

コリン・ビーヴァンさんはニューヨーク在住の作家(ほか、いろいろ)。雑誌記者の妻と2歳の娘と3人で、ごみなし、車なし、テレビなし、電気なし、1年間新しいものは何も買わない、地球に害を与えない"ノー・インパクト・プロジェクト"を決行、ブログは注目を浴び、本も出版。その様子はドキュメンタリー映画『地球にやさしい生活』に収められた。地元の食材を選ぶことから、車の代わりに自転車を使い、エレベーターを使わない、ゴミを最小限にする……と徐々にレベルアップ、ついに電気のブレーカーを落とし電気なしに。浪費好きの妻、ミッシェルさんが様々な煩悩と闘いながら夫のプロジェクトに協力する様子になんとも共感が湧いてくるが、東日本大震災後、日本では生活環境も変化し、生活や人生の見直しに直面している現在、普段の生活の中でついつい弛みがちな気持ちを引き締めるためにも、コリンさんのプロジェクトは大いに刺激になる。危機の時代に生き残るために、いま"個人"として出来ることは何か? スカイプインタビューで、プロジェクト後の心境などをユーモアを交えて語ってくれた。

ノー・インパクト生活をやった結果、ご自身へのインパクトとは?
重要なインパクトは3つあります。ひとつ目は、テレビを捨て、スローライフをして、娘と過ごす時間が増えたことですね。娘が生まれてから父としてあまり一緒に過ごすことがなかったのですが、ノー・インパクト生活をしてみてよい父親になれたことです。ふたつ目は、いままで物を選ぶとき、"与えられる生活"を送っていたのが、自分でライフスタイルを"選ぶ"ことが出来ると学んだこと。3つ目は、市民としての意見を持つことの重要性を知ったことです。僕たちは意見を持つことで社会に変化を起こすチカラがあるということ。僕だけじゃなくて、誰もが同じようにチカラを持てるんだということです。
補足するなら、映画の中でキャスターがテレビ番組の観客に向かって「彼(コリン)がやっていることをあなたには出来ますか?」と問いかけるシーンがあります。僕はそのとき、テレビ番組で話すのに慣れてなかったこともあって、「僕のやってることが出来るかどうかは問題ではない。小さいことをやっていこう」と言いました。あのときは自分のやってることについてそれほど自信を持ってなかった気がしますが、いまは自信を持っています。問題は、アメリカで石油が枯渇し石油戦争が中東で繰り広げられてることとか、地球規模の環境破壊で1年におよそ1万8千種の生物が絶滅していくとか、地球がいままでのような環境でなくなりつつある。そういう危機が絶望的だからといって、我々が逃げ出すわけにはいかないということです。いまは「みんな目を覚ましてくれ。眠りながら歩くことは出来ないんだから」という強いメッセージを伝えなくてはいけないと感じています。

何かネガティブなインパクトはありましたか。
強いて言えば、こんな時間に(ニューヨーク時間の夜遅く)スカイプで取材を受けたりすることも増えましたけど(笑)。それはさておき、もっと重要なことは、この映画やプロジェクトによって、我々がどう生きていくか、お互いにやさしく、なんらかの尊敬を持って環境にも接していくということや、人生の意味、幸せや楽しみとは何だろうということを話し合うきっかけになり、そういうことで役に立てたことは最高にうれしいですね。
3月に日本で大地震が起き、コリンさんのプロジェクトでやっていたことが、日本ではよりリアルになりました。さらに、人との繋がりの大切さを改めて見つめ直す機会にもなりました。コリンさんが計画を実行するに当たり、奥様との葛藤も映っていましたが、家族の支えも大きかったのでは?
そうですね。人との繋がりについて、ふたつのことが言えると思います。ひとつ目は、もちろん家族だけではなくて様々な友人、フィルムメーカーも含め、出版社の方々からは、仕事を超えてサポートしてもらいました。例えばカメラマンが手動充電のラジオを持ってきてくれたり、近所の友達がオリーブオイルやバルサミコ酢の差し入れをしてくれたり、いろいろな面で助けてもらいました。もうひとつは、この50年間、個人と企業の関係性、例えば仕事先の企業や、買う製品を作っている企業との関係は重要だったのは事実だけど、自然環境や世界情勢が激変していく中で、いまはその関係性が崩れ始めているのではないかと思います。これからは、個人と近くの人々との関係をもっと重要視する時代が来るのではないでしょうか。実際私たちの生活というのは、アメリカは特に、社会保険に関しても、食べ物に関しても、様々な形で大企業に依存しています。その関係をもっとローカルコミュニティに依存する方向へ持っていけるのではないかと考えています。様々な問題を解決するのも、ローカルコミュニティの中で解決策を考えていけるのではないかと思っています。(編集部注:例えば、地元の食材を買うことなど)

子どもから学ぶこと
2歳のイザベラちゃんは可愛らしく、彼女を交えた素敵なシーンがたくさんありました。プロジェクトを経験して、いま彼女に何か変化はありますか。
このプロジェクトは、実は娘を披露するためのものだったと言ってもいいくらいです(笑)。娘にとっては、2歳という人生の早いステージでの経験でした。おそらく娘はとても誇りに思ってるのではないでしょうか。なぜなら最近、書店に立ち寄ったときに、僕の本が平積みになってるのを見て「パパの本、パパの本、みなさん、パパの本です!」って自慢してましたから(笑)。
彼女は幼いのですが、プロジェクトの後には環境に気を遣うようになりました。例えば「雨は環境にいいの?」とか、「アイスクリームは環境にいいの?」なんて質問をします。大事なことは、プロジェクトが彼女にどのような影響を与えたかよりも、彼女がプロジェクトにどんな影響を及ぼしてくれたかということが大きかったと思います。例えばエレベーターの代わりに階段を使ったり、自転車で遠くへ出かけたり、子供と一緒に楽しい経験をしてきました。そんな中、家に帰ってきて電気が点かなくて「パパ、真っ暗だよ」と言われたときに、「電気はないよ、ロウソクしかないんだよ」と答えました。すると翌日には「部屋が暗いからロウソクつけて」というふうに、環境の変化に対してとても順応が早いのです。彼女は"小さな瞬間をそのまま楽しむ"ということを僕たちに教えてくれたと思うし、両親が何を子供に与えるかではなくて、子供たちからどういうことをどういう形で学ぶかということが、今回のプロジェクトでは重要だったと思います。

進行中の新しいプロジェクトはありますか。
いま新しい本にとりかかっていますが、もし「ノー・インパクト・マン」でなく、普通の生活をしている人だとしたら、どのような選択をしながら幸せな生活をしていくのか、あるいは世界と、また環境問題と向き合っていくのか、というテーマで書いています。極端な実験を経てはっきりとした結果を得るという形ではなく、いかに平凡な生活をしながら、いろんな問題と向き合うのかということと取り組んでいます。
もしかしたら「ノー・インパクト・マン」として暮らさないことが、逆にコリンさんにとっては「インパクト」があるということに?
僕が思うに、例えば実際に僧侶になることのほうが、一般の社会生活の中で「ノー・インパクト・マン」になるよりも簡単なのではないかと……。どういう目的を持つのかということによりますが、例えば大都会の中で"禅マスター"になることは面白いことかもしれないけれど、もっと現実的な問題として捉えたときにどうしたらいいのかを考えたい。そういう意味でいま取り組んでいるのは、「ノー・インパクト・マンでないとしたら、いかにして問題意識を持って平凡な生活を送るか」ということなんです。
(このインタビューは2011年9月20日に行われました。)
プロフィール
Colin Beavan/被験者、共同プロデューサー、作家、ライター、ブロガー、コンサルタント、参加する市民。自らを"ノー・インパクト・マン"と名乗り、家族を巻き込んで"地球にやさしい計画(ノー・インパクト・プロジェクト)"に挑戦した張本人。現在はニューヨーク大学の客員学者であり、University’s Sustainability Task Forceのアドバイザーで、ニューヨーク市 Transportation Alternatives の取締役を務め、Just Food(非営利団体)の顧問でもある。
寄稿家プロフィール
ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラム執筆。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』など。