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Interview

006:李闘士男さん(『てぃだかんかん〜海とサンゴと小さな奇跡〜』監督)
聞き手:福嶋真砂代
Date: April 20, 2010
李闘士男 | REALTOKYO

少し前から自分の中に何か変化を感じていたという李闘士男さん。子供が誕生したことで自ずと自身の身体に気を遣うようになり、仕事に対しても「人の心に残る作品を作りたい」とより強く思うようになったのだと。人気テレビ番組の演出家として活躍後、映画の世界へ。市井に生きる人々に温かい目を向け続け、家族で楽しめる映画を追求してきた。実は李さんが学生時代、錦糸町の河内音頭・盆踊りの舞台裏で奮闘していたころからの知り合いで、懐かしい再会に。沖縄でサンゴの再生に賭けるひとりの男の話を人情豊かに描いた新作について聞いた。

 

李闘士男『てぃだかんかん』 | REALTOKYO
(C)2010『てぃだかんかん』製作委員会

「アホちがうか、でも素敵だな」と思った…

 

なんかスリムになった気がしますけど(笑)。

 

子供も生まれて、僕の中に少しずつ明らかな変化があって、医者に言われて減量して、身体に気を遣うようになったの。ちょうどドラマの『ガンジス河でバタフライ』(2007年)を撮っていたころなんだけど。

 

あのドラマはインドで撮影したんですよね。

 

そう。会社(有限会社リーライダーす)もやってるから、いろいろ細かいストレスがあったんですよ。でもそのときに思ったのは、やりたいことをシンプルにやったほうがいいかなということ。それは強い意志というより、なんとなく自然にそう感じたっていうか。そうしたら、新しい映画を撮る話がきたり、新しい人と巡り会ったり、そういう変化もどんどん起きてきて。

 

いい時代にテレビの世界にいて、おもしろいことをやらせてもらったと思う。テレビって瞬間的なもので、その瞬間におもしろいことをやっていくっていうのがテレビの宿命。でも映画って残るものだと思うし、生意気だけど、残せるものでありたいと思って作ってるんです。

 

李闘士男『てぃだかんかん』 | REALTOKYO
(C)2010『てぃだかんかん』製作委員会

今回のモデルになった金城浩二さんとはどんな出会いだったんですか?

 

仕事が一段落して、気分転換に沖縄に遊びに行ったときに初めて会いました。最初は映画にしようと思ってなくて、サンゴを育てるおもしろい人がいるって聞いていて。その時点ではサンゴは植物だと思ってたくらい、全然サンゴの知識もなかったけど(笑)。結婚式のシーンで使った料理屋さんで最初に会って4時間も話をしたんです。庭に蛍が飛んでてね…。

 

あ〜! ではあのシーンは想い出の場所だったのですね。

 

そのときに金城さんが語ってくれたエピソードが「ホンマか!」って思うくらいおもしろくて。「アホちがうか、でも素敵だな」って思ったんですよ。別にサンゴをやったからエライとは思わないんだけど「この時代にこのまっすぐさはなんなんだ!」と。そのヒントはやっぱり沖縄という土地にあるんじゃないかな、すごく自分の好きな愛すべき人たちじゃないかと、すぐ映画にしたいと思った。その夜に「映画にしていいですか?」って聞いたら、「いいよー、リーさんだったらいいよー」と。あれよあれよという間に進んで、去年の5月、サンゴの産卵の前にクランクインできたという奇跡的なタイミングでした。ほんとに原作も何もないんです。

 

産卵のシーンは美しくて感動的だったけど、撮るのは大変でした?

 

実は産卵に関しては1ヶ所だけじゃ追いきれないので、いろんなところで撮ったのを混ぜてます。産卵の時間は20分くらいで、一気に来るから撮り切れない。だから次の産卵を追って北上していくわけ。

 

産卵前線!? それは専門家じゃないと難しそう…。

 

そこはもちろん、金城さんに監修してもらいました。セットで再現したサンゴ養殖の施設も彼のオリジナルで、あそこまでサンゴのことをわかってやってる人は世界中で彼しかいない。撮影中も美術スタッフが細心の注意を払って緊張してやってました。金城さんのすばらしいところは「映画によってそういう新技術がオープンになってもいい。このやり方がいいと思えばみんなにやってもらえばいい。僕は賞状が欲しいためにやってるわけじゃないから」っていう大らかさ。本当にすごい技術なのに。

 

そんな金城さんに惚れ込んだんですね。

 

なんというか、「あ、これは映画にしてみんなに見てもらったほうがいいんだ」っていう使命感のようなものを感じたんですね。だけど僕は「人を撮る」ことしか興味がないので、環境映画とか自然映画を撮りたいわけじゃない。 サンゴの産卵も、健司と奥さんを描くための“材料”なんです。『お父さんのバックドロップ』ではあの親子を描くためにプロレスが、『デトロイト・メタル・シティ』では、気の弱い青年ががんばるためにデスメタル音楽が必要だったようにね。

 

李闘士男『てぃだかんかん』 | REALTOKYO
作品のモデルになった金城浩二さん(右)も出演 (C)2010『てぃだかんかん』製作委員会

李さんにとって沖縄の魅力は?

 

僕が以前手伝ってた河内音頭の話になるけど、あの中世から伝わる踊りには、近代を通らずに現代にそのまま残ってるダイナミズムがあると思うんです。江戸時代にはいろんなものが熟成されたんだけど、河内音頭は江戸の粋で洗練された文化の影響を受けなかったからダイナミズムが残ったと思うんです。沖縄にも、そんな原始的なパワーが残ってるから、金城さんみたいなどこか原始的な香りのするダイナミックな人がいるんじゃないかと。

 

奥さんもそんな金城さんによくついていきましたね。

 

本物の奥さんはもっとダイナミックな人なんですけどね(笑)。この夫婦が好きなんです。夫婦って、何かを乗り越えたから“夫婦”になるんじゃないと思ってるんです。どこか運命的なもので結ばれていて、それは何かがあってもなくても“夫婦”なんだと思うんです。

 

僕は最初の企画段階から脚本作りにも参加してるし、映画の中身は全部頭に入ってるんだけど、いよいよ撮影で沖縄入りするという前に、基本に返ってみようと思ったんです。なんで僕はこの映画を撮るんだろう。何をしたかったんだろう。僕はこの映画を観客の皆さんに観てもらいたいと思って作ってる。でも一度逆の立場に立ってみて、この映画にはどういう意味があるんだろうって考えてみたんです。

 

李闘士男『てぃだかんかん』 | REALTOKYO
(C)2010『てぃだかんかん』製作委員会

当たり前のもの、変わらないものを残していく

 

ずっと変わらない想いがあるんですけど、それは「映画の中に観客が入っていけるようにしたい」ということ。もしかしたら映画に何か新しい刺激を求めてる人には、つまらないかもしれない。何ひとつ新しいことをやっていないですから。でも映画というのはロールプレイングゲームではないので、「当たり前のもの、変わらないものを残していく」というのが映画への僕の考え方なんです。新しいかどうかではなくて、その人の気持ちのなかに何かを残せるかどうか。僕はイタリア映画が好きなんだけど、howを撮るのがハリウッド映画だとしたら、whatを撮るのがヨーロッパや昔のアジア映画だと思ってて。僕はwhatを撮りたい。5年か10年経って、どこかにグズグズしてる人がいたとして、「李ってやつの映画を観たら、けっこう人生って悪いものじゃないんじゃないの?」って思ってもらえたらいいなと。『てぃだかんかん』もそんな作品です。もうひとつ思ってるのは、ちゃんとエンタテインメントにしたいなということです。

 

そのエンタテインメント界を代表するお笑い芸人の岡村隆史さんが主演ですが、ひたむきな男の後ろ姿が切なくて、思わず惹き込まれました。テレビでも一緒に仕事してました?

 

いや、なかったんですよ、それが。岡村さんに健司を演じてもらってすごくよかったのは、上手い下手じゃなくて、「こんな人もいるかもしれない」と思わせてくれるんですよね。たとえば凄い役者さんにやってもらうとしたら、最初から“出来る人”の物語になってしまうから、それは違うと。なんかピュアだけど、一所懸命だけど、ちょっとアホみたいなんだけど…みたいな人がやらないとダメなんじゃないかって思ったんです。

 

おかしかったのは、岡村さんが殴られるシーンがあるんだけど、そこで「痛っ」って岡村さんが言う演出をしたんです。普通なら演出で「痛っ」って言わせないようなところなんだけど、岡村さんも「痛いですよ。しかも急にビンタ来るから思わず言うんじゃないですか」って言ってくれて。

 

阿吽の呼吸ですね。やっぱりリアクションがいいというか…。

 

まさに芝居でいちばん重視するのはリアクションですね。ふたりで話をするシーンでは、ワンショットで切り返したらダメなんです。なぜかというとひとりが突っ込むときは、もう一方が突っ込む伏線が必ずあるわけで、それをオフにしようっていうのは絶対ありえない。映画で笑えないっていうのは、そういうところにもあるのかもしれない。

 

李闘士男『てぃだかんかん』 | REALTOKYO
演出中の李闘士男さん (C)2010『てぃだかんかん』製作委員会

脇役陣もいぶし銀で、とくに原田美枝子さん、國村隼さんが素敵です。

 

僕の演出スタイルはちょっと変わってて、台本は現場では見ないんです。一応、その日のシーンの内容は頭に入れておくけど、現場で芝居を作っていくのが好きなんです。それを今回の俳優たちは、監督に反応して作ろうと、すごく楽しんでくれました。絵コンテも基本的には描かない。それ通りにやるのがつまらないと思ってるので、現場の気持ちを大事にしていくやり方なんです。脚本家には「脚本通りにならないです」って最初に断っておきますけど(笑)。ホン読みのときには、最初は普通に読んでもらってから、次に「ホニャララで言ってください」って言います。つまり、言葉があるとインフォメーションに頼ってしまうから、インプレッションだけで伝えてほしいんです。リズムとか感情とかで伝わるものを大切にしたいんですね。それから、いわゆる「泣ける映画」っていうのを作りたくない。途中までは盛り上げていくんだけど、最後は引きます。あとは観た人の自由で、泣くもよし、考えるもよし、しらけるもよし。それでもし感覚が一致してくれたら、そのほうが印象が強く残るように思うんです。

 

cobaさんの音楽もあったかいし、産卵の瞬間の音も好きです。

 

海とか沖縄にアコーディオンの音が合うのかどうか心配でしたけど、僕はインフォメーションじゃなくてインプレッションなので(笑)、エモーションに訴えるcobaさんの音色と共振してもらえるんじゃないかと思うんです。沖縄の現場にも来てくれて、夜も一緒に飲んだりして、一緒に映画を作ったって感じです。

 

産卵の音は、海が豊かになっていくということを表現したかったので、あんまり強い音じゃなくて小さな音で、何か「予兆」みたいな音をと思って作ってました。

 

僕は人のエネルギーを撮ってるつもりなんだけど、沖縄に行ったり、金城さんに会ったりしてわかったのは、ほんとに強いというのはブレないことなんだって、叫ぶことじゃないんだっていうこと。豊かな人生とは何かというと、成功してもしなくても変わらない、信じられることをやっていられるってことだと、つくづく思いました。

 

プロフィール

り・としお/1964年、大阪府生まれ。大学在学中の80年代から、とんねるず、ビートたけし、タモリ、ダウンタウン、SMAPなどのバラエティ番組の演出家として活躍。2004年、中島らもの小説を映画化した『お父さんのバックドロップ』で映画監督デビュー。07年には宮藤官九郎脚本、長澤まさみ主演のスペシャルドラマ『ガンジス河でバタフライ』を演出。08年、松山ケンイチ主演『デトロイト・メタル・シティ』が大ヒット。本作に続き『ボックス!』の公開が控えている。

インフォメーション

てぃだかんかん〜海とサンゴと小さな奇跡〜

4月24日(土)から新宿バルト9ほか全国ロードショー

配給:ショウゲート

公式サイト:http://tida.goo.ne.jp/

寄稿家プロフィール

ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラム執筆。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』など。