

妻に先立たれた後、なんと75歳にしてゲイであることをカミングアウト、さらにガンを宣告された父親との驚きのプライベートストーリーを映画化。それは高齢化が進む社会で「いかに自分らしく生き生きとした人生(老後)を送るか」という現代人の悩みへのヒントになるような、温かい余韻を残す作品となった。ポスト60年代世代が抱く、どこか漠然とした憂鬱な感覚を繊細かつポップなアートで表現、独特のセンスで観客を楽しませてくれる。グラフィックデザイナー、アーティストとしても活躍するマイク・ミルズ監督に、お父さんのこと、名演技で魅せたアーサー(犬)や豪華キャストのこと、またご自身の“老後の展望”についてもメールインタビューにて伺ってみましたが……。
映画では、オリヴァーはカミングアウトした父ハルに対して比較的冷静に、愛情を持って、すべてを温かく見守っているように思いました。ハルの病気のことももちろんショックでしたが、もしハルが病気になっていなかったら状況は違ったと思いますか? 現実には父の変化を見て、ミルズ監督の動揺はかなり大きなものだったのでしょうか。
父がカミングアウトしたときは、すでにゲイの友だちや知り合いがたくさんいました。しかしそういったことに対して問題は感じなかったです。むしろ自分の人生でいちばん面白いハプニングでした。
父はもともとすごくシャイな人で、あまり自分から多くを望まなかったので、彼が「何かを欲する」ということがとても意味深いように思えました。だから彼がそう望んだときに何か違うものを求めたということで、それはすごく嬉しく思いました。実際に父がカミングアウトしてから死に至るまでは、4、5年の期間がありました。自分が描きたかったのは、死にゆく老人ではなくて、老いを迎えた老人が自分を見つけるという話を描きたいと思いました。

魅力的なキャスト陣について
魅力的なキャスト陣でしたが、キャスティングにあたって3人の俳優に監督から手紙を書いたそうですね。演出していて印象的だったことはありますか。まずミルズ監督ご自身の役(オリヴァー)を演じたユアン・マクレガーさんは憂鬱な表情や犬との会話など、ナチュラルさが印象的でしたね。
ユアンとは素晴らしい友人になりましたし、映画作りのパートナーにもなりました。資金が集まる前から彼は参加を表明してくれて、資金がなかなか集まらなかったときも、(資金に関しての)心配をせずに付き合ってくれました。彼の演技はとても自然な形で進めていきます。その存在感や人とのつながりというもので表れていると思います。逆にあまり演技というものをしないような気がしますね。人と一緒に何かをやるところ、そしてもっと微妙な形の演技をして周りの人をより良く見せていく人だと思います。それはクリストファーとメラニーとの関係においても自然な形で表れていると思います。
先日アカデミー賞助演男優賞にノミネートされたばかりの、父親(ハル)役のクリストファー・プラマーさんはいかがでしたか。ゲイをカミングアウトするという異色な役でしたが、なんともチャーミングなお父さんでした。(編集部注:『サウンド・オブ・ミュージック』のトラップ大佐役など、数多くの映画に出演してきた82歳の名優)
クリストファーはあらゆる人と仕事をしてきていますし、すべてを経験してきている人です。その点に関して、最初はとても不安に思いました。ですが、彼は本当に仕事に集中する人ですし、よく仕事をする人。彼はカナダ人なのですが、カナダ人は勤勉であまり威張らない人が多いと言われます。ほかの役者と仕事をするのも彼は好きなようです。僕と一緒に仕事をしたとき、彼は79歳でしたが、巨匠的な感じではなくて、より良く演技を行うためにずっと努力をしている人という感じでした。ですから、仕事に自然に、集中して進んでいきました。

メラニー・ロランさんはなんとも愛くるしく透明感あふれ、繊細で魅力的な恋人役(アナ)でしたね。
メラニーは良い意味で野生の動物のようです。理由は直感的な人だから。自分の直感に従って、それに乗っかる方法を自分なりに把握してよくわかっている人だと思います。いい意味で予想のつかない人ですね。そして彼女自身、脚本家でもあり監督でもあるので、技術的な知識がある。だから仕事がとてもやりやすかったですね。
コスモ(犬)に感じた人とつながるやさしい魂
それからオリヴァーの大切な相棒で登場人物の心を繋いでいく重要な役、アーサーを演じたコスモくん(犬)の名演技にまいりました。コスモに最初に会ったときの印象や撮影中のエピソードも教えて下さい。
オーディションで9匹から10匹の犬(ジャックラッセルテリア)に会いました。コスモと最初に会ったとき、目を見つめる力にとても惹かれ、そして人とつながるやさしい魂を感じました。トレーナーのマティルディも素晴らしかったですね。ルールを決めてそれに従わせる方法ではなく、彼女は物語的というか感覚的にゆるく犬と付き合う方法を知っています。映画の中では彼女は出演していないけれども、コスモの演技で現れているように感じます。
コスモとの演技法に求めたことは、トリックや何かを行うのではなく、ユアンとクリストファーとの関係性を作るというところに重点を置きました。マティルディもそれを理解してくれて、家族の一部となるような形で付き合っていけるようにしました。

ハルとオリヴァー、オリヴァーとアナの話をオーバーラップさせながらパラレルに描くことで、親の老後についてと自分の生き方についての、ふたつのテーマを同時に考えるような良い機会になりました。人生後半、高齢者がどっと増えていく(日本のような)社会で生きる私たちにも、考えたくはないけれど考えなければならない切実な問題が降り掛かります。いかに自分の時間(人生)を楽しいものにしていくか、ミルズ監督ご自身、老後について何か特別なプランはお持ちですか。
僕は映画監督なのでそこはまったくわかりませんね(笑)。母親が亡くなったときに、父はある意味自分が死んでいくような、より小さくしぼんでいくような感覚になっていたような気がします。そして、75歳でゲイであることカミングアウトしました。すべてを懸ける勇気、リスクを負うことを決めたときに彼は急に生を受けたかのように生き始めました。まるで4歳児のようなエネルギーで精神的に生き生きとし、ワイルドでとても若くなりました。75歳から80歳の彼を見ていたら、僕よりワイルドでエネルギーに満ちていたといまでも思います。年齢というものは人に制限を与えたり、より円熟していくと思われがちですが、それは必ずしも正しいわけではないと思っていいと思います。彼はただ年を取っていくだけではなく、ガンも抱えていた。でも、そういった状況を感じさせないほどに若さを保って生きてきたと思います。
(※このインタビューは2012年1月11日に行なわれました。)
プロフィール
Mike Mills/1966年、カリフォルニア生まれ。フィルムメーカーおよびグラフィックデザイナー、アーティスト。『サムサッカー』(05)で長編初監督、エジンバラ国際映画祭ガーディアン新人監督賞受賞。そのほかドキュメンタリー『Does Your Soul Have a Cold?』(07)など。ロマン・コッポラと多方面の制作を行うザ・ディレクターズ・ビューロー(TDB)を1966年に共同創立し、Air、PULP、Everything but the Girl、Les Rythmes Digitals、Moby、Yoko Ono、Jon Spencer Blues Explosinなどのミュージックビデオを制作。CMでは、Levis、GAP、Volkswagen、adidas、NIKEなどの全米および世界的なキャンペーンを手がけている。
寄稿家プロフィール
ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラム執筆。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』など。