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Interview

076:想田和弘さん(『演劇1』『演劇2』監督・製作・撮影・編集)【前編】
聞き手:福嶋真砂代
Date: October 21, 2012
想田和弘さん | REALTOKYO

"観察映画シリーズ"第3・4弾として、トータル5時間42分におよぶ長編ドキュメンタリー『演劇1・2』を発表した想田和弘さん。今回は、ユニークな演劇を作り続け、かつ演劇界を越えてパワフルに活躍する個性的な演劇人「平田オリザ」にフォーカス。想田さんならではの爽快なメスで平田の頭脳に切り込み、深い洞察力でその内部を観察する。「演劇って何だろう」から「ひとはなぜ演じるのか」という問いにぶつかり、さらに「人間とは何か」という壮大なテーマによって平田オリザと想田和弘のふたつの世界が見事に繋がる瞬間を目にすることになるだろう。撮影秘話や2年も費やしたという編集のことなど、いつもながら楽しく明解に語ってくれた。まずは『演劇1』の話から。

まず役者の"身体性"を描きたかった

今回の大作、もしかしたら編集を悩まれてるのかなとtwitterでうかがう言葉に憶測していたのですが。

 

そんなこと、正直に呟いてましたか! まあ本当に今回長丁場だったし、キツかったからなあ。

 

演劇は好きだけど、平田オリザさんの演劇は観てない私が映画を観ていいのだろうかと思ったのですが、この映画をそういうオリザフリーク、演劇フリークじゃない人が観たときの実験台として観てみようなんて思って拝見しました。

 

なるほど。

 

想田和弘『演劇1』『演劇2』 | REALTOKYO
(C) 2012 Laboratory X, Inc.

『演劇1』を観たとき、まず平田オリザ演劇を知ってる人にはめちゃくちゃ面白いだろうなと、でもまったく知識無くこの世界に入ると、冒頭から「これは試練!?」というくらいの稽古風景が繰り返される。これを越えたところに何が待ってるのだろうと、なんともワクワクしてしてきました。もしかしたら観客は想田さんに試されてるのかとも……(笑)。この構成で苦労された点は?

 

おっしゃる通り、観客にもある種の試練を課す映画なので、「なるべくソフトランディングで入りやすいような構成を」とは思ってたんです。『1』の中ほどで『東京ノート』の稽古を千本ノックのように繰り返すシーンがあるんですが、実は最初、それを冒頭に入れてたんですね。でも、あれ、かなり濃い試練じゃないですか(笑)。ご意見番のカミさんも「ここで挫折する観客は多いんじゃないか」と。でも構造上どうにもならない、最初にぶつけるしかないと僕は思っていたんです。

ところが、深田晃司さん(青年団演出部所属、『歓待』映画監督)のブレッソンワークショップのシーンの後に『東京ノート』の稽古シーンを持ってくる手があると、編集作業の最後の最後で気付いたんです。深田さんのシーンでブレッソンと小津と平田演劇がつながると、千本ノックも見やすくなる(笑)。まあ、俳優にとっては稽古のプロセスというのはやはり試練ですし、「観察映画」というのは一種の"体感映画"ですから、自分が俳優の気持ちになってしまうかのように作れればそれは成功してると言えるんですが。

 

大成功です。苦しいですね、これを毎日やってるのかと。自宅で(DVDを)観ていたときに、自然と自分も一緒に稽古に参加してました。面白くなってきてセリフをオリザさんに言われた通りに何回も言ってみたり……。

 

自分でやるとできないでしょ?

 

難しいです。

 

青年団の役者さんの芝居ってすごく自然で、一見普通の人たちが苦もなく普通にやってるように見えるんですけど、言葉と言葉の間を"文節化"して自由自在に調節できる身体と、それを俯瞰できる意識が開発されていないと、不可能な作業です。そういう役者の技術と身体性を描きたかった。

 

役者さんはトレーニングでその身体性を身に付けていくわけですが、それにしてもセリフ回しや身体性においての"正解"はオリザさん"だけ"が解っているような気がして、その習得の難しさにギョッとしてしまいます。

 

そうですよね。

 

想田和弘『演劇1』『演劇2』 | REALTOKYO
(C) 2012 Laboratory X, Inc.

『演劇1』にある就職面接シーンで、応募者のインタビューを映してるのですが、そこで劇団の経済的に厳しい内情が明かされています。その話を聞いた上でなお劇団で頑張る気がありますかとオリザさんに問われますね。

 

あの面接を受けた石川さんは、いま青年団で勤務なさってます。

 

面接のときは学生さんでしたね。学生だからこそ相当厳しい環境に飛び込める勇気でしょうか……。

 

僕も映画の世界に入るときは同じでした。わからないからこそ飛べちゃう、みたいなところがありますね。で、飛んでから厳しい現実を痛感してジタバタする。若気の至りでもある。でもそこで働かせた「飛ぼう」という直感は、僕の場合は間違っていなかったと思います。飛んでよかったと、今でも思っています。

 

最初の3週間はガツガツして、フラフラに

『選挙』『精神』で想田ドキュメンタリーのおもしろさに取り憑かれましたが、とりわけ『Peace』は観察映画番外編ということもあるのですが、当時のインタビューで「誰かに撮らされたみたい」と話されていたように、中でもスピード感がダントツでした。一方今回の『演劇』では、平田オリザさんによって確立された演劇世界に対して想田さんがどう挑むのだろうという大きな興味と共にやや心配もありました、失礼な話ですが……。

 

ハハハ。でも、ご心配もごもっともで、実際最初の頃、稽古風景の撮影は全然うまくいかなかった。最初の3週間くらいは全然使えないものばかり撮ってました。僕は「平田演劇の世界」に対して畏敬の念を抱いているし、しかも彼の舞台はあまりにも完結しているので、それをこちらの視点で"解体"することに、作品世界を冒涜するような感覚があったのだと思います。

だからどうしても作品の全体を映そうとして、ワイド気味の画で稽古を追いかけちゃう。誰かがしゃべるとその方向にカメラを振るという感じになるので、落ち着きも主体性もないというか、面白味がないというか、ただ単に記録している感じになってしまって。そのうちコツが掴めるに違いないと思って撮り続けたんですけど、気が付いたら3週間くらい経って、「いままでの稽古シーン、全然使えないじゃん!」と。

平田さんは複数の演目を平行して稽古するんですが、そのころは『火宅か修羅か』『サンタクロース会議』『冒険王』『東京ノート』を同時並行で稽古していて、僕も必死で追いかけてました。

 

凄い。

 

あ、あと『隣にいても一人』も同時か。日によっては3つか4つくらいの演目の稽古があるんです。それを追いかけるのは僕も本当に大変で。体力の限界を感じました(笑)。

 

想田和弘『演劇1』『演劇2』 | REALTOKYO
(C) 2012 Laboratory X, Inc.

いつものように想田さんがひとりで撮られていたんですよね。

 

そうです。しかも平田さんや青年団の活動を全部撮ってやろうと、がっついてましたね。でも、ある時点で、「ああ、オレはがっつき過ぎてるから撮影がうまくいかないんだ」と気が付いたんです。観察映画は「自分が目にしたものを映画にする」という意味で"体験談"です。ということは「体験しないものは描かない、諦める」ということでもある。その姿勢が僕から失われていたわけですね。

それに気付いたとき、稽古をクローズアップで攻めようと思いついた。あえて視野を狭めることで、観察映画のフォームを取り戻そうと思った訳です。それで初めて手応えがあったのが『東京ノート』の稽古シーンです。あの日は最初から「今日はクローズアップで行くぞ」と決めてた。僕は平田さんの横に陣取って、3人の女優さんの演技をずっとクローズアップで撮りました。それまでは、平田さんが「ダメ出し」をしたら、平田さんにもカメラをパンしてたんですけど、それもやらないと決めて。そうしたら急に視点が定まってきて、俳優さんの心理に同化するような感じになってくる。逆説的ですが、平田さんや俳優さんのメソッドも見やすくなる。「あ、この路線でいくべきだ!」と、あのシーンを撮って初めて気が付いたんです。

 

英語タイトルを"PLAY"にしたかった

平田さんがセリフをパソコン上でどんどん書き直していくところがありますね。

 

『サンタクロース会議』の稽古シーンですね。

 

神懸かりのようにセリフを次から次へと修正していって、確かそのままカメラが平田さんの頭脳の中に入っていくようなカットがありました。『演劇1』では平田さんの頭脳を覗き込み、こちらの頭がシャッフルされていく。最後のサプライズは、想田さんは知ってたんですか?

 

いや、知らなかったです。カメラを回しながらみんなの会話を聞いて「なんかサプライズ・パーティーを企画してるぞ」って知りました。しかも平田さんの天才的な機転で、稽古中の演目とサプライズを結びつけるでしょう。そのせいで、あのシーンはものすごくスリリングになっていく。

 

みんなノリノリでしたね。何がいいってみんなが真剣、なかでも平田さんがいちばん遊びに真剣で。その延長に平田演劇があるんじゃないか、平田さんの演劇はめちゃくちゃ真剣な"遊び"なんだなとそこで感じました。

 

まさに。僕もそう感じて、実は最初、この映画の英語タイトルは"PLAY"にしたかったんです。でもスウェーデンのルーベン・オーストランドという監督が最近"PLAY"という題名の映画を発表したので、紛らわしいから"THEATRE"にしました。プレイ=芝居ですけど、それには「遊び」という意味もありますよね。

今回撮りながらずっと頭にあったのは「演劇って何だろう」という問いです。演劇は、少なくとも古代ギリシャでは行われてたわけですけど、たぶんその起源はもっと前で、人類の歴史と同じくらい古い。それはなぜなんだろう? なぜひとは演じるのか? その問いへのヒントが、あのサプライズのシーンにあるように思えたんですね。

平田さんご自身、「人間とは演じる生き物」というふうに言っている。だから「演じるとは何か」を問うことは、「人間とは何か」を問うことでもある。そういうことを考えながら映画を作っていました。

まあ、よく考えると演劇というのは「ウソを作る」ことです。でも現代では、人々はそのウソをわざわざお金を払って観に行くわけでしょう?

 

けったいな話ですね。

 

でしょう? よく考えると変なことやってるんですよね、人間って(笑)。

 

想田和弘『演劇1』『演劇2』 | REALTOKYO
(C) 2012 Laboratory X, Inc.

それに演劇が生活から乖離してショービジネスになってしまったのを、平田さんはもう一度原点に戻ろうとしているような感じを、教育の場で演劇を使おうというのとか、メンタルヘルスセミナーの講演を見たりすると感じます。

 

そうですね。ショービジネスになると、「お金を儲ける」という目的が、下手をすると「優れた演劇を作る」という目的よりも上になってしまう。作り手の表現の欲求は二の次になる。ハリウッド映画にしても、マーケティング試写をやってアンケート調査をもとに編集を変えるなんていうことも行われますよね。そういうのは、人間の「芸術作品を作りたい」という基本的な欲求とは、離れた部分で作られてると思うんです。でも平田さんの演劇は「作りたい」という基本的な欲求に忠実だと思うんですね。

 

僕と平田オリザさんは似ている

実はこれは最後に訊こうと思っていたのですが、あくまでも一見するとですが、想田監督の「台本を全部捨ててその場で起ることを観察するという創作方法」と、平田さんの「きっちり台本があって自分が思う通りに動かす」という創作方法は真逆に見えます。そのふたつの世界がつながるということの不思議さがこの『演劇』の中にはあって、それほどまで平田さんに想田さんが惹かれることに興味が湧きます。そこに「人間とは何か」という問いがあるというので、ぴったりとつながっていくのですね。

 

平田さんには失礼な言い方ですけど、僕と平田さんが実は似てるということに、本を書きながら気付いたんですよ(『演劇 vs. 映画―ドキュメンタリーは「虚構」を映せるか』岩波書店から刊行予定)。まず、平田さんにも僕にも「世界を描写したい」という欲望があります。また、「観客には描いた世界を自由に観てほしい」とも思っている。その2点がもの凄く似てるんです。

この度、2年ぐらい死にそうになりながら映画を編集して、結局4年もかけて完成させて、しかも本まで書いている。本を執筆しながら「なんで俺はこんなに一生懸命やってるんだろう」って、改めて考え込んで。それでハタと気付いたわけです(笑)。ある意味僕は、平田さんを自分のアルターエゴのようなものとして見ていた部分がある。

あと、平田さんとは芸術観がシンクロするだけでなく、芸術をいかに持続可能なものにするかという関心も共有しています。コマーシャリズムが席巻する世の中で、いかに自分の作品を持続的に作り、発表し、守っていけるか。この辺のことは、僕も自分の映画について常々考えていることなので。

 

<後編に続く>

 

(※このインタビューは2012年8月6日に行われました。)

 

プロフィール

そうだ・かずひろ/1970年、栃木県足利市生まれ。東京大学文学部卒。スクール・オブ・ビジュアルアーツ卒。93年からニューヨーク在住。NHKなどのドキュメンタリー番組を40本以上手掛けた後、台本やナレーション、BGM等を排した、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの方法を提唱・実践。
その第1弾『選挙』(2007年)は世界200ヶ国近くでTV放映され、米国でピーボディ賞を受賞。ベルリン国際映画祭へ正式招待されたほか、ベオグラード国際ドキュメンタリー映画祭でグランプリを受賞した。第2弾『精神』(08年)は釜山国際映画祭とドバイ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞、マイアミ国際映画祭で審査員特別賞、香港国際映画祭で優秀ドキュメンタリー賞、ニヨン国際ドキュメンタリー映画祭で宗教を超えた審査員賞を獲得するなど、受賞多数。2010年9月には、『Peace』(観察映画番外編)を発表。韓国・非武装地帯ドキュメンタリー映画祭のオープニング作品に選ばれ、東京フィルメックスでは観客賞を受賞。香港国際映画祭では最優秀ドキュメンタリー賞を、ニヨン国際映画祭では、ブイエン&シャゴール賞を受賞した。著書に『精神病とモザイク』(中央法規出版)と『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)がある。最新作『演劇1』『演劇2』の劇場公開に合わせて、岩波書店から『演劇 vs. 映画―ドキュメンタリーは「虚構」を映せるか』を刊行予定。

インフォメーション

『演劇1』『演劇2』

10月20日よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

配給:アルバトロス・フィルム、クロックワークス

公式サイト:http://engeki12.com

寄稿家による過去の想田和弘監督インタビュー

『Peace』

REALTOKYO Interview 028:想田和弘さん(『Peace』監督)

 

『選挙』

(『ほぼ日刊イトイ新聞─ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』Vol.157〜159)

1. http://www.1101.com/OL/2007-06-20.html

2. http://www.1101.com/OL/2007-06-22.html

3. http://www.1101.com/OL/2007-06-24.html

寄稿家プロフィール

ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラム執筆。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』など。