

1915年のノルウェー、オスロの南方に浮かぶバストイ島。社会と隔絶された、まるで監獄のような非行少年のための矯正施設を舞台に、少年たちが繰り広げる権力への抵抗と反乱を、実話をベースに美しい映像と音楽を駆使して描いたマリウス・ホルスト監督。ノルウェー近代史の暗部にスポットを当てた『孤島の王』は同国で大ヒットを記録し、権威のあるアマンダ賞で最優秀作品賞など4部門を受賞した。4本目の長編となる本作が初めての日本公開作品となるホルスト監督に、作品に込めた思いをメールインタビューで語っていただいた。
物語が実話ベースであることにショックを受けました。現在は刑務所になっているそうですが、この作品で再現された矯正施設も刑務所そのものですし、権力への抵抗というテーマには普遍性を感じました。なぜこの事実は多くのノルウェー国民に知られていないのでしょう。
作品の舞台になった1915年ごろは、バストイ島に矯正施設があることを知っていた人たちは多かったようです。反乱があった当時から、アメリカのアルカトラズ島のように、不良少年たちが集まる島として伝説のように語られていました。反乱事件について表面的に知っていた人は、当時はわずかながらいたと思います。しかし、その場所は現在は成人用の刑務所になっていて、事件は徐々に人々の記憶から忘れ去られていったんです。

特に政府が隠蔽したということもなく、当時の新聞には反乱があったという記事が小さい扱いながらも掲載されていました。しかし、島の中でどのようなことが行われているのか、何が原因で反乱が起きたのかということまで考える人はほぼ皆無でした。非行少年を収容する施設という先入観もあったのでしょう。「悪さをして施設に入った連中が、施設でもまた悪さをしでかしたのか」という程度にしか受け止められず、取り立てて特別な出来事だとは思われなかったんです。その結果、現在のノルウェーでは忘れ去られ、知られざる歴史となってしまいました。1930年代にそこで過ごしたという人に会って話を聞いたことで、私はこの島の内情に興味を持ち、アーカイブ資料館で当時の新聞を閲覧して反乱について知りました。
事件の陰にあった内情を知らしめたい
それを知ったとき、どう思いましたか。映画化したいと思ったのは?
ショックでしたし、とても驚きました。政府が軍隊まで出して、少年たちに対して暴力を振るったなんて。ノルウェーが独立して以来、軍を出して市民を鎮圧したのは2度だけです。1950年代のストの鎮圧と、この1915年のバストイ島での反乱の鎮圧。1950年代のストの鎮圧は大人が対象ですが、バストイ島の事件は施設に入っているとはいえ、少年に対してなぜそこまでする必要があったのか。その点がとても興味深く、この島での抵抗と反乱、またその陰にあった内情を広く一般に知らしめたいという気持ちで映画化したいと思ったんです。
その後、たくさんのリサーチをされたのでしょうね。
歴史的な事実を調べ、事実の裏付けを取り、また、映画としてよりリアルに見せるためにはどの部分にあえてフィクションを取り入れるかなど、いろいろ考えました。しかし、予算の部分で問題が発生し、どこを妥協するかなどを検討したりするうちに、完成までに10年くらいかかってしまいました。
この矯正施設には、どんな罪を犯した少年たちが収容されているという設定でしょう。また実際は、どんな少年たちが多かったのでしょうか。
当時のバストイ島には、実は罪を犯して入っている少年たちはそんなに多くなかったんです。貧しい子供や片親の子供など、家庭で普通の生活を送るのが難しい子供たちを教会が預かって、路上生活者にならないよう最低限の教育を受けさせるためにこの施設に送っていたので、実際は孤児院と少年院を足して2で割ったような施設でした。映画の設定も同様です。映画の中で「教会のお金を盗んだ」という少年が出てきますが、そういった少年も実際にいたようです。
キリスト教の厳しい戒律が描かれていますが、ノルウェーではどれくらいキリスト教が生活に根ざしているのでしょうか。当時と現在では異なるでしょうか。
物語の舞台は100年前ですが、当時のノルウェーはとても貧しくて、教会への依存度もとても高かったと思いますね。今は国も豊かになったので、それほどでもありません。

1年以上かかったオーディション、その理由は……
エーリング役とオーラヴ役の少年がよかったです。1年以上もかけてオーディションを行ったそうですが、どういう部分にこだわった結果、そんなに長い時間がかかったのでしょう。
最初はオスロの演劇学校などで探してみたのですが、物語とあまりに生活が違いますし、少年たちの気質も違って、しっくりくる子が見つからなくて……。そこで地方に行き、実際に施設に入っていた少年や、いわゆる問題児のような少年たちをかき集めたんです。もちろん彼らは演技の素人ですが、それが逆にリアリズムを生み出したと思います。施設に入ったり、非行に走ったりというような経験を持った少年たちを探し出して150人を選んだので、それでとにかく時間がかかってしまいました。
キャストは男性ばかり、絶海の孤島での冬のロケはさぞかし過酷だったと思います。もっともたいへんだったことは?
そうですね。もちろん氷上のシーンの撮影など、たいへんだったことはたくさんありますが、院長役のステラン・スカルスガルドの最初の登場シーンの演技がなかなか私の満足いくような傲慢さが出ず、何度もNGを出したので、そのシーンもたいへんでしたよ。そして、150人の少年たちを寒い中に立たせて演技をさせるということについて、とにかく私はとても気を遣いました。

ブルーを基調とした映像も美しく、また弦楽器や打楽器を効果的に使った繊細な音楽も素晴らしかったです。音楽監督のヨーハン・ソーデルクヴィスト氏とどのように組み立てていったのでしょう。
スウェーデンの映画で彼の音楽を気に入り、『孤島の王』の内容を話して音楽を依頼しました。ノルウェーの民族楽器を使ったり、逆にノルウェー的ではない民族楽器を使ったりと、とても印象深い音楽ができたと思っています。
この映画がノルウェーで公開されたときの反応はいかがでしたか。
もう長いこと映画に携わっているので、反応はある程度予想できるのですが、この作品に対する反応は予想を大きく上回るものでしたね。まず、ノルウェーで権威のあるアマンダ賞を受賞しました。また、子供はこんな内容に興味を持たないだろうと思っていましたが、多くの子供たちがこの作品を観て、世の中の閉ざされた様々な仕組みについて議論するようになりました。メディアにもたくさん取り上げられましたし、バストイ島を切り口に、こういった施設の在り方などについての討論がテレビで企画されたくらいです。
最後に、これからこの作品を観る日本の観客にメッセージをお願いします。
この作品は、閉ざされた世界の中で起こりうる普遍的な権力のあり方や虐待を扱っていて、バストイ島の出来事は世界のどこにでもあること。しかし、ノルウェー人の私が作ったため、ノルウェー的な語り口で表現されていると思います。日本で同じテーマを扱えば、まったく別の語り口になるでしょうね。その国独特の表現やテイストを楽しんでいただけたらうれしいです。

(※このインタビューは2012年4月20日に行われました。)
プロフィール
Marius Holst/1965年生まれ。1991年、ロンドン国際映画学校卒業。『孤島の王』を含め長編4作と多数の短編を監督し、プロデューサーとしても活動。現在ノルウェーで最も活躍している監督の1人。初の長編『Ti kniver i hjertet』(95年)ではベルリン国際映画祭にてヨーロッパの最優秀映画に与えられるブルー・エンジェル賞を受賞し、金熊賞にもノミネートされた。このほかの長編に『Øyenstikker』(01年)、『Blodsbånd』(07年)がある。
寄稿家プロフィール
まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。