

国内外で俳優業をこなしながら、“人類が地球に生き残るためのプロジェクト” REBIRTH PROJECT代表として、飯舘村の子供たちのために、震災で叶わなかった卒園・卒業式を村の人々と協働して企画運営するなど、軽やかなフットワークで東奔西走。そして、監督デビュー作『カクト』以来、8年ぶりにメガホンを取った第2作『セイジ-陸の魚-』がいよいよ公開に。人と人がどう関わり、絶望の淵に立つ人を救い出せるのか。容易ならざる癒しについて透徹したまなざしで映し出した新作には、5年の歳月を費やしたという。公開を目前に控えた伊勢谷友介監督に、いまの想いを聞いた。
映画の話に入る前に、REBIRTH PROJECTについて教えて下さい。先ほど副代表の龜石太夏匡さんにも少しお話をうかがいましたが、『セイジ-陸の魚-』にもつながるコンセプトだそうですね。
大学院を卒業して27歳で映画を1本撮って、そのときは監督になることが目的でした。映像表現って、それは声、つまり人に訴えかける何かだったりしますが、ほとんどの場合、劇場を出て1週間経ったらみんな忘れてしまうんですよね。それで、「実行」という形でも何か自分の可能性として出来ることがあるんじゃないかと思って。地球上で僕たち人間がどういう生活をしていて、地球環境とのバランスがどういう状況になっているのか、気になり始めたころでもありました。じゃあ1人の市民としての活動は、どういうところからならあり得るだろうか、どういう可能性があるだろうかと。一般の人にも理解してもらえて、一般の人もコミットできることは何だろうと考え、その形として、人類が地球に生き残ることを目的とした、株式会社経営のREBIRTH PROJECT(以下REBIRTH)が生まれたんです。
辻内智貴さんの原作『セイジ』に出合ったのはその後なんですか。
たぶん29歳とか、それくらいだったと思います。根底に流れるテーマみたいなものを深く探っていくうちに、僕が考えていることとリンクするものがあるなと思いました。映画化の話が進む数年間の過程で、REBIRTHという会社自体を映画の中にも登場させようと考えたのですが、去年の段階で活動がリアリティを持ってきていたので、ビジネスとしてのREBIRTHがあんまりイヤらしく見えないように、見え方を少し控えめにしました。
震災があって、REBIRTHとして「やらなくちゃ」と思うことが増えたでしょうか。
そうですね。隣に倒れている人がいたら助け起こさなくちゃという、それは1人の大人として生きていく中で当然やり続けなくてはいけない。そういう気持ちでやらせてもらっています。

セイジに対しては、最初はアンチだった
人間と地球環境の関わり方を見つめ直すというREBIRTH的な視点で、動物保護団体がやってくるシーンに着目しました。「人間が多過ぎるだけ」というセイジのセリフ、また、その後に続くゲン爺の「鈍感さは絶望を緩和する鎮痛剤かも」というセリフが印象的です。
原作を最初に読んだとき、僕はセイジに対してアンチだったんです。彼は何もしないことをチョイスしていますから、セイジみたいに生きたらダメだと思っていました。自分個人として不幸だとしても、いかにそれを社会に活かせるかによって不幸から何かを生む可能性に変わるはずですよね。だけどセイジはそこまで至っていません。原作では彼の過去については書かれていなくて、単純に神格化してあるのですが、存在する人間を神様にしちゃダメだと思いました。自分の身を切ることで相手がまた生きていくという、それが生物として成立すべきなのかはよくわかりませんが、映画の中ではそれを良かったことにしたいんです。セイジが助けたりつ子が次につながっていくという事実を映画の中で描きましたが、未来を見て活動し始めた彼女はセイジとはまったく違う。セイジがつないだ命が、りつ子で成立するというのが僕の考え方です。
セイジは少なくとも1人の人間を救ったわけですよね。
すべての偶然が結果的にその形になったんです。セイジの過去に妹を設定したことで、彼は目の前のりつ子に執着し、執着したからこそセイジが助けた。そういう機会を関係性において作りました。すべて偶然の導きという、そこがすごいことでもあり、神様が起こした偶然でもあり奇跡でもあるような状況だと、りつ子はそう見ていると僕は信じています。セイジの神格化に抵抗があったのは、人間が抱えている世界観というものをセイジにもしっかり抱えてもらわないといけないと思ったからです。動物愛護団体のシーンは原作にもありますが、現実に存在する人々を入れることでリアリティが生まれたらいいなと。あとは観る人が感じてくれたらいいなと思います。
セイジ役の西島秀俊さんが素晴らしい演技を見せてくれました。アミール・ナデリ監督の『CUT』と撮影が重なって、あちらの秀二とこちらのセイジ。これも奇跡的な重なりですね。
僕も役者をやっていますが、スケジュール的に調整がつかなくて仕方ないという状況は僕にもあります。そんな状況下で何が出せるのかというのは、ほかの現場の人にとったら関係ない話。西島さんは、そういうたくさんの経験をされている役者さんです。『CUT』に入ってるから、こっちに気が回らなかったら……なんていう不安はまったくありませんでした。役者は出てくるもので勝負する仕事で、西島さんはそのプライドがある人だと思います。そういう役者さんにこの作品に出てもらえたのはうれしいことです。

置かれている状況を否定し始めると、良いことも悪いことになったりするし、悪いことも考え方や捉えようによっては良いことにもなる。監督の仕事は、その状況や環境をポジティブに捉えていくということでもあります。西島さんはいい役者さんです。セイジという複雑な人間を演じる場合、現実感があるとすごく難しいと思うんですが、西島さんって、どんな役をやっていてもいい意味で彼の中に時空のズレを感じるんです。彼が言葉として意思を発しているときの出所、その深さが、なんだかほかの役者さんと違うような気がして。西島さんがそこに立ってセイジのセリフを話してくれれば、それだけでうまくいく、大丈夫だろうと思ってましたが、『CUT』があったから一段とまた凄みが増したようでした。
役者さんたちに演技指導されるんですか? 東京国際映画祭での記者会見では、特に西島さんにはしていないっておっしゃっていましたが……。
それ、僕が言ったんですよね? でも、みんな僕はしてたって言うんです(笑)。自分でやってたことを覚えてないのですが、けっこう細かく言ってたらしいですよ。僕は確かにアングル、画角のことはうるさいんです。それは僕のクセでしょう。でも、役者さんにそんなに言ったかなぁ……(笑)。
なかなか一筋縄でいかないような役者さんが揃いましたね。「先生」を演じた亀石征一郎さんは、1970年の『あしたのジョー』で力石徹を演じてますよね? もしかして、REBIRTH副代表の龜石さんのお父さん?
そうなんですよ(笑)。だから、龜石副代表は知り合いに力石が2人いるんです。お父さんと親友と2人。亀石征一郎さんが演じた背中の泣き芝居、僕はむちゃくちゃ好きなんです。

映像がほんとうに美しくて、息を呑みました。絵コンテを描くんでしょうか。場の温度や湿度、テクスチャーが伝わって、次々に目を見張るようなカットがありました。
それはうれしいですね。絵コンテは描きます。もちろんコンテ通りにはいかないこともあるので、その辺は現場でカメラマンがこう撮りたいというのを中心にアイデアを出し合って。臨機応変でなくてはいけませんが、ある程度、主となるカット、このショットをこうつないでいくためにこの前後があるというような作り方もするし、いろいろな形、スタンスがあります。カメラマンは女性で、これが撮影監督デビューになる板倉陽子が務めました。
飽きさせないための努力
ストーリーはシンプルなようで、実は時系列が複雑なんですよね。過去と現在、現実とファンタジーが行き来して、ディテールにも工夫が施されています。苦労されたのでは?
原作は1シチュエーションで、セイジの話が語られていきます。ということは、それは説明なんです。監督としての僕のいちばんの恐怖は「観客が飽きる」ということでした。わからないのはまだいいとして、飽きるのがいちばんヤバい。わからなくて飽きるのもヤバくて、わからなそうだけどわかるのがいちばんいい。観る人がどういう時間軸を生きているかにもよって、映画について大きく理解度が違ってしまうのですが。こんなこと言ってていいのかな……(笑)。
大丈夫。飽きませんでしたよ。原作はプロローグ、PART ONE、PART TWO、エピローグという構成ですが、映画は同じ事件をこちら側から見せたり、あちら側から見せたり、緻密に練られて作られていましたから。
ああ、よかった(笑)。語るゲン爺をクレーンショットで撮ってるカットがありますが、外で大きい照明を焚くためのクレーンを使って、照明部にも迷惑かけながら撮ってもらいました。カメラが縦方向に動くと空間として感じるものが違うし。そういう体感的なエンタテインメントも取り入れながら、なんとか飽きさせないようにという努力です。でも、それを知ってもらえるのはうれしいような、恥ずかしいような(笑)。

ジャンプさせてくれた渋谷慶一郎の音楽
渋谷さんの音楽も素晴らしく、そのあしらい方もバランスがよかったです。
原作の舞台が80年代ということもあって、音楽はそのころのフォークも含めた歌謡曲で攻めてみようかと考えたこともありました。物語の内容に説明が多かったので、それに代わる歌詞があったらいいなと思って。ミュージカルじゃなくて、80年代の曲で主人公のバックグランドを語るというか。それで、すごくたくさんの曲を聴いたんですけど、そのまま使うのは予算的にキビシいので、それをアレンジして誰か別の方に歌ってもらったらいいんじゃないのかと。時代性とちょっとズレた、テクノみたいなものも入って、歌謡曲とテクノでセイジの年代を表現するのはカッコいいねと思っていたのですが、時間がだんだんなくなっていって……。それで、大学の同学年か先輩か後輩か、彼は作曲科ですけど、なにしろ近いところに渋谷さんがいて、音のセンスがピカイチですから、頼んでみようかということになったんです。
「Sacrifice」は名曲ですね。頭の中をずっとぐるぐるしています。
うれしいです。渋谷さんにどういうオーダーを出したのか、それも忘れてしまいましたが、ほとんどお任せですね。映画を撮ってまともに編集が出来たと思ったから、ちょっとジャンプしてほしいところがありました。自分たちがイメージしている音楽は、僕もスタッフもそれぞれ勝手に頭の中で鳴っていたんです。だから、渋谷さんが作った音楽を聴いてみんな最初ギョッとしていました。でも僕は、自分たちがいままで抱えてきた『セイジ-陸の魚-』のイメージから飛躍させてくれるものになっていると思いました。あとはバランスの問題。せんぶを入れたい渋谷さんとほとんど抜きたいスタッフの間で、僕がバランスを取るという状況でした。僕としては自分の中で作戦を練ってうまく調整して。作り手側からするとそれでも音楽はちょっと多めなのですが、観ている側からはそうでもないのかもしれないですね。
主張し過ぎず印象に残るという、いいバランスでした。伊勢谷さんも監督と俳優とREBIRTH代表。3つが互いにリンクして、バランスよく循環している状態でしょうか。
欲張りかもしれませんが、1人の人間としてバランスを取っていくには、それがいちばんいい状態ですね。俳優は誰かが決めた全体のテーマにのっかる作業で、監督はテーマを提案できますが、それは実社会ではなく、あくまでもイメージの世界。REBIRTHはリアリティなので、そこを行き来することで僕はストレスを解消しているところがあります。REBIRTH代表として様々な立場に置かれていくことで、リーダー的な存在を演じるときに役立つし、たくさんの人たちと触れ合いますから、俳優としてはいろいろな職業や立場の人を研究できていいんです。監督としては自分の声をデザインして、どうREBIRTHとつなげていくかという面白さもあるし、複合的な展開ができます。
人としてどう生きるかという中に、自分が持っている要素が並んでいるような気がして、昔はそれを「二足のわらじ」と言いましたが、もうそういう時代じゃないと感じます。僕自身のことだけでなく、社会的な時代の変化、社会の常識が変化して過渡期として激しい時期。すごい勢いで変わっていますよね。そのまっただ中でこの映画を観てもらえて、REBIRTHでやれることがあって、こういう時代に生きていることは幸せだと思う。やらなくちゃいけないことがたくさんあるのはクリエイターにとって幸せなことです。

(※このインタビューは2012年1月20日に行われました。)
プロフィール
いせや・ゆうすけ/1976年5月29日生まれ。東京都出身。東京藝術大学美術学部修士課程修了。98年、在学中に映画『ワンダフルライフ』(是枝裕和監督)で俳優デビュー。近年の主な作品に、『ブラインドネス』(2008年/フェルナンド・メイレレス監督)、『十三人の刺客』(10年/三池崇史監督)、『あしたのジョー』(11年/曽利文彦監督)、『カイジ2〜人生奪回ゲーム〜』(11年/佐藤東弥監督)など、NHK『白洲次郎』、大河ドラマ『龍馬伝』ではTVドラマにも取り組む。大学在学中にニューヨーク大学映画コースに留学。映像制作を学び、03年に映画『カクト』で初監督を務める。第2監督作品となる最新作『セイジ-陸の魚-』は、辻内智貴の小説『セイジ』に感銘を受け、5年の月日をかけて映画化した。
インフォメーション
『セイジ-陸の魚-』
2月18日(土)、テアトル新宿ほか全国順次ロードショー
公式サイト:http://seiji-sakana.com/
[CD]
渋谷慶一郎『Sacrifice Soundtrack For Seiji』 ATAK017 ¥2,500
渋谷慶一郎 fest. 太田莉菜『サクリファイス』 ATAK101 ¥1,260
ATAK:http://atak.jp/ ともに2月15日(水)発売
REBIRTH PROJECT:http://www.rebirth-project.jp/
寄稿家プロフィール
ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラムを執筆(1998-2008)。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所のウェブサイトに、IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』を連載中。
寄稿家プロフィール
まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。