディングに「in memory of my mother」とありますね。

 

青山:母親像というものが大きいです。登場する3人の女性たちは実際には語り合わないのですが、どこかで語らっている空気というか、そういうものが出せるといいなと荒井さんとも話し合っていました。

 

女優さんたちの存在感もすごかったです。ポツドールの演劇『おしまいのとき』にも出演していた、琴子役の篠原友希子さんの演技も印象的でした。

 

青山:僕もその芝居を観て彼女を知ったんです。「こういう役なんだけど、やらない?」って聞いたら、「やります」と言ってくれました。

 

男女の絡みのシーンも強く印象に残りますが、現場の雰囲気はどうでしたか。

 

青山:みんな何事もなかったかのように進行していくんですけど、それぞれが全体に通じない緊張感をひとりずつ持ってるというか、みんなピリピリしている感じです。僕も緊張してたんで、淡々とやるしかなくて。すべてをマテリアリスティックに。ちょっとでもたがが外れるとグダグダになりそうで。

 

NGもなく?

 

青山:例えばちょっと毛が多いとか、装着するベルトが光ったとかいうのはね……。

 

光石:あの日、僕の股間の前でスタッフが右往左往して、ああでもない、こうでもないと始まっちゃったんです。僕は裸で、なんともそれが滑稽でしたが、あと2カットくらいで終わる感じで、ちょっと空気的に緩んだのを、監督は、あり得ないだろ! とすごく怒ってました。僕はおかしかったです。みんなが毛を持ち寄ってくるからね(笑)。

 

田中慎弥 | REALTOKYO
田中慎弥

田中さんは、あのシーンは納得でした?

 

田中:小説では、2階建ての家の上から見るイメージでしたが、映画は平屋で、水平方向に遠馬が這っていって見るという。そのイメージは、映画としてその手もあるかという感じでした。

 

小説と違うのは住居と川幅、うなぎが上から降ってくるシーンもですね。うなぎの撮影は難しかったのでしょうか。

 

青山:なかなかうまくいかなくて、水に落ちてもうなぎは弾力があって強いし、暴れて水の中にうまく入ってくれない。元気がいいんですよ。氷で気絶してもらったんだけど、そうすると気持ちよく跳ねてくれないとか、いろいろ問題があって難しかったです。

 

田中:映画の制約上そうするしかなかったということなんですが、すごい場面でしたね。

 

うなぎのほかにも生き物がたくさん出てくるし、エンドクレジットの名前のバックグラウンドにそれぞれの生き物が静止するのも面白いですね。岸部一徳さんはカメだったり、田中さんはザリガニでしたか。

 

青山:荒井さん、俺はカメは嫌だと言って、蝉の抜け殻になった(笑)。

 

小説にはないラストの部分については、田中さんはどうご覧になりましたか。

 

田中:私としてはもう預けた話なので、どうしてもらっても構わないというのが前提です。小説の終わり方はあれでよかったと思うのですが、その後があるとすれば、どういうものがあるかを書こうかなと思ったことがあったんです。ただ、事件が起きて一度終わるので、小説としてのバランスを考えて、終わらせたというよりは引っ張る前で切ったという感じです。あんなにひどい体験をした女たちが、ちゃんと具体的に、どういう姿で、どういう仕事をして生きていくかというところまで追いかけて、ちゃんと人生を生きていくということを具体的に描くという。自分の小説はあそこで終わり、映画はその後をすくい取ってくれたということです。

 

天皇のくだりは、荒井さんの脚本の中で出てきたのでしょうか。

 

青山:小説の中にも「昭和63年が終わる」と年号が書いてある以上、そういう問題に無関係ではないというヒントがあったはずなので、そこから荒井さんが引っ張り出してきたんですね。

 

『帰れソレントへ』に込めた想い

監督は音楽家でもあり、これまでも山田勲生さんと一緒に音楽を作っていらっしゃいますが、今回はどのように?

 

青山:まず僕がロケハンしたり、原作やシナリオを読みながら、基本的なサウンドを探していきます。今回は笙の音をベースにしようと思って、山田さんにいろいろ笙の音を探してもらって、サンプルを山田さんにミックスしてもらいました。さらに撮影が終わってから尺どおりにはめていく作業をして、そこへ別の音、例えば鈴の音とかをはり付けて、ステレオの位相の配置とかも作って、いちばん最後に山田さんに『帰れソレントへ』を弾いてもらいました。200テイクくらい録ったそうです。

 

なぜ『帰れソレントへ』だったのですか。

 

青山:お話ししたように母親のイメージを想起していて、僕の母が去年の6月に亡くなり、それがちょうど撮影の直前だったんです。中学の音楽教師をしていた母が、よく日曜日にこの曲を弾き語りしていたので、母の思い出のためにギターで弾こうかなと思ったんです。

 

なるほど、それで「in memory of my mother」なのですね。

 

青山:そうです。

 

青山真治『共喰い』 | REALTOKYO
(c)田中慎弥/集英社・2013『共喰い』製作委員会

そもそも『共喰い』というタイトルは、「喰」という漢字にしたことで動物的な生存競争のイメージが連想されたり、アパートの女を父と息子で共有するということもあるし、いろんな角度で表現されているのかなと思いました。

 

田中:そうですね。ちなみにタイトルは、このぐらいの長さの小説だと書き上がってから決めるんです。最後まで決まらなくて、実は『共喰い』というタイトルを付けた原稿はないんです。ゲラになったときに、いくつか候補を書いた中にはありましたが、そのときは「共食い」で、その後「食」より「喰」のほうがかっこいいけど正確には違うなと思っていたら、編集者が「喰」のほうがいいと言ったので、『共喰い』に決まったんです。父と息子でもあるし、狭いコミュニティの中で絡み合って、離れたくても離れられないという、最終的には「血縁」であり「血筋」のようなものです。

 

青山:あるいは『円とうなぎ』とかね(笑)。

 

田中・光石:ははは(爆笑)。

 

田中:タイトルは難しいですよね。

 

青山:ロカルノ国際映画祭に出品するために、「The Backwater」という英語タイトルを一応付けたんです。川辺の町を表していて、うらぶれた場所という意味。でも、向こうの人が「共喰い」と言いたがるんですね。だから「Tomogui」で統一してもいいかと。

 

ロカルノでは2つの賞を受賞されましたが、Q&Aではどんな質問が出ましたか。

 

青山:質問というか、印象的だったのは、ひとりのおじさんが「女優は来てないのか!」と怒って帰ってしまって。きっとそれくらい女優さんたちが魅力的だったということなのでしょう。

 

(※このインタビューは2013年8月26日に行われました。)

 

青山真治『共喰い』 | REALTOKYO
8月26日に行われたプレミア上映会での舞台挨拶

プロフィール

あおやま・しんじ/1964年福岡県出身。生まれ故郷の北九州市を舞台にした『Helpless』(96)で長編映画デビュー。『チンピラ』(96)、『冷たい血』(97)、『シェイディー・グローヴ』(97)などを経て、2000年の『EUREKA ユリイカ』で第53回カンヌ国際映画祭にて国際批評家連盟賞とエキュメニック賞をダブル受賞。この作品はデビュー作の『Helpless』に続いて再び北九州市が舞台となっており、07年の『サッド ヴァケイション』(07)と合わせて「北九州サーガ3部作」と呼ばれている。11年に発表した『東京公園』はロカルノ国際映画祭金豹賞(グランプリ)審査員特別賞を受賞。そのほかの監督作に『路地へ 中上健次の残したフィルム』(00)、『月の砂漠』(01)、『秋聲旅日記』(03)、『レイクサイド マーダーケース』(04)、『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(05)、『こおろぎ』(06)などがある。自作の音楽も多く作曲(山田勳生との共作)しており、本作でも山田と共に手掛けている。また、01年に発表したノベライズ小説『ユリイカ EUREKA』で第14回三島由起夫賞を受賞、以後は小説家としても活躍。さらに11年には『グレンキャリー・グレン・ロス』で舞台演出にも進出し、今年は『私のなかの悪魔』を上演した。

 

たなか・しんや/1972年山口県出身。山口県立下関中央工業高校卒業。2005年『冷たい水の羊』で第37回新潮新人賞受賞。08年『蛹』により第34回川端康成文学賞を受賞、同年に『蛹』を収録した作品集『切れた鎖』で第21回三島由紀夫賞受賞。他の著書に『図書準備室』『神様のいない日本シリーズ』『犬と鴉』『実験』がある。『共喰い』で第146回(平成23年度下半期)芥川龍之介賞を受賞。

 

みついし・けん/1961年福岡県出身。『博多っ子純情』(78/曽根中生監督)の主役に抜擢され俳優デビュー。青山真治監督の商業映画デビュー作『Helpless』(96)で凶暴な殺人犯を演じて以降、青山作品に欠かせない俳優の一人として、『チンピラ』(96)、『WiLd LIFe』(97)、『シェイディー・グローヴ』(99)、『EUREKA ユリイカ』(00)、『サッド・ヴァケイション』(07/青山真治)に出演。そのほかの映画出演作に、『あぜ道のダンディ』(11/石井裕也監督)、『ヒミズ』(12/園子温監督)、『アウトレイジビヨンド』(12/北野武監督)、『はじまりのみち』(13/原恵一監督)などがあり、その数は150本以上を数える。『シン・レッド・ライン』(99/テレンス・マリック監督)、『TOKYO! <インテリア・デザイン>』(08/ミシェル・ゴンドリー監督)に出演するなど海外にも活躍の場を広げている。今夏『ガッチャマン』(佐藤東弥監督)が公開される。

インフォメーション

共喰い

9月7日(土)、新宿ピカデリーほか全国ロードショー

配給:ビターズ・エンド

公式サイト:http://www.tomogui-movie.jp/

寄稿家プロフィール

ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラムを執筆(1998-2008)。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所のウェブサイトに、IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』を連載中。

寄稿家プロフィール

まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。