
音楽家として、映像作家として、ジャンルを横断して国内外で活躍するアーティスト。現在、全国でロードショー公開中の細田守監督のアニメーション映画、『おおかみこどもの雨と雪』のサウンドトラックを手掛けたこの方が登場です。

ご無沙汰しています。事前に予習せずに映画の試写を観たのですが、劇中画を森本千絵さんが手掛けていたり、アン・サリーさんが主題歌を歌っていたり。今日はせっかくなので、映画の話を含めて雑談をさせて下さい。まず、細田監督からはサウンドトラックとして依頼があったのですか。
まず、昨年末にサウンドトラックの依頼があって作り始めて、主題歌の話はまったくありませんでした。曲を送り続ける中で、その中の1つの曲を主題歌に使いたいという話が出たんです。
かなり弦楽を多用して、スケール感のある大作だと思いました。
作品がそもそも持っているスケール感や公開規模は果てしなかったのですが、いざ作業し出すと、いつもの感覚でいいんだと思って、自分の住んでいる町くらいのスケール感で仕事していました。あんまり大きなことは考えずに、普段の生活やこれまでの人生、自分がきちんと知っている風景や記憶に近いものに落ち着いていきました。
高木さんは活動範囲がすごく広いから。
広いんだけど、いつも自宅にいるような感じ(笑)。外に情報としてもれるものは広く見えるんですけど、小学校のころからずっと同じ家に住んでいて、いまでもその家の部屋をスタジオとして使っているので、ある意味小学生時代から何も変わっていないというか……。

不安と迷いに苛まれた最初の2ヶ月間
映画のサウンドトラックは初めてですか。
5年くらい前に、平川雄一朗監督の『そのときは彼によろしく』という作品の仕事を依頼されて、1曲だけ参加したのが初めてで、それが縁で今回の仕事につながりました。
今回はすべてオリジナル・スコアですよね。
そうです。昨年のクリスマスの時期に、ポスター、脚本、絵コンテを送っていただいて。年明けに30秒ほどの予告編を見せてもらった状態から作業を始めました。絵コンテにすべて書かれているので、それを元に作って下さいという感じで。以前にCMの仕事を何度かやったことがありますが、尺の違いはあれど、作り方はだいたい同じだと思いました。CM音楽のときに感じていたことですが、映像があればすごくスムーズに曲作りが進んで、数日でゴールに辿り着くことが多いのですが、絵コンテだけだと曲が思いつかずうまくいかないなというのが何度かあって。そうか、絵コンテのみなのか……と不安がありました。どのシーンでもいいから、予告編以外の映像をもらえますかと訊いたら、3月に入らないと映像はできないかもと言われ、そのときには音楽も出来上がっていないといけなかったので、うーん、これ、どうしよう……って(笑)。あの時期は大変でしたね。
このシーンでこういう音楽がほしいというリクエストがあったのでしょうか。

それはだいぶ後になってからで、3月の初めくらいでしたね。どのシーンに使うということでなく、たくさん作ってほしいということで、1月、2月に絵コンテと予告編をベースに作曲を進めて、自由にやらせてもらいました。だいぶ迷いましたが、最終的に2ヶ月で6曲。でも、本当はぜんぶで24、25曲必要で、少なくとも20曲は欲しかったと思います。僕も不安でしたが、先方にも「高木にできるのか」という気持ちがあったと思います。その不安を解消するために、いちばん肝になるシーンの音楽をとにかく先に作ってほしいと言われたんです。絵コンテを読んで、僕が音楽的にいちばん印象的だったのは、映画の真ん中にある、雪山を3人で走っているシーンでした。でも、求められたのはエンディングの別れのシーン。ここをちゃんと盛り上げられるかどうか、いわゆる大作映画として観客が望んでいるスケール感の音楽で包み込めるかどうか。僕もそれはそうだと思ったのですが、初めから順番にやらせてほしい、ただでさえ絵コンテでイメージが掴みにくいので、順番に作って最終的にそこに一緒に辿り着くのであれば対応できると伝えました。いきなりエンディングは、映像もないし、出来ないというよりもわからなかったんです。
明らかにドラマとしてのハイライトですよね。印象的な音楽でした。
そうなんですよね。でも、僕が絵コンテを読んだ限り、グッとくるという意味で真ん中にピークがあるような気がしたんです。山のようにピークがあり、穏やかに終わるというような。そのときはエンディングにピークがあると思えなかったので、曲を作ることはできてもウソをつくことになるなぁ、うーん、わからんなぁというのが2ヶ月続いて結局6曲しか出来なかったんです。正直、これはもうお断わりしたほうがいいなとも思いました。困り果てて1週間だけお休みをいただいて、その間に監督に「絵コンテでなく、音楽だとこの作品はどんな世界観ですか」と訊きました。数曲もらって、ああ、こういうことなのかと、僕がそれまで試していた曲調とは少し違って。もう純粋に絵コンテを読んだときに感じたままの音楽でした。それで難しく考える必要がないのがわかって、残りはダダダダーッとそこからは早かった。具体的な音のイメージがあるとわかりやすいですね。情けない話ですが、ほかの人が作った音楽を聴かせてもらって、ようやく進んだんですよ(笑)。
しかし、すごい突貫なんですね。アニメーションだから、もっとじっくり時間をかけているのかと思いましたが。
大作映画でも、多くはこんな感じらしいですよ。絵には時間をかけるようですが、音楽はもっと短いこともあると言われて、えー! って(笑)。作曲は自宅で自分のペースでやっていましたが、録音で実際に演奏してもらうときの時間のなさ、恐ろしさと言ったら……。それは初めて体験するものでしたね(笑)。
主題歌以外の曲に入っているヴォーカルが印象的でした。高木さんのライブでもコーラスヴォイスが印象に残っています。
声を出すと歌だと思われるのですが、僕としてはほかの音と対等に考えているんです。とはいえ、やはり声は存在感が強いので、扱いが難しいですね。
違和感が楽しい

映像と物語と音楽の関係性については、どう捉えていますか。音の使い方が、少し普通でないというか、実験的な使い方をしているというか、そういう意外性を感じました。
どの音楽をどこでどのように使うかは、僕ではなくて、監督が決めているんですよ。監督が決めたシーンの映像を見ながら、タイミングを完全に合わせて作曲しました。ただ最終的には細かな変更点もあって、僕も初めて試写で観たとき、へー、ここにそれを使うのか、なるほどと思ったりして、とても面白いなと思いました。自分にとっては違和感といえば違和感ですが、それが楽しかったです。
誰に何を伝えたいのかというのは、年齢であったり、国籍であったり、難しいと思うのですが。違和感というか、傷というか、引っかかりがありました。この作品はどこに向けて作られているのかということについては?
映画音楽は映像と音楽がくっついたり離れたりするので、それはただ音楽を聴いているときとは違う感覚ですよね。今回の場合、観てもらう人たちを無理矢理ある感情に誘おうとか、そういうシーンが元々なかったように思います。シーン毎にそれぞれ世界観があったので、ただただその世界観をきちんと支えるように音を奏でました。完成した映画を観てみたら、ふとした瞬間になぜか心が掴まれたり、腑に落ちたりしましたね。今回は自分の手を離れたところでたくさんの人が関わっているからこそ映画を楽しめました。次はこんなことを自分の作品でやってみようとか、こんなこと試してみようとか、映画を観てたくさんの発見がありました。
いま、いちばん関心のあることはなんですか。高木正勝はどこに向かっているのでしょう。
自分では、ぜんぶ辻褄が合って、焦点がピタッと合っているんです。1本の道をまっすぐに進んでいる感じ。数年前に感じていた近代化や欧米化に対する抗いも通らないといけない道だった気がします。日本の作家たちは、岡本太郎などもそうですが、一度は葛藤を抱くタイミングがあると思います。日本と向き合う時間を経て自分の個人的な体験というか、自分が生きて見聞きしたものを辿っていく。いま関心があるのは、自分しか知らない自分の歴史。自分が形にしないと人に見せられないというものをきちんと出して、僕もそれを並べて見てみたいし残していきたい。この映画音楽もその1つです。これまでは自分の外にあるものを発見して自分に引き寄せながら作ってきましたが、外に対する憧れが薄れて、自分の記憶や身の回りにあるよく知っていることを大切にしたいという風に変わってきました。3.11後、都会から田舎に人が流れるという動きがある中で、この映画もそうですけど、自分はどうしたいのかなぁと。震災前は僕も田舎に関心があって実際に田舎に家を見に行ったりもしましたけど、震災が起きて、逆に自分の足元ばかりを見つめているような気がします。これまで外にある欲しいと思っていた物事が、なかったらなかったでいいやと素直に思える。ここにあるものに目を向けたい。誰かが自分のところに来たときに、ここがすごくいいと思えるところを知っておきたいし、そういうところを大切にしたいし、目線が変化しています。さくらももこさんが小学校時代の思い出を『ちびまる子ちゃん』にした、そんな感覚に近いというか、自分がよく知っていることにたくさんの創作のヒントがあると思うんです。
ゲストプロフィール
たかぎ・まさかつ/1979年生まれ、京都府在住。自ら撮影した映像の加工やアニメーションによる映像制作と、ピアノやコンピュータを使った音楽制作の両方を手掛けるアーティスト。CDやDVDのリリース、美術館での展覧会や世界各国でのコンサートなど、分野に限定されない多様な活動を展開している。オリジナル作品の制作だけでなく、デヴィッド・シルヴィアンのワールドツアーへの参加、UAやYUKIのミュージックビデオの演出、理化学研究所、Audi、NOKIAとのコラボレーション制作、さらにCM、映画、ドラマ等への楽曲提供も多数手掛けている。Newsweek日本版「世界が尊敬する日本人 100人」の1人に選ばれるなど、世界的な注目を集めている。http://www.takagimasakatsu.com/
7月21日(土)より、全国東宝系でロードショー
公式サイト:http://www.ookamikodomo.jp/
『おおかみこどもの雨と雪』オリジナル・サウンドトラック 音楽:高木正勝
『おおかみこどもの雨と雪』主題歌「おかあさんの唄」アン・サリー 高木正勝
アートディレクション:森本千絵(goen゜)
発売元:VAP
寄稿家プロフィール
まえだ・けいぞう/1964年生まれ。多摩美術大学芸術学科卒。在学中にポスター・ハリス・カンパニー設立に参加し、パルコ劇場、スタジオ200、夢の遊眠社などの宣伝協力に携わる。卒業後、世田谷美術館学芸課に学芸員として勤務し、その後(株)カンバセーションに入社、プロデューサーとして数々のダンス公演やコンサート制作を手掛ける。現在は東京芸術劇場のスタッフとして舞台芸術に関わる仕事に従事。NPO法人リアルシティーズ同人。