

様々なジャンルの表現を支える「仕掛人」をゲストとして招き、東京カルチャーシーンの魅力と問題点を探る連続対談『東京の仕掛人たち』の第2回。ゲストは、11/20(土)から11/28(日)にかけて開催される『第11回東京フィルメックス』のディレクター。東京のオルタナティブな国際映画祭として、意欲的なチャレンジを続けるフィルメックスについて語ってもらった。
小崎:2000年に始まった『東京フィルメックス』の第11回がまもなく始まります。アジアへの目配り、監督をフィーチャーして作品を掘り下げるスタンス、新しい才能の発掘と育成、トークやディスカッションによるゲストと観客のコミュニケーション、古典の再評価、とりわけ日本の巨匠たちの作品紹介など、様々な取り組みがありますね。
林:概要はその通りで、普通の国際映画祭をやりたいと思って、東京の映画祭として何が必要か、何をやるべきかと考えていった結果です。簡単に言うと、「アジアのヤングシネマ」のコンペティションがあり、今年も10本の作品を上映します。イスラエルの作品を上映したこともありますし、トルコの作品も探していますし、アジアの枠はゆるくて、いい映画だったらいいやと思って。特別招待作品がだいたい同じくらいの本数で、いわゆる巨匠たちの、今年のすごい作品をいち早く上映します。今年のオープニングはカンヌでパルム・ドールを受賞したアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の『ブンミおじさんの森』、クロージングは脚本賞を受賞したイ・チャンドン監督の『詩』(仮題)。ほかにもジュリエット・ビノシュが女優賞を受賞したアッバス・キアロスタミ監督の『トスカーナの贋作』などを上映できる運びになりました。そのほかに特集上映があります。映画史的にはすごく意味があるのに、日本では観るチャンスがなくて空白になってしまっているようなところを、劇場公開でビジネスにはならないかもしれないけれど、映画祭だったら紹介できるんじゃないかと。これはアジアに限らず企画を進めます。今年はイスラエルの巨匠アモス・ギダイの特集です。そして日本映画のクラシック。今年は渋谷実監督の作品を、50〜60年代にしぼって特集。海外でずっと「オヅ、ミゾグチ、クロサワ」と唱えられていて、もちろんいろいろな監督が紹介されていますが、まだまだ日本にはお宝があるということで、英語字幕付きで上映。今回の作品は来年2月のベルリン映画祭で上映が決まっています。日本映画も外国映画も同じですが、映画祭はきっかけ作りに活用される場。フィルメックスでニュープリントでお披露目することで、ベルリンやほかの映画祭に出していく、またDVDを発売したりテレビ放映したりといった展開への足掛かりとして、そういうきっかけを作るのが映画祭です。外国映画も日本での配給が決まっている作品ばかりではないのですが、観客からいい反応があれば劇場公開のきっかけになります。映画業界の若いスタッフがわざわざチケットを買って観に来てくれますし、実際に社長を説得して配給してくれた例もあるんですよ。その両方ができるのが映画祭じゃないかなと。配給が付いたり、海外の映画祭で紹介されたり、「日本でやってもビジネルにはならないんじゃないか」「外国人が観てもわからないんじゃないか」と思われていた作品でも、自由な視点でそういうものを壊していくと、チャンスが開かれてくることがあると思うんです。映画祭は資格がないとできないものではないので、やってみたいとか、ディレクターになりたいとか、誰にでも可能性があります。やりたくない人のほうが多いと思うんですけど(笑)。

映画を観る時はフラットで、真っ白で
作品選びは、林さんやプログラム・ディレクターの市山尚三さんがたくさんの映画祭に行って作品を観て、口コミで情報を仕入れたりするわけですよね。年間何本くらいご覧になりますか。
観られるだけ(笑)。映画祭に行くと1日に6、7本観ないといけないんですね。事前に緻密な観賞スケジュールを組み、その隙間にミーティングを入れるので、映画祭は熾烈なんです。ブースをまわってDVDをもらえます。以前はビデオカセットで10本でもかさばったのですが、DVDなら30枚くらいあっても持ち帰れますし、英語字幕も付いていたり配信も増えてきたり。ありがたいことですが、だからこそ直接会って話したり、行間の意味を読み取ったりできないと。判断する主体がより大事になってくると思います。そしてネットワークも大切。新作を選ぶときも、長編1作目や2作目だと、ほとんど知られていなかったりしますが、「あの監督の助監督がいま撮ってるらしい」とか「撮影監督だった人が撮ってるようだ」などという情報が聞こえてくると、連絡してみるんです。インターネットのおかげで、みんな英語でなんとかがんばって、公式サイトを見て応募してくれる人もいるし。しかしどんな巨匠についていた助監督だとしても、観てみるまでわからないので、こればっかりは観てからの判断なのですが。
世界中の人たちと情報を共有しながら、作品を選んでいくということですね。林さんは川喜多財団にいらっしゃったから、知識をお持ちだとは思いますが、クラシックの作品選びもたいへんそうですね。
まず、ネガがあるかどうか、素材が残っているかどうかという問題がありますね。火災で焼失している場合もあるし、ネガがない場合はどうするか。復元してニュープリントを作るのにすごいコストがかかる場合もあり、存在しないものもあるし、その調査がたいへんです。あとは逆にどのタイミングでやるか。文化は一方通行では成り立たないので、こっちが観せたくてもあっちが観たくないならしょうがない。うまく合致し、両方の愛がないと。リサーチをして、こういうものが受け入れられるチャンスがあるなと思っても、権利が分散していて作ることができなかったり、簡単にはいかないんです。でも、あきらめてしまっては終わりなので、時間をかけて仕掛けていくことが大事ですね。

最終的にはディレクターに権限があると思いますが、どんなプロセスで決定するのでしょうか。
コンペと特別招待部門を合わせても、新作はせいぜい20本しか上映できないので、厳選した作品しか上映できないのですが、ともかく血眼になって観るしかないんです。しかし観て選べば上映できるかというと、それがまた映画祭の際どいところで(笑)。こっちがやりたくても、持ってくるまでにものすごいエネルギーがかかります。私と市山はまったくキャラクターは違うのですが、フィルメックスという映画祭で上映すべき映画という視点に立つとバトルはないんです。「これはやらなきゃいけないですね」「そうですね」で終わり。「普通によくできてますね」と言うときは「やりたくない」っていうこと。うちがやらなくてもどっかで紹介されるだろうし、応援しなくても大丈夫でしょうという作品は外れます。そう簡単には驚かないくらいには観ていますが、それでも驚いてしまうことがしばしばあって。まさに今年のコンペの10本がそうですね。
選考基準はオリジナリティとクリエイティビティ。この人じゃなきゃ作れないという、ものすごく新しい観点で挑戦している、今までの作り方ではないフレッシュなものを持っている作品。完璧ではないかもしれないけど原石がきらめいていて、この人はこの先も作り続けなきゃいけないし、今後も作品を観たいと思ったら上映を決意します。どう応援できるのかというのは難しいところですが、フィルメックスの観客はレベルが高くて。ちゃんと心を開いて受け止めようとして来てくれるので、上映後のQ&Aの質問がストレートでピュア、そしてシャープ。監督たちも興奮して、どんどんノッてくるんですよ。そして、新人監督も少しずつ監督らしい顔になっていきます。
シネフィルは共通理解を持っていて、「これいいね」というのが通じると思いますが、「いいんだかわからないけど、やってみよう」と思ったことやその逆はありますか。
共通理解は、逆にある意味で危険ですよね。世界で1番がカンヌで、その次はベルリンで……となっているなら、カンヌでやったものを東京でもやればよくて、それで済んじゃうのですが、価値は世界共通ではない。フランス人には受けたけど、私たちにはさっぱりということもあります。「カンヌで選ばれたからすごい」という部分は疑ってかかりたくて、「東京でやってるからこの映画だ、ここから発信したいんだ」という部分が大切。カンヌでイマイチの評判だとしても、私たちにとってすばらしい映画はあるので。価値基準は常に考えていかなければいけません。「カンヌで観た人たち、こんなの絶賛して不思議だなぁ」っていう場合、自分にその素養がないのかもしれないし、自分のことも疑ってかからないと。新しいと思っても、「そんなの40年前にとっくにやってるよ」ってことも多々あるし。わかって真似している場合とわからないでやってる場合があるので、一概にダメってことでもないですが、どういうふうに自分の中で消化吸収しているか。1本の映画があって、なぜこの作品が今年できたのかなって。いろいろな歴史があって出来上がった場合と、過去の作品にオマージュを捧げている場合と。様々なので、見る側が脳の筋肉を柔らかくしておかないと。2時間つまらなかったら苦しいですよね。楽しんだもの勝ちです。
アートでも、先達がやっていることを知らずに作っていたり、知っていてオマージュや引用として作品に役立てるケースも。見る経験を積み上げなければいけませんね。
映画のすごいところは、どんなに知識がなくてもびっくりしたり涙を流したり笑ったりすることができること。経験を積んだ人はまた違うところで泣いたり笑ったり。同じ作品を過去に観たことがあっても、年をとって見直してみると違うものを発見したりすることもあります。自分の成長の度合いによって、ぜんぜん違って見える。ほんとに、映画っていいですよね(笑)。映画を観る時はフラットで、真っ白でいたい。それが理想ですね。難しいことですけれど、邪念がなく健康で、どんな球が投げられても楽しめる自分を作っておかないと。

心豊かなクリスマスとお正月を迎えるために
作品もそうですが、映画祭もオリジナリティとクリエイティビティが必要ですね。東京から発信することに意味がある作品を紹介するという以外に、心がけていることはありますか。
もっとシンプルに、あるべき映画祭をやりたいというのが土台にあります。先日、本来一緒にならない2つのものをくっつける、クロスカップリング反応のパラジウム触媒を発見したというノーベル化学賞の報道で、これだ! この触媒こそ私がやっていることだと思ったんです。作った人と観る人、監督同士、監督とプロデューサー、監督と俳優、配給もあるし、日本と海外も。いろんなものがお見合いし、交流する場でありたいと。クロスカップリングが成り立てば、私たちは次のお見合いを考えていい。「新しい流れを作る」ということです。観たい人が求めているもの、見せたい人が求めているもの、その間に立つ隙間産業みたいなポジションですが、見せる人がいないと成り立ちません。
ホールや劇場を9日間だけ借りて上映するわけですが、プリントもそれぞれ権利があるところから英語字幕付きのものを取り寄せます。評判になった作品はほかの映画祭と重なってしまうんです。上映オッケーと言われても、プリントがいつ届いていつ返さないといけないかという確約をとらないといけなくて。そしてゲストの来日予定。監督はいつ来れるけど、プリントは別の日程だったり。日本語字幕を同期させて投影しますが、これにも時間がかかるし。どうするのー! って、その調整がたいへん。以前、香港映画のプリントがドイツの映画祭から届くことになっていたのに、届かないことがありました。たぶん、映画祭が終わって脱力したんでしょうね。気持ちはよくわかるんですが、送ってから脱力してって(笑)。しょうがないんで、香港からスペアのプリントを取り寄せ事無きを得ました。いろんな細かいトラブルがありますね。監督にとっては映画祭との1対1の関係ですが、こちらにとっては1対20以上。それでも作った人への敬意があってお招きするわけですから、信頼関係を保たないといけないんです。
ご苦労をお察しします(笑)。アートビエンナーレやトリエンナーレなども景気の影響が出ていますが、インディペンデント系映画の国内での配給にはどういう展望がありますか。
変わってきてますね。日本は高値で作品を買ういいお客さんだったわけですが、キビシい状態になってきています。今年は「世界が最も注目する作品をいち早く上映する国際映画祭」というコピーを作りましたが、2、3年くらい前はひどくて、「ここでしか観られない」となりそうなくらいでした。総合の興行収入は増えていて、日本映画には人が入っているのですが、アート系の作品が苦戦しています。あまりに日本が買ってくれないから、「上映することが大事だ、観てもらってなんぼだ」と、売る方が値段を落としたせいか、今年は配給が付いている作品がありますが。

『正義派』(C) 1957 Shochiku Co.,Ltd. All rights reserved.
プロモーションしている人の熱意も大きいですよね。記者会見で林さんがプレゼンテーションされていて、1本1本について説明されているのですが、愛に満ちているというか、すべての作品がすばらしく聞こえるんですよ。ぜんぶ観なくちゃと思うくらい。
押し付けてもしょうがないですけど(笑)。こんなにすごいんだから観なきゃ損でしょって、こちらは信じてるから。だけど、食べ物じゃないので観なくても死なない。自虐的なことを言ってるわけじゃないんですけど、なくてもいいんです。映画はおなかを満たすわけではなく、それどころじゃない人も世界にはいっぱいいる。でも、観られる状況にあるなら、観ることで今までと違う視点で物事が見られたり、実人生の中で人の痛みや喜びを違う観点でわかるようになったり、心を豊かにしてくれるきっかになるんじゃないかなと。スタッフはそれを信じて疑わない映画バカなんです(笑)。いいものがあるんだったら観てみようかなと思う人がいたら、本気で勧めます。映画のお祭りはなにがいちばん大事かって、いい映画、おもしろい映画をやることですよね。なかなか観られない映画を観ることで人生が変わるかもしれない。けっこうそういう人がいるんですよね。それくらいの力があるものだと。心に栄養をくれる存在で、こんなにすごいものを1人でも多くの人に観てもらえるなら、押し付けに見えようともやらせていただきます(笑)。
オープニングは『ブンミおじさんの森』ですね。アポチャッポンやジャ・ジャンクー、ペドロコスタ、ゴダールなどは、アートの国際展でも作品が上映されています。アピチャッポンはビデオインスタレーションという形で、ゴダールはアート展側が自分たちのテーマに合わせて上映したいと。
北野武監督や昨年上映したツァイ・ミンリャン監督もそうですね。映画で伝えるのにふさわしい題材であればそれを選ぶでしょうが、インスタレーションがいいとか、これは活字がいいとか、違うツールを選ぶわけで、作家にとって、いろいろな出し方があるのはすごいことだと。アポチャッポンのインスタレーションを台湾の故宮博物院で観たときに、これは映画じゃできないなと思いました。4面スクリーンでしたから。複合芸術と呼ばれる映画には様々な要素がありますが、こだわる必要はないと思います。頭の筋肉を柔らかくしておかないと、「こんなの映画じゃない!」とか、もったいないですよね。作った人がなにを伝えたかったのか、海綿のようにできるだけ受け止めてやるぞというほうが得ですね。

『ゴーレム、さまよえる魂』
いわゆる「ジャンルの蛸壺」化が十数年前から言われていますが、もったいないなという気がしています。ほかのジャンルのイベントと広報協力などはやってらっしゃいますか。
東京都現代美術館と一緒にトークイベントをやりますし、チラシは美術館や丸の内のビルなどにも置いてもらおうと思って版型を変えました。映画好きな人は必ず来てくれるから、マニア以外の人にも届けないと広がっていかない。いい映画があるなら観たいという人はいると思うのですが、情報が多すぎて何を観たらいいかわからないのかなと。「だったらフィルメックスに来ればいいんです、豊かなクリスマスとお正月が過ごせますよ」って言ってあげたい。映画は誰かにしかわからないということはありません。私はこれが好きだと思っていたけど、これも好きだったんだという自分自身の発見にもなりますし。意識のある人に届けようと、ジャンルを超えたクロスカップリングも積極的にやっていきたいと思っています。ぜひご来場をお待ちしています。
(※2010年10月11日、3331 Arts Chiyodaで開講中の『ARTS FIELD TOKYO』にて収録)
ゲストプロフィール
はやし・かなこ/東京フィルメックス・ディレクター 。ベルリンやモントリオール映画祭の新人賞、台北、イスタンブール、ハワイ国際映画祭などで審査員を務める。ベルリンやヴェネチアのコンサルタントの経験やネットワークなども生かしながら、2001年より現職に就任。今年は、アジアの新進監督によるコンペ部門を核として、松竹との共催による1950年代の日本映画の特集上映や、イスラエルの巨匠アモス・ギタイ監督特集、そして特別招待作品では世界の今の流れを知る事のできる珠玉の新作を紹介する。
インフォメーション
2010年11月20日(土)〜28日(日)。有楽町朝日ホール、TOHOシネマズ日劇などを会場に開催される。
ARTS FIELD TOKYO「東京の仕掛人たち」スケジュール
- 第3回:11月23日(火・祝) 17:15-18:45 ゲスト:片岡真実さん(森美術館チーフ・キュレーター)
- 第4回:12月21日(火) 19:15-20:45 ゲスト:金島隆弘さん(アートフェア東京エグゼクティブ・ディレクター)
- 第5回:2011年1月18日(火) 19:15-20:45
- 第6回:2011年2月22日(火) 19:15-20:45
寄稿家プロフィール
おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。