

『不完全なふたり』で出会って以来、俳優イポリット・ジラルドと親交を深め、一緒に作品を作りたいと思っていたという諏訪監督。初めての共同作業には、いろんな試練が待ちかまえていた。イポリットとの意見の違い、映画初出演の主演女優ノエ・サンピ、さらに刻々と状況が変わる森…。しかし彼は、まるで“森の力”のようにそれらを包みこみ、柔軟に強靭に豊かに映画を創り出していく。映画作りの魅力について伺った。
イポリット・ジラルドとの出会い
共同監督をしたのはどういう経緯でしたか。
『不完全なふたり』のときに初めて会って、最終的に主演はブリュノ・トデスキーニに決まったのだけど、イポリットはすごく楽しい人だったし、一緒にやりたいという気持ちを強く持ってくれました。だから次はイポリットで、と思ってました。
それは俳優として? オムニバス作品の『パリ、ジュテーム』で、監督が撮った「ヴィクトワール広場」にも彼は出演していますね。
最初はそうです。いろいろ彼と話をしたとき、なぜ俳優になったのかという話になり、大学時代に高校生と一緒に映画を撮るという社会活動をしたそうで、それが映画との出逢いだったと教えてくれたんです。気がついたら俳優になっていたというんだけど、この人は制作側として何かを作れる人じゃないか、一緒に脚本を作れないかなと思ったんです。
イポリットさんも作りたいと乗り気だったんですか。
いや、彼にとっては唐突なオファーだったみたい(笑)。でも、躊躇なく作れたから、どこかでそういう気持ちはあったんじゃないかな。そうは言っても今回みたいに、どっぷり監督として関わるとは、その時点ではまだ思ってなくて。なんらかの形で関わるんだろうくらいに考えていたと思うんです。
ところが、諏訪さんが東京造形大学学長に就任して忙しくなった…。
非常に忙しくなり、撮影間近になるまでフランスに行かれないということになってしまって。イポリットが中心になってロケハンとかキャスティングとか考えなくちゃならない状況になって、最初の話と違ってきましたね。彼はわかったと言ってがんばってくれました。結局、僕が乗りこんだのはクランクイン2日前。
イポリットさんも初監督で大変でしたね。
まわりのスタッフがフォローして、イポリットがやりやすい形を作ってくれました。最初はスタッフも(2人の監督の内の)どちらの話を聞けばいいか迷ってしまったり、初日は大混乱。計画の半分くらいしか進まなくて。ノエちゃんも初めての演技だったし、こちらが要求することをわからなかったり。「立ち止まってこっちを見て」みたいな、逐一動きを指示するような演出をやっちゃったんですね。

ノエ・サンピの不思議な“牽引力”
それは今までの諏訪さんのやり方とは違いますね。ユキを演じたノエ・サンピさんは、なんとも独特の不思議な存在感があって、とても惹きつけられました。来日のときの会見で「けんかのシーンがおもしろかった」なんて話してました。
ユキがニナとけんかをするシーンは、現場ではちょっと苦労したんです。ノエはニナ役のアリエル・ムーテルと仲がいいから、どうしてもけんかの演技なんかできないと言ってたんです。
記者会見では「その撮影のちょっと前にアリエルとけんかした」って明かしてました。だけど監督たちはそれを…。
知らなかったんです(笑)。あのときはイポリットがけっこう粘って何回もやらせて、芝居を盛り上げていました。アリエルは芝居の経験が多少はあるので、最初はノエをリードしてあげてる感じだったんじゃないかな。ノエちゃんはマイペースですね。テンポがゆっくりで、何か言われて反応するまでに少し時間がかかるんです。ケンカのシーンでもニナはいろいろ言うんだけど、それに対してユキは無反応なんじゃなくて何か考えてる。演技をたぶん一所懸命してるんだと思うんですよ。普段はよくしゃべるんですけどね。
頭の中で何かが進行してるんですね。
それが出てくるのに時間がかかるのと、子役だったら大人に見られるという経験をしてきているので、「悲しいお芝居のときはこうしてごらん」とか言われて、できると誉められたりして、そうすると「大人はこういうのを求めてるんだな」って、次第に身に付いていくんですね。でもノエちゃんはそれがないから。僕たちもなかなか自信が持てなかった。そんなに最初から確信があったわけじゃないんです。イポリットの場合は彼自身が役者だから、というのもあると思うんですけど、いわゆる“俳優の演技”と彼女のは違うので、考えてるのかなとか、やる気があるのかなとか悩んじゃって。
心配が勝っていたんですね。
撮影が終わってラッシュを観たときも、イポリットは「これでいいの?」という感じでしたね。完成したらどうなるのかを観ることも彼にとっては今回が初めての経験なので、だんだんわかってきて最終的には納得したと思いますけどね。
諏訪さんはそんなイポリットさんをどう思っていたんですか。
撮影するまでわからなかったんです。準備してるときは、それほどお互いの意見の違いはわからなかった。
一緒に住んでみて初めてわかる夫婦みたいですね。
そうそうそう。恋人のときはいいところばかり見せ合っているから、一緒に生活して初めて「こんなに違う」って気づく(笑)。基本的には、準備も主に彼がやってきたから、役者との関係も彼のほうが密だったし、今回は、僕は役者の演技を見てるというよりは、イポリットが演出しているのを、さらに後ろから役者も含めて見てるという感じで、あまり前面に出なかったんです。なにかあったら口を出すみたいに。彼から「これでいい?」と聞いてくれたりね。最初はそういうこともなくて、初日はほんとに酷かったです。撮影も失敗で全然使えなかったし、演出も間違えたし。こういうふうに動いてほしいと要求するのはダメなんだとわかった。相手にはそういう技術がないわけですから。
どう変えていったのですか。
基本的に今までの撮り方に戻ろうかと。ほかにもいろいろ迷いがあって、ふたりの映画だから、これまでとは変えようとしたり。初日はカット割りを決めて撮ってみたりしたんだけど、うまくいかなくて。やっぱり長回しをするようになり…。
ワンシーン、ワンカットのように?
だんだんそんなふうになっていきましたね。手紙のシーンは、あまり芝居はいらないから、とにかくできるまで回して後から編集する、という感じでした。

昨年、桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」で、そこはいろいろ苦労されたシーンのひとつだったと伺いました。
ユキの期待に満ちた手紙にお母さんがどう反応するんだろうっていう、最初のほうのユキの表情と、自分の書いたものを読まれるという、なんとなく照れくさい恥ずかしさとか、最後は絶望というか、手紙じゃどうしようもないんだとわかって固まってしまった表情とか、いろんな表情が出てくるところがすごくよかった。
ぜんぶ使いたい表情だったんですね。
従来の自分のやり方の編集だったら、もっと長く使ったと思いますね。だけど、使うか使わないかという大ディスカッションを、フランスー日本間でイポリットとやりました。編集していたころはかなりやりあってたいへんだと思ったけれど、終わってイポリットも来日していろんな取材で一緒に答えてると、彼もクレバーになったし、映画のことをよく理解してた。最後に映画についてふたりでコメントしながら、初めて最終的に「1本のふたりの映画として終わった」という感じがしました。
ふたりで作ってよかったと。
やっぱり映画を作るということは、最後までいったときに、いろんなことがわかるものなんですね。
編集が終わって、初号を観たときじゃないんですね。
編集しているときは、僕たちの中での解釈というか、発見が第1段階としてあるけど、撮影のときに気づかなかった「自分たちはどんな映画を撮ろうとしたのか、何をやろうとしたのか」ということがわかったときに、初めて作品が見えるんです。それまでは、何か違う何か違うといろいろやってみたり、そういうのが続いて、あるとき「あ、こういう映画だったんだ」って見えて、編集が終わるんですね。
そのあと上映して、人に話したり質問に答えたりしてると、今度は言葉が絡んで自分の中で腑に落ちる。取材のときとか、自分でわかってしゃべってるんじゃなくて、聞かれたことに言葉を与えていくと自分の中で映画が位置づけられていく。そうするとだいたい終わるんです。
キャロリーヌ・シャンプティエさん(『不完全なふたり』の撮影監督)が、TIFF2009の記者会見で「映画は生きてるものだから、印象は日々変わっていく」と言ってたんですが、そういうことかも。観る側にとっても映画が変化するのと同じように、作る側も「生き物」みたいに扱ってるかのようですね。
結局、映画というのは、モノとしては存在してないんです。フィルムというのは映画じゃない。撮影されたものを観てる、その人の心が動いてるときに“映画が存在する”わけですよね。そうすると、同じものは無いんです。論理的に考えても無い。どこにも無いんです。
<後編に続く>
プロフィール
すわ・のぶひろ/1960年生まれ、映画監督、東京造形大学教授、学長。東京造形大学卒業後、『はなされるGANG』(84)で、ぴあフィルムフェスティバル入選。『2/デュオ』(96)でデビュー。『M/OTHER』(99/カンヌ国際映画祭国際批評家連盟賞受賞)、『H STORY』(00/アラン・レネ監督『二十四時間の情事』をリメイク)、『不完全なふたり』(05/スイス・ロカルノ国際映画祭、審査員特別賞&国際芸術映画評論連盟賞受賞)を発表。オムニバス『パリ、ジュテーム』(06)は、カンヌ国際映画祭「ある視点」部門、オープニング作品に選ばれた。※( )内の数字は公開年度。
インフォメーション
『ユキとニナ』
恵比寿ガーデンシネマで上映中
寄稿家プロフィール
ふくしま・まさよ/航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』コラム執筆。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』など。