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    聞き手:前田圭蔵
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対話の庭

第19回:清水靖晃さん
聞き手:前田圭蔵
Date: May 16, 2015

バッハ『ゴルドベルク・ヴァリエーションズ』ついに完成!

5月24日(日)にはコンサートも控える音楽家・清水靖晃、最新インタビュー!

清水靖晃さん | REALTOKYO
撮影:Yasuo Konishi

満を持して清水靖晃&サキソフォネッツの新譜『ゴルトベルク・ヴァリエーションズ』がいよいよ発売されましたが、アルバムを聴いてのっけから打ちのめされました。アルバム『チェロ・スウィーツ』も何度となく聴いてきましたし、それほどびっくりはしないだろうと思っていたんですが、びっくりしてしまった。いままでの靖晃さんのアルバムとも少し違う音色というか質感だな、とも思いました。

 

カラダが変わってきているのかも知れないね、『チェロ・スウィーツ』の頃とは。前作『ペンタトニカ』の音には近いかも知れないけど、変わってきてはいる。あと10年経ってからの再度のプレリュードなんていうのもあるかもしれないね。

 

「グッとくる」音楽の謎を探り続ける

そもそもこの企画といいますか、『ゴルトベルク・ヴァリエーションズ』に取り組もうとしたきっかけは?

 

『チェロ・スウィーツ』に取り組み始めた1990年代中頃、バッハをやるんであれば「無伴奏チェロ組曲だけの企画もので終わらせてはいけないんだぞ」と自分に言い聞かせていた。“バッハおじさん”と言われるまでやり続けないとダメだと考えていたので、その頃から射程にはあった。その後、すみだトリフォニーホールからまずはコンサートをやってほしいと提案されて……という流れ。

 

『チェロ・スウィーツ』が発表されたときは「なぜいま、清水さんがバッハを?」と思いました。それが単なるアイデアではなく、靖晃さんの中ではライフワークといいますか、核心に触れることなんだと後で徐々にわかってきた。ライブでも、空間=サキソフォン=バッハという三角関係があり、その後、靖晃さんの中でバッハは最も近い音楽のひとつとして存在している。『ペンタトニカ』は靖晃さんのオリジナルアルバムですが、靖晃さんの中では、どういう回路で音楽と向き合っているのでしょうか。

 

自分でも「どうなってるんだろう」と思う(笑)。結局ぼくの人生の中でどういうふうに音楽に接したかったのかということなんだと思う。小さい頃から様々な音楽を聴いてきて、そのたびに「なぜここで自分はグッとくるんだろう?」といつも思っていて、その「グッとくる」音楽の謎を探り続けてきたのだと思う。バッハじゃなくても良かったのかもしれないけど、何をやってもその「グッとくる」ポイントというのかな、それを自分の表現として詰め込むことができるようになってきたのだと。『ゴルドベルク』の場合は、元のピアノ曲をいったんコンピューターでサイン波のようにマトリックスした。そうすることによって、バッハの譜面では音の粒が巧みにデザインされていることがわかる。そして何回も繰り返し聴いていると、僕のフィルターを通って「グッとくる」ところが明らかになってくる。そうしてアレンジというか、和声を変えたり、いろいろと試行錯誤を繰り返した。

 

TACT/ FESTIVAL 2014『リメディア~いま、ここで』(c) Vincent Beaume | REALTOKYO
清水靖晃&サキソフォネッツ『ゴルトベルク・ヴァリエーションズ』

「(崇高な)バッハの作品をいじるなんて言語道断。触るな!」という意見に対しては?

 

日本人だからこそ多神教的なアプローチができる。っていうか、バッハの聖典を汚すということではなくて、ひとりの日本人として、こういうアプローチもありなんじゃないか。そいうことも許されるほうが平和だし、音楽とはそういうものであってほしいとも思っている。軽い気持ちでやっているわけではないけど、自由であることに命を懸けてもいいと考えている。

 

いまの話を聞くと、靖晃さんにとって音楽は、自分の鏡のような存在なのかなとも思いました。

 

いろいろなことが混沌とはしていると思うけど、自分のフィルターを通して表現するときに何がいちばん似合うのかといつも自問自答している。

 

「インプレッション(感化)がなければ、エクスプレッション(表現)はない」と昔ゴダールがよく言っていましたが、表現していると同時に、靖晃さんの中に入ってきているものもあるというか、そのことに対しての態度が、不器用かもしれませんが妥協がない。「僕のはこれだよ!」といつも言っているように聞こえます。

 

できあがった世界っていうか、例えばジャズの世界に入ってやっても、僕はうまくできないんだよ(笑)。

 

孤高感がありますね。どこにも属さず「わが道を行く」を貫き通す……。

 

『チェロ・スウィーツ』のときも、自分のスタジオで吹いてデモを作り、それにリバーヴなどの電気的処理を掛けてレコード会社に持ち込んだんだけど……、ポピュラー担当だったA&Rディレクターが運良くそれを気に入って出してくれてさ。ラッキーだった。

 

1枚のCDを世に出すって、意外と大変ですよね。

 

トリフォニーで『ゴルトベルク変奏曲』のコンサートをしたときに、もし今後録音するんだったらぜひホールを使ってくださいと言ってくれたんだけど、録音は簡単にはできないよね。で、コンサート活動を継続しながらちょこちょこ編曲作業を続けてた。そしてやっと今回の録音にこぎつけたというわけ。録音をするには、まず空間が大切。従来、音楽を聴かせる場所ではなく、半野外というかノイズのある場所で録音したいという気持ちもあったけど、「ゴルトベルク」の場合はあまり残響がありすぎても良くないし、音が濁ってしまって良くない。あとは9人の演奏家がしっかりと時間を取れる必要もあった。今回はレコーディングに5日間かけたんだけど、それでもぎりぎりだった。野外だと天候にも左右されるしね……。以前『チェロ・スウィーツ 4. 5. 6』のレコーディングドキュメンタリーをイタリアで撮っていた頃、その録音風景の映像にオルガンをかぶせたくなって。「岐阜のサラマンカホールにいいオルガンがある」と聞いて、サキソフォンを持ち込んで録音したことがあり、そのときのことを思い出して、今回のレコーディング会場に選んだんだ。とても細かい作業を演奏家みんなで合宿のように集中して録音したかった。

 

ジャケットデザインは?

 

バッハって、あみだくじ的なアプローチができるというか……、エッシャー的な側面もあるし、様々なフレーズが複雑に絡み合っている。それを各演奏家とあみだくじのように結びつけたりという話をして、船柳さんというデザイナーがこのドローイングを描いてくれました。

 

清水靖晃&サキソフォネッツ | REALTOKYO
清水靖晃&サキソフォネッツ 撮影:Yuji Hori

サキソフォネッツ10周年に向けて

アナログ盤は作らないんですか。

 

将来的にはぜひ作りたいね。実はこの夏にUSAのPalto Flatsレーベルから、マライアのアルバム『うたかたの日々』(83年)がオリジナル同様45回転2枚組 LPで再発されるんだよ。

 

それは嬉しいニュースですね! ミックスについてはいかがですか。

 

ステレオって疑似体験から始まっているじゃない? 音楽って、鳴ってる部屋が演奏していると思うんだよね。だから演奏家というよりは、物質的な音をつかんでいるっていう感覚。

 

そういう意味でコンサートは、生の楽器がその場で演奏されるので、空間そのものが鳴るということなんですよね。

 

そう。サラマンカホールも「空間が鳴る」その感覚で録音したわけだけど、今度コンサートをするオペラシティは自分としては初演奏なので、とても愉しみなんだ。空間としても縦ではなくて上に長い方がより魅力的かもしれない。上下の空間で音魂をデザインしていくのは愉しいよ。

 

今後の計画は?

 

『ペンタトニカ』を経たからこそ、今回の『ゴルトベルク・ヴァリエーションズ』につながった。バッハのトリル(装飾音)って、一冊の厚い本ができるくらい様々なパターンがあり、とても分厚いものなんだけど、そういうことはいったん横に置いて『ペンタトニカ』の時のように「こぶしで歌える感じで吹こう」という感じでやった。だから、音楽ってこうでなければならない、ということはないと思うんだけど、演奏する人たち、今回で言えばサキソフォネッツとフィットしないといけないんだよね。来年でサキソフォネッツはなんと10周年なんだよ。なので10周年記念はやりたいと思っている。それに五音階ものもまたやりたいし、いい映画の仕事とかも来ないかな?(笑)

 

(東京にて。2015年4月に対談)

 

清水靖晃さんと | REALTOKYO

ゲストプロフィール

しみず・やすあき/作曲家、サキソフォン奏者、音楽プロデューサー。1954 年、静岡生まれ。80 年代始めにロックバンド、マライアを結成。『うたかたの日々』ほか、計5 枚のアルバムを発表するかたわら、より多彩な音楽表現の可能性を探るべく『案山子』などのソロアルバムもリリースする。マライア解散後は、ソロプロジェクト、清水靖晃&サキソフォネッツに着手。『ロトム・ア・ペカン(北京の秋)』をはじめ、数枚のアルバムを発表する。85 年から91 年までパリとロンドンを拠点に活動し、3 枚のアルバムを制作。91 年から94 年にかけては、細野晴臣と「東京ムラムラ・フェスティバル」開催し、意外性の高い組み合わせによるプログラムが聴衆を魅了した。96 年、『チェロ・スウィーツ1.2.3』を、次いで99 年、その続編となる『チェロ・スウィーツ4.5.6』を発表。これはJ.S.バッハの「無伴奏チェロ組曲」をテナーサキソフォンのために編曲・演奏した世界初の試みである。97 年には『バッハ・ボックス』で日本レコード大賞企画賞を受賞。2006 年、江川良子、林田祐和、東涼太、鈴木広志の4 人のサキソフォン奏者を迎え入れ、新たな形で清水靖晃&サキソフォネッツの活動を開始する。翌07 年、5音音階に着目した『ペンタトニカ』を発表。同年、NHK 教育テレビの番組シリーズ「マテマティカ2」ではテーマ曲のほか全編の音楽を演奏。これらの作品を携えた演奏活動も精力的に行い、日本はもとより、モスクワ、キューバ、香港での公演も大成功を収めた。また、プロデューサー、作曲家、編曲家としての活動範囲も多岐に渡り、坂本龍一、加藤和彦、上野耕路といった先鋭的なミュージシャンの作品から北島三郎の演歌「漁歌」まで多様な音楽の制作に関わる。ジュリエット・ベルト、滝田洋二郎、柳町光男、りんたろう監督作品など、アニメを含む映画音楽も数多く作曲。13 年には、音楽を手掛けたドキュメンタリー映画『キューティー&ボクサー』(ザッカリー・ハインザーリング監督)が第86 回米国アカデミー賞にノミネートされるなど、他分野のアーティストたちとのコラボレーションも積極的に行っている。

インフォメーション

『ゴルドベルク・ヴァリエーションズ』
avex CLASSICS
2015年4月15日発売 ¥3,240 AVCL-25869

 

清水靖晃&サキソフォネッツ:ゴルトベルク・ヴァリエーションズ

日時:5月24日(日) 14:00開演
会場:東京オペラシティ コンサートホール

寄稿家プロフィール

まえだ・けいぞう/1964年生まれ。多摩美術大学芸術学科卒。在学中にポスター・ハリス・カンパニー設立に参加し、パルコ劇場、スタジオ200、夢の遊眠社などの宣伝協力に携わる。卒業後、世田谷美術館学芸課に学芸員として勤務し、その後(株)カンバセーションに入社、プロデューサーとして数々のダンス公演やコンサート制作を手掛ける。現在は東京芸術劇場のスタッフとして舞台芸術に関わる仕事に従事。NPO法人リアルシティーズ同人。