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Interview

046:ヤン・シュヴァンクマイエルさん(『サヴァイヴィング ライフ ―夢は第二の人生―』監督・脚本)
聞き手:松丸亜希子
Date: August 27, 2011
ヤン・シュヴァンクマイエルさん | REALTOKYO

9月に77歳を迎えるアートアニメの巨匠、ヤン・シュヴァンクマイエルさん。昨年のヴェネツィア国際映画祭でプレミア上映された5年ぶりの新作『サヴァイヴィング ライフ ―夢は第二の人生―』は、夢とうつつの境界を彷徨い、精神分析で自身の無意識と向き合っていく男の物語。切り絵アニメと実写で紡がれた幽玄な趣と、独自のユーモアにあふれた「精神分析的コメディ」である。本作の公開、過去の作品の特集上映、個展とグループ展、本の出版など、盛りだくさんの夏に来日した監督に、チェコセンター東京で話を聞いた。通訳は、同センター所長でチェコ共和国大使館一等書記官のホリー・ペトルさんが務めてくれた。

切り絵アニメか、実写か

 

監督ご自身が登場する前口上で吹き出してしまいました。予算不足で切り絵アニメになったと言い訳されていましたが、本当は全編実写で作りたいと思っていたのでしょうか。

 

最初の脚本は実写として書いてありましたが、予算が集まらないだろうなと心配でした。だからアニメーションにしようと思っていたら、日本側の尽力のおかげでけっこう予算が集まったんです。でも、切り絵アニメを取り入れることによって、別の表象レベルにできると思って、切り絵と実写の両方を使うことにしました。節約しようと思っていたのに、切り絵を取り入れれば取り入れるほど時間がかかってしまって。役者の写真を撮り、いいデータとして保存するためにコンピューターを買うことになり、さらにコンピューターを扱えるスタッフを雇うことになり。画像を編集し、できるだけキレイにプリントアウトして、手作業でハサミを入れて。切った写真の縁が目立たないように背景に合わせて色を塗って、余計な労働力と出費がかさんでしまって。ロケーション撮影ではなく、すべてスタジオで撮影したため、その分はお金が浮きましたけどね。屋外のように見えるシーンも、すべて写真を伸ばして背景に貼って撮影したんです。

 

予算がなくてアニメにしたけれど、コストセーブにならなかったんですね。

 

その通り。でも、残念には思っていませんよ。アニメを1つのパターンとして使ったわけですし、実写だけではこういう作品にならなかったでしょう。

 

ヤン・シュヴァンクマイエル『サヴァイヴィング ライフ ―夢は第二の人生―』 | REALTOKYO
(C) ATHANOR

実写とアニメをどうやって作って、組み合わせたのでしょう。

 

両者を合わせるためにはいくつかのポイントがあります。切り絵アニメは、机の上に写真を置き、その上にガラスをかぶせて、机の下から光を当て、真上に置いたカメラで上から垂直に撮影します。実写は、それに合わせて役者に演技をしてもらいます。主人公のエフジェンが踊る場面など、体がアニメで顔が実写ですが、手足は別の人の手足だったり、そんなズルをしていたりもします(笑)。撮影前の4ヶ月間、実験を重ねてから撮影に入ったのですが、それを経て大事なことがわかりました。アニメ部分の動作の途中でカットして実写と組み合わせる。そうでないと繋がらないんです。細かい部分ですが、人物の首が回転するときも、その回転の途中で切り絵アニメが実写になる。観客は意外にその継ぎ目に気がつかないものなんですよ。錯覚です。もし気付いてしまったら、2つの技法がうまく組み合わされず、バラバラになってしまったということ。ですから、実写のときの背景もぜんぶ写真で非現実なんです。それを現実であるかのように見せることで、どこがどこなのかわからなくなる。背景はほぼモノクロで、人物だけに色がある。もしリアルの背景なら、そこにも色があって、そうするとCGで消さないといけなくなってしまうし……。

 

監督としては、CGは決して使いたくないと。

 

そうです。それだけはぜったいダメです。

 

ヤン・シュヴァンクマイエル『サヴァイヴィング ライフ ―夢は第二の人生―』 | REALTOKYO
(C) ATHANOR

フロイトとユングの壮絶なバトル

 

今回は夢分析と精神分析がモチーフですが、この作品の中には監督が実際に見た夢のエピソードもあるとか?

 

冒頭で主人公のエフジェンが見ている、奥さんに起こされるまでの夢は私自身が実際に見た夢です。それ以来、これを元に作品を作りたいと思っていました。これをふくらませて、さまざまなエピソードを加えて。夢を見た瞬間が、インスピレーションが湧いた瞬間と言えますね。夢といえば夢分析、そしてそれが精神分析に繋がって。そのために精神分析の女医を登場させ、彼女なりの方法で夢を分析してもらおうと思いました。

 

フロイトとユングがユニークな形で登場しますが、彼らは監督にとってどんな存在でしょう。

 

精神分析は、1つの物の見方の解釈を教えてくれるすぐれたものです。私だけでなく、ほかの映画監督や芸術家もきっとそう思っているでしょう。その精神分析の最高権威である2人は緊張感のある関係だったわけで、それをいろいろな方法で表そうとしました。フロイトのエディプスコンプレックスを取り入れましたし、ユングの元型論も取り入れて。ポートレートがバトルするシーンはコミカルにしたくて。あの2人は最初はよき協力者だったのに、途中で決別してしまったんですよね。

 

女医さんは両者をリスペクトして、それぞれの解釈をエフジェンに伝えてますね。

 

そうなんです。精神分析をパロディにするのではなく、私はあの女医をパロディにしたんです。精神分析医はフロイトもユングも両方学んでいると思いますし、いまはフロイト派かユング派ということでなく、ラカンやアドラーなどいろいろ。それらすべてを頭に入れて、すべてを患者に投げつけるというようなやり方がはたしていいのかどうか。ちゃんとした医師のところに行けば、もっとまともな治療になるとは思いますけどね(笑)。まともな医師だったら、フロイトとユングを混ぜこぜにしたりしないでしょう。

 

ヤン・シュヴァンクマイエル『サヴァイヴィング ライフ ―夢は第二の人生―』 | REALTOKYO
(C) ATHANOR

はたしてコメディなのか

 

フロイトとユングのバトルのシーンには大笑いでした。監督は本作を「精神分析的コメディ」とうたっていますが、コメディなんでしょうか。人生の可笑しさや悲しさを感じますね。

 

コメディですが、喜劇ではないです。人を喜ばせるコメディではないですね。コメディにもいろいろあり、バルザックの『人間喜劇』のようなものもあれば、ブラックコメディ、ハッピーエンドではないコメディもあります。いろいろな受け止め方があっていいと思いますよ。

 

音楽と音響も面白いですね。

 

短編を撮っていたとき、1人の音楽家とだけしか一緒に仕事をしませんでした。ズデニェク・リシュカという天才的な作曲家で、80年代に亡くなっています。私は彼しか認めていなかったので、亡くなった後にほかの人ともやってみようと思ったのですが、うまくいきませんでした。私の映画の中で大事なのは雑音。とても念入りに雑音を使うことがよくあって、どこかのアーカイブでもらってくるのではなく、いつも作っています。雑音係がいて、撮影中に映像と一緒に音を録る。ふつうはドアを閉める音や発砲音、歩く音などの音響、それに加えて劇伴がありますが、私の映画の音楽はとても少ないほうだと思います。リシュカが亡くなって以来、既存の音楽しか使いません。前作『ルナシー』もそうですが、突然逆回しにしてみたり、既存の音楽をコラージュして自由自在に扱っています。

 

この作品では、ワルツが効果的に使われていましたね。

 

グラズノフの曲です。古本屋に出かけたエフジェンが自分なりの儀式を作っていくんですね。夢の中でイヴと踊った曲をかければ、おそらく同じ夢が見られるだろうと。バッグの持ち手を口にくわえることも大事ですが、儀式にはその曲が不可欠。そういう儀式について、エルヴェ・ド・サン・ドニ侯爵という人が書いた『夢および夢を支配する法』という本があるんです。アンドレ・ブルトンの『通底器』の中にも引用がありますが、「カキツバタの根っこをくわえる」という記述もその中にあって。面白いですよ。

 

ヤン・シュヴァンクマイエル『サヴァイヴィング ライフ ―夢は第二の人生―』 | REALTOKYO
(C) ATHANOR

ラストシーンが印象的でした。監督は、サヴァイヴするために何がいちばん必要だと思われますか。

 

マルチの処方箋というものはありませんからね。せめて自分の誠実さを保つことを試みること。ただ生きることはできても、やはりプライドを持って生きることが大事でしょうね。そして、もちろん夢を見ること。夜に見る夢もありますが、日中も夢を見ること。つまり、目標を持って生きることです。夢は欠かせません。フロイトいわく、夢は人間の隠された欲望を叶えてくれるもの。私たちが生き抜くために、夢は不可欠なものだと思います。

 

(※このインタビューは2011年8月23日に行われました。)

 

プロフィール

Jan Švankmajer/1934年、プラハ生まれ。16歳でプラハの工芸高等学校に入学。54年、プラハの芸術アカデミー演劇学部(DAMU)人形劇科に入学。リベレツの国立人形劇劇場で演出と舞台美術を担当後、映画監督エミル・ラドクと出会い、彼の短編映画『ヨハネス・ドクトル・ファウスト』に人形遣いとして参加。兵役後の60年、エヴァと結婚。プラハのセマフォル劇場で仮面劇のグループを組織し、上演活動を開始。64年に最初の映像作品『シュヴァルツェヴァルト氏とエトガル氏の最後のトリック』を発表。65年、『J.S.バッハ―G線上の幻想』がカンヌ国際映画祭で短編映画賞を受賞。73年に『オトラントの城』の準備を始めるが、当局側から映画製作禁止を命じられ、80年までバランドフ映画スタジオで特殊撮影と美術を担当して生計を立てる。83年、『対話の可能性』がベルリン国際映画祭で短編映画部門金熊賞と審査員賞を受賞。89年、ニューヨーク近代美術館で映画の回顧展。90年、ベルリン国際映画祭で『闇・光・闇』が審査員特別賞を受賞。川崎市民ミュージアムの『シュヴァンクマイエル映画祭'90』に伴い来日。91年、プロデューサーのヤロミール・カリスタと共に古い映画館を買い取り、映画スタジオ「アタノル」を創立。97年、サンフランシスコ国際映画祭でゴールデンゲート残像賞を受賞。2011年7月、挿画を描いたラフカディオ・ハーンの『怪談』(国書刊行会)、『サヴァイヴィング ライフ ―夢は第二の人生―』公式読本『ヤン・シュヴァンクマイエル創作術』(ACCESS)が発売される。長編作品に『アリス』(1987)、『ファウスト』(1994)、『悦楽共犯者』(1996)、『オテサーネク』(2000)、『ルナシー』(2005)がある。

インフォメーション

サヴァイヴィング ライフ ―夢は第二の人生―

8月27日(土)より渋谷シアター・イメージフォーラムほか全国順次ロードショー

公式サイト:http://survivinglife.jp/

 

ヤン・シュヴァンクマイエル傑作選

9月3日(土)~9月16日(金)、K’s cinemaで上映

 

ヤン&エヴァ シュヴァンクマイエル展 〜映画とその周辺〜

9月19日(月)まで、ラフォーレミュージアム原宿で開催中

 

ヤン・シュヴァンクマイエル、マックス・エルンスト、上原木呂展 魔術★錬金術

9月1日(木)〜30日(金)、アートコンプレックス・センターで開催

寄稿家プロフィール

まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。