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Interview

039:小栗謙一さん(『幸せの太鼓を響かせて〜INCLUSION〜』監督)
聞き手:福嶋真砂代
Date: June 02, 2011
小栗謙一さん | REALTOKYO

知的障がい者を追うドキュメンタリー映画は4作目になる小栗監督。インタビューをするのは『ビリーブ』に続いて2回目、ビリーブクルーたちとも変わらず仲良しのようだ。今回は、長崎にある福祉グループ「コロニー雲仙」で活動する和太鼓プロ集団「瑞宝太鼓」にカメラを向ける。障がい者が社会の中で「ふつうに暮らす」こと、地域の中に包み込まれて生活する(INCLUSION)という試み、また指導者として印象深い太皷表現師の時勝矢一路(じしょうやいちろ)さんや、リーダーの岩本友広さんのことなどを聞いた。

前回インタビューをしたビリーブクルー(『ビリーブ』出演者)も出演して、舞台挨拶でも活躍してましたが、ぐっと頼もしくなりましたね。

 

最近はゆとりというか、クルーたちも撮影の楽しさを感じ始めてるみたいで、「次の撮影はいつですか?」っていう言い方をされるんで、「次、考えてないんだけど…」って困っちゃって(笑)。ビリーブクルーとして学んだのは、チームワークでしょうね。それまでは、わがままを言えばまわりの人が通してくれてたけど、それが、チームワークで成り立っていくことを理解すると、そこで自分を抑えるということ、人を立てるということ、そういうことを勉強してきてるんじゃないかな。撮影機材を大切にするとか、物は壊れるものなんだとか、そういうことの勉強を、ビリーブクルーを通してできたんじゃないかと。お母さんたちがびっくりしてるのは、最近は仕切り屋になっているらしく、「ここはちゃんとこうしなさい」とか、「こういうことやると失敗するわよ」とか言い始めてるんですって。それはもうお母さんたちには驚きですよね。

 

「瑞宝太鼓」は長い試行錯誤の中で生まれた

 

今回は打って変わって大人の方々が主役ですね。

 

大人の…というよりも、彼らは「瑞宝太鼓」というところで、ビリーブクルーよりは何倍も厳しいチームワークのトレーニングを受けて、言わば「大人になりきってる」人たちですよね。

 

観ていてびっくりしたのは、健常者との違いがわからないどころか、さらにすごいことをしている人たちだということでした。訓練と努力で人間は変わるんだという、単純なことも改めてわからせてくれます。

 

訓練も厳しすぎると辛くなるし、辛いと逃げたくなるし、そこが楽しみになってくるぐらいのうまい指導法が、最初からあったとは思いませんけど、長い時間の中で、先生たちもいろんなことをやってきて、それで瑞宝太鼓ができたというのは、いい成功例だと思うんです。

 

小栗謙一『幸せの太鼓を響かせて〜INCLUSION〜』 | REALTOKYO
(C) 2011 able映画製作委員会

細川佳代子さん(製作総指揮:「ableの会」代表)が話されてましたが、日本にも「コロニー雲仙(グループ)」(社会福祉法人 南高愛隣会)というすばらしい「インクルージョン」(包みこむ社会)の例があったということですね。映画によって、目に見える結果だけじゃなくて、これまでの経緯や実際の練習や生活なども紹介されていることが貴重です。

 

ヨーロッパ先進国には、先進的な「インクルージョン社会」というのは実際あると思うんです。私たちもそれを視察に行こうと最初は思っていました。そこへ細川さんから「日本にあるのよ!」って連絡を受けて、一緒に長崎へ見に行ったんです。おそらくヨーロッパで見るものと、長崎にあるものとは違うと思うんです。長崎のは非常に日本的なシステムだと思います。ヨーロッパの合理的なきちんと作られたシステムをただはめ込んだのではなく、時間をかけて試行錯誤しながら日本的なものを作っていると思うんです。だからパッと見ると、地域社会に溶け込んでるというようには見えないかもしれない。それは、日本の現状の延長線上に作ってあるからなんです。すごくうまい移行の仕方をしてるなと思いますね。

 

「コロニー雲仙」の田島(良昭)理事長が試写会で挨拶をされてましたが、とても素敵な方のようでした。

 

確かに田島さんは素敵な方だけど、たぶんおっかない方だと思うんですよ(笑)。瑞宝のみんなに聞いてもわかるんですけど、「こわいオヤジ、好かん!」(笑)って。それは何かっていうと、当時は若かったということもあるけど、最初は本当に厳しい人だったようです。で、おそらくいくつも失敗をされているわけです。田島さんが「コロニー雲仙」の中の誰よりもいちばん淋しい思いをしているんだと思うんです。嫌われちゃったりね。でもその中で瑞宝というのは、田島さんが自分で育てた大きな成功例だという気がしますね。

 

青竹から太鼓へ

 

当初からプロ集団を育てようと思っていたのではなくて、リハビリのために訓練していたのがプロになっていくというのは、田島さんに何か意図としてあったのでしょうか。

 

最初から太鼓で、ということもまったくなくて。こういう福祉のシステムを作ろうとしたときに、リハビリのために何がいいかと、いろんなスタッフが考えるわけですよね。太鼓の前はボートだったそうです。諫早湾に浮かべて10人くらいで漕ぐという、ところが冬になると寒いから誰も来ない。ボートも高いし、保管も大変で、経費のわりには効果がない、みたいなことで結局やめちゃったらしいんです。そしたら次は太鼓だと誰かが言い出して。太鼓なんか買えるお金もないから、最初は青竹を並べて、それをみんなで打ってたそうです。そしたらそれにみんなが寄って来て叩くのを見て、これはいいかもということで続いて、瑞宝太鼓にまで成長するわけなんですね。

 

青竹から瑞宝に!

 

映画に出てる6人だけじゃなくて、いま「コロニー雲仙」には太皷を叩いている人が160人いるんですね。ただトントン叩くという人から、「明日は俺がスターだ」と思ってるような、レギュラーのちょっと手前にいる人までいるわけです。何も叩かずに体育館で座ってるメンバーがふたり映画に映ってましたが、研修生ですね。じき、レギュラーになることでしょう。朝は拭き掃除をしたり太鼓の整備をしたりしています。体育会系みたいに挨拶はしっかりしてるし、トイレ掃除をしたり、練習のときは床を叩いたりしてますね。

 

小栗謙一『幸せの太鼓を響かせて〜INCLUSION〜』 | REALTOKYO
(C) 2011 able映画製作委員会

太鼓の特殊性というか、その音色や響きによる効果も大きいのではと思います。

 

たぶん成長すれば無限にどこまでもうまくなっていくんだと思うんです。でも基本的には誰でもできるのが太鼓です。たとえ筋肉が動かなくても、バチをポンと落とすだけで音が出るわけですから、その喜びや響きを味わう楽しさから始まり、うまくなれば無限にうまくなれるものですね。それだけ奥深い楽器でもある。時勝矢さんの家に伺ったとき、うなりのようなものが聴こえてきたんです。そっと見に行ったら、ひとりで黙々と練習されてて、うなりと思ってたのは太鼓を叩く音が響きとなって波立って聴こえていたんです。びっくりですよ。もう、瑞宝の音とは全然違います(笑)。これが本当の太鼓かと、ほんとすごいですよ、時勝矢さんの太鼓は。

 

一度、時勝矢さんの演奏を聴きたいですね。

 

僕も聴きたかったけど、撮影中に頼んでも、そこはプロなんで簡単には聴かせてくれないですよね(笑)。

 

後世に残る名曲を作ってください!

 

監督と時勝矢さんとの出逢いは?

 

熊本でスペシャルオリンピックスのチャリティコンサートがあって、その時の指揮者・小林研一郎さん作曲の「パッサカリア」という曲で和太鼓を時勝矢さんが叩いていたんです。2次会でお会いして名刺交換して。それから1年経ってこの映画の話があってすぐに「あ、時勝矢さんだ」と思って、1年半ぶりに電話をして、「お会いしたい」とお宅まで出かけていったんですが、映画にもあるように山里ですから、ホテルなんてなくて「泊めて下さい」とお願いして、太鼓の練習場で泊めてもらいました。すばらしい環境のところです。太鼓がいつでも叩けるように、近所に家がないんですよね。

 

淋しくないんでしょうか。

 

彼自身は淋しくないでしょうが、娘さんはそこから学校に通ってますからね。お父さんは毎朝、学校へ車で送る時間を1時間取っていますよ。

 

そんなドライバーさんもやってる太鼓の先生ですが、本当に素晴らしい方に巡り会えたんですね。映画のお話をしたときはどういう反応だったんですか?

 

彼が「鬼太鼓座」で活動していたときに雲仙で合宿をしていて、そのころリーダーだったそうです。で、その合宿中にテレビで瑞宝太鼓のことを観たことがあると。「あの子たちはうまいですよね。でも僕は何をすればいいですか?」って言われて「新曲を書いて下さい」とお願いしました。それで「その新曲のための練習にも出向いて下さい」と言ったら、そこはやはり障がいのある相手にどう教えればいいのか、どんな曲がいいのか、悩まれていました。だから「障がい者ということじゃなくて、ご自分の後世に残る名曲を作って下さい」という勝手なことを言うと、ますます悩まれてしまって。「そんな後世に残る名曲を作って、それを教えるなんて簡単に言われても…」とはひと言もおっしゃいませんでしたが、表情を僕が翻訳すると、そんな感じでした(笑)。

 

口唱歌というのは、普通の教え方なんでしょうか?

 

時勝矢さんいわく、こういう無形文化というものは書類で残すものでなく、三味線や笛や踊りもそうですが、口伝えて残してきた文化ですから、一応楽譜はあるんですが、あまり楽譜には頼らないで教えるものだと。音楽大学の学生は楽譜で教えると、譜面に捕われてしまうから苦労するのだそうです。だけど瑞宝の子たちは、「トトトン」と叩くと「トトトン」とついてくる。そうやって教わっていくと、あの短い期間で憶えてしまう。それに時勝矢さんはびっくりしてました。「なぜ憶えるんだろう!」って。

 

口唱歌の「ヨカッタネ、ヨカッタネ」がすごくよかったですね。楽しい教え方だし、みんなカンがいいですね。

 

好きだから、でしょうね。午前中3時間びっちり、午後は4、5時間叩き詰めです。「休憩~」って言っても、自分たちで叩いてるから「休憩にならんじゃないか」って時勝矢さんは言ってました。彼らは生活のすべてが太鼓なんですね。家では疲れて寝てしまうし、朝はマラソンとかやって練習に出てくるという生活ですから。

 

まさにプロのミュージシャンの生活。練習のほかは慰問やツアーで公演をしてますね。試写会での生演奏を聴いたときに、太鼓から伝わるものがなんだかほかの太鼓とは違う、なにか特別なものを感じました。

 

去年の太鼓コンクールでは彼らは2位になったけど、ほかのチームはもしかしたら正確さからいうと、彼らよりうまかったかもしれないと僕は思うんです。練習もコンピュータを使ってやってるだろうから、 どこのチームもキレがよくて見事ですよ。でもその中で彼らが2位をとったのは何かというと、やっぱり生きている太鼓なのだと思います。審査員のひとりが言ってましたが、「瑞宝太鼓の太鼓は人間が叩いてるように思えた」って、それはわかりますね。

 

リーダーの岩本(友広)さんがチームを引っ張っていますが、彼の姿を見てると心の美しさに、なんとも拝みたくなってしまうほどです。

 

本当ですよね。あるとき彼が、「今度お母さんに会えるんだ」ってさらりと言って、うれしそうにしてるんです。最初は僕らも事情を知らなかったんですが、だいぶ親しくなったころに「お母さんは三重にいて、昼は建設現場で働いて、夜は居酒屋をやってる」って話してくれて。そういうお母さんの話をすごくうれしそうにしてくれるので「よく会うの?」って聞くと「ぜんぜん会ってない」って。「会いたい」って言うから「行こうか」って簡単に言ったものの、向こうと連絡も取ってないから、それからが大変だったんですけどね(笑)。

 

小栗謙一『幸せの太鼓を響かせて〜INCLUSION〜』 | REALTOKYO
(C) 2011 able映画製作委員会

監督が調整役を…。事情が事情だけに、お母さんの心の葛藤が複雑な表情として映ってて、でも見送るお母さんを見て、本当によかったと思いました。

 

映画を撮ってるときは、船で別れた後のお母さんの様子を岩本くんは知らないわけですよね。後でできた映画を見て初めて、お母さんがあの後どうしてたかがわかった。よかったですよね。最初、僕たちも岩本くんと一緒にフェリーに乗って行っちゃおうと思ったんです。船から、岸にいるお母さんを撮ろうかと思ったんだけど、岸に残ることにしたんです。そしたら突然お母さんが走り出したから、こっちも走ったんです。とっさのことで足がもつれて、だからあの尺だけ、まともにカメラが追えてた尺なんです。10秒くらいありましたから、よく撮れたと自分で自分を誉めました(笑)。

 

いろんな場面が奇跡ですけど、あれは本当に大きい。もちろん奥さんの朋子さん、息子の裕樹くんという奇跡があるわけですが。

 

あの3人の素敵な空間っていうのを作ってる、すごくたくさんの周囲の人がいることも忘れちゃいけないんですね。それがなければ難しい。「コロニー雲仙」の田島さんという人がいて、でも田島さんが直接支えてるわけじゃなく、スタッフや世話人さん、ご近所の方々。そう、ご近所の方! 僕らが撮影してるとき、「また来てるよ」って思われたと思うんですけど、何も文句も言わずに挨拶してくれて、柿をいただいたり。というのは、岩本さんという存在を近所の方たちも認めてるわけですよね。彼を撮影しに来てるというのはいいことだ、と思って下さってるから、僕らにもよく接して下さるんですね。

 

小栗謙一『幸せの太鼓を響かせて〜INCLUSION〜』 | REALTOKYO
(C) 2011 able映画製作委員会

育児や生活全般を支えているサポートの人たちの動きも撮られてました。

 

普通はなんて呼ぶんでしょう? あそこでは「世話人さん」と呼んでましたが、それが日本的でいいなと思いました。「ケアスタッフ」とか呼ぶとまた何か上下関係ができてしまったり、監視するとか、チェックマンみたいで、そうなると嫌な存在になってしまいますけど、「おばちゃん」とか呼んで、「また来たよ、ごはん食べた? 火は消した?」という感じで声かけて、「電気消して寝なねー」と言って帰る「隣のおばちゃん」みたいな関係の「世話人さん」を作ってる。世話人さんもちゃんとプロとしてやってますけど、そういうシステムは日本的でとてもいいなと思います。これもものすごく年月がかかった結果、うまく行ってるわけですね。

 

最後に、萩原さんのナレーションもとても優しく素敵です。

 

そうですね。いつの間にか萩原さんじゃなくて岩本さんになっていく感じですけど、「僕は」という一人称で語るのは、役者さんとして少し抵抗があったかもしれないけれど、それを自然にこなしてくださった。素晴らしくよかったと思いますね。

 

(※このインタビューは2011年5月28日に行われました。)

 

プロフィール

おぐり・けんいち/1969年より映画監督・中平康氏に師事し、81年、映像集団である株式会社ディレクターズシステムを設立。映画、TV番組、CMなどの監督・プロデューサーとして活動する。著書に『ドキュメンタリーを作るということ』(TBSブリタニカ)。主な映画監督作品は、『阿吽抄』(91/山形国際ドキュメンタリー映画祭正式出品、地球環境映画祭正式出品)、『エイブル』(2002/毎日映画コンクール記録文化映画賞、アリゾナ国際ドキュメンタリー映画祭正式出品、アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭正式出品、アメリカ Doctober Film Festival ベスト14ノミネート)、『ホストタウン』(04)、『ビリーブ』(05)、『TOKYO JOE』(08)。

インフォメーション

幸せの太鼓を響かせて〜INCLUSION〜

角川シネマ新宿、梅田ガーデンシネマにて公開中。全国順次ロードショー

配給:ableの会/ムヴィオラ

公式サイト:http://inclusion-movie.com/

小栗謙一『ビリーブ』インタビュー(聞き手:福嶋真砂代)

1. http://www.1101.com/OL/2006-01-20.html

2. http://www.1101.com/OL/2006-01-25.html

3. http://www.1101.com/OL/2006-01-27.html

寄稿家プロフィール

ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラム執筆。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』など。