

これがダメなら映画をやめようと、自腹の200万円を投じて監督生命を賭けた前作『SR サイタマノラッパー』(『SR1』)が大きなうねりに。第2弾となる本作『SR2』では、埼玉から群馬へという日本国内でもマイナーな局地を舞台に、どの国のどの地方にも通じる普遍的な青春の懊悩を活写。この6月にはニューヨーク・アジア映画祭で『SR1』『SR2』のダブル上映も決定した。ローカルでグローバルな『SR』はどこまで行ってしまうのだろうか。
『SR』と駆け抜けた1年
昨春に『SR』ロケ地でもある深谷の旧七ツ梅酒造跡でお会いしたときは、まさかこんな展開になるなんて想像していませんでした。『SR1』が国内外の映画祭で賞を受賞し、4月には日本映画監督協会新人賞も。この6月には小説家デビュー、そして『SR2』が劇場公開という、怒涛の1年でしたね。
いやー、大変でしたよ。シナリオを書きながら舞台挨拶に行ったりして。『SR1』が2009年のゆうばりでグランプリを受賞して、副賞の助成金のおかげで『SR2』に繋がったわけですが、『SR1』のスタッフとキャストに一体感があり、クチコミでぐわっと劇場公開が広がっていったので、機運みたいなものがあったというか。『SR2』もスタッフはほとんど同じ、予算は2、3倍くらいと製作規模もあまり変わっていないんです。上映される新宿バルト9史上、『SR』は最低予算の作品じゃないかな。文章を書くのは好きなんで、実は『SR1』を作る前に、心理描写なんかも書いてみようかと、小説としてちょっと書き始めてたんです。出版社から去年の前半に声が掛かって、年内に出すつもりで海外の映画祭でも書いてたんだけど、なかなか仕上がらなくて。どこにいても常に小説のことが頭にあったし、まさに『SR』と併走した1年でした。

『SR1』主演のIKKUとTOMが、現在上演中の渋谷・コクーン歌舞伎『佐倉義民傳』でラップを歌いながら中村勘三郎さんたちと同じステージを踏んでるそうで。大出世ですね。
歌舞伎ってねぇ……、“時をかけるラッパー”ですよ。いとうせいこうさん経由でお声が掛かったんですけど、すごくうれしいです。僕も2人の晴れ舞台を観に行かなくては。本業はラッパーじゃないのに、去年1年間ずっと舞台挨拶でやってきたので、ラップが上達してるんですよ。彼らはきっと『SR1』『SR2』を合わせたギャラより多くもらってるはずなので、そのギャラで次の作品を作りたいくらい(笑)。
今回はIKKUとTOMに挑む群馬の女子ラッパーたちがとてもチャーミング。最初はちょっと地味? とも思えたのに、どんどんかわいく見えてきて。「B-hack」のメンバー5人それぞれ個性的ですね。
ほんと地味なんですよねぇ(笑)。女子ラッパーはどういう造形ができるかなと、オーディションじゃないんだけど、ラップの練習会をやったんですよ。そこに山田真歩さんも来てくれて、歌い方含めてオリジナルで独特なものがあり、これはいいなと。安藤サクラさんとは、『SR1』で韓国のプチョン国際ファンタスティック映画祭に行った時に会って。話がわりと合う……、いや、話は別に合わないんだけど(笑)、若いのに堂々としていて、年のわりに老けてておもしろいんですよ。ずっと合宿で撮影していたので、5人で仲良くなったみたい。めんどくさいんで、僕はほったらかしにしてましたけど。
「いっぱい現場を経験してきた安藤さんが、ラストの1シーン、1カットがこれまででいちばん緊張したそう」と、クドー役の加藤真弓さんが明かしてましたね。「それだけいい現場だったんだなって。初対面だったけど、『B-hack』ってすごくいいチームだったなって」と加藤さんも言ってましたが、マスコミ試写にもみんな何度も来ていたみたいだし。作品への愛情を感じます。
ヒマなんですかね(笑)。いや、ほんとにキャストやスタッフが応援してくれるのはありがたいです。

深谷から東京へ、そして深谷へ
横浜生まれだそうですが、深谷には何歳から?
3歳かな。高2のときに、映画を作りたいな、どうやって作るんだろうなって図書館で調べたりして、熊谷や大宮の映画館によく通ってました。サラリーマンが自分には向いてない、自由な仕事に就きたいなと。いちばん映画作りに近い場所だと思って日芸映画学科に入って、以来ずっと映画を撮っています。もう10年以上になるんですよね。日本映画監督協会新人賞をいただいたときも、まだ新人なのかーって。あ、冗談ですよ(笑)。ちょうど節目にやっと結果が出せて、深谷の人たちとか、お世話になった人たちに恩返しできるのはうれしいですね。
小島市長も来場していた、地元でのお披露目上映会は楽しかったです。伝説の「タケダ岩」を作った中島義明さんが、サプライズで新人賞受賞記念のプレゼントを監督に贈呈されてましたね。
中島さんは建設会社の社長なんですが、物づくりが大好きな“竹とんぼ職人”。美大出身で、デッサンがうまくて。「タケダ岩」の搬入もやってくれて、搬出時には「岩泥棒がいる!」と通報され警察沙汰になるというエピソードまで作ってくれました。

こんなに埼玉をフィーチャーした作品もないですし、韓国、カナダ、ドイツでも上映されて“SAITAMA”が世界の言葉になったわけですが、上田知事はご覧になったでしょうか。
まだだと思いますよ。全国各地でかなり「サイタマ」を宣伝してるんですけど、やっぱり行政は保守的で遅いですよね。そんなに期待してないから、いいっちゃいいんだけど。埼玉に限らず、全国的にみんな主流なものを欲しがっていて、何だかわからない新しいものを見に行こうという感じではなくなってますよね。
10年以上暮らした東京から深谷のご実家に戻られたそうですね。『SR』の評価が高かったせいで生活が困窮したとか。
インディペンデントなので、映画の上映が続けば続くほど貧乏になるという構造的な問題があって……。解決策はやりながら探っていくしかないかな。実家でゆっくり脚本でも書きたいと思ったけど、だらだらしちゃいますね。地元では、よし飲もうと喜んでる人たちもいるんですが、酔っ払って日々が過ぎていくのはまずいので、少しずつ状況を改善していかないと。打ち合わせや取材で深谷に来てくれって言えないし、チラシも撒きに行かなきゃいけないし。今は東京と地元を行き来する生活ですが、東京にこだわるわけじゃないので、海外で映画が作れるならいつでも行きたいくらいです。
サイタマからニューヨークへ
いよいよHIPHOPの聖地ニューヨークでの上映。エミネムの自伝的な作品『8 Mile』にかけた『SR1』のコピー「アメリカまで8000マイル」に笑ってしまったのですが、ほんとに行ってしまうなんてすごい。現地でやってみたいことは?
『SR2』の日本公開と重なってしまって2泊3日しか滞在できないのですが、もっと時間があればエミネムの家に行きたいです。『SR1』のDVDを持って、「できました!」って寄贈したいですね。
ラッパーたちの今後も気になりますね。『SR3』は考えていますか。
『SR』はシリーズ化したいとひそかに思っていて、『SR3』の構想は練っていますが、なにしろ『SR2』が成功してくれないと次がないんで、ひとつひとつ積み上げていく感じですね。「寅さん」や「釣りバカ」みたいに同じことを繰り返していくおもしろさもあるから、そういうのも残していきたいなと。量が質を生むというか、続けていくことにも意味があると思うんです。

プロフィール
いりえ・ゆう/1979年神奈川県生まれ、埼玉県深谷市育ち。日本大学芸術学部映画学科卒業。大学在学中から映画や映像作品の制作を始め、短編『OBSESSION』(02)と短編『SEVEN DRIVES』(03)がゆうばり国際ファンタスティック映画祭のファンタスティック・オフシアター・コンペティション部門に2年連続入選し、05年には4本の短編を集めた短編集『OBSESSION』が池袋シネマ・ロサでレイトショー公開され、注目される。冨永昌敬監督作品『パビリオン山椒魚』に演出部として参加。06年に『JAPONICA VIRUS ジャポニカ・ウィルス』で長編デビュー。08年に劇団「野良犬弾」を旗揚げ。09年『SR サイタマノラッパー』でゆうばり国際ファンタスティック映画祭オフシアター・コンペティション部門グランプリ、韓国のプチョン国際ファンタスティック映画祭最優秀アジア映画賞、09年日本映画監督協会新人賞受賞。10年、『SR サイタマノラッパー』で小説家デビュー。
インフォメーション
『SR サイタマノラッパー2 ~女子ラッパー☆傷だらけのライム~』
6月26日(土)から新宿バルト9ほかでロードショー
公式サイト:http://sr2.sr-movie.com/
『SR サイタマノラッパー2 〜女子ラッパー☆傷だらけのライム〜』サウンドトラック
Brocco Records/¥2,000/2010年6月19日発売/BROCCO-002
DVD『SR サイタマノラッパー』
アミューズソフトエンタテインメント/¥3,990/2010年5月28日発売/ASBY-4653
小説『SR サイタマノラッパー』
入江悠 著/太田出版/¥1,258/2010年6月17日発売/ISBN: 9784778312152
寄稿家プロフィール
まつまる・あきこ/1996年から2005年までP3 art and environmentに在籍した後、出版社勤務を経てフリーの編集者に。P3在職中にREALTOKYO創設に携わり、副編集長を務める。2014年夏から長岡市在住。