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東京の仕掛人たち

第4回:金島隆弘さん(アートフェア東京エグゼクティブ・ディレクター)
聞き手:小崎哲哉
Date: January 17, 2011
金島隆弘さん(アートフェア東京エグゼクティブ・ディレクター) | REALTOKYO
金島隆弘さん

様々なジャンルの表現を支える「仕掛人」をゲストとして招き、東京カルチャーシーンの魅力と問題点を探る連続対談『東京の仕掛人たち』の第4回。ゲストは、アートフェア東京エグゼクティブ・ディレクター。2010年6月に就任し、4月1日(金)から3日(日)に開催される『アートフェア東京(AFT)2011』に向け邁進する新リーダーに、アジアや日本のマーケットを見据えたアートフェアの可能性について語ってもらった。

小崎:金島さんは30代前半という若いエグゼクティブ・ディレクターです。就任後初のフェアが4月に開催されますが、まずはAFTについて説明してもらえますか。

 

金島:古美術・工芸品、日本画、近代絵画・彫刻、現代美術と、古いものから新しいものまでが会するという点が特徴です。100以上のギャラリーが集まるフェアは日本でこれだけなので、日本を代表するアートフェアと言えます。『AFT2011』には、134のギャラリーが参加する予定で、大きく4つの点を変えていこうとしています。

1つ目はゾーニング。古美術から現代美術まで、旧市街と新興地といった都市の構造を空間に当てはめ、よりわかりやすくゾーニングします。ロビーギャラリーは2010年と同様、若い作家を紹介するプロジェクトのスペースにし、アジアの旬の作品をまとめて見られるエリアも作ります。

2つ目はVIPプログラム。これまでは初日に人が押し寄せて行列が出来てしまい、ホスピタリティが足りないという指摘もありました。海外のフェアのスタンダードに近づけて、お酒を飲みながら作品を見て購入できる仕組みを作り、VIPラウンジも設けます。

3つ目はデジタルコンテンツ。ウェブサイトとリンクするiPhone、iPadのアプリケーションを作り、バーチャルなやりとりも機能するようなアーキテクチャーとして完全にリニューアルします。

4つ目は関連企画の充実。これまでトークイベントとガイドツアーしかなかったのですが、大きく5つほど考えています。まずはビデオアートスクリーニング。会期1週間前の『六本木アートナイト』から『AFT2011』クロージングまで、六本木のアクシスビル地下にある別会場で映像作品の上映を行います。トークも充実させ、AFTが志向するアジアのネットワークがどうあるべきか、これからどう発展させるかと議論するトーク、コレクターのトーク、お茶の文化を現代美術につなごうというトークを準備中です。ガイドツアーはおかけんたさんのほか、宮津大輔さん、ルディー・ツェンさんら、コレクターにも加わっていただこうと考えています。「コンテンポラリー・ティーラウンジ」という、毎年設けているお茶席をもう少し現代風にした、お茶を飲みながら文化を考える場所も作ります。それからパーティ。海外のフェアは毎晩のようにパーティがありますが、これまでのAFTでは初日のみでした。清澄白河での前夜祭のほか、白金や銀座でも、若い人がコレクションについて飲みながら気軽に議論できるような、楽しいイベントを毎晩やろうと仕込んでいます。

 

特定のテーマはあるんでしょうか。

 

2011年は、世界4大アートフェアの筆頭であるスイスのアート・バーゼルを始め、ロンドンのフリーズ・アートフェア、パリのFIACを巡り、「都市にどのように開いていくか」が重要だと感じたので、「開く」にしました。

そこで、まずは「アジアに開く」。ソウル、北京、台北、東京のコレクターや、非営利を志向しているアートスペースのディレクターらでコミッティを作りました。影響力のあるキュレーターやコレクター、ジャーナリストなどの名前を挙げてもらって計100人のリストを作り、その方々に相談して展覧会を企画しています。こういったコミュニケーションを通じて、アジアで新しいイベントを作っていこうという狙いもあります。

次に「産業に開く」。作品が売買される場なので、美術館にはできないことがアートフェアにはできると思います。バーゼルのスポンサーにはラグジュアリーブランドや保険会社、自動車メーカーなどが付いていて、それを参考に企業の方々とお話をしています。

そして「都市に開く」。『六本木アートナイト』が開催される3月26日から『AFT2011』へつなぐ9日間、桜が咲くいい時期に、海外から来た人にも日本のアートシーンを楽しんでもらえるプログラムを準備しています。この期間に何か1つでもいいから連動できないかと相談したところ、20前後の美術館がやりましょうと言ってくれました。前半を六本木エリアで、3月30日には前夜祭を清澄白河で、最後は丸の内で。「東京アートウィークス」にしようというわけです。

最後は「地域に開く」。ずっと丸の内で開催してきたので、2009年に開館した三菱1号館美術館、仲通りにある商店や企業と提携しながら、AFTを街のイベントとして盛り上げたいと三菱グループや周辺の企業と話しています。2011年は、前回までトーク会場だった場所をVIPラウンジにするので、トークを丸の内地区で開催することを考えています。

 

アートフェア東京2010 会場風景 | REALTOKYO
アートフェア東京2010 会場風景 Photo by 岩下宗利 提供:アートフェア東京

4大フェアや香港との差別化

 

4大アートフェアはもちろん、アジアにも競合するフェアがありますよね。差別化についてはどう考えていますか。

 

アジアでは、正直言って香港に抜かれています。ほかにもソウル、台北、上海、北京……。2011年にはシンガポールでも新しいフェアが始まりますし、アジア全体で増えていますね。差別化の1つは東京のアートシーンとの連携。美術館の数が多く、1つ1つのクオリティが高いという状況は、アジアではまだ東京だけです。香港の美術館は片手で数えられるくらいですし、ギャラリーも、アーティストの数もまだ少ない。お金だけが動くというのが香港で、ネットワークを作るには東京が優位。台北もソウルも、もうちょっと時間がかかるかなと思っています。

 

数年前まで香港ではアートマーケット自体が成立していなかった。ファインアートだけで食べていくのは難しく、優秀なアーティストもいますがほとんど国外に出ています。フェアが成功しているのは、自由貿易港なのでタックスフリーという強みがあるからですね。

 

香港の出展料はAFTとそんなに変わりません。タックスフリーに加えて、東と西の接点であることが大きい。中国語と英語が両方通じるから、中華圏と英語圏の人が両方ストレスなくビジネスができるのが大きなメリットです。

 

香港のフェアには、どんなコレクターが来ているんですか。

 

香港にはコレクターが少ないので、台湾、インドネシア、中国本土から多く来ていると聞いています。イギリスのギャラリーの出展が多く、欧米の常連コレクターにアジアのアーティストの作品を見せて、彼らが買って帰るというパターンで、地に根ざした取引は意外に少ないようです。

 

AFTはどうでしょう。

 

来場者のほとんどが日本人です。以前、現代アートに絞ったNICAFというフェアがあり、実験的なプロジェクトもいっぱいで、ブースも広くて面白かったのに持続しなかった。AFTは持続可能なアートフェアの仕組みを考え、いまある日本の美術マーケットのコンテクストに添うような形にしました。香港と同じことが東京で成立するかというと、しないと思うんです。日本は日本語でほとんど動いていますし、突然海外のギャラリーが来ても、日本のコレクターが付くかというとなかなか時間がかかる。アジアのいいギャラリーに参加してもらいながら、段階的に国際化していく流れを作りたいと思っています。

 

アートフェア東京2010 山本現代 [東京] | REALTOKYO
アートフェア東京2010 山本現代 [東京] Photo by 岩下宗利 提供:アートフェア東京

国内では、2010年に『G-tokyo』が始まり、2011年も2月に開催されます。同時期に3331 Arts Chiyodaで『TOKYO FRONTLINE』も開かれますが、この2つのアートフェアは、いずれも現代アートに限っていますね。

 

古いものから新しいものまでというAFTに対して、現代だけにしたほうがいいという意見があります。その発展形が現代に絞った『G-tokyo』でしょうが、出展数が15軒と少なく、5年先にはどうなるのか、世界的にどういう意味があるのか。そういったことを真剣に考えないと、持続的なイベントにならないのではないかと思います。

 

数が少ないとブース代の総計、つまりフェア全体の予算も少なくなる。

 

そうです。スポンサーを集めるには、AFTの規模でも来場者が5万人では少ないと言われているので、なかなかたいへんです。さらに小さいイベントになると、協賛を集めるのが相当厳しい。プレスの活動やいろいろな準備が必要ということでブース代が決まってきますが、低予算だと広報などが手薄になってしまう恐れがあります。

 

実は4大アートフェアそれぞれの動員人数は、AFTとそんなに変わらないんですよね。しかし、あれだけスポンサーが集まるというのは、欧米、特にヨーロッパが階級社会であるからこそでしょう。ひと握りの大金持ちが何十億もする作品をぽんと買うということではなく、逆転の発想で、非階級社会であることを利用できないでしょうか。

 

それも考えています。香港と中国にはバーゼル的なお金の動き方があって、日本のように、中流と言われる層がここまで厚い国はあまりないんですね。欧米も中国も韓国も、ひと握りの金持ちがアートを回しているという部分があります。バーゼルもフリーズもFIACも、出展ギャラリーはほとんど一緒で、出ている作品もかなり重なっている。来場者も一緒ですが、そこで巨額が動く世界が成立しているんです。そうではないシステムが、逆に日本で作れるのではないか。大きなフェアはバーゼルやフリーズだけでいい、そういったところで見られない作品が見られるフェアに行きたいというコレクターの話もよく聞きます。例えば、トリノのアルティッシマというフェアはそこにフォーカスし、大型のフェアではできないことを考えています。香港は都市に美術館などの文化的資産がなく、人口も少ないから、バーゼル型を取らざるを得ない。東京は社会的に豊かというか、いろいろな人に買うチャンスがある。ワンピース倶楽部の石鍋博子さんが、10万円の作品を1万人が買えば10億円産業になるという話をしていましたが、ほとんどの欧米の国がヒエラルキーで成り立っているのに対し、日本はより開かれていてみんなが買える。新しいアートの価値を自然に議論できるようになるかもしれません。

 

それは期待しすぎではありませんか。映画『ハーブ&ドロシー』が話題ですが、あの夫婦は「ひと握りの金持ち」じゃなくて郵便局員と図書館の司書だから、自分たちの買える範囲でなければ買わなかった。それなのに最終的に2500点もの作品を購入して、ナショナル・ギャラリーに寄贈できるまでになったというのは、テーマを絞ってミニマリズムの小品だけをコレクションしたからでしょう。世界のアートにまだムーブメントがあった時代で、そこに彼らの「目」が加わった。ところが、アートの終わりということが80年代くらいから言われていて、リレーショナルアート以降は評価に値するほどのムーブメントは生まれていない。そんな中で「新しいアートの価値」を見出しうる「目」が本当に育っていくかどうか……。

ハーブ&ドロシーのような市井のコレクターは、日本にどれくらいいるんでしょうね。

 

意外に多いんじゃないかと思います。ほかのフェアに比べればAFTに来るコレクターは少ないし、まだまだこれからですが、30代の人が買い始めていると感じています。『ハーブ&ドロシー』の世界がすんなり入ってきて、実際に買い始めたという人も周りに増えてきている。フェアのことで企業の方とお話ししていても、実はコレクターだったということもあります。いまは金額の規模は小さいけれど、将来大きなスケールになっていくものをみんなで目を磨いて買っていくようになれば、日本の国力になるかもしれません。

 

アートフェア東京2010 水戸忠交易 [東京] | REALTOKYO
アートフェア東京2010 水戸忠交易 [東京] Photo by 岩下宗利 提供:アートフェア東京

古いものと新しいもの

 

今日いちばん聞きたいと思っていたのは、AFTの形式についてです。金島さんの前任者だった辛美沙さんが「マーストリヒト型」と形容していましたが、オランダのマーストリヒトで開かれている『TEFAF』というアートフェアに似ているとか。TEFAFのウェブサイトに曰く「ブリューゲルからベーコンに至るまでの絵画と、6000年間の応用美術の卓越性を反映する各種作品が購入できます」。AFTはこれに近いわけですね。

 

そうです。TEFAFはとても評判のいいフェアで、いいものがすごい値段で並ぶらしい。AFTも、アジアを軸に時代に関係なくいいものが揃うフェアにしていきたいですね。

 

人は現代に生きているけれど、現代は横にスパッと切り取られているわけではなく、長い歴史の積み重ねの上にあるのだから、現代アートだけにこだわる必要はありませんものね。東京のような近代都市にもお寺があったり、古い茶碗が残っていたりする。AFTは、時代が混ざっているのがデメリットという指摘もあるようですが、逆にプラスの方向で捉えられるんじゃないかと思います。

 

それはたぶん、バーゼルやフリーズにはできないことなんですよ。古いものと新しいもののバランスを取ってきたというのはけっこう貴重で、古美術には古美術のマナーやルールがあり、近代にも現代にもあるという中で続けてこれたことに価値がある。出展作品のクオリティが上がっていくと、世界でもなかなか見られないフェアになる可能性を秘めています。

 

古いものと新しいものを分ける見せ方と、混ぜる見せ方がありますよね。例えばサムスン・グループが運営するソウルのリウムという美術館には、国宝級の古美術もあれば現代アートもある。3人のスーパースター建築家に設計を依頼して、マリオ・ボッタが建てた館には古美術を、ジャン・ヌーヴェルの館には現代アートを展示し、レム・コールハースの館では企画展を行うという棲み分けをしています。一方、ヴェネツィア・ビエンナーレで前々回、前回と話題になったのがフォルトゥニー美術館の展覧会。ビエンナーレ本展とは直接関係ないのですが、ファッションデザイナーのマリアーノ・フォルトゥニーが収集した古美術と現代アートを混ぜて展示していました。仏像とルイーズ・ブルジョワとヤン・ファーブルが並んでいて、暗くて石造りだからお化け屋敷みたいでしたが(笑)。キュレーターの1人であるジャン=ユベール・マルタンは、1989年にパリで開かれた『大地の魔術師たち』展を企画した人です。アジア、アフリカなどの原始美術と現代アートとを混在させた画期的な展覧会でしたが、歴史的地理的背景を異にするものを、ある意図とセンスをもって選んで並べ替える。あれは僕らが取り戻してもいい感性だと思います。

 

河原温さんや、菅木志雄さんら「もの派」の作品もありましたね。フォルトゥニー夫人が日本の現代美術が好きで、ベースがそこにあるとか。日本でプロジェクトがしたいという話も聞きますから、そういったことも今後できるといいですね。中国のコレクターは古美術と現代アートを両方集めている人がとても多くて、現代美術コレクターの家に行くと古くていいものが絶対あるんです。どっちかと言えば、そちらがスタートという人が多く、そういうことからもAFTに興味を持ってくれる人がアジアには多いと感じます。

 

アートフェア東京2010 会場ガイドツアー | REALTOKYO
アートフェア東京2010 会場ガイドツアー「おかけんたの60分で巡るアートフェア東京2009 -アートフェアのルールなき楽しみ方-」ナビゲーター:おかけんた
Photo by 岩下宗利 提供:アートフェア東京

関連企画のトークイベントの1つはお茶がテーマということですが、最近は伝統的な道具だけではなく、現代的なオブジェやアート作品が出されるお茶席もある。また、武者小路千家次期家元の千宗屋さんや宗徧流家元の山田宗徧さんのように、現代アートに詳しい茶人も増えている。茶道に現代アートを導入するというのは、フォルトゥニーの展覧会にも通じる面白い試みだと思うんですがどうでしょうか。

 

価値というものを考える、いいきっかけになりますね。山田宗徧さんには「コンテンポラリー・ティーラウンジ」のコーディネートをお願いしていますが、ご自身でスタンドを作ったり、新しいお茶を考えたり、現代美術を置いたり、しっかりとルールを守りながらも、時代に合った茶道を考えていらっしゃいます。

 

お茶のリテラシーと現代アートのリテラシーが両方あると、相当楽しい遊びができそうですね。佗茶の創始者といわれる村田珠光が残したという言葉に「わらやに名馬を繋ぎたるが好し」というものがありますが、一種の1点豪華主義を啓蒙する場としてのアートフェアというのもありかもしれない。

 

AFTには古美術商も出展されていて、2010年には水戸忠交易さんがルーシー・リーの器を茶器に見立てて出品し、よく売れていました。老舗の壺中居さんの現代陶芸・工芸専門店「ギャラリーこちゅうきょ」さんにも初出展していただいて、プレゼンテーションもすばらしくて、とても好評で販売もよかった。古美術は各ギャラリーが工夫した設えを作って、売り上げも全ジャンルでトップだったんです。

 

ルーシー・リーやハンス・コパーは日本でも大人気ですね。焼き物に限らず、村野藤吾や堀口捨己らの建築や、最近ブームの木工などの工芸作品は、非欧米的な現代アートについて考える上で、大いなるヒントになると思います。本日はありがとうございました。

 

東京の仕掛人たち 第4回:金島隆弘さん(アートフェア東京エグゼクティブ・ディレクター) | REALTOKYO

(※2010年12月21日、3331 Arts Chiyodaで開講中の『ARTS FIELD TOKYO』にて収録)

 

ゲストプロフィール

かねしま・たかひろ/アートフェア東京エグゼクティブ・ディレクター。FEC代表。東アジアにおける現代美術のリサーチプロジェクト、作家の作品制作支援、交流事業等を手がける。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了、ノキア社、株式会社東芝での勤務後、2005年より北京にて現代美術の仕事に携わる。東京画廊+BTAPの北京スペースの運営、ART iT東アジア地区プロデューサーを経て現職。1977年、東京都生まれ。

インフォメーション

アートフェア東京2011

2011年4月1日(金)~3日(日)、東京国際フォーラム 展示ホール&ロビーギャラリーで開催。

公式サイト:http://www.artfairtokyo.com/

 

ARTS FIELD TOKYO「東京の仕掛人たち」スケジュール

寄稿家プロフィール

おざき・てつや/『REALTOKYO』『Realkyoto』発行人兼編集長。1955年東京生まれ。京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員。趣味は料理。