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Interview

075:アグニェシュカ・ホランドさん(『ソハの地下水道』監督)
聞き手:松丸亜希子
Date: September 21, 2012
アグニェシュカ・ホランドさん | REALTOKYO

第二次世界大戦まっただ中のポーランドで、ユダヤ人を匿って救おうと奮闘する下水修理人でコソ泥のソハ。カッコいいヒーローではない一介の人物を、実話をベースに生き生きと描いたのは、同国の巨匠アンジェイ・ワイダに学び、故クシシュトフ・キェシロフスキの友人で、『トリコロール/青の愛』(93)の共同脚本も手掛けたアグニェシュカ・ホランドさん。映画、またテレビドラマの監督としても活躍するホランド監督が公開に先立って来日した。

主人公ソハの行動にぐいぐいと引き込まれました。実話ベースということですが、ソハを演じたロベルト・ヴィェンツキェヴィチさんとは、どんなお話をされたでしょうか。

 

作品の舞台となった時代のこと、お互いの人生経験のことなど、ロベルトとはたくさん語り合いました。ソハのキャラクターでロベルトがいちばん気に入っているのは、大きな出来事があって彼が変わっていくのではなく、徐々に変化していくというところ。反ユダヤ的な部分も最初はあったかもしれませんが、ソハは自分の意思に反して変化します。彼は泥棒ですが悪人というわけではない。家族を愛し、エネルギーにあふれていますが、次に何が起こるかわからず、自分の行動に自分で驚いてしまうようなキャラクターです。ステレオタイプに変化する男ではない、プロセスを経て変わっていくところが大切だと話しました。ロベルトは、「じゃあ、次のシーンがどういう展開になるか、まったくわからないという気持ちで演じます」と言ってくれました。彼は本当にすごい俳優だと思います。順撮りではないので、それぞれのシーンについてわかっているのにすべてを忘れ、ソハの現在に自分を置くことができる。さらに、ちょっと原始的で暴力的な部分と繊細な部分、ソハの二面性を同時に表現できるんです。彼のおかげで、ソハは人間らしい豊かなキャラクターになったと思います。

 

アグニェシュカ・ホランド『ソハの地下水道』 | REALTOKYO
(C) 2011 Schmidtz Katze Filmkollektiv GmbH, Studio Filmowe Zebra, Hidden Films Inc. All Rights Reserved

幼い子供がいるからか、ソハはユダヤ人の子供たちにも優しく接してましたね。マンホールから地上を見るシーンが感動的でした(上の写真のシーン)。彼は徐々に変化していきますが、ソハを変えた最も大きなものは何でしょうね。

 

確かに子供たちの存在は大きいですよね。子供たちが苦しんでいるのを見て、それに対して思うところがあったのではないかと。この作品が捧げられているマレク・エデルマンさんはワルシャワ蜂起に関わった人で、私のヒーローですが、彼は「責任というのはひとつの愛の形である」と言っています。ソハはその通りに、愛の形として責任を感じ始めたのではないかなと考えています。彼らを大切にしなければと、彼らを救いたいという野心が生まれるくらいの執着ぶりをソハは見せます。それが叶ったのは、彼らを人間として見られるようになってから。最初は、お金のことばかり考えているとか、ステレオタイプなユダヤ人へのイメージが彼にもあり、ソハは彼らをユダヤ人狩りの対象としてしか見ていません。裸の女性たちが森を駆けているのに関わろうとしないという態度を見れば、彼らへの思いやりがないことがわかりますよね。「嘘ばかりついて」なんていうセリフもありますし。「ユダヤ人」ということでなく、彼らを人間として見られるようになったのは、子供の存在が大きかったと思います。また、典型的なユダヤ人ではないムンデクを始め、人々と関わりを持つことで変わっていったのではないでしょうか。ひとつのきっかけだけではないと思います。

 

脚本のこと、撮影のこと

ロバート・マーシャルの原作をデヴィッド・シャムーンさんが脚本にして、ホランド監督のファンだったシャムーンさんから、ぜひ監督をしてほしいと依頼されたとか。これまで監督ご自身が脚本を書かれている作品もありますが、この作品では脚本にどれくらい関わっていらっしゃるでしょう。

 

デヴィッドが第5稿までを書き、その後の3稿を一緒に書きました。基本的な構造は変えませんでしたが、脚本は常に進化して、現場で即興で加えたシーンもありますし、俳優のアイデアで入れたシーンもあります。地下水道でのユダヤ人たちの表情など、脚本ではあいまいだったものに自分なりの演出を加えて、編集段階でもどんどん変えましたし、ずいぶん手を入れました。デヴィッドはとてもオープンで、私も彼をリスペクトして作業しましたから、とてもいい調和が取れていたと思います。いいコラボレーションでしたね。

 

アグニェシュカ・ホランド『ソハの地下水道』 | REALTOKYO
(C) 2011 Schmidtz Katze Filmkollektiv GmbH, Studio Filmowe Zebra, Hidden Films Inc. All Rights Reserved

地下の窒息しそうな感じや臭い、じめじめした湿気が漂ってくるような映像に圧倒されました。セットを作り、ロケ撮影も行ったとうかがいましたが、撮影にはどんなご苦労があったでしょう。

 

全体の4分の1がロケ撮影で、どこで撮ろうかといろいろ見に行きました。いちばん過酷な環境だったのが実際の物語の舞台となった場所でしたが、撮影ではそれとは別の地下水道を3ヶ所くらい使っています。たくさんのスタッフ、エキストラも含めた俳優たちが入れて技術的に対応できるような空間でないといけないということで選びました。技術的にも戦略的にも心理的にも、撮影はとてもハードで、2、3時間もすると窒息しそうで具合が悪くなったりして。でもね、セットの撮影もけっこう大変だったんですよ。地下水道は寒いというイメージがあるかもしれませんが、ワインセラーのように一定の温度に保たれているので、冬に撮影したソハのアパートのシーンとか、屋外のシーンの撮影はマイナス30度だったりしましたから、それに比べればましでした。ただ、やはり湿度がキビシかったですね……。地下水道の臭いはそんなにキツくなかったのですが、下水道とぶつかる場所ではけっこう臭ってました。

 

シネコンでポップコーンを買って観る!?

何度も訪れる危機を乗り越えていくというスリリングな展開で、エンタテインメントとしても楽しめる作品ですね。

 

そう思っていただいてもかまいません。それはやはりサバイバーの物語だからでしょうね。悲劇的な状況を乗り越えていくという意味では、アクションやサスペンスの要素もありますし、事実に基づいていますが、圧縮しているためによりドラマチックになっているということもあるでしょう。私は、観客にとって魅力的な作品にしようとは思わず、観客の心をずっと捉えるような映画にしたいと思っていました。そのためにはある程度の長さが必要だと気付き、最初は4時間だったものを2時間を目指して縮めていったのですが、面白いことに2時間20分版のほうが2時間版よりも短く感じるんです。映画学科の生徒に見せたら同じ意見でした。私たちの技を駆使して2時間20分にまとめました(笑)。

 

アグニェシュカ・ホランド『ソハの地下水道』 | REALTOKYO
(C) 2011 Schmidtz Katze Filmkollektiv GmbH, Studio Filmowe Zebra, Hidden Films Inc. All Rights Reserved

この作品は映画祭で3、4回上映していますが、観客賞を受賞したこともありました。観客賞はふつう、『英国王のスピーチ』のように、わかりやすく明るい作品が穫りますから、まさかこの作品が? と思って、私たちもどういうふうに反応していいかわかりませんでした。その後、いろいろな国の人たちに観てもらったときに、みなさんが同じようなリアクションをされるのを見ました。エンドロールではみんな静かに席に座って、人によっては拍手喝采をしたり、ヒステリックなすすり泣きが止まらなくなってしまったり。強いインパクトを残す作品なんだなと感じました。ポーランドでも公開されてヒットしたのですが、130万人の動員は予想外で、3回観た人もいたそうですよ。なんで3回も観たんでしょうね、私にもわかりません(笑)。今回はアート映画用のミニシアターでなくシネコンで上映して、『長靴をはいたネコ』や『シャーロック・ホームズ』もあるのに、『ソハの地下水道』にポップコーンを買って彼女と一緒に行くの!? と興味深かったですね。でも、「買ったポップコーンにまったく手をつけずに観て出てきた」という話を聞きました。娯楽性という言葉が合っているかわかりませんが、それだけ物語にのめり込んでくれたのだと思います。

 

アグニェシュカ・ホランド『ソハの地下水道』 | REALTOKYO
(C) 2011 Schmidtz Katze Filmkollektiv GmbH, Studio Filmowe Zebra, Hidden Films Inc. All Rights Reserved

生きることへの欲望や人間のたくましさも感じました。極限下で男女が愛し合い、不倫の果てに妊娠して地下で出産までするなんて、ホロコーストを扱った映画はたくさんありますが、こういう描かれた方はあまりないですね。

 

人間の生への欲望は驚くほど強いものですし、地獄の底でもそれなりの生活を作り上げることができるのが人間です。それはユダヤ人の伝統でもあります。キリスト教では、自分の人生を犠牲にしてまでというところに美徳がありますが、ユダヤ教では、自分の生を保全することがいちばん大切と教えられるそうです。罪を犯しても自分が生きるほうを選択する。それが望ましいとされますから、生命の価値観として生き抜くことがとても大切だったのではないでしょうか。

 

アグニェシュカ・ホランドさん | REALTOKYO

(※このインタビューは2012年6月19日に行われました。)

 

プロフィール

Agnieszka Holland/1948年ワルシャワ生まれ。71年にプラハ芸術アカデミーを卒業後、ポーランドに戻り映画業界に入る。クシシュトフ・ザヌーシの助監督になり、アンジェイ・ワイダから指導を受けた。初監督作品『Provincial Actors』(78)は"道徳的不安の映画"運動を代表する作品のひとつで80年のカンヌ国際映画祭で国際映画批評家連盟賞を受賞。81年にフランスへ移住。ポーランドを去ってから、『Washington Square』(97)やアカデミー脚本賞にノミネートされた(ゴールデン・グローブ外国映画賞受賞、NY批評家協会賞受賞)『僕を愛したふたつの国/ヨーロッパ ヨーロッパ』(90)など、自己実現を求めて困難な状況から逃れようとする人々の物語を作品にしてきた。また、友人クシシュトフ・キェシロフスキの「トリコロール」三部作の一作目『トリコロール/青の愛』(93)の共同脚本も手掛けている。その後の作品として、『オリヴィエオリヴィエ』(92)、『秘密の花園』(93)、『太陽と月に背いて』(95)、『敬愛なるベートーヴェン』(06)など。2008年にはニューヨーク近代美術館(MOMA)で代表作が上映された。ほかにも数々の映画監督に脚本を提供しており、またテレビ作品の監督としてもエミー賞最優秀ドラマシリーズ部門にノミネートされるなど活躍している。

インフォメーション

ソハの地下水道

9月22日(土・祝)、TOHOシネマズ シャンテほか全国で順次公開

配給:アルバトロス・フィルム、クロックワークス

公式サイト:http://www.sohachika.com/pc/

寄稿家プロフィール

まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。