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    聞き手:前田圭蔵
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対話の庭

第18回:カミーユ・ボワテルさん
聞き手:前田圭蔵
Date: April 17, 2014

いま、フランスでもっとも注目を浴びるヌーヴォー・シルク界の異端児、カミーユ・ボワテル。ヨーロッパで彼の名を飛躍的に知らしめた代表作『リメディア~いま、ここで』をひっさげての初来日を前に、フランスでも謎の多い若き才能にパリで話を聞いた。

 

カミーユ・ボワテルさん | REALTOKYO

サーカス団に魅せられ、見よう見まねで始めたアクロバットの世界

はじめまして。サーカスというか、舞台芸術の世界に入ったきっかけは?

 

8歳の頃、当時住んでいたトゥルーズ郊外の自宅そばに、あるサーカス団がやってきて、それを見にいったんだ。なんていうのだろう……「現実とは違う世界に連れていってくれる」というか、とにかくとても感動した。そのサーカス団は公演だけでなく、ワークショップも開催していて、それにも参加した。それからとりつかれたようにサーカスやアクロバットの魅力に引き込まれ、学校やストリートで、アクロバットのまねごとのようなことを毎日のようにして遊んでいたんだ。最初にやったのは、空のワイン瓶を路上に立てて、その上に一本足で立ち、くるくる回るというシンプルな芸。でも、小さな少年がやっていたからだと思うけど、大ウケだったんだよ!

 

その後、そのサーカス団の団長さんから、有名なピエロで女優でもあったアニ・フラテリニ(Annie Fratellini)が校長をしていたサーカス学校のテストを受けてみないかと誘われたんだ。僕の家はほんとうに貧乏だったんだけど、なんとかママを説得し、中古車を購入して、ママと妹と3人でパリに向かった。残念ながらテストの直前に僕は骨折してしまい、すんなりとサーカス学校には入学できなかったのだけど、そのまま家族でパリに留まって車の中での生活が始まった。寝泊りをしていた車が小さなおんぼろのバンだったこともあって、夜中になると浮浪者や街娼のような人たちが近づいてきてドアを激しく叩かれたりして、怖くて眠れない日もたくさんあったよ。

 

なんだか映画の中のお話みたいですね。パリのどの辺を拠点にしていたの?

 

Porte de la Villetteの辺りが多かったけど、同じところにいると警察に見つかるので、パリ中を転々としていたよ。昼間はパリ郊外に出掛けて行っては、広場やちょっとした路地を見つけては、妹とふたりでストリート・パフォーマンスをやって小銭を稼いでいたんだ。パリ市内だと警察とかもうるさいから、わざわざ少し郊外に行ってね。妹とふたりでやっていた路上パフォーマンスは人気があった。妹はとても小柄で、しかもかわいくて、体もとてもしなやかだったしね。

 

う:そうそう、リスボンがいちばん印象に残っているかも(笑)。

 

アクロバットやジャグリング、マイムなどをやっていたのですか。

 

その通り。カラフルで変な格好をして踊るとか、思いつくことはなんでも試したよ。小柄な妹が僕を思いっきり投げ飛ばしたりとか……。

 

TACT/ FESTIVAL 2014『リメディア~いま、ここで』(c) Vincent Beaume | REALTOKYO
TACT/ FESTIVAL 2014『リメディア~いま、ここで』(c) Vincent Beaume

その後、演出家ジェームズ・ティエレ(チャップリンの孫で、ヌーヴォー・シルクとコンテンポラリー・ダンスを融合した作品で活躍)と出会い、2001年ぐらいまで彼の作品制作に参加していましたよね?

 

うん。初めてジェームズと一緒に作品をつくったのは確か1997年かな。作品自体の演出はすべてジェームズで、僕は出演者(パフォーマー)としてだった。彼とはとても深い縁があって、友情というか、強い絆のようなもので結ばれていたと思う。舞台上でも、いわゆる馬が合うというか、とても相性が良かった。その後、初めて自分の『L' Homme de Hus』という作品をつくったんだ。

 

その作品のタイトルはどういう意味?

 

意味は難しいんだけど(笑)。簡単に説明するとHus(フス)というのは、聖書に出てくる架空の国で、その遥かかなたにある架空の国で起きるできごとを作品のモチーフにした。

 

ヨブ記(Job)のヨブですね。ヨブが住む国。

 

そう、それがHus(フス)。この作品は、僕がつくった最初のソロ舞台作品。作品制作は、テアトル・ドゥ・ラ・シテ・アンテルナショナル(Théâtre de la Cité International)がサポートしてくれた。2003年のことで、その後少しずつ自分の舞台作品を発表し続けていまに至っている。

 

京都での滞在~傑作『リメディア』の誕生

実は、僕はその後、日本にも滞在しているんだよ! アンスティチュ・フランセ のアーティスト・レジデンス・プログラムで、東京と京都に約2ヶ月間滞在した。(今回、東京で上演する)『リメディア~いま、ここで』の作品構想は、このレジデンスのときにでてきたアイデアなんだ。その後、ずっとこのアイデアは自分の中で温めていて、2009年に初演をした。作品の最初のアイデアはとてもシンプルなものだった。街で見つけた廃品やがらくたを拾い、それらのものを舞台にインスタレーション(配置)し、そこでアクロバティックなパフォーマンスを行うというもの。例えば、リトアニアのヴィリニュスでは3週間くらいかけて街を歩き、捨てられた家具や物などを片っ端から集めて舞台に乗せたんだ。

 

まるで廃品回収業者ですね(笑)。不要な物をいろいろ集めて、それを舞台作品に使うと。

 

そう。布団とかベッドとか、家具とか衣服とか。その後はタイでもタイ人のパフォーマーと一緒に同じことをした。つまり、旅をして、その行く先々に滞在し、廃品を集め、そしてそれをオブジェというか、舞台道具として使ってアクロバティックなパフォーマンスを構築する、それが『リメディア~いま、ここで』のコンセプトだ。ただ、このやり方だととても時間がかかるし、それこそあまりにも非効率的なので、その後はもう少し柔軟な考えで、いままでに集めた廃品の中から、舞台で使用して面白いと思うものをしっかり選択して作品を再構成することにしたというわけさ。パフォーマーも、現在この作品は僕を含めて6人の出演者がいるんだけど、予算のないところでやるときは僕ひとりでミニバージョンをやったりもしていた。照明や音響もすべてひとりでやったことさえあるんだよ!

 

『リメディア~いま、ここで』を紹介する上で難しいのは、演劇でもないし、確固たるストーリーがあるわけでもないし、ダンスでもないことだと思います。たくさんのガラクタが雑然と置かれた舞台上に、次々と人が現れて、そのモノとシュールに絡んでいく……。この作品を、敢えて言葉だけで説明するとしたら?

 

その通りだと思う。演劇でもないし、ダンスでもないし、言ってみればヌーヴォー・シルクのひとつの形ではあるんだろうけど……。様々なオブジェ(物)とパフォーマーが絡み合って、思いもつかないようなことが次々と起きていく……、そんなスペクタクルだね! 僕は小さい頃、サーカスに憧れてこの世界に入った。サーカスのどこに惹かれたのかと言えば、アクロバットを含め、普通はありえないようなことが目の前で起きるというシンプルなことなのではないかと思う。サーカスの世界は、人が限界だと思っていることや、常識だと思っていることをくつがえす瞬間を見せることができる。そこに惹かれたんだ。

 

TACT/ FESTIVAL 2014『リメディア~いま、ここで』(c) Vincent Beaume | REALTOKYO
TACT/ FESTIVAL 2014『リメディア~いま、ここで』(c) Vincent Beaume

『リメディア』の背景にあるコンセプトと見どころ

なるほど。でも、『リメディア~いま、ここで』で、あなたたちがやっていることは、ちょっとそれとはまた違っていませんか。つまり、この作品では、トレーニングされた者にしかできない超人的なアクロバットを「どうだ!」と見せるのではなく、もう少しコミカルなというか、言ってみれば子供が考えそうな方法で、モノとヒトとの関係が変化していく印象です。

 

うーん。例えば赤ちゃんがテーブルの端っこにいるとしよう。人はその姿を見て「赤ちゃん、大丈夫なのか? 机から落ちてしまわないだろうか」と感じるだろ? まさに、観客の皆さんをそれと同じような気持ちにさせたいんだ。「このパフォーマーはほんとうに大丈夫なのか。いま起きていることは危険じゃないのか?」とハラハラドキドキしながら見てほしい。サーカスという表現がもつ醍醐味は、このスリルだと思う。さらに、『リメディア~』という作品で最も大切なことは「もろさ」「はかなさ」「壊れやすさ」。僕は作品を通して「フラジリテ」を感じてもらいたいのかもしれないね。

 

なるほど。いまあなたが言った「フラジリテ fragilité」という言葉は、この作品にぴったりですね! 舞台上には様々なオブジェがあり、パフォーマーがいて、そのオブジェに人が絡んでいくことで思いもよらぬ変化が次から次へと起きていく……。それは何かちょっと、ときにはコミカルに感じることもあるし。でも、ときには寂しい感じもしたり……。つまり、いろんな違う感情が、アクロバティックな行為と共に湧き上がってくる……。

 

僕にとっては、それこそがとても大事なこと。人のもつ様々な感覚が共有できることこそが舞台の素晴らしいところだと思う。極端に言うと、例えば、ある同じシーンに対しひとりの観客は笑い、別の観客は寂しいと感じる……、そんな複雑なシーンもありえるのではないかとさえ思う。

 

今回の東京公演は、『TACT/FESTIVAL2014』というフェスティバルの中で上演されます。このフェスティバルは、お年寄りから子供たちまで、さまざまな観客が観劇にくるフェスティバルです。

 

うん、愉しくて待ち遠しいね! 観客ひとりひとりの感性で作品を楽しんでもらえたら嬉しいな。子供であればより純粋に味わうかもしれないし、大人であれば複雑に解釈する人もいるかもしれないね。その違いこそが素晴らしいと思う。

 

カミーユ・ボワテルさん | REALTOKYO

最後に、『リメディア~』という作品でカミーユさんがいちばん見てほしいと思っているところ、もしくは感じてほしいと思っていることを教えて下さい。直接あまり関係ないかもしれないけれど、ご存知のとおり2011年に日本では大きな地震と津波があり、例えば『リメディア~』を見たときにすぐに想像するのがそうした自然現象だったりするかもしれません。様々なものが、実はすごく「はかない存在」であって、普通にあると思っていたものが一瞬にしてなくなってしまうとか、壊れないと思っていたものが壊れてしまうとか……。日本では実際そういう事象はすごくリアリティがある。そうしたことを含め、『リメディア~』という作品がどのように日本の観客に受け止められるか、とても興味深いですし、楽しみでもあります。いいことだけではなく、悪いことというか、うまくいかないこともたくさん起きる現実……、そうしたことを感じさせてくれる人間的かつ正直な作品が『リメディア~』なのではと思っています。

 

『リメディア~』という作品は、現実世界の投影であり鏡みたいなものだと思う。いままで、様々な地域や国で上演してきたけど、よくこんな感想を耳にした。「この舞台で起こっていることは、まさにこの国で起こっていることと同じだね」。この作品から感じ取ることができるであろう「フラジリテ(はかなさ、もろさ)」は、現実世界の何かを反映しているのかもしれないね。

 

公演を楽しみにしています! ありがとうございました。

 

(パリ市内にて。2014年1月に対談)

 

ゲストプロフィール

Camille Boitel/フランスのサーカス学校の名門、アカデミー・フラテリーニで学び、ジェームズ・ティエレのもとでプロとして活動を開始。2002年カンパニー・リメディアを立ち上げる。同年、第1回「サーカスの若き才能」コンクールで優勝。以降、多ジャンルを融合した舞台作品を発表し、2010年には「リメディア」がMIMOSで最優秀賞を受賞。

インフォメーション

TACT/FESTIVAL 2014
カミーユ・ボワテル『リメディア~いま、ここで』
原題『L’immédiat』

5月3日(土・祝)~6日(火・休)、東京芸術劇場 プレイハウス

構成・出演:カミーユ・ボワテル、アルド・トマ、パスカル・ル・コー、トマ・ド・ブロワシア、マリオン・ルフェーヴル、ミッシェル・フィリス

寄稿家プロフィール

まえだ・けいぞう/1964年生まれ。多摩美術大学芸術学科卒。在学中にポスター・ハリス・カンパニー設立に参加し、パルコ劇場、スタジオ200、夢の遊眠社などの宣伝協力に携わる。卒業後、世田谷美術館学芸課に学芸員として勤務し、その後(株)カンバセーションに入社、プロデューサーとして数々のダンス公演やコンサート制作を手掛ける。現在は東京芸術劇場のスタッフとして舞台芸術に関わる仕事に従事。NPO法人リアルシティーズ同人。