COLUMN

interview
interview

Interview

086:市井昌秀さん(『箱入り息子の恋』監督・脚本)
取材:福嶋真砂代/取材・文:松丸亜希子
Date: June 08, 2013
市井昌秀さん(『箱入り息子の恋』監督・脚本 | REALTOKYO

長編2作目の『無防備』が、2008年のぴあフィルムフェスティバルと釜山国際映画祭でグランプリを受賞し、翌年のベルリン国際映画祭にも出品されるなど、国内外で高い評価を得た市井昌秀監督。星野源と夏帆を主演に迎えた、待望の最新作がまもなく劇場公開となる。35歳にして初恋を経験した“箱入り息子”のひたむきな猛進ぶりがユーモアをまじえて丁寧な演出で描かれ、息子と娘を見守る親たち、同僚や隣人など、脇役さえも愛おしく映るチャーミングな作品だ。しっとりと心を潤し、温めてくれる初々しいラブストーリーは、この季節にぴったり。梅雨入り直前、公開も目前に控えた監督に話をうかがった。

作品の原案は、『トウキョウソナタ』などを書かれたマックス・マニックスさんだそうですが、そこから物語をどのように組み立てたのでしょうか。

 

マックスさんの原案と、それを元に共同脚本の田村孝裕さんが書いたもの、最初にその2つの本を受け取りました。原案ですでに代理見合いと盲目の女性という設定がありましたが、手触りがけっこう重たくて、最後は奈穂子が亡くなってしまうという物語だったんです。田村さんの本では、女性は盲目ではなく、お転婆娘という設定になっていました。プロデューサーからは自由に書き換えていいと言われていたので、マックスさんの意図とはだいぶ変わってしまうかなと思いつつ、手を加えていきました。健太郎が内に籠っていて社会との接点が乏しいにしても、一度火がついたら止まらない男というキャラクターにして、ゲームのアイデアなど田村さんの本にあったユーモラスな部分はそのまま残して。お見合いのシーンの後半、吉野家、デートなど、かなり大幅に加筆修正しました。

 

市井昌秀『箱入り息子の恋』 | REALTOKYO
(c) 2013「箱入り息子の恋」製作委員会

芸人、役者を志望して映画監督の道へ

『無防備』も『箱入り息子の恋』も、おとなしくて感情を表に出さない主人公が、あるきっかけでそれを爆発させて人間らしくなっていきます。光が当たらない場所に眼差しを向けるところに、監督の映画作りの軸があるのでしょうか。

 

あまりスポットが当たらない地味な人、感情の表し方がわからない不器用な人が、僕はけっこう好きです。それは僕自身なのかもしれませんが……。

 

でも、監督は元お笑い芸人で、劇団にいらしたこともあり、表現するのは得意なほうでは? 最初は撮られる側、役者を志望されていたんですよね?

 

中学高校が僕の中では暗黒の時代で、とても地味な生徒でした。お笑い番組とか映画を見るのは好きだったのですが、何をどう表現すればいいのか、はけ口がわからないというか。地元の富山で悶々としていたんです。2局しかなかった民放が、高校時代に3局になって、当時ダウンタウンが流行っていたのですが、やっと『ガキの使い』が見られるようになり、松本人志さんが好きだったので、秘かにコントを書いてみたりして。例えば『桐島、部活やめるってよ』だと、僕は「陰」のほうでしたけど、「陽」の人たちが遊びでやってる漫才を見て、自分は何の表現もできないのに、「つまんないヤツらだな」と思っていました(笑)。当時は映画を作りたいと思ったことはなくて、コントの題材にするために映画やテレビドラマをよく見ていたくらいです。

 

そして、関西の大学に行って、芸人活動を始めた?

 

単純に、関西に行けばどうにかなるかなと思ってたんです。大学で「髭男爵」の樋口に出会って、僕らを含めたメンバー5人でコントをやって。3年生の終わり頃、僕が東京に行きたいと言ったのですが、4人は普通に就職活動をするというので、僕だけ東京に出ました。お笑いが好きで関西に行きましたが、エセ関西弁なんてダメだ、東京でいいんじゃないかと思って。僕が大学に入ったときに東京のNSCができたんです。そこで山田に出会って、そしてなぜか樋口が就職した会社を1週間くらいで辞めたので、関西まで迎えに行って東京に引っ張ってきて。山田と3人でやり始めたのですが、僕が書くコントはちょっと地味な感じで、山田はテンションが高いことをやりたがる。そういう方向性の違いが生まれたので、僕だけが脱退して、芝居をやろうと思って劇団東京乾電池に入りました。

 

やっぱり演じることが好きだったんですね。

 

演じつつ、脚本を書くことも続けていましたが、1年間の研究生を経た後、劇団員になれなくて。それまでは自分のやりたいことを選択してやってきましたが、他人に「NO」と言われたのは初めてでショックでした。どうしようかなと途方に暮れて、ルックスが際立っているわけではないから事務所に入るのもどうなのかと思いましたし、いったいどうしたらいいんだろうと成す術がわからず、2年間くらい悶々としていました。そこから、自分で撮れば自分で演じられると思って映画を始めたんです。北野武さんやSABUさんのように、自分で演じて監督している方々もいらっしゃいますし。でも、実際にやってみたら、監督しながら演じるのは僕にはいっぱいいっぱいで。けっきょく僕自身が出演することはなくて、せいぜいエキストラ程度ですね。それに、監督として外から芝居を見るようになってから、演じることがすごく恥ずかしくなってしまって。客観的に外から見ている自分というものが、はっきりとそこにいるんでしょうね。なにやってんだろう、オレ……って、笑いが止まらなくなってしまうんです(笑)。自主映画に出演してと言われて何度かやってみたことはあるのですが、NG連発でうまくいかなくて。それで、演じるのはやめようと思いました。

 

アンサンブルを奏でる絶妙なキャスティング

主演の星野源さんをはじめ、キャスティングが秀逸でした。監督が希望を出されたのでしょうか。

 

キャストによって何人かの候補がいた場合は僕が選ばせてもらって、健太郎と奈穂子、それぞれの親たちも、脇役も、希望通りのキャスティングになりました。主役が源くんに決まってから父親役の平泉成さんが決まりましたが、どちらもカエル顔だし、親子感もあって、すごくいいなと思いました。

 

市井昌秀『箱入り息子の恋』 | REALTOKYO
(c) 2013「箱入り息子の恋」製作委員会

ベテラン勢の演出は緊張されませんでしたか。

 

みなさん4人ともすごく個性的で、楽しい現場でしたよ。僕自身がどうなのかなと思っていた部分にアドバイスをいただき、現場でシナリオを変えたりもしました。成さんはあの雰囲気そのまま、森山さんは本番に強くて、リハーサルとの差がすごいんです。大杉さんはお見合いのシーンで引っ張ってくれましたし、役柄が少し単調だったので、一緒に相談しつつ解決していきました。いちばん演出しやすかったのは黒木さん。夏帆さんとの親子共演は3回目だそうで、細かい部分まで対応がばっちりでした。

 

ミュージシャンでもある星野さんは、熊切和嘉監督の『ノン子36歳(家事手伝い)』にも出演されていて、いい役者でもありますね。

 

そうなんですよね。ただ、熊切監督はENBUゼミで僕の先生だった方なので、それもあってちょっとだけ僕は気になっていたんです。でも、結果的には源くんが健太郎を演じてくれて本当によかったと思っています。

 

目が見えない奈穂子を演じた夏帆さんは盲学校の取材をされたとか。

 

そうです。一緒に盲学校に行って、彼女は学校の生徒と1日一緒に過ごしたり、盲目体験ができる施設に行ったり、白杖の練習もしました。ピアノも経験がなかったのに猛特訓して弾けるようになり、ピアノを特技と言ってもいいくらいの腕前にまでなってくれました。

 

しかし、監督は俳優さんたちを追い込んで、身も心も裸にさせるのが得意ですね。その気にさせていくコツがあるのでしょうか。

 

うーん……、なんでしょうね。映画って嘘だらけというか、細かいところ、例えば奈穂子が盲目という部分は決して嘘っぽくなってはいけないと思っていますが、映画には大きな嘘がいっぱいあると思うんです。その大きい嘘がつけるためには、ちゃんと心が動いた上での言動でないといけないですよねということは、源くんと夏帆ちゃんに伝え、それを忠実にやっていただいたと思います。順撮りではないので、撮影3日目でこの沸点までいってくれとか、いきなりそういうこともありました。徐々に高めていくということはなくて、「ここまで行きましょう!」という感じですね。市役所で健太郎が暴れるシーンは最初のほうに撮りましたし、吉野家のシーンも、健太郎がひとりで食べに行くシーン、ふたりで食べに行くシーン、それぞれ行って大泣きするシーンを同じ日に、出会いやデートのシーンよりも前に撮影しているんです。

 

市井昌秀『箱入り息子の恋』 | REALTOKYO
(c) 2013「箱入り息子の恋」製作委員会

役者の力量も必要ですね。吉野家は感動的なシーンでした。光がふわーっとあふれて、とてもロマンチックでしたが、照明を多めに使ったのでしょうか。

 

撮影場所が店舗の2階だったので、それを1階のように見せるために、構造上そうせざるを得なかったということもあって、あのシーンでは照明をけっこう工夫しました。実は僕、吉野家に昨日行ってきたんです。一部の店舗に映画のポスターを貼っていただいているので、それを見るために。吉野家を登場させたのは、昼休みにふたりが会うということで、健太郎にとっては日常なんだけど奈穂子にとっては知らない世界、そういう場所に連れていくのがいいかなと。ふたりのデートを、あんまり背伸びしないものにしたいと思ったんです。

 

映像に寄り添う高田漣の音楽、物語を締める細野晴臣の歌

現場では、こういうふうに演じてほしいと監督が演じてみせるのでしょうか。

 

それはないです。ほとんど俳優任せというか、あんまり監督が「こうしてね」と言わないほうがいいというか、言わないことも必要だと僕は思っているんです。特にお見合いのシーンとか、夏帆ちゃんのリアクションなどは、僕は言葉で説明できない。見守っているしかないというか。唯一彼女に言ったのは、「『はじめまして』という健太郎の最初の言葉で、あ、あのときに傘を貸してくれた人だと気付いてね」という、それだけです。それ以外は委ねましたが、あのような表情を見せてくれました。

 

役者さんたちがとても勘がよくて、監督の気持ちを感じられる人たちなんですね。そういう現場を作られたのは監督の力だと思います。

 

こんなに大きな規模で公開される作品は初めてということもあり、プレッシャーが半端ない状況でスタートしたので、とにかく楽しくやろうという、それだけなんです。

 

星野さんはこの作品で、全力を出し切った感じがしますね。

 

どうでしょうね。今回演じてみてどうだったかなんていう話はしたことないんですけど、完成試写を観ている源くんの横顔と背中を見て、僕はなんだかもう、それだけでいいなという気がしました。

 

市井昌秀『箱入り息子の恋』 | REALTOKYO
(c) 2013「箱入り息子の恋」製作委員会

高田漣さんの音楽も素晴らしいです。ウクレレやギターが優しく響いて、人物の繊細な感情を表現していますね。音楽はどのように作っていったのでしょう。

 

「触れる」というのがこの作品のテーマのひとつで、ギターの弦に触れる感じとか、漣さんがやっているペダルスチールギターのなめらかな音がイメージに近かったので、漣さんにお願いしました。抽象的ですが、このシーンはこういう感じと、シーンごとの形容詞を出していき、作曲してもらって、デモをもらいましたが、その後、実際にスタジオに入って映像を見ながら曲を作ってくれて。デモとスタジオで作ったものはけっこう違っていましたが、スタジオで一緒にイメージをすり合わせできたのがよかった。変に誇張せず、映像にそっと寄り添う音楽が出来上がりました。

 

エンディングの細野さんの歌もよかったです。

 

今回は源くんに特異なキャラクターを演じてもらっているので、彼がエンディングを歌うのはどうなのかなというところから始まり、女性にするか、男性にするかということなど、いろいろ考えました。プロデューサーと相談して、俯瞰的に物語を締める意味で大人の方に歌っていただくのがいいかなと思い、細野さんにお願いすることになりました。残念ながら僕はレコーディングにうかがえず、細野さんにはお会いできなかったのですが、素晴らしい曲を作ってくださいました。

 

同名の小説も出ていますが、こちらは監督と奥様の共同作業なんですね。

 

映画は健太郎視点ですが、小説は視点も変えています。映画とはちょっと違う流れになっているため、最初に僕が構成を考えて、妻が地の文章を書いてくれて、さらにそこに加筆修正して。地の文章は妻が7割、僕が3割書き、最終的に僕がまとめました。悶々としていたサラリーマン時代に一度小説を書こうとして、けっきょくそれは挫折したんですけど、それ以来ずっと書くことは続けています。妻は元々文章がうまくて、いいなと思っていたんです。今回は一人称で書いていて、妻は女優ですから、演じる人が書くのはすごく理にかなってるんじゃないかと思いました。

 

ところで、カエルくんもいい演技を見せていましたが、そのアイデアも監督のものですか。健太郎の動きとシンクロして、思わず応援したくなりました。

 

主人公の名字が「天野雫(あまのしずく)」ということで、季節の設定も梅雨時にしたので、カエルを登場させようかなと。でも、カエルを飼っているというアイデアは、キャストが源くんに決まってからです。カエルっぽいから(笑)。撮影の3週間くらい、ペットショップから借りていたのですが、ストレスを感じたようで出来物ができてしまって……。実は僕、カエルが苦手なのでまったく触ってないんです。

 

お話をうかがっていると、監督の中に健太郎的な部分がありそうな感じがしますね。

 

僕は「箱入り」ではないです(笑)。健太郎のように几帳面なところもありますが、真逆のところもあります。ギューッと圧がかかって、それをドンッ! と弾き出す部分は僕にも似たところがあるかも……。でも、シナリオを書いたり、映画を作ったりして僕は表現できているので、健太郎のように物を叩き壊したりはしません(笑)。ただ、恋愛については僕も不器用で、「キスしていい?」とか言葉にしてからでないと進めないタイプではありますね。

 

(※このインタビューは2013年5月28日に行われました。)

 

市井昌秀さん(『箱入り息子の恋』監督・脚本 | REALTOKYO

プロフィール

いちい・まさひで/1976年4月1日生まれ、富山県出身。俳優・柄本明が主宰の劇団東京乾電池の研究生を経て、ENBUゼミナールに入学し、映画製作を学ぶ。04年にENBUゼミナールを卒業、初の長編作品となる自主映画『隼(はやぶさ)』が、06年の第28回ぴあフィルムフェスティバルにおいて、準グランプリと技術賞を受賞。長編2作目となる『無防備』が、08年の第30回ぴあフィルムフェスティバルにおいてグランプリと技術賞、Gyao賞を受賞。同年開催の第13回釜山国際映画祭のコンペティション部門にてグランプリ受賞、翌年の第59回ベルリン国際映画祭フォーラム部門にも正式出品され、国内外から高い支持を得た。日本映画界で最も期待される若手監督のひとりである。

インフォメーション

箱入り息子の恋

6月8日(土)、テアトル新宿、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国ロードショー

配給:キノフィルムズ

公式サイト:http://www.hakoiri-movie.com/

寄稿家プロフィール

ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラムを執筆(1998-2008)。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所のウェブサイトに、IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』を連載中。

寄稿家プロフィール

まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。