

7/30(土)〜8/7(日)、神奈川芸術劇場を舞台に開催されるKAAT STREET DANCE FESTIVAL。今春、その準備のために来日したカンパニー・カフィグの主宰者であり、国立振付センターのディレクターでもあるムラッド・メズルキ氏に、東京日仏学院で話を聞いた。
こんにちは。まずは略歴と、ダンスとの出会いについて教えて下さい。
僕はアルジェリア系フランス人として、ふたつの文化を背負ってリヨンで生まれ育ったんだ。父の勧めで最初は空手を習い始め、その後半ば偶然に、7歳のころからサーカスのトレーニングを始めた。サーカス学校では、アクロバットやジャグリングや空中ブランコなどいろいろと学んで、そのときの経験はいまでもとても役に立っていると思うよ。そして、15歳のころにヒップホップダンスに出会った。そのころ、ヒップホップダンスはフランス全土で大流行していて、周りの友人たちも皆ダンスを踊っていたから、遊びとして自然にね。そのふたつの出会いがあったおかげで、幸いにも僕は、自分自身の複雑なアイデンティティの問題に対して、いい距離をとることができたと思うんだ。
17歳のころ、アクロバットやヒップホップの要素を組み合わせたものを「numero(ナンバー)」と呼んで、友人たちと共にシリーズのような形で作品創作を始めた。幸運なことに、そうした僕らの活動が、舞台プロデューサーのジャン・マリー・ヴィルの目に留まって、舞台で踊る機会を得ることができたんだ。そして94年のリヨン・ダンス・ビエンナーレでの舞台作品発表につながり、これまでに16作品を制作、発表しているよ。
ダンサーは、5、6人の固定メンバーとは長く仕事をしているけれど、ほかは作品ごとに選んでる。今回、横浜で上演する作品『AGWA(アグワ)』と『CORRERIA(コレリア)』は、プロデューサーの提案もあってブラジル・リオのファベイラ居住区に行き、現地でダンサーのオーディションとリハーサルをして、その後フランスで初演。11人のダンサーが出演しているんだ。日本の観客に観てもらえる初めての機会だから、お楽しみに!

振付や構成はひとりでやっているのでしょうか。
ヒップホップの世界では、特別なリーダーはなく、皆でアイデアを出し合って作ることのほうが普通なんだよ。いわゆるヨーロッパの舞台作品制作の基本である、演出家がいて、パフォーマーがいて、スタッフがいて、という専門職に依る分業作業とは少し違う形で、自発的で自生的なエネルギーを尊重して作ろうという意思が働いている。そういう意味では、僕たちの作品の作り方は、いままでのコンテンポラリーダンスとは少し違うかもしれないね。ただ、そうしたやり方にはいい面とそうでない面があって……。さらに、ダンスを実践していく中で、お互いに競争心も芽生えてきたりもするから。カンパニーといっても生き物みたいなものだから、試行錯誤を重ねているよ。
カンパニーの名称である「カフィグ」というのは、もともとは初期作品のタイトルだったんだけど、その後カンパニー名になった。アラビア語やドイツ語で「檻」「籠」という意味があると聞いて、閉塞感とか、国境とか、壁とか、そうしたことへの強い抵抗感があったから、カンパニーの名前に採用したんだ。
ヒップホップにはカウンターカルチャーとしての側面もあるから、とてもいい名前ですね。
ありがとう!
ヒップホップカルチャーは、音楽との結びつきも強いと思うのですが、音楽とダンスの関係については、どのように考えていますか。
ヒップホップ音楽とヒップホップダンスは、もともと直接的には歴史的な関係はない。だからというわけではないけれど、ダンスをするときやダンスを作るときは、既存の商業音楽は使わずに、作品に固有の新しい音楽を友人知人などに委嘱してきた。言わずもがなだけど、僕のダンスにとって音楽は、相互補完関係というか、とても重要な要素なんだ。

影響を受けた、もしくは発想の源になっている音楽はありますか。
最近ではシューベルトとかラヴェルとか……。音楽じゃないけど、チャーリー・チャップリンとかバスター・キートンとか。あとはティム・バートンとかね。
現在兼任している、国立振付センターのディレクターとしてはどのような活動を?
全然種類の違う仕事だから大変だよ(笑)。経営面にも気を配らなくてはいけないし、責任も重い。けれど、外部へ発信をするということでは、とてもやりがいのある仕事だとも思う。もちろん、創作活動も継続しているしね。
昨今のフランス・ダンス界では、ボリス・シャルマッツがアヴィニョン・フェスティバルのディレクターを務めたり、色々と変化が起きていると思います。ムラッドさんのようなクリエイターが活発に活動するのは、様々な意味でとても新鮮で、特に若い世代に活力を与える動きだと思いますよ。期待しています。
その通り! フランスそしてヨーロッパのダンスシーンが刻々と変わりつつある中で、僕たちのような新しい世代が、ダンスの可能性について、新鮮な息吹を吹き込むことができるといいな。様々な出会いを通じて前に進んで行き、世界とつながっていけたらと思う。
最後に、東京の印象をひと言で教えて下さい。
難しいな……、来日してからほとんど取材しか受けていないから(苦笑)。
来日前と来日後では、東京や日本に対する印象は変わりましたか。
先入観というか、前もってイメージは持たないようにしているんだ。頭の中を真っ白にして来たほうが、楽しいと思うから。でも、少しは自由な時間をもらえるといいな。8月に横浜に来るときには、あっちこっち行って、街とふれ合いたいね。
ゲストプロフィール
Mourad Merzouki/1973年リヨン生まれ。カンパニー・カフィグのリーダー兼振付家で、現在はヴァル・ド・マルヌ県のCCN(国立振付センター)のディレクターでもある。今回は、カンパニー・カフィグの代表作とも言える、若いダンサーたちが疲れ知らずのダイナミックな演技を次々と展開する『AGWA』と、緩急に富み、浮遊感と疾走感を往来するリリカルな『CORRERIA』の2作品を一気に上演する。
KAAT STREET DANCE FESTIVAL「HIP HOP GALA」
8月5日(金)~8月7日(日) 神奈川芸術劇場
公式サイト:http://kaatsdf.com
問い合わせ:tel. 03-3477-8820(パルコ エンタテイメント事業部)
寄稿家プロフィール
まえだ・けいぞう/1964年生まれ。多摩美術大学芸術学科卒。在学中にポスター・ハリス・カンパニー設立に参加し、パルコ劇場、スタジオ200、夢の遊眠社などの宣伝協力に携わる。卒業後、世田谷美術館学芸課に学芸員として勤務し、その後(株)カンバセーションに入社、プロデューサーとして数々のダンス公演やコンサート制作を手掛ける。現在は東京芸術劇場のスタッフとして舞台芸術に関わる仕事に従事。NPO法人リアルシティーズ同人。