

重度身体障害者が殺人鬼に化すという、物議を醸した『おそいひと』がプレミア上映されたのは2004年の東京フィルメックスだった。そして昨年、柴田剛監督が新作『堀川中立売』で再びフィルメックスの舞台に登場。世界の珍品を見慣れているはずの観客たちをのけぞらせた。そんな摩訶不思議で奇々怪々な作品がいよいよ劇場公開に。京都を縦横無尽に暴走し、大噴火するエネルギーはどこから来るのか? カオスが詰まった監督の頭の中を覗かせてもらった。
フィルメックスの観客たちへのリベンジ
1年前のワールドプレミア上映は衝撃でした。作品を選んだフィルメックスはやっぱりすごいと思ったし。完成したばかりだったんですよね。
お客さんの反応があって、映画を介してコミュニケーションすることで、やっと自分の中から言葉も生まれてきますが、こんな内容だけに頭が持ってかれてる状態で。監督なのに恥ずかしいですけど、あのときはカオスでした。2度とない機会だし、得るものが多いのでフィルメックスで観てもらいたいと思って。『おそいひと』のときは完成版でしたが、本作は、危険を伴って言うと未完成版。もともとモチーフも何もないんです。まったく知らない環境で生活するときのワクワクする数日間に、飛び込んでくるものすべてを優先順位なしに先着順で入れる。キャラクターやテーマを作って、それを反映させるように音楽や役者を配して、モチベーションを共有してリズム感を作って。で、フィルメックスで何をするか。お客さんのいろんな意見が欲しかったんです。『おそいひと』のとき、あんな大舞台に立つと思わなくて。内心びっくりして、映画がどう観られるかということより、「うわー、これでオレ、メジャーになる!」って(笑)。上映後のQ&Aで物議を醸し、不用意なところをいろいろ突かれて。ある意味で今回はその仕返しに行ったというか。僕はほんと、小さいヤツですね(笑)。
フィルメックスにもいらしてましたが、『おそいひと』主演の住田さんが、本作では年老いた保護司を白髪頭で演じてましたね。
住田さんが「年を取ってないといけない役だから、髪を白く染めるスプレーはありますか?」って言って、シュシューッと。俳優、住田雅清ですよ。彼との出会いは発見でした。演劇をやっている先輩が彼のヘルパーをやっていて、1回会ってくれって電話がかかってきたんです。長崎の原爆音を扱った作品『NN-891102』を、こういうのを撮るヤツだからって言いつつ、実際には先輩は作品を観てなかった。世の中はなんて適当で理不尽なんだって思うか、反対に、よし、そうかって思うか。両方が僕には共存していて、結果として導かれているんです。障害者の住田さんだって、思いっきり世間の理不尽にまみれているんですよ。不条理な世の中で生きる玄人みたいな。だからあんな雰囲気が出るんだろうな。
原爆や障害者を扱う社会派監督だと思われていたりして? 本作では、ニートもホームレスもいろいろな人たちが同じフレームで共存していますが。
社会派、じゃないですねぇ。社会の重圧に倒れそうになってる派、です(笑)。

ニューヨークで思わず「BOREDOMS!」と叫んだ
そもそも本作の企画は、シマフィルムの「京都連続」として始まったんですよね? 京都を舞台に、タイトルには京都の地名を入れるという。
『おそいひと』の東京での上映がひとまず成功し、これを追い風に撮影のホームグラウンドでもある西日本での上映活動を、京都を拠点にやっていこうと。そして、映画を作ることも視野に入れようと、宣伝の田中誠一、脚本の松永後彦と一緒にプロデューサーの志摩さんが住んでる舞鶴まで押し掛けたんです。働きかけないと待っていても進んでいかないし。よし、じゃあ、映画を作ろうかいなと。そのときに志摩さんが、京都で撮ろうって言ってましたね。「天使突抜通り(てんしつきぬけどおり)」っていう通りがあるんやとか。京都御所のキノコをひたすら観察してブログにアップしているヤツがいるという話をしたら、じゃあ、そのキノコを食べている太古からの原人がいるという話はどうやって。『御所原人』っていうタイトルまで勝手に付けられて(笑)、それがことの始まり。
京都での撮影はいかがでしたか。
ブリーフとバスローブで通りを疾走するシーンはゲリラ撮影。街の人に「おい、撮るなら先に言っとかな」って言われたりもしましたが、さすが京都は映画の都だから、止めさせようとはしない。ウワサが出回って「うちの近所にはいつ来るん?」なんて言われたことも。若いスタッフたちがどの現場よりもいちばんキツかったと。辛いんだけど、おもしろくて、ガマン比べになってきて。無事に事故もなく撮り終えました。京都公開も楽しみです。来年の春くらいになると思いますが、たくさん来ちゃったらどうしよう。幅広い人に見せたいけど、万人に温かく迎えられる映画でもないし……。
ニューヨーク・アジア映画祭ではどんな反応がありましたか。
シネフィルもいたし、おたくのおっさんやヨガの先生みたいなおばあちゃん、スケーターがシャーッとやって来たり、いろんな人がいました。司会者に「What a fuck! っていう映画です、ではどうぞ」って紹介されて(笑)。知ってるTOKYOでもない、JAPANでもない、何これ!? って思ったでしょう。僕は何て言っていいかわからず、思わず「BOREDOMS!」って叫んだんです。2007年7月7日にマンハッタン島でボアダムスが『77 BOADRUM』っていうイベントをやって、NYのメディアがこぞって取材に来て事件として報道したから、音楽ファンだけじゃなくて多くの人が、日本人が何かヘンなことやってるって知ってたんです。我ながら、うまいこと言ったなと(笑)。

音楽と映画の狭間で
大阪芸大に進学したのは、ボアダムスが好きだったからというのは……。
本当です。アルケミーレコードのJOJO広重さんとか、『プレイガイドジャーナル』のガンジー石原さんとか、関西サブカルチャー界の人たちが書いている『G-scope』という同人誌がボアダムス周辺を扱っていて。それが東京のレコ屋にも置いてあり、ずっと購読してたんです。見ている景色がぜんぜん違うんですね。東京はものすごい情報量が多くて、高校ではノイズバンドをやってましたが、軽いノイローゼだったと思います。当時はいわゆる「テーパー」で、カセットテープに多重録音して、怖いからライブは一切なし(笑)。ディスクユニオンにテープを置きに行ったら、ライブ経験がないとダメと言われ。パリペキンっていうモンドミュージックを扱う店に行ったら、レジにいた暴力温泉芸者の中原昌也さんが、テープを置ける店を紹介しますよって親切にしてくれて、六本木WAVEや関西のレコ屋に置いてもらって。バンドをやりながら8㎜を撮ってたんですが、高校時代って頭でっかちでしたよね。周りは「ちゃんとしたサラリーマンになってくれ、ちゃんとちゃんと」って。これは毒されるなと、そこからの脱出という気持ちもありました。中1から高3までの6年間、片道1時間45分の満員電車に揺られて東京の学校に通って、僕は中2くらいでドロップアウト。満員電車を社会人になっても続けるほうがおかしいと、途中の二子玉川でいつもキャンプしてましたが、そのときにあらゆるものに対して見る角度が培われたというか。表現は外側へのプロテクトというのがあって、内容はなんでもよくて箱庭療法みたいなもん(笑)。体裁を整えて世の中と折り合っていく自分と、ここが本性ではなかろうかという自分との間で揺れて、ピントが合ってなかった時代ですね。
1浪して大阪芸大に受かって、大学デビューです。映像学科映画コースで、学生時代は目の前で起こることがすべて楽しかった。まずは山下敦弘に会って。彼は授業をまじめに受けてるんだけど、しゃべるとギャグレベルが高いんです。わかりやすく目立つばかりが能じゃない。ヤバいものをみんな個々に持っているんですよね。あからさまなバカもいて、その代表が僕だったってことになってるらしいんだけど(笑)。熊切和嘉さんは先輩で、山下が「同じ寮におもしろい先輩がいるよ」って紹介してくれて。『鬼畜大宴会』の脚本を渡されて、ふざけたタイトルだなぁって思いつつ家に帰って読んだらすごかった。粘土人形に血のりとか付けて、実写でもやりたいんだよなとかって。僕はバンドやってたから、たまに酒飲みに撮影現場に行って邪魔して。『堀川中立売』にも楽曲を提供してくれている、「あら恋」こと「あらかじめ決められた恋人たちへ」の池永正二とバンドをやっていたのですが、そのバンドを止めて映画に入ったんです。池永もそうですが、『堀川中立売』主演の石井モタコも映像学科。彼は入学してすぐ、入るとこ間違えた、なんでみんなカメラ持ってるんだろって思ったらしいけど、ジャッキー・チェンになれると思っていたみたい(笑)。10年くらい前、彼の「オシリペンペンズ」っていうバンド名とステージアクトのウワサを聞いて、実際に会ってみたいと思いました。この人だと思ったら、僕は忘れないんです。2、3年前、彼が働いているバーに会いに行って、映画に出てくれませんかって。言うのは恥ずかしかったけど、酔った勢いで思わず言ってしまった。気が弱いから、勢いがないと言えないんです(笑)。確信を持っておくと、そのときが来たら全部つながるんですね。いままでもそうやって作ってきたから。まんべんなく準備が始まり、いいムードを築けつつあるなと思ったら、次はスタッフのモチベーションを高めて、機が熟したら持ち前の放電精神でぐわーっと広げていくんです。

ボアダムスの音楽を取り入れた作品の可能性は?
それが、山下敦弘が『松ヶ根乱射事件』で使っちゃったから。映画に音を入れる前に、山下が僕の家で飲んでて、ボアダムスとパスカルズを聴いてたんです。絶対その影響だと思う。「ボアダムスの『Pop Tatari』のCDない? 『モレシコ』使いたくてさ」って、電話がかかってきて。「それ、うちで聴いてたやつじゃないか!」って(笑)。
今回のサウンドトラックもとてもおもしろかったです。
『SOUND OF 堀川中立売☆DOMAN SEMAN』として、ミックスCDを作りました。DJを2人呼んで、マスタリングはサイケアウツGが担当。劇中のセリフをちりばめたりして、ぐしゃっと、これまたカオスでした。溶けそうにループするんですよ。イージーリスニングにいいかもしれません(笑)。ぜひ聴いてみて下さい。

プロフィール
しばた・ごう/1975年、横浜生まれ。中学時代から8mm映画を撮り始める。大阪芸術大学映像学科に入学し、在学中に熊切和嘉監督作品『鬼畜大宴会』(97)、山下敦弘監督作品『腐る女』(97)の製作に協力。また、高岡茂監督作品『ベイビー・クリシュナ』(98)の助監督を務める。モントリオールで開催された『ファンタジア2000』で上映された短編映画『ALL YOU CAN EAT』を経て、99年に16mmによる長編映画『NN-891102』を監督。同作品は2000年のロッテルダム国際映画祭やスペインのSONAR 2000でも上映された。『おそいひと』(04)は第5回東京フィルメックス・コンペティション部門ほか15ヶ国以上で上映され、2005年のハワイ国際映画祭でDream Digital Awardを受賞。続く『青空ポンチ』(08)はゆうばり国際ファンタスティック映画祭2008・フォーラムシアター部門に出品。長編第4作目の本作は、2009年の第10回東京フィルメックス・コンペティション部門でワールドプレミア上映され、2010年の夏にはニューヨーク・アジア映画祭でも上映された。
インフォメーション
『堀川中立売』
11月20日(土)から、ポレポレ東中野でロードショー、吉祥寺バウスシアターで期間限定爆音レイトショーほか全国で上映
公式サイト:http://www.horikawanakatachiuri.jp/
MIX CD『SOUND OF 堀川中立売☆DOMAN SEMAN』
シマフィルム音楽/¥2,000/2010年11月20日発売/SFON001
寄稿家プロフィール
まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。