

ピーテル・ブリューゲルの宗教画「十字架を担うキリスト」の世界で、ブリューゲル本人とコレクターのニクラース・ヨンゲリンク、聖母マリアの三者を軸に、16世紀フランドルの人々の物語が生き生きと動き出す。1枚の絵画に息を吹き込み、絵画と映画が融合した『ブリューゲルの動く絵』を作り上げたのが、ジャンルを越境して活動するポーランドの鬼才レフ・マイェフスキ監督。4年を費やしたという本作は、いったいどのように生まれたのか。来日した監督に聞いた。
絵の前に立つと、絵の中から話し声や音楽が聴こえてくることがあります。監督はそれを映画にして見せてくれたのだなと思いました。この作品には、ベースになった本があるそうですね。
基本的には、マイケル・フランシス・ギブソンが書いた『The Mill and the Cross』がベースです。パリに住んでいるアメリカ人の美術評論家で、彼はこの320ページにも及ぶ本の中で「十字架を担うキリスト」について素晴らしい分析をしています。私はもう長いことブリューゲルに魅了されているんです。家庭の事情で、子供のころからたびたびウィーンに行く機会があって、美術史美術館によく行きました。フェルメールなどほかにもたくさんの素晴らしい絵画が展示されていますが、私がいちばん引き付けられたのがブリューゲルで、まるで私自身が絵の中で生きているような感覚になりました。その後、オペラなど、私の舞台作品にも応用されるような形で、私の中からブリューゲル的なものが湧き出てきたんです。
もともとブリューゲルの作品が好きだったんですね。物語は監督が考えたのでしょうか。
そうです。その本からイメージが湧いて、ブリューゲルの時代に引き戻されたような気がしました。頭の中にすごく強いイメージが湧いたときには、だいたいそれが映画になるんです。ワゴンに飛び乗って、運ばれるに任せて映画を作ったような感じです。しかし、その道のりは複雑で、適切な方法を見つけるのがとても大変で……。さまざまな試行錯誤を経てようやく辿り着きました。

16世紀フランドルの衣装とランドスケープの再現
具体的に、どんな試行錯誤があったのでしょう。
例えば、役者たちに衣装を着せて、ランドスケープの中に彼らを置いて撮影をしますが、まずはその衣装が問題でした。現代にはブリューゲルの時代の色が存在していないからです。けっきょく、テキスタイルは野菜や果物から採取したナチュラルな色で手染めしたんです。また、ミシンではなく手縫いがいいと思ったので、ポーランドの農村部から40人の女性たちを集めて手で縫ってもらいました。革職人、靴職人、帽子職人も参加し、頭につける飾り物や襟に至るまで、500着の衣装があり、本当に大変でした。そして、どれも新品ではダメなので、完成した衣装をエキストラに渡して着てもらい、撮影前にわざわざ汚してもらったんです。大仕事でしたよ。
2つ目の問題はランドスケープ。ロケハンをして見つけた場所は絵の舞台とよく似た場所でしたが、ブリューゲルの世界とまでは言えなかった。彼はルネサンスの画家ですが、私たちは彼が1つのパースで見ていると勝手に勘違いしていたんです。ウィーンの美術史美術館から絵の複製を取り寄せ、それを作り上げた人たちにも話を聞き、風景を撮ってコンピューターに取り込んでランドスケープを見てみました。コンピューターで測定して3次元モデルとして作り直したのですが、この絵はランドスケープとして成立し得ないものだった。7つの相反するパースを内包していて、そんなねじれた視点は現実にはないですよね。そういう空間を見つけるのは現実には不可能。ポストプロダクションで、CGで作るしかないということに行き着いたんです。7つを別々に作り上げて、7 x 20メートルくらいの大きな背景を私が描くという。そうやってようやく出来上がったのが『ブリューゲルの動く絵』のランドスケープなんです。空はニュージーランドで撮影して、岩もポストプロダクションで3Dで作って、ある部分には本物を使って。岩の制作担当は偶然にもアルピニストだったので、岩にぶら下がってヒビ割れなどを見てもらいました。ブリューゲルは、その時代の人々を、時代そのものを描くという意味ではリアリストです。仕立屋職人、帽子職人、革職人など、それぞれの職人たちは絵を見て何が必要かわかりました。正確に描かれているからこそ再生可能なんですね。ところが、おかしなことに、空間にはシュルレアリスト的な感覚を持った人でした。北部出身の画家はみんなそうだと思いますが、誰でも一度はイタリアに行くんですね。ほとんどの人生をテーブルのように平らな国、フランドルで暮らしていた彼がアルプスを越えてイタリアに到着し、初めて山を見た。大いに感動し、たくさんの岩山のスケッチを描いて、故郷に戻った途端にそれを絵画の中に取り込んでいったのです。その時代の岩には宗教的な意味合いがありました。例えば、教会は岩から造る。岩はペトラという言葉で表現され、それがペトロにつながる。キリストの体の象徴でもあり、表面のヒビ割れは体の傷です。レオナルド・ダ・ヴィンチの『岩窟の聖母』という絵画もありますしね。

とても残酷だったり、子供たちが大はしゃぎで騒々しかったり、さまざまなシーンがありますね。
それが人生というものですよ。人生のさまざまな側面を意図的に盛り込んでいて、そのほとんどすべてがブリューゲルの絵の中にあります。私はこの時代についてもたくさん勉強しました。当時の女性たちは買ったパンを服の下、おなかの所に入れていた。その時代の美の価値観で、妊婦がいちばん美しいと言われていたから。いまでもそうですが、女性はなるべく自分を美しく見せたいものですよね。寒いときに焼きたてのパンをおなかに入れて温まったのかもしれませんし、パンはキリストの肉体のシンボルでもあり、聖なる妊娠という意味合いもあったでしょう。これは絵の中にはありませんが、調べているときに知って面白いと思いました。
有名な絵ですから、「すごい! おもしろい!」と言う人がいるのと同時に、「これはちょっと違うんじゃないの?」と言う人はいませんでしたか。
明治大学名誉教授の森洋子さんに「ブリューゲルはこんなに老けてなかったはず」と言われました。ブリューゲルの没年月日はわかっていますが、誕生日は正確にはわからないんですね。おそらく50前に亡くなっているだろうということですが、この映画でブリューゲルを演じたルトガー・ハウアーは60代。私は「昔は早く年取ったんだから、しょうがないよね」と言いました(笑)。
監督ご自身が作曲も手掛けたそうですが、音や音楽はどう組み立てたのでしょう。管楽器が演奏する印象的なフレーズの楽曲がありました。
あの曲は、シェイクスピアの『真夏の夜の夢』の舞台を手掛けていたとき、10年前に作ったものです。役者の1人がチューバ奏者でもあり、彼のために作曲したんです。ブリューゲル的なダンスも10年前に生まれたもので、ようやくこの作品で使うことができました。それだけ長きにわたってブリューゲルに影響を受けてきたということなんですね。私の人生においては、ここからあそこへとさまざまな要素がつながることがよくあります。

ジャンルを越境して活動する監督の頭の中は……
この作品には4年間を費やしたそうですね。
そうです。プリプロダクションに1年、撮影に半年、ポストプロダクションに2年半。映画を作っている途中で演劇を作ったり、ニュージーランドで展覧会をやったり、さまざまなことをしていました。ニュージーランドでたまたま見つけた雲が素晴らしくて、そこで撮影をして、実際にスタジオに持ってきてブリューゲルの雲として映画に使ったんです。その間に詩も書いたし、彫刻も作ったし。影響し合って相乗効果を生んでいるということでもないのですが、1つのことをやりつつ別のことをやって、また戻ってくると、リフレッシュした新鮮な眼で見ることができます。農民が作物を替えて輪作することで、土が新鮮になるようにね。ずっと編集作業をやり続けることはできないし、映画のことばかりやっていたら目が悪くなってしまうので、詩や小説を書いて、美術作品を作って。その途中で「レフ、この映画をもう1回観てくれよ」と誰かが電話をかけてきたり。「え、映画なんてあった? これイヤだな。誰がやったんだ?」「お前がやったんだよ」「まさか、オレじゃないよ!」なんてことも(笑)。そしてまた彫刻に戻って「え、誰がこんなの作ったの?」「お前だよ」「オレじゃない。ヒドいよ、これ」って(笑)。そんなふうに常にいろいろなものが同時進行しているんです。
頭の中にたくさんのチャンネルがあるんですね。
いや、空っぽなんです(笑)。
それにしても監督の活動領域は、映画、音楽、舞台、美術など、本当に多岐にわたっていますね。
最初に映画を学んで、その後アカデミー・オブ・ファインアーツで美術を学んだのですが、境界というものをあまり意識しませんし、ただ単純にいろいろ交差させてみたいんです。私はいくつかの言語を話しますが、英語からボーランド語に切り替えたりするような、言語の間を行き交うくらいの感覚です。音楽で表現するのか、映像で表現するのか、アートで表現するのか。方法が違っても、同じことを語っているだけなんです。

(※このインタビューは2011年10月27日に行われました。)
プロフィール
Lech Majewski/アーティスト、映画監督、詩人、舞台演出家。1953年、ポーランドのカトビッツェ生まれ。77年にポーランドのウッチ映画大学を卒業。ポーランドで2本の映画を撮った後、リオデジャネイロでイギリスの大列車強盗犯ロナルド・ビッグスと共に『Prisoner of Rio』を、アメリカでデヴィッド・リンチの製作会社プロパガンダ・フィルムズと組み、ビゴ・モーテンセンの主役デビューとなった『Gospel According to Hurry』などを製作。世界を股にかけた活躍を始める。95年には原案、共同プロデューサーとして、ジュリアン・シュナーベル監督の『バスキア』に参加。ヨーロッパに戻り、夭折した詩人を描いた『詩人ヴォヤチェク』(99)、シレジア地方の炭鉱夫を描いた叙事詩的作品『Angelus』(00)、ヒエロニムス・ボスの絵画「快楽の園」をモチーフにした『The Garden of Earthly Delights』(04)、ビデオアートの連作「Blood of a Poet」を発展させた『Glass Lips』(07)がそれぞれ数多くの映画祭に出品され、グランプリを含むいくつかの賞を受賞。『Angelus』はニューヨーク近代美術館等の美術館でも上映された。また、ビデオアーティストとしても世界的な評価を受けており、自身のオペラ作品を映像化した「THE ROES’ROOM」を2000年に発表して以来、精力的にビデオアート作品を制作。06年にはニューヨーク近代美術館で映画とビデオアート作品を紹介した大規模な回顧展『Conjuring the Moving Image』が開催され、33篇からなるビデオアートの連作「Blood of a Poet」を披露。同作はヴェネツィア・ビエンナーレを始め世界各国20ヶ所以上で展示された。『ブリューゲルの動く絵』を基にした「BRUEGEL SUITE」でもヴェネツィア・ビエンナーレに参加している。舞台監督としては、ホメロスの『オデュッセイア』(82)をロンドンのテムズ川を使って演出したのを皮切りに、ロバート・ウィルソンらのポストモダン・オペラを改訂した舞台『ブラック・ライダー』(95)、シェイクスピアの『真夏の夜の夢』(97)、『三文オペラ』(02)などを手掛け、ペンデレッキの『ユビュ王』(93)、ビゼーの『カルメン』(95/新版02)などオペラの演出も行っている。さらてに、小説や詩集を出版するほか、ポーランド現代音楽の巨匠を特集したCDシリーズのプロデュースなども手掛けている。
インフォメーション
12月17日(土)より、ユーロスペースほか全国順次公開
配給:ユーロスペース+ブロードメディア・スタジオ
配給協力:コミュニティシネマ・センター
公式サイト:http://www.bruegel-ugokue.com/
『ブリューゲルの動く絵』公開連動企画
2012年1月17日(火)まで、銀座メゾン・デ・ミュゼ・ド・フランスで開催中
寄稿家プロフィール
まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。