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Interview

082:大森立嗣さん(『ぼっちゃん』監督・脚本)
聞き手:福嶋真砂代
Date: March 15, 2013
大森立嗣さん(『ぼっちゃん』監督・脚本) | REALTOKYO

イメージから逃げる、大森流の撮り方

4本めとなる新作『ぼっちゃん』が公開される大森立嗣監督。秋葉原無差別殺傷事件をモチーフに、“基地外”と自称する孤独な現代の青年の日常にフォーカスして描くストーリーは、ファンタジックで可笑しく、軽快に大胆に観客の予想を裏切っていく。そんなユニークな発想の源は何処に? 東京フィルメックスでも熱烈なファンの応援を浴びていた。役者としての経験、絶妙なバランス感覚に支えられるセンス、核心を突く鋭敏な洞察力が人気を裏付ける。俳優の弟、大森南朋さんとタッグを組んで生まれたという話題作の話を伺った。

弟の南朋が「一緒に映画を作らないか」と

俳優としてもいろんな作品に出演していらして、最近はヤン・ヨンヒ監督の『かぞくのくに』にも。役者として出るのは好きですか。

 

いや、たまにね、付き合いでは出てますけど、出るのはあまり好きじゃないんです(笑)。でも、ロケで地方に行けるとかの楽しみはありますね。

 

『ゲルマニウムの夜』から観てくると、ベースのスピリットは共通していながら作品ごとに様相がガラリと変わる。今回もまた前作(『まほろ駅前多田便利軒』)とはまるでタッチが違ってますね。

 

やっぱり『まほろ…』を撮ったのが大きかったかもしれないですね。あれは原作があって、わりとソフトタッチな作品だったし。次はちょっと過激なものをやりたいと思ってました。『ぼっちゃん』は僕がやりたいと言って話を進めていて、内容が内容だけになかなか成立しなかったんですが、タイミングよく弟の大森南朋が一緒に映画を作らないかと。日本では俳優が自分のお金で映画を作るというのはあまりないけど、ハリウッドとかではいっぱいあるし、日本でももう少し増えてもいいかなと思うんですよね。映画のクレジットには「企画」として名前を入れたんです。

 

今回の撮影は合宿状態で「すごく楽しいものだった」とプロダクションノートにありましたけど、それはいつもの感じですか。

 

いえ、なかなかそうはいかないですが、以前『波』という映画に出たことがありまして、あれはそんな感じでしたね。僕はそのときは役者だったので気楽な立場だったけど、監督は大変だなと見てて思ってました。僕はわりと身内のスタッフを集めるので、それはそれで怖いというか、そこで作品の質を落としたくないというのもあって、今回は楽しいなりに、僕はプレッシャーの中にいました。僕ももちろん楽しむところは楽しんでましたけど、みんなは酒飲んで、温泉入って、楽しそうでしたよね(笑)。

 

大森立嗣『ぼっちゃん』 | REALTOKYO
(c) Apache Inc.

佐久市のロケーションの素材をフル活用でしたね。例えば「愛」という石碑や「星にいちばん近い街」(JAXA臼田宇宙空間観測所や国立天文台野辺山も近くにある)という町のキャッチフレーズを活かしたシーンとか、まるで映画のためにそこにあったように!

 

まあ、あるものは利用していこうかなと、金が無いんで(笑)。

 

ロケ全面協力の吉田工業へは正面から頼みに行かれたんですか? 昆虫館(昆虫体験学習館)も登場しましたね。

 

正面から行きましたよ。普通は制作部から「このリストの中から選んで下さい」とか言われるんですけど、僕は基本的に、自分もプレロケハンに一緒に行って「ここでやりたいんだけど」って言うんです。そうすると制作部も大変なんだけど、言っちゃう。今回も自分で決めました。最初は、撮影はダメだったんですけど、話してるうちに吉田工業の社長さんが僕と同い年で、元々ミュージシャンをやってたと。だから気が合っちゃって、「なんでもいいよ〜」って最後には言ってくれました。エキストラも出してくれて、食堂のシーンもみんな集めてくれたし。佐久市の人たちって大らかなんです。僕も日本全国ロケに行っていろんな人柄に出会うんですけど、長野は大らかでやりやすかったです。別荘ほしいな〜なんて(笑)。昆虫館のシーンは予定じゃなかったんですけど、ロケハンの合間に立ち寄ったときに、子供たちの中に梶(水澤紳吾)と田中(宇野祥平)を入れたいなと、俺が思いついちゃって入れました。

 

人を殺させていいのか、という思いがあった

実際の事件がモチーフだけど中身は全然違う物語で、それでいて、実際に加藤が書き込んだ掲示板の文章がセリフに巧みに組み込まれています。そういう組み立てとか、肉の付け方がすごく面白くて。脚本はどうやって生み出されたんでしょう?

 

実際の加藤智大という人も静岡の富士の工場で働いたり、転々と職を変えてた。まずそういうところから入ってみようということで、秋葉原から佐久(市)に行くことから始まったんです。これが“よくある映画風”だとしたら、加藤の過去のことを、例えばどんな両親に育てられて、学校ではどんな生活をしてとかを描いたりすると思うんだけど。僕も最初はそういう脚本を書いてたけど、ちょっと違う気がしてました。これは不謹慎かもしれないけど、加藤の掲示板の文章を読んでいて、あるとき笑えちゃったんです。脚本は1年くらいかけてじっくり書いていて、僕の中でコメディにしたいという思いと、もうひとつは、役者に大声で叫ばせたいという、そんな願望がありました。僕は「箱書き」と呼ばれる起承転結みたいのを作ったりしないんです。最初はやるんですけど、途中で挫折して、もうあとはキャラクターが自由に動いていってほしい、そんなやり方で。そうやって生まれたという感じです。

 

大森立嗣『ぼっちゃん』 | REALTOKYO
(c) Apache Inc.

評論家の上野昴志さんは「梶くんと岡田(淵上泰史)の同一性」という鋭い見解を書いていました。梶と岡田は表裏一体なのではないかと。岡田というキャラクターはどのように生まれたんですか。

 

加藤の文章の中に「帰ったら違う人がいた」っていうのがあったんですよ。わけがわからないんですけど。それともうひとつ、もうすぐ映画化される星野智幸さんの小説(『俺俺』三木聡監督)を読んでいて、自分が増殖していく感じとかが俺の頭の中にあって、岡田みたいなキャラクターが浮かんできたんです。だけど、なんで彼が出てきたかっていうのが説明できないところがある。表裏一体になっていくっていうのは、書きながらそう感じてましたが。あとは、「梶に人を殺させていいのか」っていう思いがいちばんあって、もし黒岩(岡田)が梶の分身のようになっていくんだったら、梶は自分の中の人殺しの部分を殺して秋葉原に行ったのかもしれないなと解釈してるんですけど、はっきりとしてないんですよね、僕の中でも。観る人によっても、梶と岡田は表裏一体とか、同一人物かとか、もしかしたら幻想なのかと言う人もいましたね。

 

登場人物に大森監督の分身が入っていたりしないんですか。

 

俺はねえ、いつも全員に同じように入ってます(笑)。

 

ちなみに梶くんはどこらへんが?

 

まあ、願望が入ってますね。ああいうふうに物事を直球に投げかけられるところとか、悲しみとか喜びをストレートに表すところとかね。そういうふうになりたいなと思うところもあるし、そういう部分があったりもする。ネット依存なところは、俺はほとんどネットをしないんですけど、気持ちはわかります。あれは離れられなくなりますよね。ネットで顔が見えない相手と会話をしていて、Twitterのリツイート数を気にするところとか、何時何分に言ってきたかとか、そういうことばかりが気になってきて、内容とか、人間に向かってるという感じがなくなるところが怖いなと思います。やはり人の表情を見て安心することとかは大事だなと思いますね。

 

演技指導とか、監督は役者ということもあるし、実際に演じてみせたりしますか。

 

いや、それはしないんですけど、脚本のト書きとかセリフに役者に対するメッセージを込めてます。で、基本的には自分で考えてほしいと。あまりこちらから言うと、俺のことばかり気にしてしまうので。そうじゃなくて「自分で考えて、自分で動いてみて」と。「役者というのは取り替えのきかないことをやっているんだ。他の人にはできないこと、そこに身体を持ってきてやりなさい」と言ってるんです。「問われてるのは俺の倫理じゃなくて、お前の倫理なんだ」ってことです。つまり、水澤がやらなかったらああいうキャラクターにはならなかったかもしれない。彼にああいう引き出しがあったから、ああいう芝居ができるのかなと。ギリギリのところだと思いますね、人に好かれるか、嫌われるか。ひとつ間違ったら全然ダメですよね。表情ひとつ違うだけで「ああこの人、嫌だな」と思われちゃいますよね。

 

大森立嗣『ぼっちゃん』 | REALTOKYO
(c) Apache Inc.

死体を埋めたり、レイプシーンとか、過激なシーンもあって現場の緊張感は高そうですが、空気はどうでしたか。

 

ある程度の緊張感はもちろんあるんですけど、俺は役者やってるからわかるんだけど、俳優って緊張しすぎると大事なことに反応できなくなるんです。やってることはわりとキツいけど、俺なんかはいつもと変わらないような感じで役者とかを見てます。夕陽の微妙な時間を狙ったりしたから、撮影部は大変だったとは思いますけどね。一度うまくいい空気ができればいいですけど、うまくいかないときは現場の空気が悪かったり、役者の芝居がうまくできてなかったりすると時間かかりますね。これが俺の4本目で、なんとなく少しわかるようになってきたところもありますね。でも、空気ができてないときはすごく怖い。俺はそんな現場はあまりなかったですけど、時間がかかりすぎて、疲弊ばかりして、集中力落ちてきてるなっていうときもありました。それは助監督時代だったから、早く終わらないかな〜って思ってましたけど(笑)。やっぱり監督がやりたいことをやってもらうしかないですからね。先輩監督たちのそういう部分は見てきてるかもしれない。もう少し集中して段取りよくやるほうがいいなとか。芝居ってけっこう1回目がよかったりするんで、ダメなときはハマっちゃって大変なことになるんですね。今回は1ヶ月くらいかけて撮ってたから、休憩入れたりしてやってました。

 

イメージから逃げる、というポリシー

大友良英さんの音楽はタイミングもカッコよくて、『まほろ〜』のときも岸田繁さんの音楽が絶妙でしたし、その依頼の仕方がもしかして大森監督はミュージシャンなのかと。

 

いや、俺はミュージシャンじゃないです(笑)。今回は本当にお金無くて、俺、あんまりミュージシャンを知らなくて、ちょっと大友さんに電話してみようと思って、してみたら「やるよ〜」と言ってくれたんです。1日で1発録りです。音楽的にやりたいことがあって、大友さんに「こういう曲で」と提示したら、ほぼそれに近い曲を書いてくれました。フリーセッションみたいなところが多かったから、「いいミュージシャンを呼ばないと」って大友さんに言われて、そこだけ今回お金かけました(笑)。俺の場合、どこに音楽を入れたいというのを明確に言うんです。芝居に音楽をつけるのは好きじゃないから、なるべく芝居のシーンは避けて、シーンとシーンのブリッジなのか、走ってるシーンなのかで入れてもらうように。お客さんの感情がついていってない時に音楽で強引に盛り上げちゃうと、お客さんは引いちゃうので。今回はいつもと違うつけ方をしたのでちょっと不安ではあったんですけど。

 

大森立嗣『ぼっちゃん』 | REALTOKYO
(c) Apache Inc.

いつもよりボリュームも多めですか。

 

多いですね。ただ曲が大丈夫な曲で、つまり何かを説明する曲じゃないし、曲自体が滑稽な感じだったから。梶全体が持ってるある種の滑稽さみたいなものと、シリアスになるところであんまりムードがシリアス方向に行き過ぎないように、そういう感じにしたんですね。基本的に、よく俺は「イメージから逃げる」って言葉を使うんですけど、画作りでも、セリフ(台本)でも、音楽もそうなんですけど、このセリフを言ったら普通こうなるよね、っていうふうにすると、敏感なお客さんが多いので、それは嫌だなって思う人がいる。例えば、全国250館で上映するような中学生向けの映画だったらそれでいいかもしれないけど、そのイメージから逃げるというか、既視感があるものから違うものを撮りたいという気持ちがいつもあるんです。

 

最後にひとつ、駅のホームが出てきますが、あれはもしやゲリラ撮影でしたか。

 

ゲリラ、ゲリラ! あれは許可下りないからね。一発撮りでやらなくちゃねと言いながら、何回もやりましたね(笑)。いまはもうカメラも小さいし、少人数で撮ってたから。あれも楽しみのひとつですよ。大きいカメラだとできないし、やらしてくれないんですよね。

 

大森立嗣『ぼっちゃん』 | REALTOKYO
(c) Apache Inc.

(※このインタビューは2013年2月13日に行われました。)

 

プロフィール

おおもり・たつし/1970年、東京生まれ。前衛舞踏家で俳優、大駱駝艦の麿赤兒の長男として東京で育つ。大学入学後、8mm映画を制作。俳優として舞台、映画などに出演。自らプロデュースし、出演した『波』(2001年/奥原浩志監督)で第31回ロッテルダム映画祭最優秀アジア映画賞"NETPACAWARD"を受賞。その後、『赤目四十八瀧心中未遂』への参加を経て、2005年『ゲルマニウムの夜』で監督デビュー。第59回ロカルノ国際映画祭コンペティション部門、第18回東京国際映画祭コンペティション部門など多くの映画祭に正式出品され、国内外で高い評価を受ける。2010年『ケンタとジュンとカヨちゃんの国』で日本映画監督協会新人賞を受賞。第60回ベルリン国際映画祭フォーラム部門、第34回香港国際映画祭に正式出品された。昨年全国公開され話題となった『まほろ駅前多田便利軒』では、キネマ旬報日本映画ベスト・テンで、4位に入選。シネマインパクト作品『2.11』(2012年)が、第42回ロッテルダム国際映画祭に正式出品される。今年は本作の他に『さよなら渓谷』も公開される。

インフォメーション

ぼっちゃん

3月16日(土)よりユーロスペースほか全国順次ロードショー

配給:アパッチ

公式サイト:http://www.botchan-movie.com/

寄稿家プロフィール

ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラム執筆。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』など。