

名匠コスタ=ガヴラスの娘として生まれ、父の作品で助監督を務めたこともあるジュリー・ガヴラス監督。2006年の初監督作品『ぜんぶ、フィデルのせい』に続く2作目『最高の人生をあなたと』では、主演のイザベラ・ロッセリーニとウィリアム・ハートに自身の家族の姿を投影し、「老い」の問題を取り上げる。脚本のこと、キャスティングのこと、撮影のこと、次の作品のことなど、メールインタビューで語っていただいた。
「老い」というテーマについて、お父様の様子から着想されたとうかがいました。ずっと年上の世代を描く難しさがあったと思いますが、本作の脚本や演出について、コスタ=ガヴラス監督からアドバイスを受けられたでしょうか。
特にアドバイスを仰いではいませんが、脚本を書く過程で父からインスパイアされました。数年前のことですが、1969年の父の作品『Z』の制作40周年を記念したイベントと上映が各地で行われ、父は6ヶ月間にわたって世界各地の映画祭や記念行事に参加し、数多くの功労賞を受賞したんです。私はとても嬉しく思いましたが、同時に少し気が滅入ってしまいました。まるでみんなが父に対して、「いままで素晴らしい仕事をしてきましたね。これであなたのキャリアも終わりですね」と言っているように感じたから。これをきっかけに、『最高の人生をあなたと』の脚本を書き始めたんです。
脚本を作っていく過程で、最も大切にされたのはどんなことでしょう。
脚本を書くときは、いつも登場人物にいちばん注意を払っています。キャラクターには深みと力強さ、そして欠点が必要で、往々にして私は欠点に興味を引かれます。それこそが彼らを人間らしくする要素ですから。メアリーとアダムに関して言えば、私自身の家族から大きく影響を受けています。私の母はいつも家族全員に気を配っていて、まさにメアリーがそうであるように特に夫の世話を焼いています。また私の父はアダムのように素晴らしいアーティストですが、現実的な事柄や家族のことにはあまり関与せず、いつも仕事に没頭しています。私自身の家族が主人公2人を描くための大きなインスピレーションになりました。

妻がイタリア人とイギリス人のハーフ、夫がイギリス人という設定にしたのはどうしてですか。また、舞台をロンドンにしたのは?
私の両親は国際結婚カップルで、私自身も複数のヨーロッパの都市に住みました。自然に多国籍、多民族が混ざる環境を楽しんでいます。ロンドンを選んだのは、そこが一流の建築家が本拠地にしている都市であることと、パリよりも多民族・多国籍都市だから。でも本当のところ、舞台がどこであるかはさして重要ではありません。これはあくまで、あるカップルとその家族についての物語で、どの都市でも舞台になりうるからです。
名優たちとの素晴らしい経験
イザベラ・ロッセリーニ&ウィリアム・ハートのキャスティングは、脚本を書きながらイメージされていたのでしょうか。
脚本を書き終えたとき、メアリー役を演じる女優を探す際に年齢の描写が問題になるだろうと思いました。この物語では、メアリーが60歳になりつつあることをはっきり描かなくてはなりません。そして、その年代や、やや年上の女優でも、そのことを口にすることを承諾してくれる人がいないのは明白でした。そしてある日偶然、インターネットでイザベラの『グリーンポルノ』を見つけたんです。それは彼女が監督した短編映画集で、彼女自身が虫の役も演じています。テーマは昆虫たちの性生活で、イザベラは昆虫に扮してすべてのエピソードに登場します。それを見たとき、イザベラこそがこの役に最適だと確信しました。そして年齢描写が問題にならないことも。だって、こんなユーモアのセンスがあるんですから! ウィリアム・ハートは、私が映画を見始めた80年代、90年代のスターで、常に尊敬している俳優の1人です。イザベラの出演が決まり、夫役を探し始めたとき、彼にオファーすべきであることは明らかでした。
正直に言うと、実は脚本の段階でイメージしていた俳優がいたんです。ジョアンナ・ラムレイとサイモン・キャロウ。大好きなイギリスの俳優たちで、ロンドンを舞台にすることが決まったとき、彼らをキャスティングしようと確信し、メアリーとアダムではなくシャーロットとリチャードを演じてもらいました。

イザベラ・ロッセリーニ&ウィリアム・ハートという、個性的な2人が夫婦役を演じると聞いて意外な感じがしましたが、チャーミングなカップルでしたね。2人と一緒に仕事をしてみていかがでしたか。
彼らとの仕事は素晴らしいものでした。特に撮影前に行った2週間のリハーサル。それは物語が始まる時点ですでに35年間生活を共にしている2人を描くためにとても大事なことでした。リハーサル期間は、物語が始まるまでの彼らの人生を想像することに費やされました。彼らの恋愛生活と家族生活の両方を。子供たちを演じた3人の英国人俳優たち(エイダン・アクアードル、ケイト・アシュフィールド、ルーク・トレッダウェイ)も参加して、一緒にひとつの家族を作り上げるのはとても素晴らしい経験でした。
撮影中、いちばん苦労されたのはどんなことでしょう。
ベンジャミンのエキシビションのシーンがいちばん複雑な撮影で、しかも1日ですべて撮影しなくてはなりませんでした。困難なことはわかっていましたが、ギリギリまで深く考えませんでした。そのうち撮影日が数日後に迫り、突然不安に襲われてしまって。結局前日にシーンを書き直し、ずっとシンプルなものでいくことに決めました。とにかくエキストラの数が多く、たくさんの小さな出来事が複数の場所で同時進行し、主要キャストが集合していますから、ほかの方法では対応できません。そして残業もなく1日で撮り終えたんです!
父との違い、それはユーモア
『ぜんぶ、フィデルのせい』『最高の人生をあなたと』ともに温かなラストシーンが印象的です。ユーモアもたくさん散りばめられていますね。本作では特に、ノラのシニカルかつウィットに富んだセリフに大笑いしました。
この作品を完成させたいま、ユーモアが私のトレードマークなんだなと思い始めています。父は政治や社会問題といった強くて重要なテーマがあってこそ映画を撮る意味があると教えてくれました。私はこのアドバイスに従っていますが、父と私の違いはユーモアです。『ぜんぶ、フィデルのせい』の子供時代と政治、『最高の人生をあなたと』の老いの問題といった深刻なテーマを、ユーモア抜きに語ることはできません。そうした方が問題にアプローチしやすくなると思うんです。そして、より興味深いのは、私自身は日々の暮らしの中で面白い人間ではないんじゃないかということ。私が好きなのは物事の不条理さです。おそらくそれがユーモアにつながっているのでしょう。

これから撮ってみたいテーマはありますか? 監督と同世代の人物を描く予定はあるでしょうか。
はい。いま取りかかっている次の作品がそれです。英国人の作家ジョナサン・コーと一緒に新作の脚本を書いています。ヨーロッパについての風刺ロマンスで、ヨーロッパそのものと、ヨーロッパ風であることがテーマ。私と同世代のキャラクターが何人か登場しますが、そこにはちょっと仕掛けがあります。というのも、物語の舞台が90年代の終わりから2000年の初頭なので。
最後に、日本の観客にメッセージをお願いします。
老いについて、みんな同じ立場にいると思います。老いは死に近づきつつあることを意味しますから、私たちはそれを恐れているのです。でも、楽観的な視点を持つことも大切です。この普遍的なテーマをぜひ楽しんで下さいね。
(※このインタビューは2012年1月13日に行われました。)
プロフィール
Julie Gavras/名匠コスタ=ガヴラス監督の娘。文学と法律を学ぶ。卒業後、イタリアとフランスで父やジャック・ノロ監督などの作品で助監督を務める。初の短編を1998年に、そして2000年には初のドキュメンタリーを制作。その間数々の雑誌やテレビの仕事に関わる。『最高の人生をあなたと』は、06年の初監督作『ぜんぶ、フィデルのせい』に続く長編監督2作目である。
寄稿家プロフィール
まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。