

11/25(金)までユーロスペースで開催中のレトロスペクティブ「フレデリック・ワイズマンのすべて」と、東京国際映画祭での新作『クレイジーホース』お披露目に伴い、13年ぶりにファン待望の来日を果たしたフレデリック・ワイズマン監督。すでに次の作品も撮り終えたという、81歳になっても泉のように涸れることのない好奇心とバイタリティの源は? 日本国内の巡回上映に伴う旅に出発する前日、知的なジョークを交えつつ、監督はたくさんの話を聞かせてくれた。
ワイズマン監督は肉体派?
「フレデリック・ワイズマンのすべて」、そして映画祭での『クレイジーホース』の上映と、かなりのハードスケジュールだと思いますが、お元気そうでなりよりです。
いや、いや、そんなことない。これでも、だいぶ疲れているんですよ(笑)。
ここ数日間で『クレイジーホース』『ボクシング・ジム』を含め、たくさんの作品を観ました。対談や舞台挨拶などで、肉体やその動きに関心があるとおっしゃっていましたね。
どんな映画も肉体に関わってくると思いますが、私の作品は肉体の様々な側面を捉えようとしたものが多いですね。映画ごとに違う側面を捉えていて、例えばダンスを扱った作品は肉体の外観そのもの、『クレイジーホース』では肉体のエロスを捉え、『DV—ドメスティック・バイオレンス』は肉体を虐待する話で、『臨死』や『病院』は肉体が病んでいく話、『チチカット・フォーリーズ』は肉体が幽閉される話。軍隊を扱った『基礎訓練』『軍事演習』『ミサイル』は国家に奉仕するために肉体を使い、『少年裁判所』は肉体が罰を受け、『法と秩序』は肉体が引き起こす暴力を統制するといった感じです。肉体をコントロールする、あるいは使っていくという、作品ごとに異なる側面をそれぞれの映画で捉えています。

監督ご自身は、肉体を健康に保つためになにかされているんでしょうか。若い頃はサッカーや野球をされていて、スポーツ好きだとうかがっています。
以前は毎日テニスをしていたんだけど、体を壊してから出来なくなってしまって。最近は自転車に乗っていますよ。いま東京で泊まっているホテルにはジムがなくて残念ですが、友人にダンベルを借りてトレーニングしています。
思いがけない瞬間が訪れ、コンテクストがシフトする
監督はパフォーミングアーツもお好きで、舞台の演出もされていますね。映画も、様々な施設を舞台にした演劇みたいで、あっちでこんな話が起こり、こっちでこんな話が起こり、小さな物語が詰まった群像劇を観ているようです。
まさにその通り。どの作品でも、出ている人にとってはそれが日常なんです。その日常がカメラで撮影され、切り取られることによって、ある意味で演劇のパフォーマンスに匹敵するくらいの素晴らしい場面になり得る。唯一の違いは繰り返しができない、1回こっきりだということです。彼らは一般人で役者ではないから、同じ場面をもう一度演じることが出来ない。しかも彼らはそれを意図的に演じているわけではないのに、日常を撮影して切り取ることで素晴らしいシーンが生まれる。それこそまさに私の映画理論を具現化したものなんです。
『福祉』の最後のシーンに出て来る男性は、まるで役者のようでした。
私のために演技をしてくれたわけではないのですが、まさしく役者のようでしたね。私は隅のほうにいたので、彼は私の存在に気付かなかったと思いますし、ほかの場所でもまったく同じことをしていたので、あの人にとってはあれがルーチンワークなんでしょう(笑)。哀しいのにすごく面白い。あそこでゴドーが出て来たのは、私にとってはボーナスでしたよ。ああいう瞬間の訪れが本当に素晴らしくて、彼がサミュエル・ベケットとゴドーの話をしてくれたことで、あの映画全体に別のコンテクストが生まれ、作品を別のレベルに引き上げてくれるような効果があったと思うんです。ゴドーを待っているという状況と福祉センターの人たちの状況が頭の中で対比され、元々は内包的な要素だったものが外に広がっていく。最後になってコンテクストがシフトするというか、そういう素晴らしい効果が生まれました。
その男性の直前に登場する怒り狂った黒人女性も強いキャラクターで、彼女の語りはミュージカルのようでしたね。
彼女も映画のためにやったわけでなく、ああいう人なんですね。やはり、とても面白けれど悲哀に満ちている。20分くらいのシークエンスで登場する別の女性は、まるでモディリアーニの絵のように美しいルックスですが、それもとても哀しいシーンです。

悲惨な事柄を扱った作品にも必ずユーモアのあるシーンが盛り込まれていて、つい笑ってしまいます。『病院』でも、ドラッグを呑んで運ばれてきた男性がゲーゲー吐きながらしゃべりまくるシーンが可笑しくて……。観客はみんな大笑いでした。
私も面白いと思って作っているので、そう言ってもらえてうれしいです。あの『病院』のシークエンスは、これまで撮った中でも最高に面白いものです。演劇的ですし、吐いている彼をあざ笑うのではなく、彼と一緒に笑ってしまうという感じですね。あのシーンで笑って罪悪感を覚えるという人もいましたが、そういうものではないですよ。「もうどうしようもない、ミネソタに帰るしかない」などと、彼がいろいろ言うのですが、脚本として書こうと思ったって無理。天才じゃないと書けません。神様も、私が一所懸命やっているのを見ていて、あのシークエンスに巡り合わせてくれたのでしょう。
撮影の申請、そして3人だけの現場
現場には、カメラマンとアシスタントカメラマンと監督の3人で入るそうですね。撮りたいものをどう撮るという指示は、どのようにカメラマンに伝えるのでしょう。
私が音声を担当しているので、持っているマイクを向けた先を撮ってもらうという指示です。顔を見合わせたり、視線を送ったりすることもあるし、どう撮るかというサインも決めてあるんですよ。
監督は常にカメラの隣りにいるんですか。
だいたいいつもカメラの真横にいますね。ちょっと離れた場所にいたとしても、そんなに遠くにいることはないです。近くにいないと映像に映り込んでしまうし。特にダンスを扱った作品などは、その場所に鏡がたくさんあるので、鏡にも映り込まないように気をつけて3人でまとまっているようにしています。

警察、軍隊、学校、病院、福祉センターなど、様々な公的機関の内側に入って撮影をされていますが、許可を申請して断られたことがないというのは本当ですか。
まぁ、そうですね。ほとんどなかったということです。99.9%オッケーをもらいましたよ。
どの作品でも、プライバシーに踏み込んだ話が語られていますが、被写体になっている人が撮影途中で「カメラを止めて!」ということは?
途中で止めてと言われたことはなかったですね。事前に撮影していいよと言ったのに、撮影後にやっぱり映画に使わないでくれと言ってきた人が1人いたかなぁ。40年以上やってきた中でその程度です。
映画づくりはアドベンチャー
『チチカット・フォーリーズ』も『クレイジーホース』も、映画の冒頭のシーンが最後にまた現れるというストラクチャーが特徴的で、自分自身のものの見方が変化したことに気付きます。そういう体験を観客にもたらすように編集されているのでしょうか。
もちろんです。シークエンスの順番には、私が撮影する中で見た出来事に対してどういう視点を持ったのかという、私なりの解釈が表れています。どういう順番で出すか、シークエンス同士のつながりも、それぞれの前後関係もありますが、冒頭にどんなシーンが来るのがいいか、1/3くらい進んだところはどうなっているのがいいのか、1/2ではどうなっているのがいいか、最後のシーンはどうなっているのがいいかと考えています。それぞれにつながりがあり、お互いに相関関係もあって、全体を観てもらった後でもう1回観てもらうと、シークエンス同士のつながりがより明確になってくると思います。

(c)2011 - IDÉALE AUDIENCE - ZIPPORAH FILMS, INC.TOUS DROITS RÉSERVÉS - ALL RIGHTS RESERVED
40年以上にわたってアメリカを、世界を見つめ続けてきて、いちばん変わったことはなんだと思われますか。
うーん、簡単には答えづらいですね。社会的な変化を考えるとあまりにも複雑な要素がたくさん絡み合っているので、800ページくらいの分厚い本を書いても書ききれないくらいです。
監督のこれまでの経歴を読んで、様々な経験すべてが無駄ではなく、いまにつながっているのだと感じました。迷える若い世代に伝えたいことは?
私はなんとも言えませんが、有名なアメリカの“哲学者”であるサミュエル・ゴールドウィン(編集部注:本当は映画プロデューサー)がこう言っています。「メッセージがあるときは電報で送れ」ってね(笑)。
次から次へと撮りたい対象があり、ワイズマン監督は好奇心の塊ですね。次の作品『大学』もすごく楽しみです。
ありがとう。私も楽しみなんですよ。映画づくりは本当に面白い作業です。生活のための仕事をするよりずっとね。1回1回がアドベンチャーで、興味が尽きることはありません。

(※このインタビューは2011年11月2日に行われました。)
プロフィール
Frederick Wiseman/1930年生まれ。イェール大学大学院卒業後、弁護士として活動を始める。やがて軍隊に入り、除隊後、弁護士業の傍ら大学で教鞭をとる。63年にシャーリー・クラーク監督作品『クールワールド』をプロデュースしたことから映画界と関係ができ、67年に初の監督作となるドキュメンタリー『チチカット・フォーリーズ』を発表。マサチューセッツ州で公開禁止処分となるが、その後も社会的な組織の構造を見つめるドキュメンタリーを次々に制作する。71年に、現在も拠点とする自己のプロダクション、ジポラフィルムを設立。以後、劇映画『セラフィータの日記』(82)、『最後の手紙』(02)をはさみ、精力的にドキュメンタリーを作り続けている。最新作は『クレイジーホース』(2011)。「現存の最も偉大なドキュメンタリー作家」と称される。
インフォメーション
11月25日(金)まで、ユーロスペースで開催中
主催:ユーロスペース、一般社団法人コミュニティーシネマセンター
公式サイト:http://jc3.jp/wiseman2011/
『クレイジーホース』
2012年夏、Bunkamuraル・シネマほかで公開
配給:ショウゲート
寄稿家プロフィール
ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラムを執筆(1998-2008)。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所のウェブサイトに、IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』を連載中。
寄稿家プロフィール
まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。