

915人のサポーターに支えられ、待望の続編公開
NY在住の佐々木芽生さんが手掛けたドキュメンタリー作品『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』。日本では2010年に公開され、東京では半年に及ぶ異例のロングランヒットとなった。アートコレクターの老夫婦を見つめた前作の続編となる本作は、50作品ずつ50州の美術館へ、合計2500点のコレクションを寄贈するという「50x50」プロジェクトを追ったシリーズ完結編。製作費や配給宣伝費の一部に充当するため、500円から出資できるクラウドファンディングを実施したところ、915人から目標額の1000万円を大きく上回る14,633,703円が集まり、日本記録を打ち立てた。前作に心を動かされて続編を待ち望む人たちなど、多くのサポーターに支えられた幸せな作品がまもなく公開となる。
プロとして、いい仕事をしてもらうために
前作が公開されたときから続編があるとわかっていたので、とても楽しみにしていました。しかし、クラウドファンディングで1000万円を集めるのはたいへんなことですよね。私もコレクターになりましたが、いま現在(取材は2/7)、800万円ちょっと集まっています。
最初は見栄とはったりで「じゃあ、1000万円で行きましょう!」という感じだったんです(笑)。覚悟をするというか、やるんだったら正々堂々と。ごまかしてやることはいくらでもできるんだけど、それをやらずに1000万のゴールを切りたいなと思いました。もし1000万に届かなければ、やっぱりまだこういう方法での資金調達は日本では難しいのかなということになるし、それなりの意味があるのかなと思ったんです。製作費や日本での配給宣伝費の一部にというお願いなのですが、いちばんお金がかかるのは編集。パソコン上で画をどうつなぐかというオフラインの作業と、色調整などで画をきれいにクリーンナップしていくというオンラインの作業があり、そこはもう1時間250ドルとか、お金がかかる世界なんです。あとは音の編集・ミックス、作曲家やモーショングラフィックスを作るデザイナーのギャラとか、ほかにもいろいろ……。
自主制作映画の、特にドキュメンタリーは手弁当で作っている人たちも多くいますね。よく聞いてみると、監督のギャラが出ていなかったりして。
自主制作の世界って、手弁当もすばらしいけど、安ものづくり自慢ではなく、そこから発展していかないと。最初の1本はそれでもいいかもしれないけど、続きませんよね。スタッフにノーギャラでお願いすると、頭を下げてタダでやってもらっていることになるので、もっとこうしてほしいなどと言いづらくなる。タダ働きしてもらえるだけでありがとうと、こちらが下手に出ないといけなくなってしまって、ものすごくたくさんの妥協点が出てしまいます。プロとしていい仕事をしてもらうためには、それに見合ったギャラが必要だと思うんです。

懲りもせず身ごもった2人目
前作の『ハーブ&ドロシー』がデビュー作で、それ以前はテレビのお仕事をされていたそうですね。
ジャーナリストとして、テレビのキャスター、レポーター、番組の制作コーディネーターのような仕事をしてきました。クルーと一緒に現場に撮影に行ったりしていましたけど、私が作っていたわけではないんです。そういう仕事をする中で、ハーブとドロシーには、2002年にクリスト&ジャンヌ=クロードの展覧会で初めて会いました。展示されていた作品が彼らのヴォーゲル・コレクションのものだと知って興味を持ったんです。ふたりがどういう人たちか、また彼らのアートへの純粋な愛情を知って衝撃を受けました。そこで、ふたりのメッセージを伝えるために、テレビ番組ではなく、制約のない映画で、30分くらいのショートフィルムを作ろうと思って。公務員アートコレクターの成功物語として、ふたりは様々なメディアに取り上げられてきましたが、映画になったことはなかったんです。オファーはいろいろあったようですが、製作資金が集まったらまた来ますと言いつつ、誰も戻ってこなかったとか。スタートした当時は私も軽く考えていて、30分くらいの作品だったら自分でデジカメを回して撮れるかなと思っていました。ところが、始めてみたらとてもそれでは収まらない……(笑)。膨大なフッテージや写真などの資料が次々に発掘され、いかに彼らがすごい人たちかわかってきたんです。私の下手くそなデジカメではマズいと思ってプロのカメラマンにお願いして、ちゃんとした記録映画として残そうと。結果的に4年かかりました。
そんな『ハーブ&ドロシー』は世界中で反響を呼び、日本でも異例の大ヒット。東京では半年のロングランとなりました。想像されていましたか。
いいえ、まさかーって感じでした(笑)。日本でも公開したいと思って配給会社を回ったときには、みんな断られましたからね。ダメな理由が3つあって、最近は少しずつ変わってきていますけど、日本ではドキュメンタリーをわざわざ劇場でお金を払って観るという感覚がない。2つ目は、監督がたまたま日本人だという以外は日本との接点がまったくない。3つ目は、現代アートというだけでみんな引いちゃう。そういう三重苦で、公開してもお金がかかるだけだから止めといたほうがいいですよとはっきり言われました。作品がヒットして、自分たちは作品を見る目がなかったという方もいましたし、こんな小さな映画がヒットするなんて逆に勇気づけられましたという方もいました。
ロングランを支えた観客たちが、いまクラウドファンディングで応援してくれているのでしょうね。
次回作もがんばって。応援してます! という感じで、前作を観て感動したという方々がファンディングに参加してくれている、そういう実感は確かにありますね。NYだとタバコがいま1箱1000円くらいですけど、アメリカでのファンディングは1ドルからでした。タバコよりも安い金額でコレクターになれるというのがよかったのでしょう。なってくれた方が後で映画をご覧になって、私も参加したのだと思ってくれたらうれしいですね。500円出してくれた人がいまはもしかしたら失業中かもしれませんし、100万円出してくれた人が数十億の資産家かもしれません。それはその人にとっての金銭感覚というか、数字が持つ意味はそれぞれ違いますから、本当に、これは金額じゃなくて、金額より気持ち。500人以上、アメリカと合わせると1300人くらいの応援団がついているというのは心強いことですね。

続編を撮ろうと思ったのは?
前作が完成した半年後くらいですね。コレクションが寄贈された50の美術館の中で、最初に展覧会を開いたインディアナポリス美術館へ、彼らと一緒に出かけたんです。その『Collected Thoughts: Works from the Dorothy and Herbert Vogel Collection』という展覧会で、ふたりの審美眼というか、アートを見極める目のすごさに感動し、私はそれをまったく理解していかなったのではないかと愕然として。彼らのコレクションを美術館で見たのはそれが初めてだったんです。もうちょっとコレクションについて、アートについて知りたいと思って、2作目を撮り始めました。最初の子がすごい難産だったのに懲りもせず、気づいたら2人目もおなかに……。アホと言われてます(笑)。
アートから捕鯨問題へ
前作ではふたりにフォーカスを当てていますが、こちらは広がりが生まれて、全米のアートシーンを俯瞰していますね。
最初は私もアートは敷居が高いと思っていて、前作のときはそんなに美術館に足を運びませんでした。たまたまふたりはアートコレクターだったけど、私が感動したのは、ふたりの情熱や生き方だったので、アートにはそれほどフォーカスしなかったんです。美術館によく行くようになったのは2作目からで、前作のときよりはずっとアートにのめり込みました。とはいえ、今後アート関係の仕事をするつもりはないですし、アートを買ってみようという気持ちもないです。私はものを持つのが嫌なんですよ。なるべく持たないようにしていて、洋服も最小限、新しく買ったら古いのは捨てる。すごく小さなタンスに入るだけの服しか持たないようにしているので、常に身軽です。けっこう料理をしますが、買ったら使い切ってしまうから冷蔵庫もほとんど空っぽ。コレクターとは対極ですね。ふたりのアパートみたいに、ものがギュウギュウというのは実はすごくイヤ。見れば見るほど「ああイヤだ。こうはなりたくない」って思ってました(笑)。

そのコレクションもすべて美術館に寄贈され、仲良しの夫婦に別れが訪れます。ハーブの死には監督ご自身もショックを受けられたのでは?
やっぱりショックでしたね。でも、当時はドロシーがぼろぼろで、そばに付き添っている私が崩れちゃまずい、しっかり彼女を支えなきゃと娘のような気持ちでした。10年くらいのお付き合いになりますから、友達というより、もう家族ですね。最近は日本にちょこちょこ帰っているので、ドロシーに会うのは月2回くらいになってしまいましたが、それでも月2回会う人ってほかにいないし、私にとっては頻繁に会う人です。もうすっかり元気になって、女は強しですね。これまでは来日も難しかったけれど、この作品の公開に伴って来てくれるので、一緒にたくさんの劇場を回ってもらう予定です。
病床や葬儀のシーンはあえて入れなかったのでしょうか。
そこは半々あって、どうしようかなと。病気のシーンを見せると作品のトーンがあまりにもネガティブになるというか。「愛する人を亡くして」というテーマだったらいいんですけど、違う方向に行ってしまいそうなので、あんまりそこを強調したくなかったんです。葬儀についてはものすごく迷って。最初はスチルで撮ろうと思ったのですが、ユダヤ教のラビが、カメラがあるとセレモニーの雰囲気が変わるからダメだと。私も弔辞を読まなければいけなかったし、本当に撮りたければもうちょっとプッシュしたかもしれませんが、そこまでやらなかったのは、まぁ、撮らなくてもいいかなという気持ちと半々だったんです。映画をご覧になって、そこが物足りない、もうちょっと泣かせてくれてもよかったという人もいましたが、私としては今回のエンディングは、100言いたいところを70まで抑えて、観た人が残りの30を埋めてくれたらいいなと思って作ったんです。
これでふたりの物語は完結。次は捕鯨をテーマに撮っていらっしゃるそうですね。
もう100時間分くらい撮っていて、『ザ・コーヴ』で話題になった太地町でも撮りました。『ザ・コーヴ』は、自分たちは100%正しい正義の味方で彼らは悪者と決めつけ、取材対象に対してすごい悪意がある。対象は政治家や権力者ではない、無力な人たちです。それをああいう形で映像という武器を使って攻めるのは卑怯じゃないかなと思いました。欧米の人たちは鯨が賢いと信じていて、そのバランスが99.9対0.1みたいな世界なので、ある意味とても周到なプロパガンダの成功例。私が伝えたいのは、捕鯨の善し悪しでなく、なぜ鯨を獲るのかということを平等に見せて、これが国際社会を巻き込んで大騒ぎになってしまっていることのばかばかしさというか、誰が何を食べていいということを、誰がどうやって決めるの? ということ。問いかけた後は観る人に判断してもらいたいです。お金も時間もなく、資金集め用のトレーラーもまだこれから。ほとんど手付かずですが、少しずつ進めています。

(※このインタビューは2013年2月7日に行われました。)
プロフィール
ささき・めぐみ/北海道札幌市生まれ。青山学院大学仏文科卒。1987年渡米。以来NY在住。1990年初め、ベルリンの壁崩壊をきっかけに、激動の東欧へ単独で渡り、現地の様子を伝える写真とエッセイを『読売アメリカ』で連載するなど、フリーのジャーナリストとして活動。92年、NHKニューヨーク総局勤務。『おはよう日本』でNY金融情報を伝えるキャスター、世界各国から身近な話題を伝えるコーナー『ワールド・ナウ』NY担当レポーター、ニュースディレクターなどを務める。96年に独立し、NHKスペシャル『世紀を越えて』『地球市場』『同時3点ドキュメント』などの大型シリーズを中心にテレビドキュメンタリーの取材、制作に携わる。2002年、映像制作会社(株)ファイン・ライン・メディア・ジャパンをNYで設立。08年、初の監督・プロデュース作品『ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人』を発表。世界で30ヶ所を超える映画祭に正式招待され、米シルバー・ドッグス、ハンプトンズ国際映画祭などで、合計5つの最優秀ドキュメンタリー賞や観客賞を受賞。また、09年6月、NYでの封切り後、ドキュメンタリー映画としては異例の17週を超えるロングランを記録。その後、全米60都市、100を超える劇場、美術館で公開されたほか、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドで劇場配給された。日本でも、既存の配給会社を通さず、自主配給によって10年11月に渋谷のシアター・イメージフォーラムで劇場公開。同劇場では、公開2週間の観客動員記録を更新。歴代2位の興行成績を収めるなど異例の成功を収め、日本全国では50館以上で公開された。その後も、モスクワ、台北をはじめ、世界各国のアートフェアや美術館、TV局で上映、放送されている。現在は、続編にあたる本作『ハーブ&ドロシー ふたりからの贈りもの』を完成させたほか、捕鯨問題をテーマとした長編ドキュメンタリー映画『THE WHALE MOVIE』製作に向けて取材を進めている。
インフォメーション
3月30日(土)より、新宿ピカデリー、東京都写真美術館ほか全国順次ロードショー
配給:ファイン・ライン・メディア・ジャパン
寄稿家プロフィール
まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。