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Interview

072:齊藤潤一さん(『死刑弁護人』監督)【後編】
聞き手:福嶋真砂代
Date: June 29, 2012

前編からの続き>

 

齊藤潤一さん | REALTOKYO

まだまだ事件は終っていない

雨の中、安田さんが咄嗟に人に傘を差し出すシーンがありました。その自然な振る舞いに安田さんの人間性が滲み出ているように感じました。

 

安田さんの根底には弱者に対する思いがあるんですね。加害者となった被告人は家庭的にも恵まれてなかった人も多く、ホームレスだったり、虐待を受けたり、母の自殺を目の当たりにした子供だったり、差別を受けたりという過去の背景があります。事件を起こしたことはもちろん悪いことだけど、その人をバッシングして、死刑判決を出してそれで終わりでいいのかというのではなく、弱者に対して誰かが救いの手を差し伸べることができたら犯罪が起きなかったかもしれない。事件の真相をしっかりと追求して、二度と同じような犯罪を犯さないような社会にするにはどうしたらいいかということを、安田さんはずっと思いながら弁護活動をしているんですね。弱者を作らなければ犯罪は起きないのだから、という目線の優しさはすごく感じましたね。

 

裁判が終ってもすべてが終ったわけではない、いまだ進行中の事件を扱う映画を撮るときに、何か注意していることはありますか。

 

この映画では和歌山毒カレー事件とオウム真理教事件を大きく扱かっているのですが、松本死刑囚の再審を安田さんがなぜ担当するかの理由を、「松本が『自分からはやっていない』と私に言ったことを確かめようとしているんだ」と言ってます。僕自身は事件の現場取材をしていないので、えん罪かどうかはまったくわかりません。ただ、世間一般ではこれらは終ってしまった事件として認識されて、「カレー事件はまだ死刑執行されてないんだっけ?」と思われていたり、オウム事件のことは、現在は新たに犯人が捕まったことで表に出ていますが、記憶が薄れていたりします。なぜ地下鉄サリン事件が起こったのかの「なぜ」の部分や、カレー事件も林死刑囚本人がずっとやっていないと否認し、物証も無いという状況のなかで、状況証拠で死刑になったけど真相も解明できていないこと、マスコミが取り上げなくなって事件が風化するなかで、安田さんの活動を通してもう一度考えてみたい。安田さんが言うように、事件というのは判決が確定したら終わりというのではなく、真相を究明しないとまた同じ事件が起きてしまうかもしれない。裁判上の区切りはあるのですが、まだ解明しないといけないことがあるということを知っていただきたいなという思いで作っていました。

 

齊藤潤一『死刑弁護人』 | REALTOKYO
(C) 東海テレビ放送

数珠つなぎで次のテーマが見えてくる

齊藤監督は東海テレビ入社20年、その中で「司法シリーズ」を手がけて7年目ということですが、“現在”を追いかけるテレビ界に身を置きながら、監督の視点はさらに先に置かれてます。そういうふうに作るようになったきっかけは何でしょうか。

 

“何が”というのはないのですが、例えばこの「司法シリーズ」にしても、作品をひとつ作ると何か疑問が湧いてくるんです。最初に名張毒ぶどう酒事件のドキュメンタリーを作ったとき、再審の扉がなかなか開かない理由のひとつとして、“最高裁で一度先輩裁判官が下した裁判を、ひっくり返すことができない下級裁判所の裁判官”というタテ社会の構図があって、人事は最高裁が握ってるので下手に先輩の裁判をひっくり返すとその後人事上恵まれないという話を聞いて、これはおかしいなと、次は裁判所を取材してみようと名古屋地裁の裁判長に密着した番組が『裁判長のお弁当』なんです。

 

裁判官の密着は珍しいですね。

 

おそらく裁判官密着は初めてだと思います。それを作ってると、今度は検察官はどうなんだろうと、名古屋地検の検事を追ったのが『検事のふろしき』です。そうこうしているうちに光市事件が起きて、「弁護士ってそんな悪魔のような仕事なのだろうか」という疑問から『光と影』を作り、そこで弁護側を撮ったときに「被害者のことを考えているのか?」と視聴者から問われて、『罪と罰』という被害者側のドキュメンタリーを作りました。そうやってどんどん進むうちに、光市事件で安田弁護士と出会ったことで『死刑弁護人』に辿り着きました。数珠つなぎでどんどん次の撮りたいテーマが見えてくるというだけで、僕のなかには社会正義がどうのという気持ちはそんなにないんです。

 

齊藤潤一『死刑弁護人』 | REALTOKYO
(C) 東海テレビ放送

次の作品はフィクションのドラマだそうですね。

 

次は名張毒ぶどう酒事件の話です。どうしてもいままで描けなかったのが、奥西勝死刑囚です。これは51年前の事件ですが、一審は無罪になり、一旦は刑務所の外には出たのですが、二審で死刑判決が下されて以降、ずっと独房にいます。死刑が確定すると、我々マスコミも取材も手紙のやりとりもできません。もうどういう気持ちでどういう日々を送っているのかもわからない。これまでこの事件について3本作ったのですが、どうしてもそこが描けなくて、ドキュメンタリーではもう限界だなと思ったんです。これまでドキュメンタリーで描けたのは、本人が弁護士や親族に宛てた手紙を、「死刑は午前中にあるので午前中はドキドキしている」というようにナレーションを当てて流すくらい。51年も拘置所にいるひとりの人間を描いてみたいと思ったのですが、手段としてドラマしかないなと思ってドラマを選びました。これも数珠つなぎのうちのひとつです。

 

林眞須美被告が安田弁護士に宛てた手紙で「もうあなたしかいません」という言葉がすごく印象に残っていて、安田弁護士を知るとその意味がわかるような気がします。齊藤監督は映画を作り終わって、どんな感想をお持ちですか。

 

これまでいろんな弁護士の方に会ってきましたが、安田弁護士は飛び抜けて強烈なインパクトのある人で、この人に出会って、その仕事に触れられて、それを取材できたことは、僕の宝物です。信念を曲げずに生きることの大切さ、自分もそうありたいと凄く思いました。お話がうまくて、トークショーでも裁判の話などもわかりやすく柔らかくお話してくれます。忙しくて自宅へ帰る暇がない中での奥様へのフォローの話をしてくれたり、きっとまた違った印象を持たれるかもしれないので、ぜひ生の安田弁護士に会いに劇場に来て下さい。

 

(※このインタビューは2012年6月5日に行われました。)

 

プロフィール

さいとう・じゅんいち/1967年生まれ。関西大学社会学部卒業、92年東海テレビ入社。営業部を経て報道部記者。愛知県警キャップなどを経てニュースデスク。2005年よりドキュメンタリー制作。これまでの発表作品は『重い扉~名張毒ぶどう酒事件の45年~』(06・ギャラクシー優秀賞)、『裁判長のお弁当』(08・ギャラクシー大賞)、『黒と白~自白・名張毒ぶどう酒事件の闇~』(08.日本民間放送連盟賞優秀賞)、『光と影~光市母子殺害事件 弁護団の300日~』(08・ 日本民間放送連盟賞最優秀賞)、『検事のふろしき』(09・ギャラクシー奨励賞)、『罪と罰~娘を奪われた母 弟を失った兄 息子を殺された父~』(10・ギャラクシー奨励賞)、『毒とひまわり~名張毒ぶどう酒事件の半世紀~』(10・ギャラクシー奨励賞)。戸塚ヨットスクールのその後を追った『平成ジレンマ』(11・モントリオール世界映画祭出品)を劇場公開し、現在、名張毒ぶどう酒事件を題材にしたドラマ『約束-名張毒ぶどう酒事件 死刑囚の生涯-』を制作中。

インフォメーション

死刑弁護人

6月30日(土)よりポレポレ東中野、名古屋シネマテークにてロードショー ほか全国順次公開

公式サイト:http://shikeibengonin.jp/

寄稿家プロフィール

ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラム執筆。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』など。