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Interview

063:ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌさん(『少年と自転車』監督・脚本)
聞き手:福嶋真砂代
Date: March 27, 2012
ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌさん | REALTOKYO
右が兄のジャン=ピエール・ダルデンヌ監督、左が弟のリュック・ダルデンヌ監督

“ダルデンヌ兄弟”ことジャン・ピエール&リュック・ダルデンヌ監督。新作の『少年と自転車』は、2003年来日の際に耳にした「赤ちゃんの頃に施設に預けられた少年が屋根に上って親を待ち続けた」という日本の実話がきっかけで生まれた。親の育児放棄で施設に預けられた少年と、太陽のような光を放つ女性の「愛の物語」は、ダルデンヌ兄弟の人物へのまっすぐな眼差しに加えて、異例の著名女優の起用や音楽使用など、温かい光と新風を感じさせてくれる。「兄弟間の役割分担はどうしているのだろう?」とインタビューに臨んだが、「あうんの呼吸」でどの質問にどちらが答えるかが決まるのを目の当たりにして納得。仲睦まじく独特のユーモアを交えて楽しい空気を創り出しながら、興味深い演出法や録音の話などを聞かせてくれた。

以前日本で聞いたエピソードがこの映画を作るモチーフとなっていると聞いています。その後は制作に向けて何か準備をされましたか。

 

ジャン=ピエール(JP)&リュック(L):いいえ、まったく。

 

え、まったく無しですか?

 

L:ええ(笑)。日本で聞いたエピソードについてはご存知だと思いますので省略しますが、その後、特に準備はしませんでした。1点だけ脚本を書く前に知ったことがあります。それはベルギー含めヨーロッパで、孤児院の在り方がずいぶん変わってきたということです。昔の孤児院では60人ほどの児童を収容していましたが、いまでは最高でも15人から16人の児童を収容する施設となっています。子供3人につき先生が1人いなければいけないということになっていて、施設というよりは家族という雰囲気を出すような、そういった小規模な孤児院が作られるようになっているという変化があることを知りました。それ以外は特に調査をしていません。というのは、私たちも子供だった時代がありますし、いまは子供の親になりました。そういう各々の経験から想像することができるので調査はしませんでした。

 

ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ『少年と自転車』 | REALTOKYO
(C) Christine PLENUS

現実感のある人生の辛さや苦味のあるこれまでの作品とは少し違い、明るい色調が印象的でしたが、今回の屋外の撮影で気をつけたことは?

 

JP:いちばん気にかけていたことは太陽光でした。太陽の存在がこの映画には絶対必要だったので、夏に撮影することに決めました。けれどもベルギーの夏だからといって、晴れの日が続くわけではありません。太陽を待たなければいけないという難しい点がありました。この少年のストーリーに温かな太陽の光が投げかけられるようにと考えたのです。その光はサマンサが持ち込む光でもありました。

 

太陽に象徴される「明るさ」「希望」が、監督たちのこれまでの作品とはやはりちょっと違う気がしますが、何か転換点はあったのでしょうか。

 

L:完全に私たちが変わったという転換点があったとは思いません。『ある子供』にしても、最後のシーンはふたりが泣いていますが幸せです。『ロゼッタ』にしても、ロゼッタとリケが互いに互いを見い出しています。そういう意味で今回は、違うストーリーを語ったということです。今回私たちが語ったのは、ひとりの子供とひとりの女性との愛の物語です。愛の物語である点が違うと思います。他の映画よりも明るいとは私は思っていません。この映画のラストのほうで子供の身に一瞬びっくりするようなことが起きますが、結果そうではなかった(編集部注:映画を観てご確認ください)。そんなところから、ほかの映画よりもポジティブな映画だととられるのではないでしょうか。ほかの映画でもそれほど絶望では終わっていません。主人公をラストで殺したことは一度もないし、私たちの映画の中でいちばん暗くて悲観的な映画になっている『ロルナの祈り』にしても、最後にはロルナは空想上の子供と一緒にいて以前とは違う女性になり、クローディに本当のことを言わなかったことを後悔している。彼女自身が変わったのです。これは決して悲観的な終わりではありませんでした。

 

時代の空気が変わったというわけではないのですか。

 

JP:いいえ、特にそうではないです。

 

どんな小さなシーンも素晴らしいトマ・ドレ

主演のトマ・ドレくんの演技が印象的でした。1ヶ月のリハーサルはどんなリハーサルでしたか? その間、トマくんは逃げ出したりとか、ここはやるのは嫌だなんて言ったことはなかったのでしょうか。現場のトマくんの演技で、どこが印象に残っていますか。

 

L:彼は脱走しようとしましたが、杭に結びつけておいたので脱走できなかったんですよ。仕事しなかったら食事も与えませんでしたから(笑)。もちろんその間ギャラも無しです(笑)。ですから絵に描いたように大人しい子でした。私たちは本当に厳しい親として彼に接しました。

 

こうやって笑わせていたのですね(笑)。

 

L:だからこそ、あんなにいい演技をしたんですよ(笑)。まずリハーサルではいわば身体的な訓練。例えば他の子供たちとの喧嘩のシーン。自転車を押されて転ぶ。木に登る。サマンサに抱きつく。こうした身体の動きから入りました。彼は13歳ですから実際に羞恥心があり、母親でもない女性に抱きつくことがなかなか出来なかったのです。しかし身体的な訓練を繰り返すことによって、トマはシリルの中に入り込んでいくことが出来たと思います。初めてスクリーンに登場する俳優として、トマは素晴らしい俳優だったと思います。どのシーンもいつもいいのです。普通、プロの俳優の場合、小さなシーンではなかなかいい演技ができない。その小さなシーンで演技がまずいと大きなシーンもダメになってしまう。ところがトマはどんなシーンも大小に関わらずいつもいい演技が出来ていました。今後、彼がどうなっていくかわかりませんが、偉大な俳優の素質を持っていると思います。あるインタビューで「いちばん楽しかった日は? いちばん辛かった日は?」とトマが聞かれました。「いちばん幸福だったのはリハーサルが始まった初日」「いちばん辛かったのは撮影が終わった最後の日」と答えました。彼がどう仕事に取り組んでいたのかをよく要約している言葉だと思います。

 

ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ『少年と自転車』 | REALTOKYO
(C) Christine PLENUS

『ある子供』のジェレミー・レニエさんが“イヤな”お父さん役として出演していました。次は“ちゃんとした”お父さんの役でも観てみたいと思います。またトマ・ドレくんには今後どういう俳優になってほしいと期待しますか?

 

L:ジェレミー・レニエには、リクエストにお応えしていつかいいお父さん役で出てもらえるように検討してみましょう。ただなかなかいい役がなくて「いいおじいちゃん」になるかもしれませんが……。トマ・ドレについては、彼が俳優になるかどうかはわかりません。この映画に出演する前は、神経外科医を目指していました。でもこの映画に出演した後、何になりたいかという質問には「神経外科医か、俳優」と答えるようになりました。もし俳優になるのだったら、いい俳優になって様々な役を演じてほしいと思います。そして、今の彼と同じような謙虚さを持ち続けてほしいと思います。

 

太陽を持ちこんだセシル・ドゥ・フランス

セシル・ドゥ・フランスさんの起用について、もともと彼女の演技に注目されていたのですか? 以前の会見でセシルさんが、演技経験のないトマくんと信頼関係を作ることを率先してやっていたと話していましたが、舞台裏のふたりの様子などを教えて下さい。

 

JP:セシルについては、もちろんクリント・イーストウッド監督の作品も観てますし、グザビエ・ジャノリ監督やセドリック・クラビッシュ監督の作品にも彼女は出演しています。ただ、シナリオを書く前からセシルのことを考えていたわけではありません。書き終わったときに彼女のことを考えました。なぜならサマンサの役を演じるには、スクリーンに入った途端に、彼女と一緒に光や温かさが入ってくるような、そんな女優じゃなきゃいけないと思ったからです。その光や温かさがこの映画全体に続いていかなければなりません。セシルならそれが出来ると思いました。彼女を選んだ理由はそれです。

 

会見でお話ししたふたりの信頼関係については、セシルはトマの羞恥心をなくすように、少しずつふたりはいい仕事仲間なのだという雰囲気を作っていきました。逆にトマがセシルに与えたものもあります。カメラは演技をしたことがない子供の、直接の存在感を捉えます。技術に基づかない子供の自然な存在感、そういう子供が相手役であるとき、いくら自分が女優であっても、同じような在り方をするしかない。技術に頼らないで自然にそこに存在することしかできないということを、セシルはトマのおかげで理解したようです。

 

ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ『少年と自転車』 | REALTOKYO
(C) Christine PLENUS

自転車と少年と、演出や録音のこと

この作品にはいろいろなモノがメタファーとして使われていると思います。自転車、開けられない扉、森などですが、特に自転車はシリルにとっていろんなきっかけをもたらすモノでした。自転車を選んだ理由は何でしょうか。

 

L:私たちはよく直感的に映画を作ることがありますが、これは直感です。最初にシリルという少年像を考えたとき、すでにもうその少年は自転車に乗っていました。ひとりぼっちのシリルにとって自転車だけが友人です。同時に自分の暴力的なところを発揮できる相手でもあります。例えば八つ当たりをしたり、アクロバティックに前輪を上げたりすることが出来ます。そんなふうに、孤独なシリルにとって自転車は友人なのです。同時に、自分の暴力を投げつける相手でもあるわけです。また、シナリオを書き進むに連れて自転車が、シリルと他の登場人物をつなぐ媒介になっていきました。父を探しに行くときも自転車に乗って行きましたし、自転車が盗まれてそれを追いかけていくとか、他の人とのつながりになります。実際、サマンサとの接触が始まったのも自転車を買い戻してくれたからです。また、森の中で泥棒のウェスとアールも自転車に乗っている状態でした。このように、自転車が他の人々とのつながりを司る役割を演じるようになりました。だからこそ、最後のほうで川べりをふたりで自転車に乗り、2台並べて走らせるシーンを作ったのです。1台でひとりぼっちだった自転車に対して、母親か姉か友人のようなもう1台の自転車。仲間を与えてあげました。

 

子供の繊細な表情の変化や小さな心の動きがよく映されていますが、監督たちにはそれが見えているのでしょうか、それとも、撮影しながら発見していくのでしょうか。

 

L:自然に決まっていることもあります。例えば最初からマッドガードが付いてないない自転車を想像しました。アクロバットが出来るように、ということです。観客はそうした細かい点から主人公や他の人物たちの感情を推測するわけです。顔にひっかき傷を作るところなどは、撮影に入る前から決まっていたことでした。しかし、撮影中に見つけていく部分も沢山あります。俳優のほうから提案をしてくれることもあります。例えば木から落ちて倒れているとき、どういう倒れ方がいいのか、身体の向きなど、これは撮影中に決めていったことです。落ちる前の枝の捉え方、枝を1本掴まえるのではなく2本掴まえるとか。そういう細かいところは、リハーサルや撮影中にいろいろ試してみてだんだんに見つけていきます。キャンピングカーの後ろに身体が隠れて石を投げた男の子が見えない。それからキャンピングカーに向かって行ってふたりきりになり、石を投げた子のほうは彼が死んでしまったのではないかと怖くなってしまう。そいうことは撮影中にいろいろ試してみて見つけていくような細部です。また、パンクしたタイヤとか、それに釘が刺さっているとか、撮影中に見つけていくディテールもたくさんあります。ですから、最初から見えているか、あるいは撮影中に見つけたのか、一様に答えることはできないのです。

 

また、音のディテールもあります。例えば自転車で走る長い引きのカットがあるのですが、録音技師がまずペダルを踏む音をペダルの近くで録音し、次に、道にタイヤが触れる音を録音しました。また、道路の他の騒音を録ってそれらを強くしていきました。こういう音のディテールを強調することが、我々にとって彼に最も近くにいるやり方だと考えて音を作っています。観客には恐らく聴こえないでしょうけど……。

 

ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ | REALTOKYO

(※このインタビューは2012年2月10日に行われました。)

 

プロフィール

兄のジャン=ピエールは1951年4月21日、弟のリュックは1954年3月10日にベルギーのリエージュ近郊生まれ。原子力発電所で働いて得た資金で機材を買い、労働者階級の団地に住み込み、土地整備や都市計画の問題を描くドキュメンタリー作品を74年から製作し始める。75年、ドキュメンタリー製作会社「Derives」を設立。78年、初のドキュメンタリー映画『Le Chant du Rossignol』を監督し、その後もレジスタンス活動、ゼネスト、ポーランド移民といった様々な題材のドキュメンタリー映画を撮り続ける。86年、ルネ・カリスキーの戯曲を脚色した初の長編劇映画『ファルシュ』を監督、ベルリン、カンヌなどの映画祭に出品される。92年に第2作『あなたを想う』を撮るが、会社側の圧力による妥協の連続で、ふたりには全く満足できない作品となってしまう。前作での失敗に懲り、第3作『イゴールの約束』では決して妥協することのない環境で作品を製作。カンヌ国際映画祭国際芸術映画評論連盟賞をはじめ、多くの賞を獲得するなど、世界中で絶賛された。続く第4作『ロゼッタ』では、カンヌ国際映画祭で最高賞にあたるパルムドール大賞と主演女優賞を受賞。2002年、第5作『息子のまなざし』でもカンヌ国際映画祭で主演男優賞とエキュメニック賞特別賞をW受賞。また05年のカンヌ国際映画祭では、第6作『ある子供』が、史上5組目(他4組はフランシス・F・コッポラ、ビレ・アウグスト、エミール・クストリッツァ、今村昌平)の2度目のパルムドール大賞受賞。第7作『ロルナの祈り』では08年のカンヌ国際映画祭において脚本賞を受賞。本作『少年と自転車』は、11年の同映画祭グランプリを受賞。史上初の5作連続主要賞受賞の快挙を成し遂げた。近年では共同プロデューサーとして若手監督のサポートも積極的に行っている。名実共にいまや他の追随を許さない、21世紀を代表する世界の名匠である。

インフォメーション

少年と自転車

3/31(土)、Bunkamuraル・シネマほか全国順次ロードショー

公式サイト:http://www.bitters.co.jp/jitensha/

寄稿家プロフィール

ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラム執筆。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』など。