

インディペンデントを選んだことで、またファンタジーの要素を取り入れたことで、なにを伝えようとしたのか。苦しさを乗り越えた後のカタルシスとは? そして、本作を経て見えてきた映画の未来は? さらに突っ込んで掘り下げるインタビュー後編。
<前編からの続き>
トモキと過ごした1年半
長谷川さんは、1年半もトモキのことを考えながら生活してたんですよね。
長谷川:そうですね。撮り始めのころは、ちょっとドキドキしました。トモキに起こったことが現実なんじゃないか、もしかして自分の奥さんが殺されてたらどうしようと思って、あわてて家に電話して確認してみたり。後半はそんなこともなくなって、うまく切り替えができたように思いますが。
瀬々:サト役の寉岡萌希さんが、「前に共演したときはフランクに話しかけてくれたのに、待ち時間にまったく話しかけてくれない。今回の長谷川さんは違った。控え室からトモキ状態だった」って言ってましたよ。
長谷川:現場では、そうですね。妻子を殺したミツオ役の忍成くんの顔が見られなかったということに象徴されるように、移動の車中で忍成くんと隣り合わせても、その場の感覚がちょっと気持ち悪くて、複雑な感情がありましたね。
撮影は1年半ですが、監督にとっては企画から入れると何年ですか。
瀬々:2006年からやってるから、公開まで入れると5年くらいですか。40代の半分はともに過ごしたような感じです。実は、後半の重要な撮影が雨にたたられてたいへんだったんです。岩手では最後の大事なシーンが雨で撮影できなくて、でも、翌日は東京でどうしても日程変更できない撮影が控えてたから、そのシーンを残したまま岩手から一度戻って撮影して。その挙句、こっちでも雨にたたられ撮影が終わって、そのままロケバスで岩手に移動。長谷川さんはかわいそうに新幹線にも乗れずにやっと早朝に着いて。
長谷川:でも、まだ雨で撮れなくてね。その後ゆっくり新幹線で来た忍成くんが、あれ? って。「えー! オレ撮影終わってそのまま夜通しかけて車で来たんだけど」って感じで。
そして、ますますミツオへの憎しみが……。
瀬々:そうそう、ますます憎しみがね。それは仕組んだわけじゃなかったですけど(笑)。

ただ思うだけで映像に映る
恭子役の山崎ハコさんはどういう経緯で?
瀬々:高校生のとき初めて作った映画に、ハコさんの「飛・び・ま・す」を勝手に付けたんですよ。当時から好きだったんです。好きって人前ではあまり言えなかったですけど。山崎ハコが好きな男子高校生なんて、嫌いでしょ(笑)。今回お願いしようと思って、ハコさんが時々ライブをやってた阿佐ヶ谷にある「あるぽらん」っていう飲み屋のマスターに連絡先を聞いて、青山のカフェで会ったんです。そこで出演交渉して、すごい緊張しましたね。憧れの人ですから。ハコさんは舞台経験はあって、撮影に入ったころは、表現をどうしても表に出そうとされるんで、「いや、もうハコさん、いるだけでいいです。思ってくれれば映像に映りますから」って言ったんです。やっぱりアーティストだから、勘がいいというか、映画って違うんだなとハコさんは思われたのでしょう。それからは完璧にただいるだけの存在として、演じられた。ハコさんがいると背景が見えてくるじゃないですか。背負っている風景というか人生というか。それがやっぱりいわゆる役者さんとは違う感じがしますね。
佐藤浩市さんが演じた波田はちょっと変わった人物でした。
瀬々:波田や村上淳さんが演じたカイジマは、ヘンな人ですよね。ちょっと違う要素や視点を入れたかったんです。そんな人いないだろうって思われるかもしれないけど、そういうこともあり得るというか、そういう世界と僕たちが知ってる日常が近いような感じに見せられないかなと。トモキが奥さんと生活しているところとか出会いとか、日常の輝かしさをちゃんと描かないと、「こういう悲惨な出来事がありました」だけでは絶対ダメだと思ったんです。まずはちゃんと僕たちの日常を、生きていて一瞬いいなと思う日常を描くべきだと。そして、違うものを入れることで日常がより輝くように見せられたらと思って。
人形劇や鳥のアニメーションという、ファンタジーの要素もありましたね。
瀬々:宮沢賢治が好きなんです。賢治は妹の死にショックを受けて樺太で真理みたいなものを感じて帰ってくるんですけど。僕らには絶えず死の恐怖というものがあるけれど、リアリティのみで考察してもなかなか答は出てこない。でも、遠いものや触れ得ないものに触れたときに、初めて死というものや、どうして生きてるんだということを解決できる手がかりがあるんだと。だからこそ、生きている瞬間が輝かしいんだと。僕らの生活から遠いものや触れ得ないものの視点を入れることで、逆に地べたの世界がよりよく見えてくるんじゃないかと。幻想とリアルが混濁していると言われて賛否両論ですが、そういうことで何か発見できないかと思ったんです。

観ていて苦しくなる映画ですよね。それでも観てほしいけれど。
瀬々:苦しいけれど、でも生きるんだというメッセージ。こんな世界だけど生きていくという決意です。無縁社会と言われていますが、血縁はないかもしれないけれど、命の繋がりは連綿とある。そういう大きな命の繋がりに、希望があるんじゃないかという気がするんですよ。そのへんを感じてもらえればいいなと思います。もうひとつは渦中にいるのだということを重視しようと。役者さんにはその役に没頭してもらって、そのエモーション、心情をまずすくおうとして撮りました。犯罪者が別の枠にいますということでなく、同じフィールドにいるんだと。苦しいとは思うけど、日常にちょっと広がりがあるというふうに見えないかなと。極点だけでしか見えなかったものが、この作品を観ると広がって見える。いろんな角度で観る経験の共同体として、映画館で過ごしてほしいなという気持ちです。
長谷川:僕は大きな目ではまったく観れなくて。今振り返っても、おもしろいのかどうかもわからない。自分の役のことしか、トモキの人生しか考えられなかった。いまだに真っすぐ忍成くんのことが見れないし、宣伝に向いてないですね。一所懸命がんばったので観て下さいとしか言えません。
瀬々:僕だって無理して、それっぽく言ってますよ(笑)。
だけど、間違いなく長谷川さんの代表作になりますね。
長谷川:そう言っていただけるとうれしいです。これだけ長い時間をひとつのものにっていうのはなかったし。いつもはいろいろ想像するんですよね。ここでオレが声を大きくしたことにより、こんな結果が生まれる。このシーンがこうなって作品全体がこうなるとか。ちょっとした役も多いし、1シーンしかないけど爪跡を残さなくちゃとか。だけど今回は、余計な感情を入れることでウソが出るのがイヤだった。結果的によければ、監督や観ている人にとってはウソでもいいんだろうけど。僕としてはそれで1年間は過ごせなかった。そうやってトモキに取り組んだ結果、映画がおもしろいのかとか、まったくわからなくて。代表作って言われるくらい、たくさんの人に見てもらいたいですね。そのためにどうしたらいいかって、今から3時間くらい話し合いたいです(笑)。

落とし前はこれからだ
「映画に落とし前を付けたかった」そうですが、この後はどういう方向へ?
瀬々:落とし前はまだ付いてないんですよ(笑)。若松孝二さんは色紙にいつも「心」と書いていますが、僕はこれから「映画にはまだ未来がある」って書こうと思って(笑)。応援し支えてくれる人々に出会ったことで、それを実感しました。
若い監督たちにもメッセージが伝わったのでは?
瀬々:逆に僕自身も若い監督たちに触発されていることもあると思うんです。映画界は二極化と言われていますが、自主映画的な方法で硬直化した世界に風穴を開けようとしている人たちが出てきていますよね。そういう大きなうねりの中のひとつとして、『ヘヴンズ ストーリー』も存在できたらいいなと。入江悠くんとか松江哲明くんとか富田克也くんとか、ほかの若い監督もやろうとしていると思うんですけど、大きなうねりが生み出されたらいいですね。落とし前というよりは、これから始まればいいなと思っています。

瀬々敬久プロフィール
ぜぜ・たかひさ/1960年生まれ。京都大学文学部哲学科在学中に『ギャングよ 向こうは晴れているか』を自主製作し、注目を浴びる。86年より獅子プロに所属。89年、汎アジア的エネルギーにあふれ、ジャパゆきも題材に取り込んだ『課外授業 暴行』で商業映画監督デビュー。以降も、原発ジプシー、湾岸戦争など時代に結びついた題材に果敢に取り組み、「ピンク映画四天王」として日本映画界に一大ムーブメントを巻き起こす。一般映画を手掛けてからは、さらにメジャー作品を含む劇映画、ドキュメンタリー、テレビ、ビデオ作品まで、ジャンルを越境した活動を展開。思想的・社会的視点を取り入れた刺激的な作品を次々と発表し、国内外で高く評価されている。近年の映画作品に『HYSTERIC』(2000)、『RUSH!』(2001)、『トーキョー×エロチカ』(2001)、『ドッグスター』(2002)、『MOON CHILD』(2003)、『ユダ』(2004)、『サンクチュアリ』(2006)、『刺青 堕ちた女郎蜘蛛』(2007)、『泪壺』(2008)、『フライング☆ラビッツ』(2008)、『感染列島』(2009)、『ドキュメンタリー頭脳警察』(2009)など。
長谷川朝晴プロフィール
はせがわ・ともはる/千葉県出身。1993年、明治大学在学中にジョビジョバを結成。2002年に活動を休止するまでジョビジョバとしてのライブ活動を始め、テレビ、ラジオ、イベントなどで活躍。個人としても、90年代から数々のテレビドラマ、舞台、映画で実力を発揮している。主な映画出演作は、『アドレナリンドライブ』(矢口史靖監督、1998)、『スペーストラベラーズ』(本広克行監督、2000)、『DRIVE』(SABU監督、2001)、『気球クラブ、その後』(園子温監督、2006)、『探偵物語』(三池崇史監督、2007)、『ハッピーフライト』(矢口史靖監督、2008)、『かずら』(塚本連平監督、2010)、『ハッピーエンド』(山田篤宏監督、2010)など。
インフォメーション
10月2日(土)からユーロスペース、10月9日(土)から銀座シネパトスほか全国順次ロードショー
配給:ムヴィオラ
寄稿家プロフィール
ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラムを執筆(1998-2008)。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所のウェブサイトに、IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』を連載中。
寄稿家プロフィール
まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。