

『マッドマックス2』に登場する悪の首領ヒューマンガスをリスペクトする若者たちが、来るべき世界の終わりに備えて火炎放射器を作り、改造車を乗り回す。自身の失恋体験も織り込んで、自ら主人公ウッドローを演じ、エヴァン・グローデル監督が文字通りすべてを投げ打って完成させた『ベルフラワー』。やんちゃと言うにはあまりに過激に物語は暴走するが、その一方で、小学生の男子がそのまま大人になったようなピュアな心も見える。公開に先駆け、撮影監督のジョエル・ホッジさんと共に来日したグローデル監督にお会いした。
チラシの印象からアクション映画だと思っていたのですが、アクションありの恋愛映画だったんですね。『マッドマックス2』にインスパイアされて本作を手掛けたとうかがいましたが、最初にご覧になったのはいつですか。
エヴァン:小学校高学年のとき、友達のアーロンの家で観たんだけど、子供2人で「これ、超カッコいい!」って盛り上がりました。世界が終わろうとしている終末的なムードの中で、車もめちゃくちゃカッコいいし、すごいクールだな、こうなったらもう学校に行かなくたっていいやって(笑)。子供のころはヒューマンガスがけっこう怖かったんだけど、大人になるにつれて、彼こそが映画の中でいちばんクールなキャラクターだと思うようになったんです。『ベルフラワー』で僕が演じているウッドローの「100回くらい観た」っていうセリフがあるけど、ほんとにそれくらい何度も何度も観ました。撮影が始まる前、ウッドローの親友エイデン役を演じるタイラー・ドーソンにも無理矢理『マッドマックス2』を見せたんです。ヒューマンガスが車に乗って拡声器でスピーチしているシーンとか、早送りしてヒューマンガスの登場シーンだけを観てもらって撮影に入りました。
『マッドマックス』『マッドマックス2』のジョージ・ミラー監督は、この作品をご覧になったでしょうか。
エヴァン:どうでしょうね。ミラー監督が数ヶ月前にインタビューを受けたという話を聞いたのですが、インタビュアーが『ベルフラワー』のファンで、この映画の話を彼にしたそうです。そのときは「みんなが『ベルフラワー』の話を僕にしてくるんだけど、まだ観てないんだよね」と言っていたとのこと。その後どうなったか知りませんが、観て気に入ってくれたらサイコーですね。

失恋体験をもたらした、その女性とは
監督が演じた主人公のウッドローは、ご自身を投影したキャラクターだと思います。小学生の男子がそのまま大人になったような人物ですが、監督にもそういうところがあるんでしょうか。異なる点があるとすればどこでしょう。
エヴァン:そう、ウッドローには僕自身が大いに投影されているんですけど、違いはどこかなぁ……。僕よりもちょっと気弱かも。僕の中にある、ちょっと子供っぽいというか、イノセントでナーバスでシャイな部分を強調してみたんです。
胸が痛むエピソードもありましたが、どのへんが実体験なのでしょう。この作品をつくったことでカタルシスが得られたでしょうか。
エヴァン:特に前半なんですけど、基本的には再現ということではなくて、僕の実人生で起きたことと似た物語と言えますね。後半は僕が味わった感覚というか、感情的また精神的な部分が正確に描かれていると思います。カタルシスはちょっとだけ。というのも、彼女と別れてからクランクインまでもう5年も経過してましたからね。この作品に取りかかる前に、傷はある程度は癒されていたんです。「許す」という行為を経なければ、きっと撮影に入れなかったと思います。
その彼女とはもう連絡を取り合ってないんですか。
エヴァン:いや、実はこの作品に彼女はすごい深く関わっているんですよ。観ている人にはわかりにくいかもしれませんが、僕はもう彼女と和解をしていて、だけど、映画としては僕の視点から描かないといけないので、それが見えにくいかもしれないですね。いま振り返ってみれば、お互いに悪いところがあったということなんだけど、当時は僕もまだ若かったら、「彼女が悪い!」という感覚だったんですよね。
作品をご覧になって、彼女はなんて言ってましたか。
エヴァン:えーと、その……。これまでこの話はそんなに語ってこなかったんだけど、この2日間、日本でインタビューを受けてる中でたまに聞かれることがあるので、あえて話します。実は、ウッドローの恋人ミリー役を演じたジェシー・ワイズマンが彼女なんですよ。アメリカやフランスでの映画のプロモーションではこの件には触れなかったけど、別に言ってもいいかなぁって。僕としてはそれを明かしてもまったく問題なし。なんといっても、もうずっと前のことですから(笑)。

ケガしたのはただひとり
(ここで撮影監督のジョエル・ホッジさんが登場)
かなり危険なシーンも多かったと思います。撮影はさぞかしたいへんだったでしょうね。ケガしたりしませんでしたか。
エヴァン:この映画を撮影したことで、僕の人生すべてがトイレに流されてしまった……(笑)。自分の家を失って友人宅に居候して、そんな生活に急に突入して、持ち物はぜんぶ売ってお金にしました。請求書に合わせて物を売ってという、ものすごい悪循環。登録費が払えなくて車が使えなくなったりして、撮影に支障が出てくるし、それがどんどん増幅されてめちゃくちゃでした。現場でも無茶なことをやっていたので、いつか逮捕されるだろうという前提で動いていたんです。ようやく映画が完成するという段階になってお金を回収して、どうにか払うことができたから、裁判にも顔を出してすべて片付けることができて、実際には逮捕されることなく終了しました。火炎放射のシーンとか、僕も正直とても怖くて。できるだけ気をつけることを念頭に置いて撮影して、ラッキーなことに大きなケガ人は出ませんでした。ただ、撮影がもうこれで終わりというとき、そこにいるジョエルと一緒に「やった、完成だー!」とボトルを割って打ち上げしてたら、その割れたボトルで彼が指の靭帯を切っちゃったんですよ(笑)。指がもう動かないんだって!
えええ! それ、笑えませんよ。
エヴァン:笑えるよ。
ジョエル:うん、ほんと可笑しい。
エヴァン:4年かかった撮影の最後の最後にやっちゃったんだから。いったいなにやってんだか(笑)。血だらけになったジョエルを病院に運んで、入院はしなかったけどね。
ジョエル:そのときは指が固まって動かなくなっちゃって。腕全体にギプスをして、ほんとサイアク。いまでも完全には曲がらないけど、物は持てるからOK(笑)。カメラのフォーカスも動かせるし。

災難でしたね……。では、カメラのことも聞かせて下さい。映像の色やテクスチャーがとてもユニークでしたが、カメラも改造したとか。
エヴァン:えーと、どんな改造をしたんだっけな(笑)。説明が難しいんだけど、アイマックスよりもデカいフレームで、ガラスにいろんなものを入れ込んで、ちょっと面白い効果が出るような感じにしてみました。
ジョエル:扱い方は普通のカメラと同じと言えば同じなんだけど、ちょっとだけ難しかったかな。エヴァンはいろいろ改造してるんだけど、いまはまだまし。最初に作ったカメラはヒドくて、フォーカスだけでもギューット絞らなくちゃいけなくて。
エヴァン:改造しようとして壊してしまって、また改造して。12回くらい繰り返してたら、理由はわからないけど、急に壊れなくなったんだよね(笑)。いま使ってる「コートウルフ・モデルII」は、だいぶしっかりしてきました。
長編2作目へのプレッシャー
危険なシーンもスタントなしで、監督自身が演じているんですね。
エヴァン:そう言ってくれるとうれしいんだけど、ただバカなんです(笑)。でも、僕はケガしなかったよ。ジョエルだけ(笑)。
予算はとても少なかったんですよね。
エヴァン:基本的にはゼロ。1万7000ドルとは言ってるんだけど、そんなお金あったことがない(笑)。みんな自分のお金をちょっとずつちょっとずつ3年間も注ぎ込んで。いまやっとギャラが払えるようになりました。
ジョエル:4年後にやっとね。僕が最初に受け取った小切手は24ドルだったよ(笑)。
エヴァン:そう、4年後にやっとお金がもらえるようになって、「24ドルだ! 利益が出た!」って喜んで(笑)。
小学生のお小遣いじゃないんだから。
エヴァン&ジョエル:まさしく(笑)。
もっとお金があったらやってみたかったことは?
ないですね。映画の完成形のイメージが確実にあって、それを実現するために自分たちは絶対に曲げなかったから。荒削りの部分はもちろんあります。例えばバーのシーンで、エキストラを入れて8人くらいで様々なカットを撮りましたが、それだけで2日間もかかってしまって。なにかが起きたわけじゃないのに、ただ撮影するだけでめちゃくちゃたいへんでした……。
長編デビュー作がこれだけ話題になって、2作目にも期待がかかっていると思います。プレッシャーを感じますか。
ええ、とっても。こんなに早く動きがあると予想していませんでしたが、夢見ていた以上の素晴らしいレビューを書いてもらったり、新作に関していくつかの大手企業からオファーをもらったり、いまは確実にプレッシャーがのしかかっています。次回作の『Tales From The Apocalypse』というのは冗談で付けた名前ですが、いまは無題のプロジェクトに取りかかっていて、今週から作業を開始する予定です。今回はラブストーリーじゃなくて、えーと、どういう説明をしたらいいんだろう。いい答えが見つからないんだけど、またジョエルも一緒です。今回と基本的なメンバーは変わらず、エキサイティングなものになると思います。

(※このインタビューは2012年5月10日に行われました。)
プロフィール
Evan Glodell/1980年8月4日、ウィスコンシン州出身。自らの体験をテーマにしたこの映画に人生を賭け、情熱のすべてを注ぎ込んで長編映画監督デビューを果たした。映画制作を夢見て、20代前半に仲間たちと一緒にカリフォルニアに移住。ブラザーズ・グローデル社を設立し、奇抜な短編をネット上に発表して熱狂的なファンを獲得。そして「コートウルフ」を結成した仲間たちとネット番組STIM TVの制作に関わり、コメディ作品『Boss of the Glory』を企画/出演。また、日本ではイースタンユースとのスプリット盤で知られる、カーシブの『Let Me Up』など、ミュージックビデオを多数演出。本篇キャメラマンとしては長編ホラー『Placebo』(10)、本作でマイクを演じたヴィンセント・グラショー監督の短編『Savanna』(09)を撮影した。現在は『Tales From The Apocalypse』という長編シリーズを準備中。
寄稿家プロフィール
まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。