

<前編からの続き>
どういう映画になるのかわからないスリル
若松:僕自身が、『海燕…』も、どういうものになるかわかんないんですよ。撮影しているうちにだんだんだんだん、かたちになってくるんだけど、でもどういう映画になっていくのか自分自身でもわかんないんだよね、どんどんテンションが上がってくれば上がったなりになってくるし、途中で諦めたらどうでもいいやってなるし。
片山:前日の夜まで、次の日に何を撮るかわからなかったです。
大友:一応、総スケジュールというものは作ってあるんですが、もちろんそのままいかないし、シーンもぐちゃぐちゃ変わっていきますから。
片山:台本どおりにはいかないだろうと思っていました。
若松:はははは!
片山:何がどうなっていくかわからないので、監督を信じよう、と思って演じていました。

監督は、現場の何を刺激にして決めていかれるんですか。
若松:だいたいは決まってるんですけどね、決まってるけど、どういう芝居をやってもらうかは、ムード作りをやんなきゃいけないわけです。それは現場でしかできない。カメラでどう撮るかというのは、現場で天気の都合とか、光と影の感じもあるし、雨は雨なりの。僕は雨降っても撮るからね。ものすごく寒かったら服は着たまんまでやるとか。そういうのは現場で臨機応変にやるんです。だから仕事が早いんです。これは2週間ぐらい?
大友:そこまでかかってないです。都内が1日、大島が7日くらいです。
編集はその分大変なんですか。
若松:いやいやいや、2日だよね。いや1日か。
大友:監督のリズム感をよくわかってる編集の方がいるので早いです。でもこのシーンはもう少し長くしようとか、スローにしようとか、プールの色はどうしようかとか、監督が微調整していくんです。『キャタピラー』の撮影で凄かったのは、クマ(篠原勝之)さんが急に現場に来いって監督に呼び出されて、台本にはないもので、クマさんが台本見せてって言ったんですけど、本当に書いてなかったって。
若松:「ばかには台本は要らないんだよ」ってね。
大友:あれこそ現場の空気で、監督のイメージで決めたことですね。『キャタピラー』の持つ意味が、クマさんが出てなかったら普通の反戦映画になったと思うんですね。
若松:ばかな要素が現場に必要だったの。昔はいたんですよ、どの村にもああいう人が。戦争が終わった途端に普通の人になるというね。本当の意味で抵抗してた存在。
大友:あれは若松組を象徴するようなエピソードでしたね。
若松:クマに、お前はばかが似合うからちょうどいいやって。
監督の頭の中にクマさんが浮かんだんですか?
若松:いや、その何日か前に飲み屋で飲んでたらクマが入ってきたの。ふと顔見たら「ああ、そういう顔したのが戦争中にいたな」って思って、クマに「いたよな」って言ったら「監督、いたいた」って、自分がまさか映画でその役をするとは思ってなくて言ってたわけ、そのときは。
ジム・オルークの音楽と、ダメ出しの効果
音楽はジム・オルークさん、『実録・連合赤軍…』に続いて2度目のコラボですね。
若松:ジムはもう『実録・連合赤軍…』でわかったんだろうね、僕の趣味っていうのかな。前のときは自分の音楽をやってたんだけど、連合赤軍には合わないんだよね。5回ぐらいやり直しがあったか。
大友:ジムさんも大変でした。Aを作ってこいと言われてAを作ってくると「やっぱりBなんだよ」って言われて。今度はBを作ってくると次の日には違うと言われ……。
若松:僕は英語は話さないし、英語話せる大友君に「ちゃんと伝えたのか」とか言ってね。
大友:それで結局、いまの気分はCなんだとか言うし。
それが今回は一発で?
若松:一発。パンフレットにもジムが書いてるけどね。「今度はばかって怒られなかった」って(笑)。

片山さんも撮影中、まわりの人はめちゃくちゃ怒られてるのに、自分は何も言われなくて、逆にそれが怖かった、なんて言ってましたよね。
若松:女性はあまり怒ると萎縮しちゃうからね。現場ではだから誰かひとり、大西君がいたら大西君が餌食になっちゃうんだけど、怒られることによってまわりがしまってくるんだよね。『11.25自決の日』のときは満島(真之介)君が怒られ役になってたね。まあ、最初に変な芝居したやつが怒られ役になっちゃうんだな。
それを聞いて、みんなが自分のことを考えるわけですね。
若松:そう、考える。それでも映画を観た人は「満島がいいですね」って言いますからね。最初は素人に近いから、どうしても養成所とかで教わった通りにしかやらない。映画学校とか養成所で習ってきたというのはわかっちゃうんです。癖がついてしまってて。
大友:現場での監督の怒り方も演出のひとつだったりしますね。ここでこの人を怒ったらこの空気が崩れると思ったら、そういう怒り方はしない。よっぽどだったら「違うんじゃないかな」って言いますけどね。
若松:みんなが芝居してくれるから映画が撮れるんだけどね。怒られたことが本当にイヤだったら、次から出てくれないですからね。
何度でも、嘆願して出たい人がいっぱいいますね。
若松:反対に困るよ(笑)。次になんか撮ると言うと、自分も必ず役があると思ってるから。
今年も去年のペースで作られますか?
若松:今年は上映するだけでいっぱいですからね。秋には1本作りたいなと思ってますけど。もうトシもトシだから自分の好きなことをやろうかなと。2つばかりいま構想があるんですけど、また重たくて楽しみなのはありますよ。

(※このインタビューは2012年3月14日に行われました。)
プロフィール
わかまつ・こうじ/1936年4月1日、宮城県生まれ。映画監督・プロデューサー。高校中退後上京。63年に『甘い罠』で映画監督デビュー。65年、若松プロ設立。現在、日本映画監督協会理事。主な作品に、『犯された白衣』『腹貸し女』『狂走情死考』『処女ゲバゲバ』『ゆけゆけ二度目の処女』『現代好色伝 テロルの季節』『天使の恍惚』など。2007年に『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』で第20回東京国際映画祭 日本映画・ある視点 作品賞、第58回ベルリン国際映画祭最優秀アジア映画賞(NETPAC賞)、国際芸術映画評論連盟賞(CICAE賞)、10年に『キャタピラー』で第60回ベルリン国際映画祭 最優秀女優賞(寺島しのぶ)受賞。12年は『海燕ホテル・ブルー』『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』『千年の愉楽』が続けて公開される。
かたやま・ひとみ/1980年9月22日、福岡県生まれ。97年、『elite Model Look '97』全国大会出場を機にモデル活動をスタートし、世界で数々のファッションショーに出演した後、07年オムニバス映画『世界はときどき美しい』(御法川修監督)の中の『彼女の好きな孤独』主演で映画デビュー。主な映画出演作品は、10年短編映画『黒髪』(諏訪敦彦監督)、11年『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』(入江悠監督)、『探偵はBARにいる』(橋本一監督)、『極道めし』(前田哲監督)、12年『海燕ホテル・ブルー』(若松孝二監督)。
寄稿家プロフィール
ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラム執筆。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』など。